| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

フルメタル・アクションヒーローズ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第223話 黒曜の兜

 グラウンドの外へ、ラドロイバーは飛び去ってしまった。俺の――いや、俺達の底力を引き出すために。
 ただ俺を殺すことだけが目的だったなら、ここで暴れてもいいはず。それで困るのは、こっちだけなのだから。
 それをしないで、わざわざ手間をかけて場所を移すということは……それだけ、このスーツの性能限界が気になっている、ということなのだろう。

 殺すだけならいつでも出来る、だからその前にスーツの真価を見たい――と。
 ……全く、なめられたもんだ。

「龍太君……」

 ラドロイバーを追うべく「超機龍の鉄馬」に跨る俺に、救芽井が駆け寄ってくる。あの画用紙を胸に抱き締めて。
 仮面を被っている今ではその表情は伺えないが、声色からは言い知れぬ不安を滲ませているようだった。

「……救芽井。ラドロイバーは恐らく、俺達が暴れても構わないような場所に向かうはずだ。もう、この町が標的になることはない」
「……!」
「レスキューカッツェのみんなと一緒に、被害状況の確認を急いでくれ。それと、負傷者の手当ても」
「ま、待って! あなたはどうするつもりなの!? 向こうはあなたが来るまで、私達を攪乱するような行動を取り続けてたのよ! 罠を張ってる可能性もあるのに……!」
「――いや、その心配はない。ラドロイバーの狙いは『救済の超機龍』の入手と性能限界の把握。これ以上余計な罠で、俺達の戦力を削ごうとはしないさ」

 確かに俺達がここに来るまで、ラドロイバーはゲリラ戦を繰り返して救芽井達を苦しめていた。しかし、もう彼女にそんな手段に頼る必要はないだろう。
 俺達が全力を出せるように……と、言っていたのだから。あの眼は、戦いそのものに価値を見出す狂人の色を湛えている。

「……わかったわ。それなら連合機動隊も、すぐあなたの援護に――」
「――いや、戦うのは俺達二人だけでいい。大人数で挑んでも、あのレーザーで薙ぎ払われたら一網打尽だ。いたずらに怪我人を増やしたくはない」
「でも……!」

 増援を断る俺に対し、救芽井はなおも食い下がる。ここで俺達が負ければ状況が絶望的になる以上、なんとしても勝たせようとするのも当然だろう。
 だが、ラドロイバーの強さの「質」は連合機動隊の「量」を完全に凌駕している。俺達と彼女の本気のぶつかり合いに巻き込まれようものなら、今度こそ怪我人では済まなくなるだろう。

 ここから先は「人」を超越した存在から、さらに一歩踏み越えた先にある境地。ただ力があるだけの超人では、生きられない場所なのだ。
 この硬い鎧に覆われた俺でさえ、どうなるかのかはわからない。そんな場所まで、わざわざ道連れにすることもないだろう。

「大丈夫さ。――ダスカリアンの悲劇も、その根源を絶つための戦いも、今日で終わる。もう誰も、死なせたりするもんか……」
「龍太君……」
「……ってな! さ、あとは任せたぜ」
「……うん。――負けないでね、龍太君。どんなに、ラドロイバーが強くても」
「おう。兵器じゃ壊せない拳があるってこと、教えてきてやるよ」

 これ以上説得してもしょうがない、と判断したのか――救芽井は画用紙を握る手を震わせながら、俺の行動予定を認可してくれた。
 その寛大さに応え、せめて少しでも彼女が安心できるようにと――俺は大見得を切り、拳を彼女の前に突き出す。それに対し彼女は承認の証として、自らの拳を俺のそれにぶつけるのだった。

 そして、救芽井への挨拶を済ませた俺は、鮎子が操る「超機龍の鉄馬」の推力を頼りに、夜空の海へと飛び出して行く。

 ――不安げに見守っていた矢村とダウゥ姫に、サムズアップで応えながら。

「……イチレンジ……大丈夫かな」
「……心配したって、しゃあないって。龍太って昔から、こうって決めてもうたらテコでも動かんのやから」

 そんな俺の背を見送る妻は。

「――そんなあいつに、アタシは一生ついて行くんやなぁ。ま、そういうのもええよな」

 人知れず、諦めたようにため息をついて――無邪気に笑っていた。俺達が、初めて出会った頃のように。

 ――そして。
 月に見守られた空を駆け、ラドロイバーの後を追う俺達に……町とは違う光景が飛び込んで来る。

「あれは……」
『採石場……?』
「……なるほど。確かに、暴れるには丁度いいか」

 そこは、かつて古我知さんとの決着の舞台にされていた――廃工場の裏手にある採石場。彼女が言う通り、被害を気にせず全力で戦うには持ってこいだ。
 一方、既にラドロイバーはその中央に着地し、いつも通りの佇まいで俺達を待っている様子。だが、その眼はかつてない程に鋭く――冷たい。

「……ようやく来られましたね。別れの挨拶は終わりましたか?」
「……」

 採石場に降り立つ俺に対し、ラドロイバーは相変わらずの抑揚のない、無機質な口調で問いかけてくる。そんな彼女に対し、俺は仮面越しの眼光で応えて見せた。
 ――ここで死なない俺達に、そんなものは必要ない、と。

「……少なくとも、戦意は残っているご様子。場所を変えた意味もなくはなかった、というところでしょうか」
「――言いたいだけ言ってろ。すぐに後悔させてやる。ただ勝つことだけに執着しなかったことをな」

 やろうと思えばいつでもやれた。そういう余裕をぶっこいてる奴ほど、足元を掬われれば脆いもんだ。ラドロイバーだって、脆くはならなくとも隙の一つは生まれるはず。
 その一つで、さっさとこのバカ騒ぎを終わりにしてやる……!

「執着しておりますよ、勝つことだけに。着鎧甲冑を含めたあらゆる技術を『武力』に変え、何事にも屈しない『力』を手にする――それのみが、私の『勝利』なのですから」
「……へぇ。俺達はその通過点でしかないってことか。大きく出やがったな」
「あるがままの事実を述べているだけですよ」

 俺達にとっては、今日ここでラドロイバーを倒すことが勝利。
 だが彼女にとっては着鎧甲冑の入手こそが勝利であり、俺達二人はその途中にある障害の一つでしかない――そういうことだってのか。

「――とはいえ、あなた方が最大の障害であることもまた、揺るがない事実。先程の立ち回りは、お見事でした」
「……」
「あれほどの性能を今の段階から発揮できるのであれば――より兵器としての高い効果も期待出来るでしょう。こちらが、ポテンシャルを出し惜しみすることもありません」
「……今では手加減してやってた。要は、そう言いたいんだろ」

「ええ。事実ゆえ――仕方のないことですが」

 その時。
 彼女のコートの裏側から、周囲一帯を飲み込む勢いで蒸気が噴き出してくる。

「……ッ!」
『先輩、あれは……ッ!?』

 俺は思わず片腕で視界を遮り――僅かに見えた上空の「異変」に、息を飲む。
 その「異変」に、鮎子もわずかにたじろいでいる様子だった。

 つい先程まで、ラドロイバーが身に纏っていた暗黒のコートは……彼女の頭上に、蒸気を噴いて舞い上がっていたのである。

 その真下に立つ彼女の全身はコートと同じ、漆黒の色を湛えたボディスーツで覆われていた。ぴっちりと肢体に張り付き、優美なラインを描くスーツのラインは女性らしさを残してはいるが、その節々に取り付けられた武装が見る者に戦慄を与えている。

 手榴弾、手甲のレーザー光線銃、コンバットナイフ、自動拳銃――そして両足の裏に取り付けられた、小型ジェット。どれも、彼女が持てば手が付けられなくなるような物ばかりだ。

 それに、あの両足のジェット……。足裏から直接火を噴いているってことは、あの足は生身ではないのだろう。思えば、さっきの太刀合わせで足を掴んだ時も、やけに硬く感じた気がする。
 恐らく、古我知さんのような電動義肢も取り入れて――

『先輩、コートが!』
「……なッ!?」

 ――という俺の思考を、鮎子の一言が断ち切った。
 蒸気を噴いて飛び上がっていたコートが――なんと内側を曝け出すように裏返ってしまったのだ。

 その瞬間を目の当たりにして、俺はようやく古我知さんが残した言葉を実感する。
 漆黒のコートは――その裏に、更なる増加装甲を隠していたのだ。

「あれは……!」
『……コートという形状自体が、増加装甲とボディスーツを隠すためのフェイクだったんだ……!』

 そう、まさに古我知さんが言った通り。
 コートの下にある武装が全てではなく――むしろ、コートに偽装されていたこの増加装甲こそが、恐らくはラドロイバーの真の切り札。

 曝け出された増加装甲には、超小型のミサイルランチャーのような砲身が二門程伺える。こんなものまでさらに装着しようだなんて……!
 一人で世界大戦でもおっ始めようってのか、このマッドサイエンティストはッ!

呪装(じゅそう)――着鎧(ちゃくがい)

 刹那。
 ラドロイバーの、呪詛を吐くような呟きと共に。

 裏返ったコート、もとい増加装甲が――バラバラに四散し宙を舞う。
 そして主人の肢体に纏わり付くように、その全てがラドロイバーに装着されていく。
 腕に、足に、胸に、肩に。

 そして最後に――今まで露出されてきた頭にも、荘厳な兜が乗せられた。
 この兜が変形して口元を塞ぎ――そこから蒸気が噴き出す時。彼女の「着鎧」は、完了を迎える。

 漆黒の武装スーツの上に加えられた、同色の増加装甲。その両肩に乗せられた二門の超小型ミサイルランチャーが、強烈な存在感を主張していた。

 ――まさか、自分の技術だけで着鎧甲冑に近しいスーツまで作り上げていたなんてな。こっちの二段着鎧とは全く違う外見だが――スーツの性能も見た目も、ほぼ「再現」と読んで差し支えないレベルに達している。

 一見すれば、着鎧甲冑の技術を手に入れているも同然なのだが……その彼女がここまで「救済の超機龍」に固執しているということは、まだスーツの性能面ではこちらが勝っている可能性もある。
 その望みと鮎子の集中力に運命を預け――俺は、勝たねばならないのだ。この、歩いて空飛ぶ人間武器庫に。

「……コードネームは『|呪詛の後継妹(フルーフマン・シュヴェスター)』。かつて一台だけ開発されたことのある幻の着鎧甲冑『|呪詛の伝導者(フルーフマン)』の、後継機と言ったところでしょうか」
「……継がせてたまるかよ。その系譜は、ここで打ち止めだ」

 そして。あの日を思い起こさせる、月下の採石場を舞台に――最後の一戦が始まろうとしていた。

 ……ちくしょう。脇腹の傷が、疼きそうだ。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧