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美食王

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第一章

                 美食王
 ハールーン=フセインはサウジアラビアにおいて王家に継ぐ資産家として知られている。この国は石油で有名だがフセイン家は貿易や宝石、金融でも莫大な収入を得ていてその富は世界有数であるとさえ言われている。
 その為ハールーンは贅沢な暮らしを楽しんでいた、アラビアンナイトに出て来る様な宮殿に住みそこに多くの使用人達を雇っていた。
 数えきれないだけの名車に見事な内装と庭、そして四人の妻達に囲まれており特に美食を楽しんでいた。
 この日彼は中華料理を食べていた、そうしつつお抱えのシェフ長であるイマム=バルマルに対してこんなことを言っていた。
「今日もよい」
「中華料理もですか」
「うむ、これは広東のものだな」
「はい」
 そうだとだ、イマムは丸々とした大柄な身体にピンと張ったカイゼル髭の主に言った。黒髪も彫のある顔立ちも太ってはいるが整い気品もある。物腰も鷹揚で丁寧であり悪いものではない。服装も奇麗でまさに泰然といったものだ。
 その彼にだ、イマムは自分の太った顔で言うのだった。彼も太っているが気品というよりは温厚さが見える感じだ。
「左様です」
「だから塩味でか」
「そして海鮮のものが多いのです」
「そうだな、そしてだな」
「豚ではなくです」
 このことも大事だった、サウジアラビアは厳格なイスラム国でありしかもハールーンも敬虔なムスリムであるからだ。
「牛肉や羊ですが」
「それで代用したね」
「はい、しかしです」
「広東料理だね」
「海の幸を使った」
「アッラーよ許し給え」
 ここでハールーンはこうも言った。
「豚肉だけではないがな」
「海の幸もですから」
「鱗のないものは食べてはならない」
「それ故に」
「そしてだ」
 ハールーンは苦笑いを浮かべて自分の杯も見て言った、これまた見事なガラスの杯だ。これだけで日本だとマンションの一ヶ月分の家賃は優にあるだろう。
「ワインもだ」
「それもですね」
「味わっているからな」
「それ故にですね」
「美食の誘惑に負けてしまう」
 流石に豚肉は食べないがだ。
「それ故にアッラーには申し訳ない。だが」
「この度もですね」
「実にいい」
 箸を上手に使い海鮮麺を食べつつ言った。
「楽しませてもらっている」
「それは何よりです」
「うむ、それでだが」
 食べつつだ、ハールーンは傍に控えるイマムにこうも言った。
「今度面白いものを食べたい」
「と、いいますと」
「何時だったか」
 食べつつだ、ハールーンは遠い目になってイマムに話したのだった。
「私はこの上なく美味なものを食べたのだ」
「何時だったか、ですか」
「それが何時だったかは覚えていないが」
 それでもというのだ。
「食べたのだ」
「そうなのですか」
「それが非常に美味でだ」
 それでというのだ。
「美味さは覚えている、しかしそれを何時食べてどんなものだったのか」
「それはですか」
「覚えていない」
 そうだというのだ。
「残念だがな」
「そうですか」
「果たしてそれが何だったのか」
 それはというのだ。
「私はわからない」
「しかしですね」
「私はまたそれを食べたい」
 何時食べたのか、それが何だったのかわからないにしてもというのだ。 
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