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フルメタル・アクションヒーローズ

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第227話 俺とお前の最終決戦

 月を背に――バーニアを全力で噴射させたラドロイバーが迫る。
 その左手に握られたコンバットナイフは、俺の急所を怜悧冷徹に狙っていた。

「トゥアッ!」
『トゥアッ!』

 俺達はその一閃を紙一重でかわし――脇腹にバーニアを乗せた突きを入れる。しかし彼女はそれよりも速く、膝を使って突きを受け止めていた。

「くっ……!」

 ただ捌くだけなら右腕を使った方が速かったはず。救芽井がやって見せた通り、右腕に生じたダメージは色濃く残っているようだ。

「もらったァ!」
『もらったァ!』
「……!」

 無駄な動きを見せるラドロイバーの虚を突き、俺達は脹脛のバーニアを逆噴射させて正面蹴りを放つ。
 それを受けた彼女は、後ろに大きく吹き飛び――そこから持ち直すように、バーニア出力を高めて急上昇した。

 頭上を取った彼女は間髪入れず、レーザー銃を構えて俺達に狙いを付ける。この位置取り――俺達には不利だ!

「鮎子ッ!」
『わかってる!』

 上空を取られては、狙われ放題だ。俺は鮎子と意識を交わし、バーニアを噴かせて水平に移動する。
 そんな俺達を付け狙うように、レーザー照射の閃光が追いすがる。その追撃から逃れるように、俺達はさらに高く舞い上がった。

「頭上を取らせるわけには行かない! もっと高いところへ!」
『任せて!』

 採石場はおろか、松霧町全体が小さく見える。町の向こうまで見えてしまいそうだ……。
 一方、ラドロイバーは照射を終え、さらに高度を上げようとしていた。どうやら少しでも、自分に有利な状況を作ろうとしているらしい。

 このままイタチごっこを続けていたら、いずれ鮎子が再び限界を迎えてしまうだろう。それでなくとも、そろそろバッテリーも尽きてくるはず。
 ――急がなければ、こっちがジリ貧だ。

『……接近して捕まえるしかない!』
「……そうみたいだなッ!」

 俺達もバーニアの出力を高め、ラドロイバーに追従しながら少しずつ近づいて行く。

 ……妙だな。
 高度を合わせながら、徐々に距離を詰めてくる俺達の動きは、とうにレーダーで確認出来ているはず。
 なのに、なかなかレーザー銃で迎撃してこない。さっき俺を撃ち抜いた時のように、ギリギリまで引きつけてから撃つつもりか……!?

 俺は鮎子と思考をリンクさせ、いつでも回避行動に入れる体勢を維持したまま――とうとう、あと少しで近接格闘に入れる、というところまで辿り着いてしまった。

 俺達がそこまで到達したところで、ようやく彼女は上昇を止める。既に、町がほとんど見えない程の高さまで来てしまっていた。

「――ハァッ!」
「くッ!?」

 直後、彼女はレーザー銃で来るという俺の予想を裏切り――コンバットナイフで仕掛けて来た。
 乱れ飛ぶ刺突に、装甲が徐々に削られて行き――赤いスーツの部分は、中身の肉まで掠められていた。……このナイフも、着鎧甲冑を貫通する特別製だったようだ。

「あぐッ……!」
『先輩ッ!』

 読みの裏をかく連撃に怯み、俺達は思わず後ろへ後退してしまう。既に俺の全身は血塗れだ。
 ――そこへ容赦無く、ラドロイバーは追撃のレーザー銃を放ってくる。俺は咄嗟に仰け反ることでヘッドショットだけは避けた。

「く……うッ!」

 ……しかし。
 その無理な体勢では、これ以上避け続けることが出来ない。もう片方のレーザー銃を使われても、今の照射を垂直に振り下ろされても、俺に逃げる術はない。
 もう一度胸を貫かれるか。真っ二つに切り裂かれるか。二つに、一つ――

「……んッ!?」

 ――の、はずなのだが。
 不思議なことに――仰け反った俺達がさらに後退するまで、彼女は何もしてこなかったのだ。明らかに、今のは絶好のチャンスだったというのに。

 何の狙いがあって、そんな好機を逃すようなことを……。俺達が近づくまで、何も仕掛けて来なかったことといい……。

 ……何も?
 ――そうか!

「鮎子、一気に畳み掛けるぞ!」
『……うんッ!』

 俺の意図を汲み取り、鮎子はバーニアをさらに強く噴かせる。その勢いに乗じた拳の連打を、ラドロイバーの顔面に浴びせて行った。
 彼女は痛めた右腕と左腕を駆使してそれを捌くと――レーザー銃を使わぬまま後退してしまう。

 彼女は右腕をさらに痛めたらしく、その腕は再びだらりと垂れ下がってしまっていた。恐らく、その腕でレーザー銃はもう撃てないだろう。

「く、はぁ……!」

 そして――そうまでしても、結局は兜を守り切れなかったらしい。両腕のガードを掻い潜り、何発も浴びせた俺の拳は、彼女の兜に付いていた亀裂をさらに大きく広げていた。

「……やっぱりそうだ。レーザー銃を使わないんじゃない、使えないんだ。ここに来るまで、エネルギーを消費し過ぎたせいでな」
『そのレーザー銃、やはりかなりのエネルギーを使う代物だったんだね。使用頻度が、明らかに減っている』
「……」

 俺達の読み通り、ラドロイバーは既にほとんどのエネルギーを使い切ってしまっていたのだ。……当然だろう。彼女は俺達が合流するまでの間、たった一人で救芽井達と戦っていたのだから。

「もう俺を仕留め切るだけの力は、残っちゃいないみたいだな。その様子だと……逃げるだけのパワーもないだろう」
「……」

 ほぼ一日中、休むことなく戦い続けていて、こうならない方がおかしい。着鎧甲冑を本格的に軍事利用すればきっと――この途方もない強さが、当たり前になってしまうのだろう。

 だからこそ――

「――あんたの道を、これ以上進ませるわけには行かないんだ。投降してくれ」
「……そんな問答に、意味はありません。私を無力化したいのであれば、戦って倒せばいい。殺してしまえばいい」
「ただ相手を倒すことだけが、俺達の仕事なら――言われるまでもなく、そうしてるさ」
「……わかりませんね。私は、あなたのお兄さんを――」
「――分かるはずがないさ。お前と俺は、違う道に生きてるんだから」

 兄貴のことは、確かに許せない。だけど、それで彼女を殴り倒したところで――何も変わりはしない。ただ、俺の拳が痛いだけだ。
 だったら、きちんと法に則った罰を受けてもらった方がいい。それしか……ないだろうが。

「違う道――ですか。なるほど、確かにその通りです。ヨシエさんの生き方に背くことでしか、私は彼女の理想を追うことが出来なかった……」
「……なに?」

 その一方で、ラドロイバーは穏やかな口調のまま、ヨシエという女性に思いを馳せていた。この圧倒的に不利な状況がわかっていないのか?
 ていうか、ヨシエって……。

「……ですが。そこまでわかっていながら――道を違えていると知っていながら。こうして私に手を差し伸べようとしているあなたは――」
「――ッ!」

 刹那。
 残り少ないエネルギーの、全てを乗せたレーザーの一閃が――俺の視界に広がっていく。

「――本当に、愚かなのですね」

 まるで。
 赤い花が、開いていくように――

『先輩ッ!』

 ――と、いう景色の中で。鮎子の叫びが、一際大きく俺の心に轟いていた。

「くぁ……ッ!」

 その響きだけが――不意の一閃で終わりかけていた俺の命を、紙一重で繋いだのだった。
 反射だけで頭を横にかわし……右の頬に、レーザーの焼け跡が付く。増加装甲を取り付けられた仮面など、容易に貫通していた。
 ――今までの中で一番、強力なエネルギーが込もっていたように感じる。鮎子が呼びかけてくれなければ、今頃は仮面ごと、頭を吹き飛ばされていただろう。

 ……何が、愚かだ。愚かだから、なんだ! お前の方こそ――!

「――この分からず屋がァァァァアァアッ!」
『――この分からず屋がァァァァアァアッ!』

 辛うじて、最後のレーザーをかわした瞬間。
 俺達は全ての鬱憤を叩き込むように、渾身の正拳で彼女の顔面を打ち抜いて行く。肘の小型ジェットにも、強烈な加速を付けて。

「が……あッ!」

 その一撃をまともに受けた彼女の兜は――ついに、粉々に粉砕された。砕け散った黒曜の仮面が、幾つもの破片となって空へ広がっていく。
 そして、全ての力を失い……落ちて行く彼女の身体を――夜明け前の空が照らしていた。

「鮎子、最後の大仕事だ!」
『うん……行こう!』

 俺達はやがて、示し合わせたように身体を半回転させ――全速力のバーニアで急降下に突入する。ラドロイバーを、追って。

 もうバーニアを噴かせるエネルギーはおろか、着鎧を維持するだけの力も残っていなかったらしい。
 彼女の身体からは、鎧や武器が次々と剥がれ落ちていた。やがて、彼女の身体はボディスーツのみの丸腰と化していく。
 ……まるで、今まで彼女に纏わり付いていた憑き物が落ちて行くかのようだった。

「届ッ……けぇええぇえッ!」
『届ッ……けぇええぇえッ!』

 そして――視界に広がる松霧町が大きくなり……採石場の地表が目に映るところまで来た時。
 俺達はついに、彼女の元へ辿り着くのだった。

「よっ……と!」
「……」

 俺は脹脛のバーニアで体勢を維持しつつ、ラドロイバーをお姫様抱っこの格好で確保する。彼女の意識はハッキリしているようだったが――その目からは、今までのような殺気は失われていた。
 まるで、何かを懐かしむような……夢を見ているような。そんな、不思議な色の瞳だったのだ。

「……そうか。あの日の、夢の中で……悪い人から皆を守ってくれた……天使様は……」
「……?」
「私では、なくて……」

 彼女はうわ言で何かを呟き、力無く俺の頬を撫でる。その表情には、どこか温かみさえ感じられた。

「ヨシエさん……私、やっと……」

 そして、その呟きを最後に――彼女の意識は眠りについていく。瞼を閉じたその顔は、激闘の後とは思えない程に安らかなものだった。

「……」
『……先輩。ボク達、勝ったんだよね。きっと、正しかったんだよね』
「――そいつは、今にわかるさ」

 その姿に、戸惑いを隠せなかったのだろう。鮎子は確かめるように、俺に問いかけてきた。
 ……確かに、勝ったのは俺達だ。しかし、勝った方が全部正しいってんなら、それはラドロイバーの理屈になる。
 俺達が正しかったのかどうかは……着鎧甲冑が兵器にならなかった世界で生きてる、他の連中が決めてくれるさ。だからきっと――今にわかる。

 少なくとも、俺達なりの正義に力が伴っていたことだけは……間違いない、と見ていいだろうよ。

「……さ、帰ろう。皆が待ってる!」
『……うん!』

 地上から手を振り、涙ながらの笑顔で出迎えている救芽井達を見れば――それくらいは信じたくなるってもんだ。

「ただいま、皆」

 彼女達に向け、俺が小さく呟く頃。

 採石場の岩山の向こうでは――七月八日の日の出が、鮮やかに煌めいていた。
 
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