コスモス
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第一章
コスモス
秋になった。残暑も終わり本当の意味で秋がはじまった。
制服も替わり冬服になった。涼しくなった教室の中で皆こんな話題に興じていた。
「転校生来るってな」
「うちのクラスにか?」
「来るのかよ」
「ああ、そうみたいだぜ」
話題を皆に提供している軽そうな男が言う。
「今日な」
「ふうん、どんな奴だろうな」
「男か?女か?」
「女の子だったらいいけれどな」
「そうだよな」
男組はスケベ心を出す。そして女組はというと。
「格好いい人ならいいけれどね」
「アイドルみたいなね」
「それか特撮俳優とか」
「そんな感じの」
「若しくは」
この話は女の子達の方が乗っていた。異性だけでなく同性のケースも話すのだった。
「宝塚みたいな」
「そうそう、男役みたいなね」
「格好いい感じのね」
「もうきりっとした大人の女性」
「そんな人ならね」
「馬鹿、リアルであんなのいるか」
宝塚の男役みたいな、という可能性は男子生徒達によってあっさりと否定された。
「背が高くて脚が長くてすらりとしてるんだよな」
「そうそう、それでダンスも上手で」
「高らかに格好良く歌ってね」
「見栄えのいい人」
「宝塚は幻想なんだよ」
この事実をわからなくするのが宝塚の魔術だ。それ故に多くの人を魅了し日本文化の一つとなっている。
男組も女組にこのことを言う。
「あんなのいないからな」
「そりゃ男役の人は実際にいるさ」
「それでも実際にあんな女の人いるか」
「しかも同級生だぞ」
「どんな大人の女なんだよ」
「男って夢がないわね」
「そこで来ればいいなって言えばいいのに」
しかし女組は目をじとっとさせて横目で男組を見据えながら反論した。
「女ってのはそうした人に憧れるの」
「ああした宝塚みたいな女の人にもね」
「実際にいたら凄くいいじゃない」
「道ならぬ恋って感じで」
「同性愛かよ」
男組の一人がこの場合の道ならぬ恋はそれだと言った。
「妖しいこと考えてるな」
「夢よ、夢」
「百合でハーレーロマンスでしかも悲恋よ」
「宝塚の華はそこにあるのよ」
「永遠の美がそこにあるのよ」
小林一三は偉大な文化を生み出した。阪急グループの不良娘と言われた宝塚は今や阪急グループの令嬢だ。
その話を踏まえながらさらに話が進む。
「とにかくどういう人が来るのか」
「凄く気になるわね」
「そうね、一体どういう人か」
「男か女かな」
「本当に誰が来るんだろうな」
朝の教室はその話題で持ちきりだった。だが一人だけ違っていた。
後藤聡は難しい顔で自分の席に座りこう言っていた。
「正直転校生なんてすぐにわかるからいいんだよ」
「おい、醒めてるな」
「どうしたんだよ」
「腹減ったんだよ」
朝からこの台詞だった。
「もうな」
「って朝飯食ってなかったのかよ」
「そうなのかよ」
「寝坊して食いそこねたんだよ」
よくある話だ。それで聡は転校生なぞどうでもいいというのだ。
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