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フルメタル・アクションヒーローズ

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中編 為すべき使命

 下町の住宅街に建てられた、木造のアパート。二十一世紀も後半に差し掛かっているというのに、前世紀さながらの古びた景観を持っているその住まいに、ある一人の男が訪れていた。

 青みがかかった黒髪を端整に切り揃えた、精悍な顔つきの青年。このような所には余りにも場違いな、漆黒の高級スーツに袖を通している彼は、このボロアパートの一室の前で佇んでいる。
 彼の頭上では消えかけた電球がしきりに点滅しており、その周囲を蚊が飛び回っていた。夜の帳が下りた闇の中で、青年の姿がスポットライトのように照らされている。

「……」

 青年は神妙な表情で玄関の扉を見つめ、やがて意を決したようにインターホンを押す。だが、「一煉寺」という立札が掛けられたその部屋の主は、出てくる気配を見せない。
 すでに外は暗いし、寝てしまった……わけでもない。扉の隙間からは灯りが窺える。

 ドアノブに手を掛けてみれば……その扉は、あっさりと開いてしまった。その先に広がっていたのは、生活感溢れる六畳間の一室。

 缶ビールやつまみ、漫画にゲームにカップ麺など。庶民の嗜みが、その部屋に散らかっている。さらには裁縫の後らしき糸屑も、部屋中に伺えた。
 何かの工作でもしていたのか、ダンボールの切れ端や何に使うのか分からないガラクタまで転がっている。

「おいおい、正義のヒーロー様が空き巣かよ。ちゃんとアポ取りゃあ、お前の分も買って来てやったのに」
「……俺が下戸なのは、お前も知っているだろう。だいたい、戸締りくらいはきちっとしておけ」
「いんだよ、盗られて困るほどのモンなんてねぇし。それに、ちょっとそこのコンビニまで行って来ただけなんだから」

 すると。青年の隣に歩み寄って来た部屋の主が、気だるげに声をかけて来た。白いTシャツ、青い半パン、サンダル……見るからに緊張感に欠けるその姿に、スーツの青年は眉を潜める。
 部屋の主の手には、缶ビールやスルメが詰まったコンビニ袋が提げられていた。

「二年経っても、相変わらずお堅いねぇ」
「約一年と半、だ。お前が俺の前から姿を消したのは、昨年の一月。今は七月だ」
「どっちでもいーさ。……で、どうしたのさ。今話題のトップヒーローが、こんなへんぴなとこに来ちゃってさ」

 ――久水渉。
 今や日本随一の大財閥となった久水財閥の御曹司にして、人気ヒーローでもある超絶エリートだ。
 彼が扮する「救済の超強龍」は、この数年間で数多の事故や事件を解決して来たことで広く知られており、日本でその名を知らない者はいないとまで言われている。
 それほどの大人物が、このボロアパートに住む自分の部屋まで来ているというのに……下町で暮らす一介の警官でしかない一煉寺龍誠は、まるで対等であるかのような口調で接していた。

 ――だが、渉がそれを咎めることはない。世間的評価はさておき、彼の中では本当に(・・・)二人は対等なのだから。

「俺がお前を探し出して、ここまで来た。その用件なんて、一つしかないだろう」
「さて、なんのことやらサッパリですわ。まぁいい、とりあえず上がれよ」

 不用心な部屋の主は、高名なヒーローを散らかった自室に招き入れる。だが、埃ひとつないスーツを纏うエリートは、全く嫌そうな顔を見せず彼の後に続いていた。

 古いテレビの前に置かれたちゃぶ台。そこで向かい合うように腰を下ろす二人は――互いに目を合わせ、暫し無言になる。

「……単刀直入に言う。今日は、お前にこれを返しに来たんだ」
「……」

 やがて、その静寂を破るように――渉はスーツの上着を脱ぎ、そこに装着されていた鋼鉄の袈裟ベルトを外した。メタリックレッドに塗装された機械的なベルトが、ちゃぶ台の上にコトリと乗せられる。
 そんな「懐かしい相棒」との再会を果たし、龍誠はスルメを口に咥えつつも――神妙な表情で、それを見下ろしていた。

 ◇

 教科書にその名を残すほどに活躍し、伝説となったヒーロー「救済の超機龍」。その息子である龍誠もまた、父のようなヒーローを目指していた。

 ヒルフェン・アカデミーでは首席で入学し、理事長・伊葉和士(いばかずし)による直々の訓練も受けた。
 そして、当時の同期だった渉と切磋琢磨し合い――その類い稀な才覚を以て、主席卒業の座と「救済の超強龍」の資格を勝ち取ったのである。

 「救済の超機龍」の息子にして、彼に次ぐレジェンドと言われている「至高の超飛龍(アブソリュートフェザー)」の弟子。その出自を背に、彼は新世代のヒーロー「救済の超強龍」としてのスタートを切ったのだ。

 そして――地獄を知った。

 デビュー当初の一年間、彼は補佐役だった渉と共に世界各地で救助活動を行い、その技量と才能を遺憾無く発揮していた。大勢の命を救い、あらゆる国に平和を齎し、新世代ヒーローに「救済の超強龍」ありと知らしめた彼の存在は、父のように世界中へと伝わって行った。

 途中、幾度となく困難にもぶつかって来たが……相棒である渉や、現地で得た仲間達とも共に、どんなことも乗り越えてきた。
 そんな彼を見つめる渉達は、信じていたのだ。彼ならばこの先もずっと、平和を守り続けるヒーローに……新たな伝説になってくれると。

 ――しかし彼らは、気付かなかった。龍誠が、無理(・・)をしていたことに。

 例え超人的な身体能力があるとしても、着鎧甲冑を纏うレスキューヒーローは所詮、力を持っただけの人間に過ぎない。全ての命を救う神にはなれない。
 龍誠の奮闘を以てしても、救えなかった命も、数え切れないほどある。だが、渉達も彼が最善を尽くしてきたことは理解しており、彼を咎めることはなかった。

 誰も彼を、否定してくれなかったのだ。
 龍誠にとっては、失われた命の一つ一つが、堪え難いほどに掛け替えのないものだったというのに。

 ……一煉寺龍誠という男は確かに、優れた体力や精神力、頭脳や人格を備えていた。彼が新世代の最高峰である「救済の超強龍」となることに、誰も異を唱えないほど。
 だが、彼にはヒーローという生き様を続けて行く上で、最も重要なものが欠落していたのだ。

 ――それは、「諦め」。

 救えなかった命を「仕方ない」と割り切り、記憶の隅に追いやり、明日のために頭を切り替える冷酷さ。死体をただの肉塊と見做し、今在る命を救うため、それを蹴飛ばしてでも前に進む冷徹さ。
 渉も、仲間達も、誰もが当たり前に備えていたそれを――他ならぬ龍誠だけが、持っていなかったのだ。彼の心はヒーローでいるには、あまりにも優し過ぎた。

 それを自覚していながら彼はなおも、人々のためにそれを押し殺し、無理に笑い、走り続けた。なまじ彼が天才であるがゆえ、その胸中に気付かぬまま――渉達は彼を英雄として担ぎ、背中を押し続けた。
 そんな日々が一年続き、二年目に入ろうとしていた頃。とある紛争地帯の中で――龍誠はついに、限界に達したのである。

 仲良くなった現地の村人達が、無惨に殺され――そこから逃げ延びた幼気な少女が、自分の眼前で射殺された。

 鋼鉄の鎧と盾で、自分は身を固めているのに。何よりそれで守らねばならない少女が、自分の目の前で死を迎えた。自分達を喜んで村に迎え入れてくれた、顔馴染みの少女が。

 その事実に直面した瞬間、龍誠はついに精神に異常を来たし――少女の死から二ヶ月後、「救済の超強龍」のスーツだけを残して、渉達の前から姿を消した。

 路頭に迷いながら日本へと帰り着いた彼は、「家族に合わせる顔がない」と故郷の松霧町(まつぎりちょう)にも帰れず、彷徨い続け――やがて流れ着いた東京で、ヒルフェン・アカデミー時代の顔見知りだった警視総監・橘花隼人(たちばなはやと)に拾われた。
 そして彼の友人である天才医師・才羽真里(さいばまり)のカウンセリングを経て快復した後。隼人の勧めで警察官としてのリスタートを果たし、現在に至る。ヒーローとして振る舞うことを辞めた彼は、自由気ままに下町で暮らす生き方を選んだのだ。

 ◇

「……あれ以来、俺はお前に代わって『救済の超強龍』として戦ってきた。内戦が終わって平和になるまでな」
「……そうかい。さっすが、救世主と名高い久水渉様だ。真田(さなだ)さんと首里(しゅり)さんも、大喜びだろうよ」
「お前に成り代わって、初めて分かったよ。世界最高峰の着鎧甲冑を使う責任が、どれほど重いか。……お前が耐え切れなかったのも、今なら分かる」
「……」

 かつて戦地で袂を分かった二人は、こうして平和な日本で再会した今も、どこか重苦しい空気で向かい合っていた。渉は苦々しい表情で、自分と目を合わせず酒をあおる龍誠を一瞥する。

「あの経験があったからこそ、学べたことも確かにある。だが……やはり俺には、お前の代わりなんて務まらない。内戦が終わるその日まで……俺はとうとう、こいつの性能の半分も引き出せなかった」
「それでも最後には、今生きてる皆を救った。結構なことじゃねーか」
「……龍誠、お前以外の『救済の超強龍』なんてあり得ないんだ。頼む、こいつを付けて戻って来てくれ」

 深々と頭を下げ、渉は龍誠の言葉を待つ。だが、世界的に有名なエリートヒーローが頭を垂れているというのに、当の本人はスルメを咥えたまま見向きもしない。

「話しただろ。オレは弱い。お前らがなんてことないように耐えてることで、あっさりと心を折られちまった。向いてなかったんだよ、ヒーローにはさ」
「そんな……! だからといって、その類い稀な才能を、力を、こんなところで腐らせるつもりか! 未練はないのか!?」
「お前の云う『こんなところで腐る』ってのが、オレにはお似合いなのさ。……まぁ、腐ってんのはオレだけなんだけどな」
「龍誠……」

 渉は沈痛な面持ちを浮かべつつも、言葉を続けられず押し黙ってしまう。
 ――龍誠の胸中が分からないわけではない。振る舞いに反して繊細な心の持ち主であるということは、長い付き合いの彼はよく知っている。
 だが、「救済の超強龍」になった龍誠の強さを一番知っているのも、彼であった。ゆえに諦めるに諦め切れず、彼は苦い貌のまま立ち上がる。

「……来週、アメリカで表彰式があるんだ。お前にも、一緒に来て欲しい。『救済の超強龍』が残した功績の半分以上は、お前が作り出したものなんだから」
「そんなもん全部やるから、お前一人で行ってこい。だいたい、下町のしょっぱいお巡りさんをどうやってお偉方に紹介する気なんだお前は」
「……どうにでもなるさ。とにかく一週間、このベルトをお前に預ける。もう一度よく考えてみてくれ」

 ちゃぶ台の上に世界最強の着鎧甲冑のデバイスを残して、エリートヒーローは部屋から立ち去っていく。その背を、かつてヒーローだった男が神妙な表情で見送っていた。

「……やれやれ。相変わらず一方的に話しやがる」

 そんな彼は、ちゃぶ台に置き去りにされた袈裟ベルトを一瞥し……咥えたスルメを揺らす。

「……とりあえず、戸締りしとこ」
 
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