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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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窓に、窓に!!

あれから毎晩不吉な夢を見る。
あの凄絶な屍と化した友のように、私もまた『奴ら』に狙われているのだ。
その日は迫っている。
……ああ、今日は窓がガタガタと煩い。嵐のせいだろうか。
……いや、これは風ではない。
……あれは、何だ!!

窓に、窓に!!

―――そこで日記は終わっている。



……とかそんな小説を読んだことを思い出しながら、俺は青ざめていた。向かいの寝台に腰掛けて震える志村と示し合わせ、もう一度、念のためもう一度、この船室でたった一つの窓を凝視する。……やっぱり、ある。
あの小説のように、俺達の船室の窓は大変なことになっていた。
「吸盤、だよな」
志村が掠れそうな小声で呟いた。
「分かってるよ。云うな、今状況を整理している」


午前4時36分。俺達が仮眠に入って3時間くらいになる。
悲鳴にも歓声にも聞こえる甲板の騒動を聞きつけて、俺達は目を覚ました。四畳半程度の狭い船室に、窓はたった一つ。こういう時は船室の窓から様子を伺うのだが、ちらりとも外の光が入って来ない。…俺は小さなカーテンを開けたのだが、それでも光は漏れてこなかった。
「こんなことってあるか…?」
やがて悲鳴に混じって発砲音が響き渡った。そして船室の壁に何かが激しくぶつかるような音と船体が軋むような音が混じり合い、やがて静かになった。…無音だ。文字通りの。俺はそっと部屋の灯りをつけた。


吸盤。


俺の脳髄が、視界に飛び込んできたものをそのまま漢字に変換した。吸盤。そうとしか言いようのない光景が、窓を占めていたのだ。窓一面に、直径10センチはあろうかという吸盤がびっしりと張り付いていた。俺は傍らの仮眠用ベッドで寝ている志村を叩き起こした。
そして今に至る。
物凄く恐ろしかったが、一応、ドアを押してみた。しかし何か弾力のあるものに塞がれているかのようにドアが開かない。
「タコかな」
志村が呟いた。
「どんなサイズのタコだよ」
一応突っ込んでおいたが、時折呼吸するかのように蠢く吸盤は確かに生き物のそれだ。
「大王イカかも」
「…大王イカってここまで巨大じゃねぇぞ。どんだけ大王って言葉に期待かけるんだよ」
「じゃ、何だよ」
「…分かったよ。タコかイカだよ」
そう。長い脚に吸盤をもつ生き物など、タコかイカ以外にないではないか。志村が小さく頷き、開かなかったドアを指さす。
「静かになった甲板と、開かないドア。…どう思う」
俺の脳内に閃くのは、少年の頃読んだ『海底二万マイル』という小説の1シーン。ネモ船長の潜水艦に、巨大なイカが巻き付くシーンだ。志村も恐らく、同じことを考えているだろう。
「……この部屋自体は甲板の手前に、独立した形で建ってるよな」
状況を整理するためだ。考えただけで気が狂いそうだが、自分たちが置かれている状況を『希望的観測』を一切排除して把握する必要がある。それでも過呼吸を起こしそうになり、俺はそっと口に上着の端を押し当てて息を止めた。
「『そいつ』がこの船室に巻き付いている。灯りに誘われて昇ってきたのか、網にかかったのかは知らないが、とにかくこの船に侵入した」
「そ、外の皆は…」
云わせるな。抵抗した挙句、殺されたに決まっているだろう。ジョンもロドリゲスも他の連中も、冗談がクドいが気の良い連中だった。あいつらが異形の海底生物に食い殺される様を想像するだけでもう気が狂いそうだ。
「……何か、船が傾き過ぎてないか」
ぎし、ぎし…という不吉な軋みが増え、徐々に船が右側に傾き始めた。…窓のある方向だ。
「右側から、登ってきたのか」
俺の声も震えてきた。
6人乗りの小さい漁船によじ登って来た大ダコが甲板の連中を薙ぎ払い、俺達の船室を締め上げているとかすごい馬鹿みたいな情景だが、俺達は嫌ってほどその真っ只中に放り込まれている。これが俺達の結論だ。
やがて、船室の軋み音が大きくなってきた。時折『ばきっ』と何かが折れるような音がする。
「ど、どうしよう…!」
志村が引きつった悲鳴を上げた。
「しっ!…元々タコにはそこまで攻撃的な習性はないはずだ。外の連中が襲われたのは恐らく、先に攻撃したからだろう」
「だったらフレンドリーなアプローチでいったら襲われないのか!?」
「フレンドリーなアプローチって何だ!!襲われない保証はねぇよ、ただこの船の人間を積極的に皆殺しにする程の気持ちで巻き付いてんじゃないだろうってことだ!…だから俺達がここに居ることを悟られなければ…」


船室が大きく、みしりと軋んだ。


「…気づかれてないか…!?」
「ううーむ……」
一応、もう一度窓を塞ぐ吸盤を確認する。吸盤自体はぴくりとも動かない。こんなに軋み音が酷くなっているのに、これはどういうことなのだろうか。
「た、助けを呼べばいいんだ!!」
志村がやおらポケットからスマホを取り出し、耳にあてた。
「も、もしもし警察ですか!?こちら栄光丸です、あ、ええと船舶の!!あのですね、実はですね、海の上で巨大タコに襲われて船室ごと触手で締め上げられ」
「まて志村、その説明は駄目だ!!」
慌てて止めるも時既に遅し。
志村は涙目で沈黙するスマホを握りしめていた。
「………ガチャ切りされる寸前、超怒られた………」
「………ああ、うん。そうなるな………」
あとこの場合、連絡すべきは警察じゃなくて海上保安部とかではないかと思うんだが、俺もこの状況をどう説明すればいいのか分からない。だって巨大タコだぞ。イカかもしれんけど。タコだがイカだか分からないものに船ごと潰されかけているなどという意味不明の緊急事態を電話なんかでどう伝えればいいのだ。
「そ、そうか!!海上保安部」
「駄目だ!!そいつは最後の希望だ、訳の分からん電話を掛けるな!!」
「だ、だって!!」
「待ってくれ、いま話を整理してるから」
「整理ったって整理しようがないだろこんなの!!どう説明したら海上保安が謎の巨大海洋生物と戦える装備で駆けつけてくれるんだよ!!」
「戦える装備ってどんなのだ!?」
「ミサイルランチャーとかだよ!!」
「アホか!!どこの巡視艇もそんなもん積んでねぇよ!!そういうの欲しければ自衛隊に電話しろ!!」
「じ、自衛隊の番号は…」
「ねぇよ!!とりあえず落ち着け、この状況で海保呼んでもすぐには来ない」
小型とはいえそこそこの強度を誇る栄光丸を一瞬で危機に陥れるような怪物だ。海保呼んでも犠牲を増やした上に更に刺激して最悪の結果を招くだけな気がする。
「―――俺達に出来る最善の選択は……静かにやり過ごすことだ」


ぎしっ……と、船室全体が音を立てた。最終通告のように。


「っわああああぁぁぁぁ!!!」
耳をつんざくような雄叫びをあげながら志村が抱きついてきた。
「もっもう駄目だ―――!!船室ごと潰されてすげぇでかいカラストンビに引き裂かれて死ぬんだああああ!!」
「死に様リアルだな!!」
なおもぐいぐい抱き着いてくる志村を必死に引き離す。同じ死ぬんでも吸盤と野郎に巻きつかれて圧迫死とか冗談じゃない。そんな死に様晒して親兄弟にどう申し開きすればいいんだ!!
「ほんとやめろ、離せ!!」
「直径50センチのカラストンビで殺されるんだ―――!!」
「何でカラストンビのことばかり云うんだ!!いいから離せ!!」



「サープラーイズ!!!」
「ヒャーハハハアハハハ!!ハハハハハ!!!」


突如、ガチャリとドアが外側から開かれた。
陽気なジャマイカン、ロドリゲスと悪戯好きのジョンが、くそでかい声で笑いながら現れた。



真相はこうだ。
俺達の仮眠中、定置網を引き上げると新種と思われる魚がかかっていた。
あり得ない程巨大で、腹部に複数の吸盤を持つダンゴウオの亜種だという。その腹に並ぶ吸盤があまりにタコにそっくりなので、ジョンが悪戯を思いついた。
船室に一つしかない窓に巨大ダンゴウオの腹をくっつけ、ドアの前にデブを座らせ、船室の周りをよく軋む樽で囲む。そして錨を下ろしてやばめの傾きを演出し、周りの樽を押して軋み音を出す。その上でピストルを発砲し、大騒ぎして中の二人を起こす。起きた気配を感じたら急に静かになり、時折船室周りの樽を踏みつけ、軋み音で中の二人をビビらせる。そして中のパニックが頂点に達したタイミングで、サプラーイズと叫びながら現れ、ホッとした表情の二人と『ドッキリ大成功♪』


「…………ってなるかああああ!!!」


俺達は思わず、手前にいたロドリゲスを船の外に蹴り出した。
この時に発見された巨大ダンゴウオは新種として認められ、釣り上げたジャマイカ人が興奮のあまり海に落ちたという逸話から俗名『ジャマイカン・ドロップ・フィッシュ』と名付けられたが、蹴り落としたのが度重なる悪戯にムカついた日本人二人だという真相は、あまり知られていない。

 
 

 
後書き
現在不定期連載中です。 
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