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とりかえばや 復活風

作者:adan
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第二話  それぞれの事情

黒髪を揺らして振り返るその人。


仄かに紅い花びらが映えて、一層際立つその姿に惚れ直したというのは、おかしいでしょうか?




「こんにちは」

このまま何も会話が無いのは淋しくて、僕の方から声をかけ

「ああ」

相手は驚いていて、それでも返事はありました。ぶっきらぼうにも思える、そんなところが変わってなくて、涙が出そうで、俯きそうになるのを耐えて必至に笑います。


「綺麗ですね。」

「うん。」



その4つの言葉しか、交わさなかった出会いは、これからずっと忘れないと心に誓いました。








中学に上がるまでを、少々駆け足でここに説明しておくと。

流石に手慣れたもので、いつ喋り、立って、興味を示せば良いのか、ベテランといっても良いほどにマニュアル化した乳幼児期。焦る事無くすくすくと育ちました。

特筆するとしたら、
優しい父母に見守られる中、知らないおじいさんとの対面でしょうか。
何かしようとしたようだけれど、逃げちゃいました。だって嫌だったんです。なんとなく。




現在も、出張で何処か遠くに出ている父に代わり、今は僕が沢田家を守っています。
一体どこで何をしているのか。時折やって来る手紙は、どこも外国。というより秘境なのが大変気になるところです。
そんな父の留守は僕が守るんだと、小さい頃一人意気込んで発熱したのも記憶に新しいです。


「無理しなくても、いいのよ。つっくんは頼りになるわ。良すぎるくらい良い子だし。」

熱でほてった顔を、母はひんやりとした手で撫で付けました。
まだ小さい僕に出来る事は本の一握りも無く、未だ母の手を煩わせているのに。

「むりしてないもん」
それが精一杯の反抗でした。

まあ、と呆れたように困ったように

「ほーら。そうやって。誰かさんが素直だと、もっと嬉しいんだけどなぁ?」
意地悪く言う母は、僕の頬を突くと、

「素直に母の言う事は聞くものよ? 頑張りすぎなくていいの。少しずつで良いから、ね」

もう一度おでこと頬を撫でて、おやすみの言葉を残して部屋を出て行きました。
悔しいです。欠片が一筋、流れ落ちてしまいました。




こんなにも悔しく思ったのは、2度目の事です。

何時だったか、僕は友達に言われたんです。
なよっとしていて、女っぽいと。

仕方ありません。女だった時が長いのですから。
それに、僕の知る男らしさというのは、この時代に合わなそうでしたし。


あまり時代錯誤もどうかと思い、母に、(今風の)男らしさを尋ねた事もあります。
大きな目を更に大きくして、一言。

「つっくんは十分男らしいわ。」

筋骨隆々の父を持つ自分としては、正直信じられませんでした。満面の笑顔で語る母には悪いと思えど、僕はどう見ても貴女に似ましたと、むくれてしまいました。

「つっくんは、十分『紳士』だと思うわ」

だってお母さんにこんなに優しいんですもの、そう笑った。


ーーーーー紳士

響きが良い。僕の目指すところが決まりました。


紳士たる者、―――とまず紳士の何たるかから入り、色々調べ回ってなんちゃって紳士の完成です。

でも落とし穴が、



『大和撫子』

いつの間にだか言われていた僕の渾名。
親切で丁寧、は『お淑やか』に受け取られたようです。




そんな小学校生活もいよいよ終止符を打ち、もう中学生となりました。

早かった様な、とても長かったような。




入学式には、母が付き添ってくれました。父は相変わらず、どこで何をしているのか。
きっとどこかで頑張っているのでしょう。

ここまで何も無く無事に暮らしているのだから、帰って来たらちゃんと労ってあげたい。


節目を迎えると、どうも感傷に浸ってしまうように。年ですかね。




学校の端に植えられた桜並木の際を歩いていると、先客が居ました。

学ランを羽織った、背の高い黒髪の綺麗な男性でした。



一陣が過り、振り返る黒。

ざああっと、薄桃色で塞がれた視界が晴れたとき、悟ったその人の正体。



それから、僕は強さを求めました。


彼の隣に居る為には、必要でしたから。










何でか、また人生をやり直している。

これでもう3度目だ。女、男、女と性別に統一性も無く、時代は現代のみだからまだマシかもしれない。娯楽と自由は欲しい。

前回、僕は妻帯者だった。娘も一人居た。
うん。自分は良くやったと思う。絶対結婚なんか無理だと思っていたから。


妻は幼なじみで、僕の事情にも明るかった。
なんでも相談に乗ってくれるので、甘えていた。


元女だった人生を語る上で、女心が解る分、まともに付き合える気がしない。
今生は独身だ、と笑って言った事もある。

しかめっ面の彼女の一言は、それまでで一番の衝撃だろう。
家族との縁の薄い人生だったから、正直戸惑ったけれど、アンタくらい面倒みれるわよ、との何とも頼もしい発言に惚れた。

オカンだ。

いったら殴られた。



まあいろいろあったのだけど、娘も無事生まれて、幸せに暮らせてただろう。

何かと出張の多い仕事だったけど、引っ越し先は恵まれていたし。


そういえば、仲良くなった子が居た。妻と娘と3人で並ぶと姉妹みたいで、うらやましい。
楽しそうじゃないか。女子な会話に交じりたい。たまにそんな時が来る。
男の社会って、元女だった自分は頬が引きつるのを耐え、なんとかやっている。
異性の会話って生々しく聞こえる気がするのは自分だけか?

まあ、いいや。慣れたし。

今生を話そう。



私は、僕を経て、私に戻った。

だけれど、何故か学ランを来て、舎弟を引き連れて昼間から町を闊歩している今をどう説明すれば良いのだろう。


私が生まれたのは、なんだかもう面倒なほどに柵に縛られた旧家。
どこもかしこも雁字搦めのその家には、またしても面倒な決まり事があって

私は男となる事に。


いやまあそれは良いとして。


付き人という名の舎弟が居るのは如何なる事か。誰でも良いから説明求む。

純和風の日本家屋に在住の現在、ヤのつく自由業さんでもないのに、町1つ牛耳ってるのって一体どんなんなんだ。
中学に上がるが、未だに実家の職業が掴めない。

というか、1つに絞ってない。

たぶん、地方統治が一族だけで成り立ってしまう。


それ程に優秀な人材を輩出して来たと言えば良いのか、2世、3世を作ったに過ぎないと言うべきか。
いや、こと『雲雀』に関して後者はない。


優秀でなければ喰い殺される。それも一族に。
これほどまでに弱肉強食を一族内で繰り広げるところはあっただろうか。知らないだけであったのかもしれない。
茶菓子食べながら見ていたけど、リアル昼ドラは願い下げだ。


中学に上がる頃には、この仕来りにも慣れてしまった。慣れるって怖い事だったんだなぁ。
でだ、(とりあえず今の)問題はここからだった。

それは僕が現在所属する委員会。

委員会とは名ばかりの、実際は町のお役所ですか? そうですか。な(一応学校の)機関。

その名も、『風紀委員会』

『風紀』
なんだか『雲雀』が法であると言っているようだ。こわやこわや


確かに、前の人生でもあったよ。風紀委員会。でも、こんな仕事なんて絶対してなかったはずだ。

今目の前に山と積まれた書類を捌いている。書類を捌くくらいは委員会ならしていただろうけど、
かれこれもう3時間は机にかじりついて。決して遅いわけじゃない。斜め読みでそれだ。どんだけ〜


次から次へと持ち込まれて来るんだ。さっきから、どんどん、どんどん

魂抜け落ちそうだ。

中学生にして早くも過労死の心配をしなきゃならんとは、全く、ふざけんなよウガーーー!!

治水工事に関する資料と、予算の報告書をその辺に投げ捨て(絶対風紀の仕事違う!)(しかもふざけた予算組みやがって。こんなの小学生でも気付くわ!!)
近くで書類を纏めていた側近の名を呼ぶ。

「......草壁」
「委員長、如何なさいました?」

書類に目を落としていた顔を上げ、姿勢を正し言葉を発する。こんなに折り目正しい人材を企業は求めているのだろう。
でも、残念な事に立派なリーゼントにしちゃっている年齢不詳の中学生兼秘書的役割を務めている副委員長。


「ちょっと発散して来て良いかな?」
立ち上がり、椅子の背もたれに掛けていた学ランをヒラリと羽織る。
もうそれは許可でなく、行って来ると言っている。

「委員長!? それはっ」
叫びに近い静止の声もあっさり躱して、

「そこら辺の虫ども片付けて来るよ」

片手を振って扉を閉める。残された草壁には悪いけど、これ以上は発狂する。

丁度いいところに獲物も確保出来た事だし、道中の虫と合わせて一掃するのも悪く無いよ。
その1点に置いて、個人的に『美化委員会』でも良いんじゃないかと思う。





外に出て、まず目に映るのは、この時期一色に染める桜並木だろう。

3月の終わり頃咲いた花は、4月の頭頃に散り始めていた。


なんとなく、いつもは立ち止まらないのに見とれていたんだろう。最近心穏やかにする暇なんてなかったから。
しばらくの間は、爽風に髪を靡かせながら感傷に浸る。


桜餅食べたい。

丁度腹も空いて来たところだし、そろそろ行こうかと踵を返した。
桜色の中に浮かぶ人影にようやくそこで気付いた。


ざああっと、過ぎた風の向こうでこちらを見ていた人物に気付かないなんて。


幼い頃から武芸を嗜んで来た者として、それは些か矜持に関わる。
相手はどう見ても、素人。隙だらけなのだから。



ふわっとした茶髪のくりっとした眼が可愛らしい少年。胸の花は新入生を現すもの。
そういえば今日は入学式か。忙しくて缶詰だったから忘れてたよ。
ジッと観察していた。だって、もしかしたら実力を隠してるのかも、とか思いたいじゃない。

「こんにちは」


声をかけられるとは思ってもみなかった。一応風紀委員の校章をつけているのに。
知らないのか?

なら外部からの新入生か。そんな事を頭の中で洗っていると(新入生の資料は一通り目を通したし)

「ああ」
そういえば、この子の髪。地毛らしいから風紀の処罰対象外指定されてたような

つい漏らした声に、この子の反応は目に見えて嬉しそうなった。違うな、泣きそう? なんで?

でも笑おうとしている理由も分からない。
泣きそうなのに笑う。そういえば、あの子もそんなところがあったっけ


ふと思い出した人影に懐かしさが過る。穏やかに笑うその顔は



「綺麗ですね」

そう

「うん」

綺麗だったんだ。 
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