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真剣で納豆な松永兄妹

作者:葛根
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新章プロローグ



 この物語は、若獅子タッグマッチトーナメントで川神百代が松永久秀に敗北した物語のとは別の道を辿っている。
 松永久秀は、川神百代の良きライバルであり、好敵手。
 そして、彼女の仲間である風間ファミリーとの関係も良好であり、相変わらず松永久秀は九十九髪茄子を装着して日常的に修行している。

 これは、新たな物語である。



 夏休み初日。
 両雄、否、男と女が対峙する。
 松永久秀、川神百代。
 見守るのは、風間ファミリーと松永燕。
 審判するのは、川神鉄心。ボランティアの協力者、九鬼家の人間、九鬼揚羽と九鬼紋白、それにヒューム・ヘルシング。
 ルー師範代ら川神院の修行僧は防御壁の結界を構築。場所は、かつて川神百代と九鬼揚羽が戦った川神院である。
 松永久秀は鍛錬用装備、九十九髪茄子を外しており、万全の状態。
 対する川神百代は、湧き出る闘気を見れば一目瞭然。
 非公式の一戦ではあるが、真剣勝負である。
 不敗を貫く松永久秀。不敵を貫く川神百代

「西方、川神百代!」
「ああ!」

 川神鉄心が告げる。

「東方、松永久秀!」
「おう……」

 川神百代は、心躍る模様。
 松永久秀は、あまりやる気のない模様。
 決闘。勝負をつける時が来た。
 それも、見学者はあまりにも少ない川神院で、だ。
 川神百代相手に、勝負をするならば、もっと大きな大会を開き、松永の名を売る場が必要だったはずだ。
 しかし、決闘の許可は出た。
 勝敗の行方は、門外不出。この相対は存在してはならない。
 それであるなら、不敗を貫く松永家が万が一負けても問題はないではないか。
 と言う名の脅しを松永の家長である人物に、川神百代が優しく伝えたのだ。
 それを持って、この対決は相成った。もとより、松永家の名は色んな意味で広まりつつあるし、家長である父親と母親の復縁は、風間ファミリーの軍師が働いて修復されていた。
 用意周到な動きは、川神百代がどうしても松永久秀と戦いたいと言う気持ちを軍師に伝えたことから始まっていた。
 直江大和は、働いた。人脈を使い、頭を使い、どうしてもと駄々をこねる姉の願いを叶えたのだ。
 決闘が成立したのは、直江大和の働きが大きい。
 復縁成功と脅しに心折れた松永家の家長にたぶん罪はない。決して脅しが本気であったから心が折れたわけではないはずだ。
 九鬼財閥が本来行うはずであったトーナメント大会は、この決闘が決まったことによりお流れ。
 一歩早く、軍師に軍配が傾いたのだ。これを、運命と呼べばいいのか。川神百代に敗北を与えたい九鬼紋白の願いは叶うはずである。
 川神百代は松永久秀と全力で戦えて幸せ。
 松永夫婦は復縁して幸せ。
 九鬼紋白は、川神百代に敗北を与えられて幸せ。
 そう、誰も不幸にならない結果に道筋の結末はここに終結している。ただ1人、松永久秀だけはそれほど幸せではないが。
 勝てる算段はあるが、5割強。大会でも開いてもらって、その間に川神百代の心を乱すような働きをしていれば7割以上の勝率が見込めただろう。
 川神百代ばかりにかまけて、軍師への対処を怠った。それだけの話である。
 その結果が、真剣勝負の決闘なのだ。
 
「では――」

 川神鉄心が、開始を告げようとする。
 緊迫感が川神院を包む。恐らく、人類頂上決戦になるだろう戦いが数名に見守られながら開始されるとは思いもしないだろう。

「勝負開始っ!」



 始めに動いたのは、言うまでもなく――

「いきなりの川神流無双正拳突きーっ!」
「松永流受け流し」

 正拳突きに、対して廻し受け。
 いたって普通に始まった決闘。
 ただ、正拳突きは一撃必殺の必殺技に昇華させたものであり、数多くの武道家はこれに敗れている。
 それを受け流す方もどうにかしているだろう。
 廻し受けによる受け流しからの、ハイキック。
 綺麗な空手のソレに、川神百代は感心する。
 鋭い蹴りだ。疾い蹴りだ。威力のある蹴りだ。普通の人間が受けたならば、頭が吹っ飛ぶだろう。
 
「腕が痺れたぞっ!」
「チッ」

 掌底。回転させ、捻り込むように放たれたそれは、身体の内部に深刻なダメージを与えるだろう。
 ただし、当たれば。

「避けるか」
「ああ、痛そうだったからな!」

 嗤う。川神百代は、心の底から嬉しそうに嗤う。
 それは、歓喜。闘気、殺気が含まれた掌底には、凄まじい威力が込められているのを見て取った。
 瞬間回復があれば問題は無いだろうが。

「電流か!」

 気を電気に変換させたそれを喰らうのは、不味いと直感した。

「対瞬間回復か?」
「答えるわけねーだろう」

 拳が飛ぶ。蹴りが飛ぶ。その全てに、電流が走っていた。
 さすがに、全てを躱せるわけもなく数発被弾する。
 川神百代に攻撃を当てる方も異常であるし、その攻撃を受けて回復する川神百代も異常である。
 
「電流、炎、気。アレ? ここは異世界?」
「落ち着けモロ。俺だって目の前の出来事がファンタジーなのは知ってる」


 モロとガクトは何やら不思議なモノを見ている感じであった。
 と言うよりも、今の処互角にアノ川神百代と戦っている人物に賞賛を送る。
 だが、彼らの多く風間ファミリーは川神百代が負けるなどとは思ってもいない。
 一方で、松永久秀の勝利を疑っていない者もいる。その筆頭が九鬼紋白。
 次に松永燕。
 
「戦闘を楽しもうと始めからトップギアで来ない」
「ははっ。笑わせるな。もっと楽しもう」
「後悔しろ」

 拳が交差する。それは、川神院の師範代クラスでも見て取れないハイスピード。
 
「素晴らしいヨ。松永久秀」

 ルー師範代は、心から賞賛を送る。
 そして、違和感も感じ始めていた。
 それは、この場に居る壁を超えた人間が感じ始めていた違和感。
 川神百代の攻撃が読まれている。松永久秀の攻撃が当たり始めている。
 
「ッッツ、瞬間回復――。何っ? 瞬間回復が発動しないだと!」
「瞬間回復に頼りすぎだ。川神百代。俺はアレほど瞬間回復に頼るなと言ったぞ」

 ヒュームヘルシングが笑をこぼして言った。
 忠告であるが、それはもう遅い。
 が、瞬間回復が働かなくとも川神百代は強い。
 ここに来てやっとギアを上げ始める。

「おせーよ」

 畳み掛ける攻撃。捌き切れない攻撃。
 被弾は多い。ダメージもデカイ。
 しかし、川神百代は諦めない。
 それでも、川神百代は強い。

「どうかな。ハハッ。楽しいな!」

 復活する。瞬間回復は封じられた。それがどうした。
 今よりもっと強くなれば良い。
 成長する化物。
 
「ッ。いてーな、このっ!」

 成長する怪物。
 気付けば、両者とも足を止めて打ち合う形になっていた。
 戦女神と戦神の戦いが目の前に展開されていた。
 雄々しく、美しい。
 神々しくもあり、禍々しくもある。しかし、それでも心を震わせる。
 武を極めようとする川神院修行僧の多くは、自然と涙を流していた。
 感涙。腹の底から声を上げて叫びたい程の感動。
 
「嗚呼、キレイだ……」

 誰かが言った。誰もが思った。
 美しい舞。美しい演武。
 断言出来る。これ以上の戦いを見ることはこの先一生無い。
 
「姉さんが……」
「兄ちゃんが……」

 直江大和、松永燕が同時に言った。

「泣いてる」

 それは、涙ではなく、汗だろう。
 それは、涙ではなく、血飛沫だろう。
 それでも、涙に見えたのは、観測者であるが故。
 体力が無くなれば、気力で。
 川神百代のダメージは大きい。松永久秀のダメージは大きい。
 互いのダメージは、限界を超えている。
 
「精神力が肉体を超え始めたカ……」

 ルー師範代が感涙の涙を流しながら言った。
 2人の蓄積されたダメージを考えるなら止めるべきだろう。
 しかし、神聖な決闘を止めるに叶わず。
 川神鉄心もまた、気付いているが、止められない。
 そう、誰もが見入っているし、止めようとしない。
 互いが互いの限界を超えて戦っている。
 そして、互いが互いの限界を超えて成長している。
 止められるはずがない。
 滅多に見られない、言葉にしすればミックスアップ。
 潜在している能力を引きだし高めあう行為を止められるとしたら、相対する2人しかいない。
 
 川神百代は感動と興奮。そして、感謝で満ちていた。
 これ以上は無い。まさか、相手が戦いの中で成長して実力が均衡するなど始めての経験だ。
 梃子摺る事にも梃子摺る彼女。敵は無く、孤独。
 だが、どうだ。友であり、ライバルであり、強敵になった相手。
 きっと生涯のライバルになるだろう。きっと、生きている限りライバルであり続けられるだろう。
 それがどれだけ稀有な存在か。
 感謝しよう。勝っても負けてもきっと私は感謝する。
 戦いの最中で思う。この戦いがずっと続けば良いのに、と。
 でも、それは不可能。始まりがあれば終わりがある。
 見たところ蓄積ダメージは五分。あと数分持つかどうか。
 ああ、やめたくない。終わりたくない。勝ち負けはどうでも良い。もっとこの幸福な時間が続けば良いのに。
 一度きりじゃない。でも二度はない。
 この決闘はそういうモノだ。

「……」
「……」

 語る言葉は無い。だって、私達は通じ合っているから。
 次が全身全霊の一撃だ。残る全ての力を引き出す。

 充実した。満足した。感服した。感謝した。
 であるならば、加減は無用。
 壮絶な打ち合いは止まり、静寂が訪れる。
 きっと、皆も理解した。
 次が最後。終わり。終焉。
 幕引きは主演が行う。
 
 拳が交差する。互いの全身全霊の一撃。潜在能力の限界を突破して成長し、さらに成長の限界を無くす。
 その2人。限界を無くしたどこまでも成長する2人の拳が決着の鐘を鳴らした。


 
 

 
後書き
こっそりと新章投稿してみたり。

 
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