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キコ族の少女

作者:SANO
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第27話「ユイとスクワラとエリザと……」

 途中でネオンの妨害があったものの、すぐに再開された取り調べから俺は何処かのスパイや殺し屋などの敵対者ではないことが証明された。
 旅団関係者であることを明かさないなら、俺はエミリアより弱いものの念が使える9歳の幼女に見えるだろう。 一人旅についても、エミリアから目的の一つであるキコ族を知る為にというのは伝わっているようだし、問題ないはずだ。
 ただし、これで「君の事は信用するよ」なんてことになるわけもなく。スクワラの支配下に三匹ものゴールデンレトリバーが俺を見張るかのように付き添っている。

 そう、彼らは俺を監視する役割を主人から仰せつかっているはずなのだが……
 取り調べから解放されて迎えに来るはずのエミリアを待っていたのだが、監視役のゴールデンレトリバーが俺をどこかで連れて行こうと服を咥えてきたことから始まる。

 この子らは普通の犬ではない。だから、この行動にも意味があって、例えば案内された先にでもエミリアたちいるのかもしれないと思い、連れて行かれるがまま歩いていき到着したのは屋敷の中庭であった。
 中庭には、放し飼いにされている他の犬達が思い思いに過ごしているだけで、エミリアの姿はもちろん誰一人としていない。
 ここで待てという事なのだろうか?と俺をここまで連れてきた子に訪ねてみようと振り返った瞬間、彼がタイミングよく俺にとびかかってきたところを目にしたのだった。


「君たち、おr―――私の監視役でしょう?」


 俺を仰向けに押し倒し、顔を執拗に舐めてくる監視役の一匹である赤銅色のゴールデンレトリバーに問いかけるも、返ってきたのは撫でてくれと言わんばかりの押し付けてきた頭による、頭突き。地味に痛い。
 この子に限らず、他の様々な犬種の子も近寄ってくると俺に向かってボディタックスを仕掛けたり、ロープを咥えた頭を押し付けて遊ぼうアピールをしたりと、何故か異様なほど友好的に迫ってくる。

 いや、何となくだが、心当たりがあるのだ。
 俺が犬の集団に埋もれているのに相棒であるテトが何の行動も起こしていないことが、その思いを更に強くしている。
 そんな彼は、監視役のもう一匹の綺麗なクリーム色のゴールデンレトリバーと会話をしているかのように、互いにお座り状態で向かい合っているのだ。

 テトの普段を見ていると忘れそうになるが、彼も分類上は魔獣である。
 この世界の魔獣は人間の言葉を操れる獣のことで、テトは子供だから話すことはないが俺の言葉をキチンと理解しており、他の動物ともコミュニケーションをとっているような行動をすることを見たこともあるのだ。
 となれば、彼から犬達に向かって俺についての何かしらを吹き込んだかもしれないのが、それも現在進行形で……。

 そう解釈をすれば、今の状況も理解できなくはない。
 大方、俺が危険な存在ではないとテトは犬達に伝えているのだろう。
 それがどうして俺を大勢で囲みもみくちゃにすることへと繋がるのかは理解できないのだが、一体テトは彼らに俺の事をどう説明したのだろうか?


「どうなってんだ、こりゃあ?」


 中庭の出入り口から男の驚く声が聞こえて、犬達に視界を塞がれる中で隙間から相手を確認すれば、この子たちの主人であるスクワラであるのが分かった。


「わぷっ……あの……助けてくれると、大変……ありがたいの、ですが……」


 時間が経つごとに、俺の視界が犬で覆われていく中で、どうにか救援要請を出すことに成功する。
 いや、冗談抜きで助けてほしい。
 9歳児の体なんて大型犬に囲まれれば簡単に埋まってしまう。犬に溺れて窒息しかけてるとか冗談でも笑えない状況だ。


「は?まさか、そこにいるのは嬢ちゃんか!?」
「……ん~っ」


 これ以上、下手に口を開けると毛やら何やらが入りそうなので、どうにかして右手を空に向かって精一杯伸ばすことで自己主張をしておく。
 傍目から見たら、犬の塊から伸びる幼女の腕とかホラーに見えそうであるが、当事者である俺には助かるのならどうでもいいことだ。

 幸いにも、すぐに状況を理解してくれたスクワラが犬達に“命令”することで俺はようやく新鮮な草の匂いのする空気を吸い込むことができた。
 ただ、髪はボサボサで、服は大いに乱れ、顔は犬の涎まみれと……第三者に見つかったら、駆け寄ってくるスクワラに冤罪がかかりそうな感じである。


「おい。大丈夫か」
「ん……何、とか……」


 さすがに自分の犬達のしでかしたことだからか、グッタリしている俺を抱き起すしてくれると、涎塗れになっている顔を手持ちのハンカチを拭ってくれる。
 顔を拭われるのは予想していたよりも恥ずかしくて、それを誤魔化すように手ぐしで適当に髪の毛を整えて、乱れた服は軽く汚れを払い落としてから直す。
 ――――こんなもんかな?


「はぁ。報告通りだな」
「?」
「ちょっと後ろ向け」


 スクワラは懐からシュシュのような物を取り出すと、適当に直した俺の髪の毛を手慣れた手つきで整え直すとシュシュを使ってサイド結びみたいな感じにセットしてくれた。
 片方に髪の毛が寄っているセットはしたことがないので、何となく気になってチョイチョイと触りつつ視界の端に映る淡いピンクのシュシュを見て、ふと思う。


「なんで、こんなの持ってるんですか」
「偶然だよ」
「……そうですか」
「お前、また変な誤解してるだろう」
「いえいえ、女装趣味があったんなんて思ってませんよ」
「誤解してるじゃねぇか!!」


 凄い良い人だ。
 初対面時に思い出した映像が衝撃的すぎたのか、自分でもビックリするほど揶揄う言動をとってしまうのだが、それを彼は軽く咎めはするもののノッてくれてコントのようなやり取りをしてくれる。

 なんというか、彼は接しやすいのかもしれない。
 旅団の皆が親戚の叔父叔母みたいなのだとすると、彼は近所の面倒見のいいお兄さんのような感じがするのだ。
 だから、つい軽口がでてしまうし、顔を触られても嫌悪感を全く感じることがなかった。

 ふと、スクワラがノブナガにダブって見えて心がモヤッとする。
 二人は似てるところなど何一つないというのに、ノブナガと一緒に生活していた時にした馬鹿話と雰囲気が似ていたからかもしれない。
 こんな小さなことで昔を思い出すとか、ホームシックなのだろうか……。


「……」
「おい。本当に大丈夫か?」
「……あっ、はい。大丈夫です」
「……ったく、ちょっと付き合え」
「え?きゃっ!?」


 ちょっと懐かしい気持ちに浸っていたら、何を思ったのかスクワラは俺を小脇に抱えると、数匹の犬へ合図を送ると、俺を抱えたまま何処かに向かって歩き始めた。
 テトは先ほど話をするようにしていたクリーム色のゴールデンレトリバーの頭の上に飛び乗って、俺達の後についてくるところを見ると、スクワラから悪意があるわけではないのだろう。

 とはいえ、俺はエミリアを待っているので勝手に何処かに行ってしまうのはマズイ気がする。
 中庭も、待ち合わせ場所から離れている場所だったから余計に心配だ。


「あの。エミリアを待ってるので、あまり遠くには―――」
「今、使いを送ったから問題ねぇよ。用が済んだら送ってやるから、付き合え」


 と言いつつ、脇に抱えて目的地へとドンドン進んでいる以上は、拒否権なんてない気がする。
 半ば強制的に二つ返事を俺の口から出させた彼は、たぶん使用人用だろう小さな厨房へと入っていく。
 すると、中には着物姿の女性がお茶の準備をしている最中であり、俺達の入室に気づいた彼女は男性が幼女を小脇に抱えているという状況に、驚いたかのように目を見開きながらも状況説明を要求してきた。


「スクワラ?……この子は確か……」
「エリザ、悪いが菓子とか貰えねぇか」
「もう……」


 今ので伝わったのか、彼女が戸棚に向かって行くを見届けると、スクワラは俺を近くにあった簡易的なテーブルの前にある椅子に座らせてから、先ほどのエリザと呼ばれた女性が用意していたお茶を勝手に使うと、俺の前にカップを置いた。
 色や香りからたぶん紅茶だろうが、ハチミツが入っているのか独特の甘い匂いが混じっていて、自然と頬が緩んだ。


「気に入ってくれたみたいね」


 紅茶の香りを楽しんでいるところに、エリザが横からショートケーキが置いた。
 さらに、ちゃっかりと俺の膝上に座って存在感を見せていたテト用にと、クッキーを数枚載せた皿を脇に用意してくれる。
 そうして気がつけば、俺を挟むように左右にスクワラとエリザが席について、俺と同じようなお茶セットを目の前に置いている。

 どうやら、俺は彼らのお茶会に招待されたよう。 
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