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フルメタル・アクションヒーローズ

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第240話 ジェナ・ライアンの戦い

「さあ、残るはあんた一人よ。観念しなさい!」
「き、貴様らァァ……!」

 薄暗い地下に急造されたアジト。墓を荒らすように造られたその空間の中で、ジェナ・ライアンは肥え太った醜悪な男と対峙していた。
 拳銃の銃口が向かう先には、脂汗に塗れたボスの顔がある。焦りに満ちたその表情は、降伏の先にある結末――投獄という未来に怯えているようだった。

 火炎放射器から逃げおおせた部下達はジェナの打撃により全員昏倒しており、もはや使い物になる者はいない。頼みの綱の「鉄拳兵士」も、迎撃に出向いてから帰ってくる気配がない。

(……このままでは為す術なく、この小娘に逮捕されてしまう! こんなバカなことが、あるというのか! この二十年、ダスカリアンから女も金も毟り続けてきたというのに……こんなところで、こんな小娘に!)

 それは、この男にとっては耐え難い屈辱だった。
 負けるはずのない相手。搾取の対象。それ以上の存在ではなかったはずなのに。今は、それを象徴するような風貌の少女一人に、ここまで追い詰められている。
 それも、あと少しで逃げ切れる、というところで。

(こうなれば……!)

 しかしこの状況の中でも、この男は諦め切れずにいた。どの道、降伏したところで終身刑は免れない。ならばいっそ、という心境が芽生えつつあったのだ。

「なっ……!?」
「ワ、ワシにも意地というものがある! 貴様などに捕まるくらいならば、自らの死を選ぶぞ!」

 懐に忍ばせていた小型拳銃を引き抜いたボスは、ジェナではなく自分のこめかみに銃口を向ける。その自殺行為に、彼女は思わず銃の狙いを崩してしまった。

 それこそが――この男の、最後の賭け。まともな撃ち合いでは敵わない者に残された、最後のカード。

 自分が自殺しようとする動きに動揺し、集中が乱れる一瞬の隙。ボスは、その僅かなタイムラグに活路を見出すのだった。

「――死ねぇええぇっ!」

 刹那、ボスはこめかみに当てていた銃口をジェナに向け、引き金を引く指に力を込める。

「……ッ!」

 ――しかし、彼女の反応は。

「ぎゃあっ……!?」

 その不意打ちさえも、乗り越える速さを持っていた。

 鋭い眼差しで手早く構え直したジェナは、ボスが引き金を引く前に発砲し、小型拳銃を跳ね飛ばしていたのだ。それを受けた相手が、何が起きたのかもわからなくなる程の速さで。

「ひぇ、あっ……!」

 そして、ボスが状況を理解する瞬間――小型拳銃の銃身が、ジェナの足元に落ちてくる。その音が、この対決の決着を示しているようだった。

「……生憎ね。私、悪党には死ぬより重い罰を与える信条なの」
「ひ、ひひぃあぁ……!」

 苦肉の策さえも破られたボスは、腰を抜かしてジェナを見上げる。彼女の瞳は、台所に巣食う害虫を見るかのように冷たい。
 その殺気を浴びたボスは、股から温かい湯気を上げながら恐怖する。もう彼には逮捕される未来より、これから始まるであろう折檻の方が恐ろしいのだろう。

「さあ、今まで私達を苦しませてきた分……たっぷり償ってもらうから。覚悟しなさい」

 そんな彼を冷ややかに見下ろしながら、ジェナはゆっくりと歩みを進める。
 その胸中には、今日のために繰り返して来た戦いの日々が渦巻いていた。

(私は、日本人が嫌いだった。父さんや母さんを奪った、あいつらが憎くて、たまらなかった。それと同じくらい……私の友達を攫い続けてきたこいつらが、許せなかった)

 ふと、彼女の胸の中に一人の男が現れる。その男を思い浮かべた彼女は、表情に憂いの色を滲ませた。

(そんな私を……あの人は、自分の腕さえ犠牲にして助けた。あいつらの凶弾に傷付いて、私達から石を投げられても……あの人は辛い顔一つ見せずに、戦い続けてる……)

 彼女の中に在る、その男の存在は――さらに大きくなっていく。ジェナ自身、それを自覚しつつも……止められずにいるのだ。

(私は多分、あんな風には生きられないし……今まで受けてきた痛みを忘れることもない。それでも……戦い続けていればいつか、この痛みも乗り越えていける。そんな気がするの)

 そして、その憂いを断ち切るように彼女はキッと顔を上げ――懐から手錠を取り出した。この戦いに、終止符を打つために。

(……だから私は、せめてこの戦いで彼に証明したい。あなたが国に帰っても、私はきっと大丈夫だ――って)

 この任務への飛び入り参加は、いずれ来るであろう別れに備えるための、彼女なりの禊だったのだろう。手錠を握る彼女の手は……近づく別離を恐れるように、震えている。

 ――その時。

「あぐッ……!?」

 ジェナの手が、突如何かに締め付けられるかのような痛みに襲われる。
 咄嗟に、その原因を求めて振り返った彼女は――戦慄した。

「……『赤い悪魔』は仕留めた。残る敵は、この女一人のようだな」
「なッ……!? い、いつの間にッ!?」

 仮面の奥から響くような音を立て、「鉄拳兵士」はジェナの腕をねじり上げる。

「あ、あぁあ……ッ!」

 その痛みに呻く彼女を目の当たりにして、腰を抜かしているボスが歓声を上げた。

「おおお……! よくやった『鉄拳兵士』! よくぞワシの恩に応えた!」
「……」

 情けない格好のまま自分に縋り付く主人の姿を一瞥し、銅色の拳士はジェナの方へと向き直る。形成を逆転された少女保安官は、気丈な態度を崩さないまま彼を睨み付けていた。

「さあ、その小娘を叩き殺せ! ワシを脅かした罰だ、バラバラにして鳥の餌にしてやるのだッ!」
「……話が違う。女は殺さない、そういう約束だったはずだ」
「そんなことを言っている場合かッ! ワシが殺せと言ったら殺せッ!」

 思い通りに動かない用心棒に、ボスは唾を飛ばして喚き散らしている。そんな彼には見向きもせず、「鉄拳兵士」はジェナの真っ直ぐな瞳を見つめ続けていた。

「……奴隷だろうと、迫害されるだけの人生であろうと……生きてさえいれば、何かが変わる可能性だけは残る」
「な、なんだと?」
「例え恨みや憎しみだけが動機であろうとも、自分が生きることしか考えていなくとも――死なない限りは、違う生き方を探すこともできる」
「……?」
「それさえ奪う行いを、進んでしようとは思わん。殺すくらいなら、俺が貰う」
「――は、はぁ!?」

 その突拍子もない言葉に、ジェナは唖然とする。次いで、ボスはさらに声を荒げた。

「何を戯けたことを! 保安官の小娘なぞ、生かしておいていいわけがあるか! ワシの命令が聞けんのか、貴様ッ!」
「……」
「もうよい、貴様が殺さんのならばワシがやる! どけッ!」

 一向に命令を聞く気配を見せない部下に苛立ちを募らせ、ついにボスは自ら手を下すことを選ぶ。彼は地を這うように小型拳銃を拾うと、手早くその銃口をジェナに向けた。
 立て続けに引き金を引く指の動きには、一切の躊躇もない。

「……ッ!」
「ちょっ……!」

 すると「鉄拳兵士」はジェナの身体を咄嗟に抱き寄せ、背中でその銃撃を受け止めてしまった。
 旧型である「銅殻勇鎧」の先行試作型では、ゼロ距離射撃に耐えるのにも限界がある。小型拳銃が弾切れになるまで、ジェナを庇い続けていた彼の背部装甲は、既に亀裂が走っていた。

「き、貴様! ワシに楯突くつもりか! 今まで育ててやってきた恩を忘れおって!」
「……」
「許さんぞ……裏切り者め! 取引先と合流したら、すぐに貴様など――ぶッ!?」

 それはボスにとっては重い裏切り行為でしかなく、彼は目を剥いて「鉄拳兵士」を罵倒する。
 しかし、その言葉が終わる前に――彼の脂ぎった顔は、鋼鉄の裏拳に跳ね飛ばされてしまった。

「――忘れてはいない。だから、報いを受ける時はあんたと一緒だ。ボス」

 宙を舞い、力無く地面に墜落していくシンジケートの首領。その姿を静かに見つめながら、「鉄拳兵士」は独りごちた。

「あ、あんた……」
「……さあ、戦いは終わりだ。逮捕したいのならさっさと済ませろ、もたもたしてると新手が来るぞ」

 ジェナは「鉄拳兵士」の腕から解放されると、狼狽した表情で彼を見上げる。新手とは、シンジケートが取引先としていた武装組織のことだろう。
 確かに、特捜隊が崩壊している今の状況では、武装組織には到底歯が立たない。それに、自分達の目的はシンジケートのボスを捕縛することにあり、深追いするメリットもない。

「で、でも……」
「俺はこの世界から抜け出せる力を持った上で、足を洗うより義理を果たすことを選んだ。変われたはずの人生を変えなかったのは、俺が自分で決めたことだ」
「……」

 ジェナとしてはこの男ともっと話がしたいという気持ちがあったが、今はそれどころではない、という理性の方が上回っていた。

「じゃ、じゃあ……」
「……」

 躊躇いながらも、ジェナは再び手錠を手に取り――「鉄拳兵士」の両手を拘束する。彼は一切の抵抗を見せることなく、ただ静かにそれを受け入れていた。

 だが――それで決着、ではなかった。

「あらま。もう全部終わってたのかよ、こりゃ意外な展開だ」
「あっ……!? イ、イチレンジ先輩!」
「……!?」

 彼ら二人の前に――「鉄拳兵士」に倒されたはずの「救済の超機龍」が現れたのである。破損した額から、血を滴らせて。
 その光景にジェナは安堵し、「鉄拳兵士」は衝撃を受けたように固まってしまった。

「もう、心配したのよ! 『鉄拳兵士』があなたを倒したなんて、言うから……! それより、そんな状態で動き回っちゃダメじゃない!」
「はは、まぁ一度倒されたのは本当さ。――ていうか、ホントにすげぇなジェナ。他の連中はともかく、『鉄拳兵士』までとっ捕まえちまったのか?」
「えっ? いやその、それは……」

 一度倒された……という割には至って元気な龍太の姿に、ジェナは胸を撫で下ろす。その一方で、ここで起きていた一連の出来事を思い出した彼女は、言葉に詰まってしまっていた。

「じ、実はね。『鉄拳兵士』が私を助けて――」

 そこで一拍置き、「鉄拳兵士」のことを説明しようと彼女が彼に視線を向ける瞬間。

「ジェナ、と言ったか。済まない」
「――えっ?」

 膝をついて逮捕を受け入れていた彼は、突如勢いよく立ち上がり――力任せに手錠を引きちぎってしまった。
 先程までと矛盾する行動と、迸る殺気にたじろぐジェナ。そんな彼女を庇うように、龍太が立ちはだかる。

「俺はボスに、『赤い悪魔』は仕留めたと報告してしまった。例え裏切り者であろうと、その言葉を嘘にするわけにはいかん」
「……ふぅん、そういうことか。まあいい、せっかく俺を本気にさせたんだ。そっちもその気になって貰わなきゃ、張り合いがない」

 その「鉄拳兵士」の言葉と周囲の状況を照らし合わせ、龍太はおおよそのいきさつを把握する。
 そして、改めて決着を付けるために――お互いが、拳を握り締めるのだった。

「イチレンジ先輩、『鉄拳兵士』……!」

 それを見届けるジェナの胸中など、知る由もなく。
 
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