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フルメタル・アクションヒーローズ

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第219話 迫る死闘と影

『――ォォォオオオッ!』

 地の底から唸るような雄叫び。それが響き渡る頃には、サムライダイトの切っ先がラドロイバーの眉間に迫ろうとしていた。
 弾丸の如き速さ。人間の常識を超えない相手だったなら、この一撃だけで勝敗が決していたところだろう。

『いい踏み込みですね』

 ――それすらも容易く見切るラドロイバーが、相手でさえなければ。
 彼女は茂さんの刺突を、僅かな足捌きだけでかわしてしまう。紙一重でかわされれば、生まれてしまう隙も大きい。
 だが、それは攻撃が刺突だけで終わった場合の話だ。久水流銃剣術の本領は、あらゆる状況に柔軟に対応し、確実に一太刀を浴びせる汎用性にある。

『久水流銃剣術――蛇流撃ッ!』

 紙一重の距離で横にかわされる瞬間。茂さんは電磁警棒をテイザーライフルの銃身から抜き放ち、横一線に薙ぎ払う。狙うはラドロイバーの露出した頬。
 命中すれば、昏倒間違いなし――

『……』
『――ちィッ!』

 ――だというのに。一瞬の追撃だったというのに。ラドロイバーはあっさりと、指で電磁警棒を「摘んで」蛇流撃を止めてしまったのだ。
 紙一重でかわす方が却って危険であるはずの蛇流撃に対応した反射神経と動体視力も十分脅威だが――電磁警棒に直に触れても感電しない絶縁体繊維の強度、そして全力で振り抜いた一撃を指三本で止めてしまう膂力。
 一体、どうすれば――どんな攻撃を浴びせれば、この鉄壁を破れるというのか。

『先程のあなたの技。あれを見れば、何を狙って真っ向から挑んでくるかは、すぐに推測できますから』
『――なるほど、さすがによく見ている。……だが、それは机上の空論というものだッ!』
『……!?』
『久水流銃剣術――虎流撃ッ!』

 それでも、茂さんは諦めない。蛇流撃を放った電磁警棒の軌道とは反対の方向から、銃床に遠心力を乗せた追撃を放つ。
 獲物を捉えた猛虎の如き、決して相手を逃がさぬ獰猛な追撃。その凄みは、実際にその一撃を浴びた俺がよく知っている。

『……!』

 だが、その奇襲攻撃すらも、ラドロイバーは凌いでしまう。視界の外から振りかぶってくる銃床を、掌で受け止めてしまったのだ。
 ――しかしその動作は、これまでの余裕を伺わせる防御の数々と比べ、若干タイミングが遅れかけたように見えた。
 加えて、虎流撃を止めた彼女の頬からは、一滴だけではあるものの――冷や汗が伝っている。

 初めて――ラドロイバーの絶対的な余裕が、揺らいだのだ。
 行ける。行けるぞ、茂さん!

『ぐ……が、はッ!』

 ――ッ!?

『……よく、頑張りましたね』

 茂さんの優勢は、ここで終わってしまうのか。虎流撃が止まった直後、彼はさらに仮面の中で血を吐き出し――膝から崩れ落ちて行く。

『ぐ……ぅ、ぬぅあぁあァァッ……!』

 その様を見下ろすラドロイバーの声色は、再び落ち着きを取り戻したのか穏やかなものになっていた。

 俯くように顔を伏せ、脱力するように落ちていく。電磁警棒と銃身を握る腕も、するりとラドロイバーの拘束から撫でるように抜け落ちてしまった。

 ……くッ! 死んだら……死んだら、何にもならないんだぞ、茂さん……!
 もういい、もうすぐ着く、もうすぐそこにたどり着くから……もう立ち上がるんじゃねぇ、あとは俺が――!

『――まだ、終わりだと思うな……!』

 ――刹那。

 膝から崩れ落ちて行く、「龍を統べる者」のマスクの眼が――蒼く煌めいた。

 消えかけた蝋燭の火が、最後の瞬間に燃え上がるように。

『……ッ!?』
『――久水流銃剣術、秘技』

 次いで、真下に崩れ落ちて行く姿勢から――弧を描く軌道で、茂さんの上体が再び浮き上がる。急降下した飛行機が、体勢を持ち直して急上昇するかのようだった。

 そうして身体を上昇させながら、虎流撃の軌道で銃身を振るう勢いに流されるかのように、彼自身の身体も半回転を起こしていく。

 ……まさかこれは、虎流撃からさらに派生した技なのかッ……!?

『――獅流撃(しりゅうげき)

 俺がその結論にたどり着く瞬間。茂さんの呟きと共に――
 膝から崩れて行く姿勢から、アッパーのように下から突き上げる動きで放った、強力な飛び後ろ回し蹴りが――ラドロイバーの土手っ腹に炸裂した。

 ――恐らくは、蛇流撃も虎流撃も受け切られた時のために作られた、銃剣術の理から外れた「秘技」。
 膝から落ちて力尽きたと思わせ、虎流撃の流れが生む遠心力を利用して放つ、最後の一撃必殺なのだろう。

 下から抉り込むような蹴りを受け、ラドロイバーは数歩後ずさる。彼女の防御力がなければ、今の一撃で確実に終わっていた。
 まさに、眠りから醒めた獅子の猛襲。これを受けて大して効いてないのなら、俺が到着しても勝ち目がないかも知れん……。

 頼む。この一撃だけは、通用しててくれ……!

『……』

 ――そんな俺の願いは、最悪な形で叶えられてしまった。

 腹を撫で、再び直立不動の姿勢に戻った彼女からは……慢心の色が見えない。
 その眼は、摘み取るべき危険な芽を見つめる狩人そのもの。茂さんを外敵として認めた、戦士の貌であった。

『ぐっ……ぅ、ぁ……』
『し、茂さんっ! 逃げてぇっ!』
『茂君ッ! 早く逃げるんだァッ!』

 一方、茂さんは今度こそ力尽きたのか、膝をついて身動きが取れない状況になっていた。救芽井や古我知さんが撤退するよう呼びかけているが、もはや逃げるどころか返事することさえ叶わない状態だ。

 ……なんてことだ。ラドロイバーに手痛い一発を浴びせるどころか、却って怒らせてしまった。しかも、当の茂さんはもう身動きが取れない。
 今まで手加減していたラドロイバーがこの状況で本気になろうものなら、全滅は必至。……くそッ、最悪過ぎるぜッ! 早く辿り着かないと、皆殺されちまうッ!

『……見事です。私にここまで強力な一撃を浴びせるとは。やはり、只者ではありませんでしたか』
『う、ぐ……!』
『ですが、そろそろあなたも限界でしょう。一兵士としての経緯を込めて、せめて苦しまずに逝かせて差し上げます』

 そんな俺の焦りをさらに煽るように、ラドロイバーは茂さんの正面に歩み寄り――彼の眉間に、袖口を向ける。――レーザーで、頭を撃ち抜く気だ。

 その時、グラウンドを覆うナイターの光が、スポットライトのように二人を照らす。戦いが長期化したためか、既に辺りは薄暗くなり始めていた。

 ……ちくしょう。まだなのか。まだなのか、鮎子ッ!

『そこまで、だッ!』

 すると、抵抗する間もなく行われようとしていた処刑を――新たな声が遮った。

『……お早いお目覚めでしたね』
『抜かせッ! このワーリ・ダイン=ジェリバン、この程度で屈する武人ではないッ!』

 声の主――ジェリバン将軍は震える足に鞭打つように、再び立ち上がろうとしていた。

『ジェ、ジェリバン将軍! 無茶です!』
『ワッ……ワーリっ! ダメ! 絶対にダメだっ! 今行ったら、死んじゃうっ!』
『……姫様。キュウメイ殿。私は、守るべき者のために戦うことこそが、かけがえのない使命なのです。ここで私がいつまでも倒れていては……「将軍」の名折れ』

 彼はダウゥ姫や救芽井の制止を振り切り、ついに両の足で立ち上がってしまう。無茶にも程があるぞ、将軍ッ!

『……ヤムラ殿』
『え? ア、アタシ?』
『私に万一のことがあった時、イチレンジ殿に伝えて欲しい。姫様が望まれた未来を、貴殿に託すと。そして――』

 そのまま将軍は満身創痍の身を押して、ラドロイバーと対峙する。そんな彼を前にしても――ラドロイバーの表情に、手加減の色はない。
 本気で殺すつもりの、顔だ。

『――国の未来を賭けた決闘として、ではなく。ただ純粋に力を試すための勝負を……心ゆくまで、続けたかったと』

 それでも、将軍は向かっていく。声にならない叫びを上げ、ただひたすらに――突き進む。
 迎え撃つラドロイバーも、その拳を強く握りしめていた。もう、容赦はない。

『イチ、レンジ……早く、来て……来てよぉッ……!』

 その時。

 彼の背に手を伸ばすダウゥ姫が、涙声でそう呟き――

『龍太君ッ……!』
『りゅ、龍太ぁ……』
『頼む……急いでくれ、龍太君……!』
『旦那ァッ……!』
『一煉寺の坊や……!』
『龍太……様ッ……!』

 ――それが波及するように、他の仲間達も俺の名を呼ぶようになっていった。
 ……わかってるさ。救芽井、矢村、古我知さん、フラヴィさん、ジュリアさん、久水先輩。もう十八時は回ってるはず――そろそろ、松霧町にたどり着く頃だ!

 顔を上げた俺の視界の先では、見慣れた町並みが小さく覗いている。ここまで来れば、あとは目と鼻の先。
 待たせたな、皆。もうすぐそこに――

『……一煉寺龍太君。ただちに着陸し、着鎧を解除したまえ』

 ――ッ!?

「なッ!?」
『聞こえなかったか。ならば、もう一度言おう。ただちに着陸し、着鎧を解除してくれたまえ』

 何が、起こったんだ。

 いきなり瀬芭さんのカメラ映像が途絶えたかと思ったら、さっきと違う景色に映像が切り替わってしまった。

 しかも、映っているのは全く面識のない五十代程の中年男性。黒いスーツを着込み、黒い髪を切り揃えた姿からは、清潔な雰囲気を感じる……が、一体誰なんだこのおっさんは。
 話し方やこの雰囲気から察するに、どこかのお偉いさんのようだが……。

「鮎美先生、鮎子! これは一体……!?」
『この通信は首相官邸から、日本最高のアクセス権限を行使することで繋がっている。通常回線ではしばらくは繋がらない』
「官邸、だと……!?」

 この男……官邸からの通信で、俺達の情報を遮断してるってのか!?

 まさか――

『……失礼、申し遅れた。私は牛居敬信(うしいたかのぶ)。内閣総理大臣の政務担当秘書官を務めている者だ』

 ――とうとう感づかれたのか、日本政府にッ!
 
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