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フルメタル・アクションヒーローズ

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第6話 思わぬ出会い

 ダイバーシステム。
 それは二◯三◯年に初めて登場した着鎧甲冑の新技術「二段着鎧(にだんちゃくかい)」での運用を前提とした、最新鋭水中用レスキューシステムである。

 高速小型潜水艇「超水龍の方舟(マリン・ストライダー)」で海中を潜行し、現場に向かった後、機内に搭載された着鎧要員を射出。次いで、機体に装備されたスクリュージェット付きの増加装甲を切り離す。
 「基本形態(スタンダードフォーム)」に着鎧した状態で射出された着鎧要員は、「超水龍の方舟」から切り離された増加装甲を装着して「潜行形態(ドルフィンフォーム)」に移行しつつ、増加装甲のスクリュージェットの推力を利用して活動する。
 着鎧甲冑の弱点である、活動可能時間の短さをカバーするため、様々な外付け機能を取り入れた末に、形になったシステムなのだ。

 その着鎧要員が使用する着鎧甲冑「救済の超水龍(ドラッヘンダイバー)」を任された凪を、「超水龍の方舟(マリン・ストライダー)」のパイロットである和士がサポートする。それが、久水茂からの指令だったのだ。

(……サポート、か。ま、それが正当な評価なんだろうな)

 理事長室を後にして、教室に帰る道中。和士は即日訓練開始を命じられた凪と別行動となり、廊下の窓からアカデミーの景観を見渡していた。その視線は校内の施設でも艶やかな海でもなく――そこを経た先にある、東京の町並みに向けられていた。
 正しくは――その向こうで、今も牢の中にいるであろう父に。

(……父さん。俺はまだ、父さんの名誉を取り返せるヒーローには、遠く及ばない。海原のようには、いきそうにない)

 少年の脳裏に、入学式の日のことが過る。「超水龍の方舟」を任されたとはいえ、今の自分ではあの時の凪にも勝てない。
 その凪は、今この瞬間もめきめきと力を伸ばし――ついに「救済の超水龍」を手にするに至った。まるで、世界にその名を轟かせた伝説のヒーロー「救済の超機龍(ドラッヘンファイヤー)」の再来のように。

 近しい人間にこれほどの差を付けられてしまっては、迷いも生まれてしまう。自分の力で本当に、父の汚名を晴らせるのか――と。

「……ん?」

 そうして、目を伏せるように視線を校庭に落とした瞬間。彼の視界に、ある光景が留まった。

 校庭の隅で、何やら激しく口論している数人の男女。今にも掴み合いに発展しそうな剣呑な雰囲気が、遠巻きに眺めている他の生徒達を遠ざけている。

「あそこは――Eクラスの校舎か。全く、あいつらは……」

 現場の位置から察するに、恐らくアカデミー最底辺のEクラスの人間が、喧嘩でもしているのだろう。和士は、そう見ていた。
 退学寸前の落ちこぼれが集まるEクラスには、ここで最底辺として扱われている鬱憤を晴らすために、外部の人間にヒーロー候補生として高慢に振る舞う者が多い。そんな彼らの素行不良はアカデミーの沽券に関わる課題として、Aクラスでも話題になっていた。

(このアカデミーの生徒である、という一点のみにしか誇れるものがない、愚か者達には困ったものだ。あいつらのせいで、俺や凪の評価まで下がりかねないんだから堪ったもんじゃない)

 ため息混じりに階段を降り、和士は現場を目指して足を運ぶ。本来なら関わり合いになりたくない――というところだが、同期である以上、無関係にはどうしてもなれない。
 こうして、次席の立場にものを言わせてEクラスに苦言を呈するのも、もう何回目になるか。数え切れないトラブルの量に、彼は歩みを進めながら頭を抱えていた。

 自分の姿を見るなり、おずおずと道を開けるギャラリー。その間を突き進む彼の眼前に、やがて見目麗しい美少女の姿が現れる。

「恥ずかしいとは思わないのかしら! 仮にもヒーローとして、このアカデミーに入学していながら!」
「あんだとォ!?」
「中坊のくせして、イキってんじゃねぇ!」

 茶色のセミロングを、東京湾から流れる潮風に靡かせる、色白の肌を持つ彼女は――豊かな胸を揺らし、黒い瞳でEクラスの不良達を射抜いていた。
 その歯に衣着せぬ物言いに、不良達は憤怒の形相で反発している。

 見たところ、少女はアカデミーの生徒ではない。高級感溢れる彼女のブレザーは、都内有数の令嬢が集う女学院のものだ。
 本来ならばこことは無縁であるはずの彼女が、Eクラスと揉め事を起こしている。その光景から導き出される彼女の正体は、一つだ。

(噂になっていた、例の警視総監の娘――か。話に聞く以上に、強気な女だな)

 凛としたその姿は、過酷な訓練に耐え抜いてきたアカデミーの生徒を前にしても、全く揺るがない。その美貌もあいまって、彼女の周りには見惚れている生徒達が何人もいた。

「いいのかよ、俺達にそんな口利いてよぉ! 俺達は、お前ら民間人を守るレスキューヒーローになるんだぜ? その時には助けてくださいって裸になって土下座しなきゃ、お前の命はねぇんだぞ!」
「見苦しいわね、何の実績もない癖に。あなた達Eクラスは、卒業しても向こう三年間は教育期間を設けられるらしいじゃない。あなた達の言う『その時』は、いつになったら来るのかしら!」
「なっ……んだぁとォ!?」

 ――とはいえ、挑発されているEクラスの者達に、その魅力は効果を成していないようだ。豊かな胸や臀部に好色な視線こそ向けているものの、少女の話を聞き入れる気配は全くない。むしろ今にも、欲求に任せて少女に飛びかからんとしている。
 だが、少女はそれでも引き下がる気配を見せない。このままでは自分に危害が及ぶにもかかわらず。

(……やれやれ。自分の身は自分で守れ――とは言わないが、自分に危険が降りかかる可能性くらいは自力で悟って欲しいもんだ)

 そんな少女の蛮勇を見兼ねて。和士は威圧的な表情で進み出ると、少女を庇うように立つ。ギャラリーのどよめきを背景に現れた次席を前に、Eクラスの面々が目の色を変えた。

「げっ……! こいつ、次席の……!」
「――お前達。この跳ねっ返りに何を言われたか知らないが、問題を起こすつもりなら俺が相手になるぞ」

 和士はヒーローの専門校である、このアカデミーへの入学に備え――空手の技を身につけていた。決して達人の域に至るようなものではなく、あくまで護身術として習得したものではあるが――その成果は、こうして荒事に直面する度に発揮されている。
 Eクラスの不良達のほとんどは、既にその犠牲者にされた経験があり――彼らの誰もが、喧嘩で和士には勝てないと認識していた。

 その和士にそう宣言されてしまっては、もはや彼らの選択肢は一つしかない。

「お、覚えてやがれ!」

 月並みな台詞と共に、逃げ去ることである。そのヒーローからは程遠い背を見送る和士は、深いため息と共に少女の方へと向き直る。

「全く……。なぁ、君。少しは自分の身を守ることも考えて発言したら――」
「――あなた。理事長室はどこ?」

 だが。発言を終える前に、彼の言葉は少女によって遮られてしまった。少女の今後を案じての発言を、当の少女に邪魔されたことで、自然と眉がつり上がる。

「あ、あのなぁ。普通こうやって助けられたら、一言礼を言っとくのが礼儀なんじゃないのか」
「あなた達は、人命救助が仕事なのでしょう。やって当たり前のことで――そのために働いてることで、なんで私がわざわざ礼なんてする必要があるのかしら」
「な、なにぃ……」

 助けられた礼を言わないばかりか、それが当たり前だと言ってのける彼女に、和士のこめかみから血管が浮き上がる。だが、彼の怒気を前にしても、少女はじとっとした眼差しを崩さない。

「悪いけど、私は暇じゃないのよ。今日ここに来たのは、視察のためなんかじゃない。G型の学科を早急に用意してもらうためなんだから」
「G型の学科、だと?」

 ――着鎧甲冑の量産機である「救済の龍勇者(ドラッヘマン)」には、R型(アールがた)G型(ジーがた)という、二つのバリエーションが存在する。
 着鎧甲冑の本分である、レスキュー活動に特化した装備を持つR型。電磁警棒とスタンガン以外の装備品を排除して機動性を高め、治安維持能力に特化させたG型。この二つは、それぞれ世界中のレスキュー隊や警察で制式採用され、その性能を発揮している。

 だが、その二つは均等に生産されているわけではない。「救済の龍勇者」の生産ラインの多くは、着鎧甲冑の本領であるR型が占めているのだ。
 ゆえに、世界中の警察組織がG型の生産優先を求める声が絶えないのである。そして現在の警視総監は、G型優先派として有名な人物であった。
 この娘はそれに準じた交渉を、R型の学科しか用意していないアカデミーで行おうとしているのだ。より多く生産されているR型の供給に、対応するための施設だというのに。

「……いっそ学科ごと全取っ替えしてもいいくらいなのに。G型の能力こそ、着鎧甲冑のあるべき姿なんだから」
「おい、訂正しろ! R型がどれほど人命救助に貢献しているのか、知らないのか!」
「知ってるわよ。……でも、G型の生産台数が少ないせいで、犯罪率が落ちない地域だってあるのよ。人為的な危険を排除できていない時点で、人命救助も何もないじゃない」
「だが……!」

「――それに、どうせ……今から大勢助けたところで、お兄ちゃんは帰ってこないんだから……」

 その時。少女が不意に漏らした言葉に、和士は眉を顰める。

「……?」
「あっ……と、とにかく! 私はR型専門のアカデミーなんて認めない。悪意から人を守れないで、何がヒーローよ!」

 自分が漏らした言葉に気づいたのか、彼女は慌てた様子で踵を返し、走り去って行く。その背を暫し呆然と見つめていた和士は、彼女が残した言葉を静かに思い返すのだった。

(お兄ちゃんは、帰ってこない……?)

 ――そんな自分の背を、Eクラスの不良達が憎々しく睨んでいることにも気付かずに。
 
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