提督はBarにいる・外伝
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狐野郎、再来ス
「……とまぁ、アンタが持ち込んでくれた厄介事のせいで俺はアメリカ政府に少なからず目を付けられちまったワケだが」
「……そもそも私はこの件に首を突っ込むな、と言ったと記憶しているが?」
ビールを注いだグラスを口元に持っていったまま、ジト目でこっちを睨み付けてくる優男。
「そんな事言ってたっけか?作戦が終わったら飯でも喰わせろ、とは言われたが」
「そういうのは行間を読んで察して……いや、実際には口に出していないのだから、言ってないのと同じか」
「ま、そういうこった。諦めなよセンパイ」
ニッシッシ、と意地の悪い笑みを浮かべている提督。ここはいつもの『Bar Admiral』、来客は一連の騒動の発端とも言える内務省の役人・壬生森であった。それに秘書の叢雲に、以前ブルネイに来た時にも同行していた熊野。3人での来訪だった。
「手を出すな、と明言はされてないからな。言質がない以上、首を突っ込むかどうかは自己責任……だろ?」
「やれやれ、この手の屁理屈を捏ねるのが上手い輩は苦手だ」
「そりゃお互い様……っと、揚がったぜ」
今日の『Bar Admiral』はさながら串揚げ屋の様相だ。壬生森が手土産に持ち込んだ穴子を始め、海老や牡蠣といった海鮮、アボカドや玉ねぎ、茄子等の野菜、様々な肉に衣を付け、揚げるそばから客人の口に消えていく。そこに冷えたビール。もうそれだけでご馳走だ。
「で?アンタの事だ、現役復帰の挨拶回りだけでウチに来た訳じゃないんだろ?」
ある程度腹も満たされたであろう頃合いを見計らって、本題を切り出す。そう、今現役の提督達の間で話題に上っている真しやかな噂。それは「『蒼征』の壬生森が提督に復帰する」という物だ。
「……相変わらず、耳の早い事だ」
「ほぅ?って事は現役復帰の噂はマジなのか。そりゃ重ね重ねおめでとさん……いや、ご愁傷さんか」
俺が言うのもナンだが、この狐野郎には女難の相が出てる。しかもヤンデレとかめんどくせぇのばかりに好かれるタイプの。事実、俺が似たようなツラしてるから間違えようがない。
「それで今日は内務省の役人としての最後の仕事をしに来た、というのが建前……実の所は熊野にせがまれてね」
「お二人だけこんな素敵なディナーを楽しまれていたなんて、許されませんわ」
ムスッとした様子の熊野。その割には2人よりも食べているし、ビールも倍近く飲んでいる。
「ならお嬢さん、ウチに来るかい?三食おやつ付き、労働環境の良さは保証するぜ?」
「魅力的なお話ですけど、止めておきますわ」
「あ~らら、フラれちまった」
「目の前で人の部下を引き抜こうとするのは止めてくれるか?」
「やだね。イイ女ってのは一期一会よ、欲しいと思ったらその場で口説く……どうだい?そっちの熊野にゃ断られたが、叢雲さんはウチに移籍する気はないかい?」
「そうねぇ……悪くないわ」
正直、この食いしん坊の叢雲なら食い付くんじゃないかと少し思っていたのは秘密だ。
「おいおい、穏やかじゃないな」
「って、そんな話をしてたんじゃねぇやな。内務省の役人としての仕事ってのはなんだい?」
「フム……その話をするには、そちらのお嬢さんにも話を聞かなくてはな」
壬生森が視線を送ったカウンターの端。そこには、美味しそうにビールを煽るサラトガの姿があった。
「Foo!やっぱりtrainingの後のbeerは日本の方がいいわね!……ん、サラに何か用ですか?」
最初は他所から借りてきた猫のように大人しかったサラトガだったが、ウチの空母連中や飲兵衛軍団に捕まり、毎晩飲み歩いていたらこうなってしまった。心から『どうしてこうなった……』と言いたい。
「まぁ、彼女の性格の変化は置いておくとして。何故本土でも実装されていないハズの米空母・サラトガがこの鎮守府には居るのかね?」
「さて、何の事やら」
目の前に実物がいるのにすっとぼける。どう見ても見苦しさ全開だが、知ったことか。
「大体、あのサラトガはトラック泊地から救出してそのまま預かってるだけだぞ?所属はまだアメリカ海軍だ……いずれはアメリカに返還する予定だ」
俺の発言にえっ!?と驚いた顔になり、みるみる内に泣きそうな顔になるサラトガ。『サラ、ここにいたらご迷惑ですか?』とデカデカと顔に書いてある。勿論そんな事は無いし、返還する気も無いのだが。
「ほぅ?では一緒に救出したアメリカ海軍の将校も居るハズだが……見当たらんな」
「そりゃあ奴さん等は帰国したさ。ただ、サラトガ本人が帰国を拒否しててなぁ」
これは紛れもない事実だ。アメリカの将校達は怪我や体調不良が改善してすぐに送り返しておいた。その際、『サラトガを頼む』と一番年配の将校に涙ながらに頼まれてしまったのは内緒だったりする。
「サラトガ本人はこの鎮守府への配属を希望している、と?」
壬生森の確認するような言葉に、ブンブンと頷くサラトガ。ビールしこたま飲んで頭シェイクしたら具合悪くなるから止めなさい、と言ってやりたい。
「らしいなぁ」
というより、救出した翌日から猛烈なアプローチを受け続けていたりするのだが。この鎮守府のルールも説明済みで、ケッコンすればそういう関係になれると聞いてからはハードな訓練を自分に課している。所属すらしていない艦娘からのアプローチに関して嫁達は、
「もう今更だし……ねぇ?」
と、諦めているのかいつもの事だと思っているのか実に微妙なコメントで了承している。
「つまりは、だ。ここにいるサラトガが正式に配属されれば万事解決という訳だ」
そう言いながら壬生森が取り出したのは、1枚の紙切れ。そこには『辞令』と書かれている。早い話が、この場でサラトガをウチの所属にしてしまおうという事だ。
「オイオイいいのかよ、国家レベルの横領犯になるなんざ俺ぁ御免だぜ?」
「この件に関しては日米両政府も納得しており、新たなサラトガのマスターシップも日本への輸送が確約されている。何の問題もない。……それとも、いつまでも彼女をジェーン・ドゥのままにしておく気かね?」
「おぉ怖、どんな手使って国を脅迫したんだ?性悪狐」
「ふん、その前にアメリカを恐喝した化け狸には言われたくないな」
ジェーン・ドゥ。それはアメリカでいう所の『名無しの権兵衛』と同様の物で、その女性バージョンだ。しかしどちらかというと身元不明の死体に用いられる事が多く、生きている人間の場合はジェーン・スミスと呼ぶ場合が多い。つまり壬生森は記録上は死んだ(轟沈した)事になったままにしておくつもりか?と皮肉たっぷりに聞いてきたってワケだ。
「き、狐と狸が化かし合いしてますわ……」
「化かし合い?バカ試合の間違いでしょ」
辛辣な叢雲と熊野の発言をスルーしつつ、俺は書類を受け取って手早くサインを済ませる。判子を出すのが面倒だったのでその場で指を少し切り、血判を押し付ける。
「うし、これで正式にウチの所属だ。これからよろしくな、サラ」
「…………はいっ!」
嬉し涙なのか、目に涙を浮かべていたサラトガは満面の笑みを俺に見せてくれた。
「さて、仕事は終わりだ。ここからは純粋に客として楽しませて貰おう」
「さっきまでしこたま楽しんでたろが」
「まぁ、固いことを言うな。私の現役復帰のお祝いとでも思って、付き合ってくれたまえ」
「へいへい、分かりましたよセンパイ。……ところでセンパイよぉ、ケッコンはまだなのかい?」
俺が異種返しだ、とばかりに然り気無く爆弾を放り込む。その一撃で壬生森はフリーズし、同行者の2人は盛大に噎せ返った。
「まさか、まだ選んで無かったのか?」
「一度はケッコンした相手を喪った男だ、慎重になるのも当然だろう」
「ヘタレ」
「何とでも言え」
「早くしねぇと枯れちまうぞ?ま、その点俺は心配ねぇがな!」
ガッハッハ、と笑ってみせる。事実、心配した明石が毎年調べてはいるが全く異常無し。むしろ、
『毎日あれだけ搾り取られてて、何で元気なんですか!』
とキレられた。解せぬ。
「あの、枯れるとか枯れないとか何の話ですの?」
「あん?そりゃお前せーー」
「言わせないわよ!?」
脳内がそっちの方面には疎いらしい熊野のキラーパスを、俺がシュート。しかし叢雲がファインセーブ。そんなコントのようなやり取りを見ていた壬生森が、重い口を開いた。
「ならば経験豊富な金城提督、君に尋ねよう。全てが特別な、忘れ形見のような、あまりにも思い出の染み付きすぎた古い指環があるとする。それを欲し求める女性が何人かいるとして、渡す渡さないも含めて、君ならどうする?」
後書き
次回、このコラボ編の最終回の予定です。
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