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ブラックウィドー

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第五章

「これが加害者とかいうんですか?」
「その通りだ」
「まさかと思いますがこの蜘蛛には」
「蜘蛛には毒があるものだ」 
 蛇と同じくだというのだ。
「この蜘蛛も同じだ」
「確かに蜘蛛には毒がありますけれど」
 牧師もこの話は知っている、それもよくだ。
「けれどこんな小さな蜘蛛ですよ」
「人を殺すだけの毒はないというんだな」
「はい、そこまで強い毒があるんですか?」
 牧師は真剣にいぶかしむ顔になり博士に問うた。
「この蜘蛛に」
「ブラックウィドースパイダーという」
 博士はここでやたらと不吉な響きの名前を出した。
「この蜘蛛の名前だ」
「黒い後家ですか」
「外で農作業をしていて噛まれて死ぬ」
 文字通りそうなるというのだ。
「そして残された妻が喪服を着るからだ」
「それでブラックウィドーですか」
「そうだ、絶対に近寄ってはならない」
 博士は厳しい顔と声で牧師にまた告げた。
「君も死にたくはないだろう」
「まだ結婚していないですから」
 カトリックの神父は結婚できないが牧師はそれが出来る、だからこう答えたのだった。
「勘弁して欲しいですね」
「村に赴くまでにそうではないかと考えていた」
 察してはいたのだ。この辺り博士の医師としての確かな見識があった。
「そしてその通りだった」
「そうですか」
「さて、事件の真相と加害者はわかった」
 何はともあれこれでだった。
「後は村の人達にこのことを話そう」
「はい、そしてですね」
「対処できる」
 これで無事にだった。博士は実際に村人達を集めてこの蜘蛛のことを対処法、要するに見つければ片っ端から殺していくことを教えた。村人達はこれで何とか安心することができた。
 事件は解決し博士と牧師は村を後にすることになった。二人は次の赴任地、幸いにして二人一緒の場所だったがそこに馬で向かっていた。 
 村に行く途中と同じ荒野の中で牧師はこう博士に尋ねた。
「ああした蜘蛛はここ以外にもいるんですよね」
「勿論だ」
 博士はこう答えてきた。
「ニューヨーク州にもいる」
「えっ、あそこにもですか」
「そうだ、いる」
「私ニューヨークにもいたことがありますけれど」
「見たことはないか」
「はい、あの村ではじめて見ました」
「しかしいるのだ」
 博士はこう答える。
「だから注意が必要だ」
「そうですね、本当に」
「合衆国は自然が豊かだが」
 それでもだというのだ。
「その中には危険も多いのだ」
「あの蜘蛛もそのうちの一つですか」
「軍は各地を回る、そして戦場にも赴く」
 具体的にはインディアンとの戦いであることは言うまでもない。
「その中には敵以外の敵も多いということは頭に入れておかないとな」
「インディアンにやられるのも馬鹿らしいですけれど」
 戦争は死ぬものではなく武勲を立てるものだ、これが牧師の考えでありそこからの言葉だった。
「蜘蛛にやられたらもっと馬鹿らしいですからね」
「その通りだ、わかったな」
「ええ、よく」
 牧師も博士の言葉に頷く。そしてだった。
 隣を進む博士に対してこう言った。
「蜘蛛も馬鹿にはできませんね」
「何でもそうだ。危険は気付かないうちに傍にあるものだ」
「本当に気をつけないといけませんね」
 牧師の口調はしみじみとしたものになっていた。そして。
 自分でもそのことを心に刻み込み覚えるのだった。どんな小さな蜘蛛でも死に至る毒を持っている、決して油断も安心もできないということを。


ブラックウィドー   完


               2012・10・25 
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