提督はBarにいる・外伝
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応接室の応酬・2
「……これは?」
「見ての通り、ブルネイ国王直々の依頼書だよ。『トラック諸島陥落の憂き目に鑑み、友好関係にある日本国国民を人道的見地から救出すべく、助力を願う』ってな?」
間違いなく一字一句合っている筈だ。何しろ文面考えたの、俺と大淀だしな。勿論国王のサインもあるし、ウチの承認の判子も押してある。公式にも認められる書類だ。ケチのつけようがない。
「成る程。……しかし何故ブルネイ国王はトラック諸島陥落の情報を知っておられたので?」
「そりゃ国のトップだからな。情報収集用の組織くらい抱えてるんじゃねぇの?俺も個人的に付き合いがあるが、仕事上の事は口を挟んだ事はねぇし」
眼鏡のオッサンは書類をじっくりと読み込んで、何処かに粗が無いかと探していたようだが、そんな雑な仕事をするハズも無い。どうやら諦めたらしく、書類をテーブルに戻すと、
「確かに。日本国の国民を救い出すついでだったとはいえ、我が国の国民も救出して頂いた事、感謝いたします」
と頭を下げた。
「しかし……日本に譲渡する予定であったサラトガがこちらに保護されている、というのも事実。どうかこちらに引き渡しては頂けませんか?」
「そりゃ無茶ってモンだろ?第一日本に譲渡する予定だったってんなら、このまま大本営に連絡を入れて日本にそのまま渡しゃあいい話だろうに」
「えぇ、それは重々承知の上。ですが過去にろ獲された艦娘が深海棲艦に改造され、堕とされたという事象があったと聞いています」
中々勉強家のようだ。数は少ないが、そういう事象は報告されているし、実際ウチにいるザラは一度深海棲艦に『堕ちた』のを俺達が救い出した縁でウチに来た、という経緯がある。
「その可能性を危惧して、我が国では一度本国に送還して安全性を調べた上で再び日本へ送り出したいと考えているのです」
日本にもう一度送り出す、ねぇ?核攻撃で深海の奴等諸共に消し去ろうとしたのを鑑みると、日本のこれ以上の戦力強化をさせたくない一心で、暗殺とかしそうな勢いだけどなぁ?『ウチは送り出しました、けど途中で敵に襲われたみたいで音信不通です』とか言って。
「ふ~ん……話の筋は通ってるな、一応。だが……答えは『NO』だ」
「ほぅ、何故ですかな?理由をお聞きしても?」
「理由?そりゃ単純明快だ……会談の場に武器を携帯してくるような奴を、俺は信用しねぇんだよ」
「我々が、武装をしていると?そんな根拠もない論理で……」
「おっと、説明が必要かい。ならまず1つ目、スーツの脇の閉まり具合が左右で違う。僅かにだが左が開いている……恐らくはショルダーホルスターか何かで銃を吊ってあるんだろう」
「そして2つ目、そっちのガタイのいい兄ちゃんは座り方が不自然だ。腰のベルト辺りにでもナイフを忍ばせてるんだろうなぁ?そして3つ目、特定の指の関節に特殊なタコが出来ている。コイツは長年、それも日常的に銃やナイフを扱っていないと出来ない代物だ……さて、申し開きがあるなら聞くが?」
俺が目の前の2人をただの大使館職員ではないと看破した理由をずらずらと挙げてみせる。それを大人しく聞いていた眼鏡は、やがて諦めたように首を左右に振り、
「やれやれ、そこまで見破られているのなら仕方がない。確かに私達は大使館職員などではない……アメリカ政府の秘密工作員と理解してもらえれば」
「やっぱりな、漸く尻尾出しやがったな狐めが」
「狐とはまた辛辣な……それで、サラトガを引き渡して頂けますね?」
「もう忘れたのか?答えは『NO』だ。信用出来る・出来ないは大前提……その上で俺はお前らにサラトガを引き渡す事は出来ないと判断した。ユーアンダスタン?」
「成る程、ではビジネスと参りましょう。保護して頂いた謝礼金は弾ませて頂きます……ですからサラトガの身柄をこちらに」
「金で買おう、ってのか。そりゃ人身売買に当たる行為だろうが」
「しかしそれはあくまでも人間の場合。人の形を象った人為らざる者には適用されないでしょう?」
勘に触る言い方だ。つまり艦娘は人ではないと暗に言ってやがる……胸糞悪い。
「おっと、ここは日本の軍事基地だぜ?つまりは日本の領土も同じ……治外法権だ。日本じゃ艦娘は人権を認められており、一端の軍人と認識されてんだ」
「ですがサラトガはアメリカ軍に籍を置いています。なればアメリカの法に沿うべきでは?」
はぁ……面倒な奴だぜ。じゃあこっちもカードを切るとするか。
「見殺しにしようとした軍人に、法の適用もクソもねぇとおもうがねぇ?」
俺が無造作に放った一言に、応接室の中が凍る。眼鏡の方は表情を崩さないが、ガタイのいい方の兄ちゃんは顔に『貴様、何故それを!?』とデカデカと書いてある。
「……はて、何の事やら」
「そうかい。実は内に青葉って艦娘が居てね?厄介な事に、他人の秘密やら何やらスッパ抜こうとする傍迷惑なパパラッチのような奴なんだが」
俺がパンパン、と手を叩くと応接室の扉が開かれ、1台のノートパソコンが運ばれてきた。俺はそれを徐に立ち上げ、1つの動画ファイルを再生して2人に見せる。その内容はアメリカ政府がトラック泊地への核攻撃を画策していた事や、それを裏付ける証拠の数々、そしてそこで見殺しにされかけていた島民やサラトガ達アメリカ兵を救出するシーン等がドキュメンタリー番組タッチに編集され、30分程の映像に加工されていた。青葉に任せていたのはこの作業だったワケさ。
「まぁ、多少胡散臭い部分もあるが良く出来ててな。あながち嘘とも思えないんで、俺の指示で公開を止めたんだが……」
ちなみにこれは真っ赤な嘘。そもそも俺が作るように指示したんだから内容を知らないハズがない。
「情報の出所は?」
「さてね。奴も情報提供者を守る位の義理はあったんだろうさ……口を割らねぇんだよな~これが」
これまた嘘。情報の出所は提督の知人であるクルツ提督からだ。作戦立案の元になった情報を、提督が知らないハズもない。
「ところで……この映像の中で語られている事は真実なのか?」
「さて、ただの一工作員でしかない我々には何とも」
「ほ~ん、この期に及んでシラ切るかい。なら、この映像は俺の一存で全世界に配信させてもらうが構わねぇよな?」
そう言い放った提督に、明らかに焦りを見せる2人。事の真偽はともあれ、いくら化け物を倒すためとはいえ秘密裏に核攻撃を画策していた等という話が出回れば、アメリカ政府への影響力は莫大だ。そしてアメリカ国民をはじめとする世界的世論が非難轟々、アメリカの信用は失墜するだろう。
一部の国会議員が国の意思を決めてしまう日本と違い、アメリカの世論というのは時として政府を覆す程の影響力を発揮するのだ。事実、WWⅡやベトナム戦争、湾岸戦争等は国民の厭戦ムードの高まりを受けて政府が方針を変えた場面が複数あるのだ。折しも、最近変わったばかりのアメリカ大統領は暴言やビッグマウス、強引な政治主導で最近の大統領の中では最低レベルに不人気だ。ここでトラック島民を見殺しにしての核攻撃、なんてスキャンダラスな話が出てしまえば、それこそ発足したばかりの政府が大混乱に陥るだろう。この提督、その辺りまで見越して青葉に動画作製をさせていたのだ。
その上、ブルネイ国王には万が一の保険のために島民保護の名目で病院船を出させていた。非常時だったとはいえ、他国が人道支援を目的に派遣した病院船が核攻撃で被爆した等という事になったら、スキャンダルどころか国際問題である。間違いなく、世界のリーダーシップを取ってきたアメリカの権威は地に落ちたハズだ。それだけは避ける為に核攻撃を踏み留まらせようと、提督が国王に直談判したという背景がある。
「さて、俺も気が長い方じゃないんでね。この映像、この場で全世界に配信させてもらおうか」
「いや、流石にそれは……」
「おんやぁ?さっき『ただの一工作員でしかない我々には何とも』っていったのはそちらさんだぜ?なら止める権利も当然発生しないよなぁ?」
言質を取る、というより人の揚げ足を取ったような話をする提督。明らかに相手をバカにしつつ、その自由を封じている。
「しかし、その映像は我が国の国益を多大に損なう可能性があります」
「だってこれ、眉唾モノの話なんだろ?なら突っぱねればいい。『こんな物は出鱈目の絵空事だ』ってな。それとも、ここで語られてる話が真実だとでも?」
提督はニヤニヤと半笑いで話を進める。そりゃそうだ。話が真実だと認めればこの鎮守府と日本政府、ブルネイ政府から正式な抗議がアメリカに飛び、認めないで動画を公開されれば世界的なデモが起きる可能性が高い。どちらを選んでも相手からすれば詰んでいる可能性が高いのだ。
「さぁ、答えを聞きましょう。この映像で語られているのは真実か否か?」
提督がそう決断を迫った瞬間、ガタイの良い男の方が腰のホルスターに挿していたナイフを抜き放った。
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