キコ族の少女
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第22話「予想外の結果」
「……んっ」
下腹部の鈍痛で目を覚ました俺は、徐々に開ける視界にテトの顔がドアップで映り込んだことによって思考がフリーズした。そんな俺を気絶でもしたとでも思ったのか、テトは猫パンチならぬキツネリスパンチを眉間に対して連続で打ち込んできた。
一応は爪を立てないように気遣ってはいるものの、それでも微妙に痛いその攻撃に慌てて攻撃を止めるために両手でテトを捕まえようとして、左腕にチクリと痛みを感じたために咄嗟に右手だけで彼を捕まえて視界から退場してもらいつつ、視線を左腕に向ける。
そこには、袖を巻くられた腕に点滴のチューブが刺さっており、自分の腕ながら不健康そうな青白い腕を、“青いなぁ”と間抜けな感想を抱きつつ眺めつづけていた。
コンコンッ
寝起きから幾分か時間が経過しているのに、いまだに思考が霞みがかったままでボーっとしていたので、どれ程の時間が流れたかは分からないが、少し控えめなノックされたことで今更ながらに自分が病室で横になっているのに気づいた。
そして、俺が眠ったままであると思っていたのだろう。俺の返事を待たずに開かれたドアから、ジーンズにTシャツというラフな格好のエミリアが入ってくると、俺が起きていることに気づいて驚きの表情をするも、すぐに安堵の表情を浮かべながら近づいてくる。
「おはよう。ユイちゃん」
「おはよう……ございます……?」
「起きたばかっかり?先生を呼んでおくね」
慣れた仕草で、俺の頭上に合ったのだろうナースコールのボタンを押して、応答してきた看護師へと俺が起きたことを伝える。
それから数分後には中年の医者らしき男性が、小さなカートと女性の看護師を携えて現れると、軽い診察と問診を行い始めたことで、ようやく思考がクリアになるとともに自分の現状が分かってきた。
半ば自滅に近い形でエミリアに敗北した俺は、直後に緊急搬送されたらしい。
当然のことである。制約によって“念獣が破壊された際に込められたオーラに比例した血液を失う”によって出血性ショックを発症して、早急に処置を施さなければ死んでいたという危険な状態であったのだから……。
とはいえ、天空闘技場では対決による流血沙汰など日常茶飯事なので、“それなりの金額を払えば”適切な処置を受けることができるので、俺は事なきを得ている。
ちなみに、選手登録の際の書類を(分かる範囲で)馬鹿正直に書いたことによって、血液型が違うことによる拒絶反応などのアレルギー反応は起こさずに済んだ事を後日知って、正直に書いておいてよかったと安堵することに……。
こうした幸運と同時に、不運も起こった。
まず、適切な処置を受けることができたとはいえ、1週間ほど昏睡状態に陥ってしまったそうだ。また、制約への対処法として違法に分類される造血剤を常用していたことによって、俺の体は想定していた以上にボロボロで軽度の中毒症状も発症しており、それの治療の必要性もあって数か月の入院を医者より言い渡されたことである。
数週間前まで重傷者として治療をしていたのに、今度は重症者として入院……自分の不甲斐なさと、出費ばかりが嵩む現状に、ガクリと項垂れるしかない。
しかし、いつまでも項垂れているわけにはいかない。マチへの定期連絡をしていないので、早急に行わないとならないし、エミリアとの契約を含めた今後の事も決めなければならないのだ。
とりあえず、マチへの連絡は最優先事項だ。
『……なるほどね。それで連絡がなかったわけだ』
「うん。ごめん」
『別に無事ならいいよ。怪我の方も完治してたわけじゃないんだし、今回のでどっちも治しておきな』
「分かった。ありがとう、マチ」
『はいはい。起きたばかりなら、すぐに休みな』
「うん。またね、マチ」
『ん…』
使っていた部屋から荷物を取り寄せて、個室であり使用可能ということで病室で携帯を使って、マチへと音信不通であった説明と謝罪を伝えた。
もともと団員は個人行動が多くて連絡も必ず取れるわけではないという事から、俺の実力を知ってる彼女は無事であることは疑ってないようであり、あっさりと定期連絡は終える。ただ、マチには俺が賞金首になったことやエミリアの事を伝えていないから、こんな反応かもしれない。
情報通のシャルから俺が賞金首になったことはバレているかもしれないものの、エミリアについては本当なら試合後に今後について話し合う予定だったのだが、今の今まで延びてしまっており、今日も俺が起き抜けという事を理由に、ちゃんとした話は明日という事で既に帰っている。
テトは、俺が本調子ではないを分かっているのか定位置となっている肩ではなく、膝の上で丸くなって小さな寝息を立てている。俺を心配してずっと見守っていたというから、安心して眠っているのだろうから起こさないように優しく背中を撫でて「ありがとう」と感謝を心の中でつぶやく。
「重病人てぇのは、本当みてぇだな」
「!?……ノブナガ!?」
テトを撫でていた所で、すぐ横から響いたことに全身を強張らせつつ視線を向けると、いつものサムライスタイルではなく、白いシャツに紺のスラックスという清潔感のある服装―――ロン毛に無精ひげでマイナスになってるけど―――をしたノブナガが来客用の丸椅子に座りながら、こちらを見ていた。
いつの間に入ってきていたのか、そもそも彼が何故ここにいるのか?
あまりにもな事態に、パクパクと魚が餌を求めるかのように口を開閉するが言葉がそれに続かない。
「……ぁ痛っ!?」
「少し落ち着け、馬鹿が」
壊れた俺にノブナガは、刀を竹刀袋のようなものに入れたソレで“壊れた機械を叩いて治す”かのように、俺の脳天を叩いて正気へと引き戻す。
久しぶりに味わった脳天からの激痛に、点滴中という事もあり、片手で頭部を抑えながら両足をバタバタと動かすことで痛みを紛らわせようとする。
そうして、痛みが落ち着いてきたころには混乱も収まり、落ち着いてノブナガへと対話の為に視線を向けることができるようになった。ちなみに、これだけの騒いだので膝の上にいたテトは起きてしまったものの、彼はノブナガがいることは既に気づいてたかのように、俺達を一瞥すると枕元に移動して二度寝を始めてしまった。
「……どうして、ノブナガがここにいるの?」
「おめぇからの定期連絡がなくなって、最後の連絡が天空闘技場だったからな近くにいた俺が様子見にきたんだよ」
「それで、私が病院に運ばれているという情報を得た。って感じ?」
「そんなところだ」
ノブナガはぶっきらぼうに説明を終えると、病室のアメニティを勝手に使用した飲み食いを始めた。
これは、俺が心配で駆けつけてくれたと自惚れていいのだろうか……。あっ、マズイ。そうなのかもしれないと思ったら、表情筋が……
「なに笑ってんだ」
ゴンッ
「~~っ!?」
何故に!?ちょっと笑っただけだよ!?
二度目の攻撃によって、頭が凹んではいないかと叩かれた場所を気にしつつ、ノブナガが淹れてくれたお茶を受け取り口に含む。……あんまり美味しくない。
結局、本当に様子を見に来ただけのようで、互いの近状報告を済ませると「特に死にそうってわけじゃねぇようだから」などと言いながら、俺の頭を一撫でしてさっさと帰ってしまった。
「もうちょっとぐらい、居てくれたっていいのに……」
と、自然と言葉を零してみたところで現実は変わるわけもなく。
俺の交友関係の小ささから、これ以上の来客はなく。その日はテトと何とはなしに戯れて終わった。
……あれ?なんか視界が……いや、別に、ボッチが、寂しいとかそういうのでは……うん。療養するんだから、来客なんて少ないに越したことはないよな!!……あっ、また視界が……
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