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大洗女子 第64回全国大会に出場せず

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第6話 招かれざる客人

 
 
 
 
『――ただし、援助に当たっては条件がある』

 謎の電話の主の、本当の要件はおそらくこれだろう。
 それは優花里も予想していた。
 活動費だけとしても、有に億に届こうという金額だ。
 なにかしらの見返りは要求してくるだろう。
 もしかしたら、八百長の片棒でも担がされるのか?
 いや、それなら理事長が取り次いだりしないだろう。
 そうは思っても不安はぬぐえない。

『別に法に触れることの手伝いをしろというのではない。
 条件はただ一つ。第64回戦車道全国高校生大会に出馬することだ。
 本当にそれだけだ。君たちサイドではな。
 そうだな、2億出そう。どうかな?』

 話がうますぎる。怪しすぎる。
 優花里の頭の中で、警報が鳴りひびいている。
 これが自分のことであれば、断固として拒絶するだろうと優花里も思う。
 しかしいまの優花里にとっては、のどから手が出るほど欲しい金!
 たとえそれが毒の乗った皿だったとしても――

「──わかりました。おっしゃるとおりにいたします。
 ですから、どうか、どうかお願いします!」

 気がつくと、優花里は電話に向かってそう叫んでいた。

『──わかった。交渉成立ね。
 近いうちに大洗町教育委員会から補助金交付申請の打診が来るだろう。
 それで私が約束を守ったと確認できるはずだ。
 むろん、今後私が君に接触することはない。
 だが補助金交付を受けても貴校が全国大会に出馬しなかったときは、大洗町が補助金の返還を要求する。そういう条件で振り込むから決して忘れないように。
 では、ごきげんよう』

 電話は切れた。スピーカーからは話中音しか聞こえない。

 やってしまった。承諾してしまった。
 みほや華に了承も得ないで。
 でも、毒を食らわば皿まで。と優花里は思い直した。
 これしか大洗女子戦車道の消滅を回避する方法はないのだ。
 いや、来年度1年間だけでもいい。
 連覇して見せて「あれはフロックだ」という連中を見返せるだけでもいい。
 優花里の頭の中で、方向の定まらない思考が渦を巻き、固まってしまっている。

 話が終わったことを察したらしく、それまで横を向いて腕を組んだまま目を閉じていた理事長が片目だけ開いて右の手のひらを開き、優花里の方を向いた。
 はた目には、話中音を鳴らしたままの携帯をもって呆然としていたように見える優花里は、あわてて通話切りボタンを押して、携帯を彼の手に返した。
 理事長は携帯を内ポケットにしまうと、再び目を閉じて横を向く。
 それが「もう帰りなさい」という意志表示だと察した優花里は、音を立てないようにドアを開け閉めして、理事長室を出ていった。



 そこは和室。床の間には掛け軸がかかり、欄間には横長の額に雄渾な筆致の書が飾られている。
 しかし、それらに書かれているのは成語や漢詩の一節などではなく、ややファナティックな戦車道のスローガン。
 座卓にかけているのは、近寄りがたい雰囲気をまとった女性がひとりだけ。他には誰もいない。

「大洗女子には何があろうと出てきてもらわねばならん。
 奴らを仕留めるのは我等でなければならない。そのために救ってやったのだからな」

 部屋の主はそうつぶやくと、携帯のマイクから変調装置を外した……。






「ふう……」

 理事長は一人になると、ため息をついてからいつもの羽織姿に戻る。
 彼が着がえを終えたころ、机に置いておいた携帯がまた鈴虫の声を奏でる。
 面倒なことと思いながら、彼は携帯を取った。

 それは、優花里に電話してきた人物と真っ向対立している人物からの電話だった。
 理事長は「ちょっと失礼」というと水なしで飲めるチュアブルの胃薬を服用した。
 今日は、帰りにどこかで一杯は無理だろうと、彼は思った。






 それから3日後。

『副会長、外線です。
 大洗町教委、学校教育課からです』
「つなぎなさい。
 ……はい、大洗女子学園会長職務代理者、秋山優花里です」

 くだんの怪電話の主は、どうやら約束を守ったらしい。
 大洗町まちづくり推進課に2億円の「ふるさと納税」が振り込まれてきたという。
 ただ、大洗女子戦車道チームのファンと名乗るその人物は、その全額を大洗女子に補助金として概算払いで給付するよう求めてきた。

『ちょうど議会の定例会のさなかですので、次年度予算の追加議案として、歳入と歳出をそれぞれ2億円増額することでまちづくり推進課とは協議が整いました。
 定例会の最終日に提出されますが、即日で可決されると思われます。
 ですので、4月1日付の補助金申請書、事業計画書、収支予算書を議会の最終日の翌日、3月20日までにご用意するようお願いします。
 ただ、補助事業が全国高校生大会への参加とするよう求められていますので、事業計画は全国大会参加にむけての計画としていただきます。
 不参加であれば返還請求をなさると先方はいっておられます』

 町教委担当者の伝達事項は、怪電話の内容そのままだった。
 どうするべきだろうか。
 折悪しく華とみほは、富士の六合目で雪洞にこもっている最中。
 話を進めておいて、あとで納得してもらうしか方法がなさそうだ。

「わかりました、申請書の様式を送ってください。
 こちらでもしかるべく進めますので」
『そちらにはメールですでに送ってありますので、ご確認ください。
 期日を守っていただければ、4月中旬には支出できます』

 受話器を置きながら、優花里は考える。
 もうこれで後戻りはできない。
 しかし、全国大会を連覇するためには、現状の戦力では無理。
 どうすればいい……、そう優花里が迷っていたときだった。

「失礼します」

 会長室のドアが開き、一年生の役員がメールの打ち出しらしいプリントアウトを持ってきた。
 1通は当然大洗町教委からの書面一式だったが、もう1通のメールには全く心当たりがない。
 優花里はメールの送り主を見た。

「原野慎之介……?」

 それは、重機械商社の大間崎ホールディングスの一部門で戦車道用品、部品、戦車道仕様車両のディーラーである下北タンクディストリビューション株式会社北関東営業所長を名乗る人物からのメールだった。
 来歴証明付きの実車、認証付き復刻版戦車、武装ASSY、機関各種、足回りの再生、装甲板板金、耐候性塗装、補給部品、法定検査、トータルアシスト請負を謳っている。
 こういった会社は、ふだんは主に陸自車両関係の補給部品、消耗品、委託修理までを業務としており、戦車道関係の取引高はそれほどのものではない。
 内容は、新規に戦車道を始められた団体様限定でお買い得品をお勧めするというもので、むろん販路拡大をねらってのDMだろうと思われる。

「いくらお買い得でも、補助金もらっても来年いっぱいしか活動できない大洗に……」

 戦車なんか買えない。といおうとした優花里だったが、話を聞くだけならタダだと思いなおした。
 大洗の戦力では相手が昨年までのような舐めプレイをしてくれなければ勝てないということが、優花里をさいなんでいた。
 優花里は「話を聞くくらいなら」程度のニュアンスの返信を送った。
 すると相手から今度は電話がかかってきた。

「本当にお話を聞かせていただくだけになるかもしれませんが」

 たじろぎながら返答する優花里に原野は、もしかしたらご要望にお応えできるかもしれないからとアポイントを迫る。
 結局、優花里は原野の勢いに押される形で翌日放課後の面談を約束させられてしまい、電話を切ったあと「早まったかも知れない」と、今度は不安にさいなまれる。



「ふーむ。お宅の戦力で四強のうち三校を撃破したということ自体が、奇跡ですね」

 金色に塗ったエンブラエル フェノム100というビジネスジェットで大洗艦に現れた原野は、去年がどうかしていたのだと論評する。もしこれが夏の合同交流戦以前だったならば優花里も「戦車道にまぐれはない」と言い切るところだろうが、さすがにいまはそれを認めるしかない。

「クライスラーやフォード、BAEシステムズ、チェリャビンスクトラクター工場、ウラル貨車工場、ルノー、ラインメタルと言った会社が大戦終了までの戦車の復刻版を生産していますが、一流の戦車は現用よりも高価です。たとえば、昨年西住家と学校法人黒森峰女学園は、戦車を刷新するためだけで7~80億円、決勝戦まで使用した砲弾に2億円以上を支出したそうですな」
「砲弾だけで2億円!」
「もちろん校内演習用を含めての話でしょうが、128mm砲弾や長砲身88mm用の砲弾はラインがありませんでしたからね。ラインメタル社の特注品だとか。
 うちでも扱っておりません。パンター用や17ポンド用の競技弾なら在庫がまだありますが、それでも1発30万円はいただきませんとね」

 黒森峰並みの戦力を整えるとしたら、匿名の怪しい人物が援助してくれる資金は、砲弾代だけで消えてしまう。
 大洗はすべて故障覚悟の「リサイクル砲弾」で戦ったが、決勝戦前に各方面からの義援金がなければ、実は「弾切れ」を覚悟しなければならなかった。
 玉数がないドイツ戦車の復刻版が1両数億円というのはわかったが、マスプロ大国アメリカにも「アニマルシリーズ」に対抗できる戦車はある。それはどうなのか?

「では、大学選抜が使用したM26パーシングあたりはどのくらいするのでしょうか?」
「あれは戦車道ルールが現在の形になった時点で、まだ現役のものがかなりありました。
 それだけでなくM46に改造されたものも機関がM45支援戦車用に製造されたもので、M45が終戦のため少数生産にとどまり、搭載されなかったというだけですので、それ以外の改造部分を元に戻したものもM26あつかいになって処分をまぬがれたため、玉数はかなりありました。
 しかし……」
「しかし?」

 ゼロから作るのでなければ、絶望的なプライスタグはつかないだろうと優香里は期待した。
 しかしそれは一瞬で裏切られる。

「ドンガラとエンジンがあるからといって、すぐに競技で使えるというわけではありません。
 まず、戦車道仕様に改造する必要があります。
 ご存じのとおり戦車道の保安基準はとても厳格です。
 最初に戦闘室をすべて連盟指定の防護剤で内張りしなくてはなりません。
 加えて車体各所に衝撃波インピーダンス測定センサーと解析シミュレーターに演算装置、競技弾が発する信号を正確に受信するセンサー装置、それらをつなぐ特注のケーブル等々を配置します。
 これら撃破判定モジュールと連動して武装と機関の機能を止めるターミネーターも必要です。
 それらを連盟から購入しなければなりませんし、組み付けるためには車体と砲塔それぞれを分解しなければなりません。
 工賃込みでまあ、ざっとこんなものです」

 原野が電卓代わりにスマホを使って試算した見積金額は、ゆうに中古のマンション1区画が購入できる金額だった。
 
 
 
 
 
 
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