大洗女子 第64回全国大会に出場せず
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第12話 ルクリリの勝利
大洗女子側のフェリーは、大島町役場そばの元町港に、そして聖グロリアーナ側を載せたフェリーは島の南端の波浮港にそれぞれ接舷し、両軍は三原山カルデラをめざして外輪山を登ることになっている。外輪山を越えたところで両者一旦停止し、審判団の確認と試合開始の合図を待つ。三原山と三原新山の周囲はガスのため立ち入り禁止であり、カルデラ地帯と「裏砂漠」と呼ばれる荒れ地地帯から出てしまった車両は失格となる。
試合会場は観光地でもあるのだが、この日は試合開始から聖グロリアーナチームが大島から退去するまでの間、関係者以外立ち入り禁止とされ、普通の試合なら用意される大画面オーロラビジョンも観覧席も設置されていない。
なお、この試合は公式には「合同演習」とされている。
『連盟審判団より大洗隊長車、感度良好ですか?』
「感度良好です。どうぞ」
『了解。現時点で両軍が配置についたことを確認しました。
各車、タブレット端末に試合場地形図をダウンロードできましたか?』
「はい、確認中。
……確認できました」
『聖グロリアーナ側も準備完了と報告がありました。現時刻は午前9時45分。
試合開始は午前10時ちょうどとなります。よろしいですか?』
「大洗隊長車、了解しました」
みほはチョーカースタイルのスロートマイクから手を離し、沙織に各車と通信して試合開始時刻を伝達するよう指示する。
「カバさん了解、アヒルさん了解、ウサギさん了解、カメさん了解、カモさん了解、レオポンさん了解、アリクイさん了解、……レームダックさん了解。全車OKよ」
「では、これから進路を説明します。各車長は地形図をタブレットに出してください」
みほは再びスロートマイクに手を添えて、今日のルート説明を始める。
今日の戦場は得意の市街地どころか森林もない、あるのはカルデラ内の峰だけだ。
「これから全車、外輪山の内側を反時計回りに進行します。
聖グロリアーナ部隊は三原火口の東側、裏砂漠ルートをたどって来たと思われます。
レオポンさんは剣が峰付近、アヒルさんは白石山付近でハルダウンして敵を待ち伏せてください。他の全車は櫛形山まで進出し、レームダックさんはさらに前進、白石山の前方で索敵移動願います。裏砂漠は見はらしが良いので、すぐに視認できるはずです」
今回レームダック、つまり元アヒルの八九式に搭乗しているのは「外人部隊」だが、アヒルさんチームと同等くらいには旧陸軍戦車を動かせる選手たちだ。
「西住殿、聖グロリアーナの歩兵戦車なら、この開けっぴろげの地形ならいい的です。
新・アヒルさんチームならチャーチルでさえ1,000m以上向こうで倒せます」
「……油断は禁物よ。優花里さん……」
「心得ております!」
車内の優花里からは、毎度のことだがキューポラから上半身を出しているみほの顔は見えない。今日はそのことに感謝するみほだった。
そして、「試合」は始まった。
『ルクリリ車、予定地点まで進出しました』
「よろしい、これより本隊は三原火口、内輪山の外側を反時計回りに進撃し、大洗女子の後背を取る。そちらの状況はどう?」
『三原新山方面から砂けむりがあがっています。これより白石山の山影で待機します』
「了解したわ。あなたは敵のスカウトが出たら、それを追いなさい。
今回は向こうの十八番を使わせてもらいました。
大洗の戦闘序列も搭乗割りもわかってますわね?」
『はい、……楽しみです』
通信は切れた。あとは計画通り進めるだけと元・ダージリンは隊長車の中で考えている。
大洗女子の伝説に幕を引きに行くのは実は不本意だが、あの西住まほが頭を下げて頼んできたのであればしかたがない。
いま乗っている戦車はムカデ足ではないが、高速走行での地形追従性能はクリスティーやトーションバーにも劣らない。
まさか大洗は「鈍足の聖グロ」が自分たち以上に速い戦場展開をするなどと思っていないだろう。二人をのぞいて……。
その二人も、GI6部長の「グリーン」本人が風紀委員になりすまして潜入していたことまでは知らない。
やはり、彼女は煮ても焼いても食えない人物に磨きがかかっているようだ。
「まあ、シェイクダウンにちょうどいい相手がいたと思うことにするわ……」
『レオポン、予定地点に現着』
『アヒル、あとは自力でいけそうです。ワイヤーをリリースします』
「了解、カメさん、ウサギさん、カバさん、ワイヤーを回収して」
『了解』
『了解しました』
『了解した』
もし双子エンジンが上手く機能していたら、『新・アヒルさん』でもレオポン程度の速度になっていただろうが、ナカジマたちの努力にかかわらず、『新・アヒルさん』の機動力はイギリスの歩兵戦車程度にしかならなかった。
そのため、決勝戦で高地陣地にレオポンを引き上げたときと同じ「ワイヤレッカー」で『新・アヒルさん』を引っ張る必要があり、全体の進撃速度が遅れた。
「もう予定を20分超過している」
みほは、いつものとおりにはいかないと予想はしていたが、せめて10分ぐらいと考えていた。その10分差が今回は決定的になる。
『レームダック、西です。これよりさらに前に出て偵察に出ます』
「気をつけてください。敵のスカウトも近くにいるかも知れないです。
またあのクルセイダーがいるかもしれない」
『了解、また出たら頼んますっ!』
知波単の西が率いる「レームダックさん」は、やっぱり手慣れた走りで前へすすむ。
車内では西がハッチから砲隊鏡を出し、前方180度を監視するが、敵影はない。
「おかしいな。視界はよくてガスも出ていないのに『裏砂漠』を走る聖グロがいない。
福田、どう思う?」
「……もしかしたら、後にいるかも知れません」
「?? 何だって?」
「もし、例の赤毛の人が巡航戦車だけで部隊を組んでいたら、私たちの裏をかいて内輪山を回り込み、もう後ろを取っているかもしれないです。
そうなったら薄い背面を撃たれます」
「よほどの思い切りだが、聖グロが世代交代していれば、──ありえる!
あんこうへ……」
『──西さん、うしろに敵です! 500m』
「ルクリリです。八九式だけが前進、後ろを監視していません。
我々が前から来るものと思っています。成功です」
『了解したわ。あなたは予定どおり八九が500m進んだら後を追いなさい。
あなたの砲撃が合図です。聖グロリアーナの本当の技術を見せてあげなさい。
『アヒルさん』に』
「了解です。
──機関始動! あの『シッティング・ダック』を追う。作戦開始!」
ルクリリは車長用ハッチから上半身を出したまま、戦車を発進させる。
それは剣が峰の大洗女子本隊も視認しているが、それは既定事項だ。
「ふっ、ルクリリだ、またあいつがかかった。
二度あることは三度あるのさ。懲りない奴だね」
『新・アヒルさん』の車内では、キャプテン磯辺が不敵に笑う。
ルクリリは前を走る八九が「アヒルさん」だと思っている。
そう磯辺は思っていた。二度あることはやっぱり三度あったと。しかし──
「馬鹿め! 三度も騙されるか!
かかったのは貴様らだ。減速しつつ超信地!」
「了解」
止まりきる前から、ルクリリ車はすさまじい横Gで傾きつつ、タイトなスピンターンで白石山を指向する。
「装填、弾種APCR。砲手、目標はハルダウン中。狙えますか?」
「照準器安定装置作動。レティクルにおさまっているわ」
「了解、停止して1秒以内に発砲願います。初弾で当ててください、アッサム様」
「わかったわ。ルクリリ」
アッサムの照準は、みごとに『新・アヒルさん』の一点をとらえ、動かない。
車体が止まり、縦スプリングのクリスティ・サスペンションがまだ動揺している。
しかしアッサムは、それに構わず撃つ。
「あんこうへ、敵がかかった。射撃します」
「キャプテン! 敵が」
何とルクリリは八九を追うのを止め、ローズヒップのクルセイダーよりも小さな半径で本家並みの「マックスターン」をすばやく決める。
『西住殿、あの巡航戦車はクルセイダーではありません。
クロムウエルです!』
『ダージリンさんがOG会の反対を押し切って、全国大会の準決勝でデビューさせたという戦車ね。黒森峰が見た……』
「キャプテン、敵発砲! 当たります」
「やっぱりすばやいね。でもシャーマン75mm並みのが当たってもこいつなら……」
「ええ、当たっても大丈夫なんてアンツィオ以来ですね」
「練習以外で落ち着いて狙えるなんて、初めてです」
「命中します。ショックに備えてください」
「よし、あけび。構わず落ち着いて狙え」
敵弾はハルダウン中で砲塔しか見えないはずの『新・アヒルさん』の、その砲塔に命中した。
割れ鐘のような音が車内に響き渡る。
「よし、撃……
……なんだ?」
「照明消えます」
「エンジン停止!」
「発射ペダル、動きません!!」
「機能ロックだと!? まさか、今のが有効?」
信じられない思いでハッチを開けて顔を出した磯辺の目に、無情に翻る白旗が映る。
「どういうことだ? パンターより堅いんだぞ、こいつは!」
『アヒルさんチーム、撃破されました! 申し訳ありません!』
「……」
優花里は無線を聞いて呆然としている。
アヒルさんチームに託したのは、大洗女子戦車道の今後を担うはずの期待の新戦力。
44MTas重戦車……。
搭乗するのは超旧式戦車「八九式中戦車」で全国大会を戦い抜いた「奇跡の」アヒル。
それがなぜ格下の敵、足が速いだけのクロムウエルなどに撃破されたのか。
「なぜ、なぜこんなことに!」
そう叫ぶ秋山のかたわらには、なぜか沈痛な面持ちの西住みほがいた。
そしてたぶん、これだけでは終わらない。
『レオポンよりあんこう、後から敵です! 4両接近中』
三原山の火口のなかよりも恐ろしい『地獄』が、これから始まろうとしていた。
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