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フルメタル・アクションヒーローズ

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第235話 二人の予感

「全く! イチレンジ先輩はいつもそう! 一人で先走って私の仕事を増やしてばっかり! 私の特訓には付き合わないくせして毎回それなんだもの!」
「い、いや俺だっていきなり大立ち回りする気なんてなかったんだって。ちょ〜っと様子見たらすぐに帰る気だったんだって! ホント! これホント!」

 翌朝の城下町詰所にて、一煉寺龍太は恒例の説教を受けていた。
 武器密売シンジケートの報復に怯え、辞職する保安官が続出している昨今、現職の保安官は龍太を含めてもたったの二人しかいないのだが――それでも龍太が問題児であることには変わりないようだ。

 齢十五で城下町駐在の保安官となり、今では事務関係のほとんどを取り仕切る褐色の少女――ジェナ・ライアン。
 瀧上凱樹のジェノサイドによりダスカリアンが滅びた日に生まれ、孤児として生きてきた彼女は今、事実上の上司として龍太の手綱を握る存在となっている。
 黒いショートボブの髪に、鮮やかな褐色肌。しなやかな筋肉に、豊満な胸。そのルックスや生来の生真面目な人柄もあり、彼女は城下町におけるアイドル的存在でもあった。

「イチレンジ先輩がいつも必要以上に連中をボコボコにしちゃうから、こうして私が毎回始末書書かされてるのよ! 国防軍の嫌味に耐えながらあなたの尻拭いに奔走する私の身にもなってみたら!?」
「だ、だけどさホラ、なんだかんだで国防軍から報酬も出てるし、城下町の皆からは感謝されてるしで結果オーライじゃん? まんざら悪いことばかりでもないと思うよ、うん!」
「じゃあたまには始末書手伝ってよ!」
「腕一本じゃヘンな字になっちまうって!」
「じゃあ肩揉んで!」
「イエッサー!」

 執務机に向かい、ガリガリと事務作業に奔走していた上司の肩を、肘でマッサージする龍太。そのサービスを受けながら、ジェナは穏やかにコーヒーを嗜んでいた。

 ちなみに今、武器密売シンジケート対策は国が注力している問題の一つであり、国防軍も保安局も、大元となるボスの捕縛が急務となっているのである。
 ただ現在では国防軍と保安局による手柄の取り合いが発生しており、それが捜査難航の遠因にもなっている。情報を共有しようとしないために、ボス捕縛のためのデータが纏まらずにいるのだ。
 現場で活動できる数少ない保安官である龍太とジェナも、そのままでは不味いと情報開示の交渉に出向いたことはあるのだが、にべもなく追い返されたことしかない、というのが現状だった。

「……」

 真剣な面持ちで肩をマッサージする龍太は、その原因が自分にあるのでは――と見ていた。
 ダスカリアン王国における有名人である自分は、武器密売シンジケートから人々と国を守る保安官であると同時に、日本から来た恐ろしく強い上に得体の知れない存在でもある。
 「赤い悪魔」などという異名まで付き纏う今となっては、色眼鏡で自分を見ない国民はいないと言っていい。
 結果として伊葉和雅の政策のおかげで暮らしが改善されているため、日本に対してそこまで反発していない人もいるにはいるが――やはり、過去の虐殺に根付いた恐れと恨みは、まだ根深いのだろう。

 それでも、龍太がダスカリアン王国に来た時よりは遥かに改善された方である。
 彼がこの国に来て間もない頃は、彼が道を歩くだけで物を投げつける人が後を絶たなかったのだ。
 二年前、武器密売シンジケートとの戦いのさなか、逃げ遅れた民間人を庇って迫撃砲に直撃し――左腕を失ったという逸話が残っていなければ、今もそんな状況が続いていたのかも知れない。

「ふんふふーん……あ、イチレンジ先輩。コーヒーおかわり」
「はいよー」

 ――否。
 その民間人が自分を追って保安官となり、町の人々にその活躍を語るようなことをしなければ、確実に今も龍太は物を投げられながら人々を守る戦いに臨んでいただろう。
 瀧上凱樹により両親を失って以来、日本人を憎み続けてきた彼女が、今は自分と同じ保安官として働いている。その不思議さに頬を緩めつつ、龍太はコーヒーカップを手に取り――

「失礼する!」

 ――おかわりを入れに向かおうとした、その時。

 乱暴に開けられた扉から、迷彩服とベレー帽に身を固めた屈強な男達が、所狭しとこの詰所に上がり込んで来るのだった。
 紛れもない――ダスカリアン王国国防軍である。しかも男性が少ないダスカリアン王国としては貴重な、男性兵士であった。

「……ふっ、相変わらず汚らしい詰所だな、まるで豚小屋だ。まぁ、二人しか働き手がいないんじゃあしょうがない」
「……ちょっと、ルナイガン中尉! いきなり上がり込んで言うことがそれ!?」

 精悍な目鼻立ち。褐色の肌に切り揃えられた金髪。そして鎧の如く鍛え抜かれた筋肉と長身。
 二十一歳にして小隊長に登り詰めた国防軍中尉マックス・ルナイガンは、まさしく軍人として相応しい体格を備えていた。ジェナに下卑た笑みを浮かべている取り巻きの兵士達も、彼に劣らない体躯の持ち主である。

「……はて、栄えある国防軍の中尉様がどうしてこのようなところへ?」
「醜悪な日本人に語る舌など持った覚えはない……が、まぁいいだろう。用件は単なる忠告だ。武器密売シンジケートの件からは手を引け」
「な、なんですって!?」
「当然のことだろう、何を驚くことがある。先日貴様らが捕縛した連中から、ボスの居所を突き止めることが出来た。これからは戦闘のプロである我々の仕事。町の人間と仲良く治安維持ごっこに興じるべき貴様らが、首を突っ込んでいい案件ではないのだ」

 思わぬ進展。どうやら、長らく難航してきた武器密売シンジケートとの抗争も終わりが見えてきたらしい。
 しかし、その幕引きをルナイガン達に任せるには少しばかりの不安があると、龍太は感じていた。

 ルナイガンは龍太に次いで、武器密売シンジケートの件において高い実績を上げている。確かに、実力という面においては信の置ける人物ではあるだろう。
 だが、生来の才能に裏打ちされた実力がそうさせたのか、非常に利己的で傲慢な一面があり――城下町の住民からはいたく嫌われているらしい。
 それだけなら大した問題ではないのだが、近頃はその背景を利用して女性兵士やメイドに手を出したり、他者の妻を寝取るようなことまでしている噂もあるのだ。
 仮にその噂が事実だったとするなら……これ以上増長してしまう前に、どこかで手を打たなければならない。

 ――なにより、予感があったのだ。
 彼をこのまま行かせてはならない、という予感が。

「ふっざけないで! 今まで私達が集めた情報を横取りしてきたくせに、今さらそんな――!」
「――中尉殿。確かに戦力とするには心許ないかも知れませんが、俺達には連中と戦ってきた分だけの経験値がある。何かのお役には立てると思いますぜ」
「フン、何を言い出すのかと思えば。ジェリバン元帥の誘いを蹴って保安官などに成り下がった貴様に、今さらどうこう言われる筋合いなどないわ! 『救済の超機龍』だか何だか知らんが、権威を持たない貴様の言い分などクソ程の価値もないのだぞ!」

 ルナイガンは龍太の顔に唾を吐きかけると、踵を返して部下と共に詰所を立ち去って行く。
 慌ててハンカチで龍太の顔を拭くジェナを一瞥し、彼は高笑いと共に姿を消すのだった。

「とにかく、忠告はしておいた。足手まといになって恥を晒したくなければ、今後は大人しくしていることだ!」
「そうそう、あとは軍人に任せときな!」
「あばよ町民の味方の保安官さん! ギャハハハハ!」

 その皮肉たっぷりの言葉遣いに、ジェナは激昂し何か投げつけてやろうと、花瓶に手を伸ばす。
 しかし、その直前に龍太の右手に掴まれ、阻止されてしまった。

「先輩っ!」
「そんなことしたってしょうがないさ、ああいう連中には」
「だけどっ……!」
「……」

 悔しげに唇を噛み締め、拳を握りしめるジェナ。その姿を見守りながら、龍太はルナイガン達が立ち去った後の光景に視線を移す。

(さて……ルナイガン中尉には悪いが、勝手に動かさせて貰うかな。こちとら、もう誰も死なせないと決めてるんでね)

 胸中で決意を固める、その拳もまた――新たなる戦いを予感し、武者震いを始めていた。

 ――そして、時を同じくして。

「……」

 とある牢獄に幽閉された一人の男が、何かに導かれるかのように立ち上がる。
 虚ろな眼で天井を見上げるその姿は、さながら廃人のようだが――その肉体は「廃人」には似つかわしくないほどに鍛え抜かれていた。
 茶髪のショートヘアとブラウンの瞳、そして端正な顔立ちの持ち主である彼は、それ以上の動きを見せることなく、ただ静かに天井を見つめ続けている。

「くそう、国防軍め! 何が何でもワシを捕まえる気かっ! このままでは絶対に終わらんぞ……!」

 その時、牢の外から肥え太った初老の男が息を切らして駆け込んでくる。自分の身に迫る危機を感じてか、既にその顔は脂汗だらこになっていた。

「おいっ、『鉄拳兵士(ガントマン)』! 出番だぞ、『鉄拳兵士』ッ!」

 そして助けを求めるように、牢の中にいる男に声を掛ける。その声を受け、男の虚ろだった瞳に僅かな光が灯った。

「……戦い、か……」
「そうだ、戦いだ! 今こそお前を育ててやったワシに報いるんだ! いいな!?」
「……」

 焦燥感に満ちたその声を聞きながら、男は牢の鉄格子に手を伸ばし――針金のように、簡単にそれをひしゃげさせてしまった。

「ひ、ひひぃぃいぃっ!」
「……予感が、する」
「よ、よ、予感?」

 その異常な膂力にひっくり返る肥満男には見向きもせず、鉄格子を破った男達は拳を握りながら――再び天井を見上げる。

「……戦いの、予感だ」

 これが――二人の拳士による一騎打ちの、予兆であった。 
 

 
後書き
 年内最後の更新は大晦日! 今年も1年間ありがとうございました!
 良いお年を!(*^▽^*) 
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