勇者にならない冒険者の物語 - ドラゴンクエスト10より -
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
始まりのジュレット5
冒険者の宿に入るなり、チョウキは着替えるからテーブルを取って待っているようにとバルジェンに言付けて部屋に戻っていった。
バルジェンは言われた通りに窓際の丸テーブルに座ると、テーブル中央に備えられたメニューを暇つぶしに開いてみる。
パスタ系にステーキ、サラダの品目がずらりと並んでいるが、ライスがついていそうな料理が見当たらずにたった4ページのメニューを何度もめくっては項目に目を通す。
しばらくして、ご飯は諦めようと思い至り、今度は最後の項目に並ぶドリンク欄に目を通してみる。
ジュースの種類はとにかく多かったが、目当ての酒類はと言うと、赤ワイン・白ワイン・ラム酒・ビールしか表記が無く思わずため息をついてしまう。他に、エルフ酒とオーガ酒と言うものが載っていたがどんな酒か皆目見当もつかない。
「ご飯もウィスキーもない〜」
ぺたーんとテーブルに突っ伏していると、左隣の椅子に何者かが座る音がしてそちらに首を巡らせてみる。
見ず知らずのエルフ娘が姿勢正しく座っていた。
(・・・誰だ?)
しばらくお互いに見つめ合う。
無表情でバルジェンの目を見つめてくる茶髪のショートカットのエルフ娘に対して、彼は堪え切れなくなって声をかけてみる。
「えっと、どちら様?」
「ミエル」
表情も変えずに即答するエルフ娘。
再び見つめ合う2人。
訳がわからなくてバルジェンはもう一度問うて見た。
「え、何が見える?」
「ミエル」
「・・・あ、はい・・・。え、・・・何?」
「ミエル」
と三度呟いた後に彼を指差して、
「バルジェン」
気味が悪そうな顔をしてバルジェンは頷いて見せた。
「あーうん。俺は、バルジェン。だよ?」
「ミエル」
四度呟いて今度は自分を指差して見せる。
「ああー」何かに気付いたように目を閉じて難しい顔をして「名前ねー」
関わるのはよそうと思い直して寝に入る。
彼女が椅子を近づけて来る気配を感じて薄っすらと目を開けてみると、口付け出来るほどの距離に彼女の顔があり、びっくりして仰け反った。
「・・・びっくりした。何、何の用!?」
「若い」
「年寄りじゃねーよ! 何なの!?」
「ウェディの男」
「・・・そうだけど、何?」
「楽しい?」
「何が!?」
バルジェンが思わず声を荒らげると、ミエルは小首を傾げて不思議そうな顔をして言った。
「お米、好き?」
「まぁ・・・うん。・・・はい」
「そう」
ポツリと呟くと、彼女はスッと立ち上がって何処かへ行ってしまった。
怪訝そうにその後ろ姿を追っていると、右耳を引っ張られる。
チョウキが不機嫌そうに見下ろして来ていた。
革鎧から私服らしい白いミニ浴衣を羽織り、厚手の生地の茶色いハーフパンツを履き、靴から藁草履に変えて来ていた。
「・・・やあ、チョウキ・・・」
「お前はまた、別の女に手を出そうとしていたのか?」
「いや、全然知らない娘がいきなり隣に座って来たんだよ?」
「ほーう?」
一層不機嫌そうになるチョウキに、バルジェンは困ったように後頭部を掻きながら記憶を手繰り寄せつつ言う。
「どっかで見たような娘だったけど。不気味な感じの」
「どこかとは何処だ?」
「ナンパしたとかじゃないんだからそんなに怒らなくてもいいじゃん・・・」
「むう・・・。で、何処で見たのだ?」
「冒険者の酒場だったんじゃないか〜なぁ〜・・・。討伐に誘って来た娘たちの片割れかも」
「まさか、ミエルか?」
「あー、そんな名前名乗ってた」
「むぅ!」
チョウキは頰を膨らませると、彼の左の椅子を正面の椅子の右真隣に移動させてから彼の右隣の椅子を彼に密着するように移動してから飛び乗るように座って彼の右腕に両腕を絡ませてしなだれかかって来る。
「あれはダメな奴だ」
「駄目ってお前」
「アレは色んな男を取っ替え引っ替え喰うような無自覚淫乱女だ!」
「・・・無自覚淫乱女ってお前が言うか・・・」
「とにかくアレはダメだ」
「あ、はい・・・」
不満気に呟くチョウキを見て、バルジェンは小さくため息をつくと再びメニューを開いて見た。
「エルフ酒って何?」
話題を変えてみると、チョウキは不機嫌にしながらも左頬を彼の腕に預けて答えてくれる。
「米で作った蒸留酒だ。単純に酒と言えば、エルフ酒を差すのが一般的だな」
「ようは日本酒みたいな物か」
「日本酒って何だ?」
「・・・いや、よくわからないけど。ほらあれ、透明な酒でしょ?」
「ドブロクでもなければ酒は透明なのは当たり前だぞ」
「ああ、うん。まぁ、そうね」
チョウキはそんな調子のバルジェンを見て、とても安心しきった様子で体重を彼に預けて目を閉じた。
「酒が飲みたいのなら、良い銘柄を知っているぞ。少々割高になるがな」
「いや、どちらかと言うとウィスキー派だけどね」
「ウィスキーとは何だ?」
「透明度の高い琥珀色の酒?」
「ああ、オーガ酒の事か。一般にはウィシュテーと呼ばれているな。ウィシュテーをウィスキーと発音するのは少々訛りすぎではないか?」
「そう?」
「そうとも・・・。私は苦手だがな・・・」
「酒は次の日まで残り易いが、ウィスキー・・・ウィシュテー?は残りにくいし、味が濃いから好きだけどな」
「酒は嫌いなのか?」
「嫌いじゃないけど飲みやすすぎていつの間にか足腰立たなくなるから控えてるかな」
「全く、その歳で飲兵衛とは感心せんぞ?」
「いや、ちょっと待て。俺って何歳に見えるんだ?」
「15、6歳であろう?」
「26なんだが・・・」
スッとチョウキが状態を起こしてバルジェンから離れる。
「・・・15、6歳であろう?」
「いやにじゅう、」
「記憶喪失に加えて妄想癖というのは感心せんぞ。だいたい、記憶喪失というのはそんなに都合の良いことだけ覚えているものなのか?」
「記憶喪失を疑われてもな・・・。だいたい、そんなに全部忘れるなら言葉も文字もわからなくなるだろう?」
「それは、そうなのだが」
2人が言い合いをしていると、正面の椅子がガタガタと動き出し、赤い髪をポニーテールにまとめた大きな耳の緑色の肌をした女性の顔がテーブルにヒョコッと生えて来た。
「よいしょっ」
頑張って座った様子で、どうにか上半身を覗かせると両掌をテーブルにペタンと乗せた。ドワーフの少女だ。
チョウキが目を丸くして向かいに座ったドワーフの少女を見る。
「ミシャンラではないか。どうしたのだ?」
「いやー、ミエルの奴がウチの泊まってる宿屋から居なくなってたからね。こっちにいる気がして来て見たのさ」
「それなら先程までいたぞ。人の男にちょっかい出そうとしているみたいだがな」
「やれやれ、目を離すとすぐこれだ。気を付けてね彼氏君。ミエルにとっての遊びと言えばセックスだから」
「男的には魅力的なお話だねぃててててててててて」
バルジェンがくだらない事を言って腕を思いっきりつねられる。
「ごめんごめん冗談です冗談!」
「本当にもう! 他の女に手を出すくらいなら私に夜這いでも賭けに来れば良いのだ!」
「その発言はどうかと思いますが!?」
2人の痴話喧嘩を見ながら、ミシャンラはウェイトレスからコーヒーカップを受け取り砂糖をドバドバと大匙5杯入れて勢い良くかき混ぜながら言った。
「所で討伐だけど、明日は早朝から向かうから身の回りの準備はお願いね。回復アイテムとキャンプ用大型ドルボードのレンタルは手続きして来たから、スマイルロック残り21体の討伐頑張りましょう」
「うむ、了解した。時に、大型ドルボードは何人乗りなのだ? 可能ならこいつも連れて行きたいのだが」
「キャンピングドルボードって言っても4人でいっぱいいっぱいだし、年頃の男の子なんて載せられるわけないでしょ。そんなにセックスしたいなら今晩やっときなさいね」
「うむ・・・、そうか」
再びバルジェンに体重を預けてくるチョウキに対して、彼は不安げに声を上げる。
「していいっていうなら全然するけど、そうじゃなくてだよ、お前さんは記憶のない俺をからかってるのかね」
「もう本当に・・・人が気持ちを固めればそういう事を言う。もう、今日は一緒には寝ないからな」
「ん? うん」
「なぜ即答なのだ!」
チョウキはバルジェンから離れるとおもむろに彼の頭を小突いた。
ええー!? と抗議の声を上げるバルジェンを無視してウェイトレスを呼ぶと、チョウキは果樹ジュースと白身魚のソテーにトウモロコシのバラ揚げ(芯から身をそぎ落として揚げたポップコーンになっていない物)を注文する。
バルジェンが便乗して注文しようとすると、チョウキは彼にも同じものをと注文してしまう。
「異論は認めん!」
押し切られてしまった。
ページ上へ戻る