キコ族の少女
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第13話「ユイ=ハザマ、9歳です」
前世を含めても初めての飛行船利用ということもあり、離陸時の着席が解除されると俺は船内を散策―――いや、もう探検だな―――をすることにした。
一番安い席を購入したために、VIPエリア等には行くことは出来なかったが、それを含めても初飛行船という高揚感をさらに高めるのには十分な要素が散りばめられており、数時間というフライト時間をあっという間に過ぎ去ってしまった。
そして、周囲の状況に気づくのが遅れて「着陸するから席に座ってようね」と乗務員の女性にやんわりと注意を受けるという失態を犯してしまう。
初体験とはいえ、子供のように……いや、外見相応だから自然体なのだろうが……いやいや、中身は二十代の男なのだから自制心と言うものを持つべきだった。
しかし、言い訳をさせてもらうならば、この世界は色々と規格外なのだ。そう、例えば―――
備え付けタラップを渡り、数時間ぶりの地面を踏みしめた俺は、周囲の景色よりも早く“ある物”を見て「おお~っ」と少し興奮気味な声をあげた。
空港から、ずいぶんと遠くにあるはずの”天空闘技場”が見えたからである。
前世で見たことのある一番高い建造物といえば日本の首都にある“某赤い電波塔”なのだが、あれとは比べようもない高さであるのが、ここからで十分に分かる。
さらに、天空闘技場は名の通り闘技場であると共に、選手専用の部屋や様々な店舗が何百もあり、まさに桁違いな建物なのだ。
というか、あれよりさらに高い建物が3つもあるのだから、この世界の規格外さを改めて実感する。
まあ、前世の記憶持ちであり、魔獣であるテトを肩に乗せている俺も、この世界からすれば規格外の存在になるだろうが……。
ともあれ、飛行機内と同じ失態を繰り返すわけにもいなかいので、自制心を働かせて周囲の人の流れに沿って空港内にある女子トイレへと入ると、誰もいないことを確認した後、鏡の前に立ってバックの中を漁り、少し大きめな髪留めを取り出す。
一旦それを口に咥え、ストレートの黒髪をポニーテールにした後、それを捻って団子にして髪留めで止める。
次に、前髪をいじって右目をさりげなく隠す。
最後にフードを少し深めに被って……はい、完了。
洗面台にお座りの恰好で俺を見ていたテトは、この行動の理由が分からないのか首を少し傾げる。
自意識過剰かもしれないが皆(もちろん旅団の皆)に目立つ容姿といわれているから、飛行船内はともかくとして不特定多数の人間がいる街中では、あまり特異な外見を見せないようにしないと、例のロリコン野郎みたいな人間が近づいてくるとも限らない。
この格好も目立つと言えば目立つのだろうが、別に姿を隠している参加者は沢山いるだろうから、素顔を晒すよりかは目立つことはないだろう……多分。
「よし」と変装(?)した自分の姿を鏡で確認して、コートの中へテトを潜りこませると、天空闘技場までの定期便としてひっきりなしに出入りしているバスの一つへと乗り込んだ。
目的地までの移動時間を考えて、バスの後部座席に座り、修行の一環として人間観察をすることにした。
旅団に関わっている以上は賞金首《ブラックリスト》ハンターに狙われる可能性があるし、それを抜きにしてもコレクターに狙われるかもしれない。相手を見極める技能は必須だ。
それをわかっているからか、シャルやパクから観察眼を含めた技能の初歩を習っているので経験値を積むためにも乗客相手に試すことにする。
そして、空港から目的地に近づくにつれて観光客の中に”いかにも”な人間が混ざりはじめてきた。
身体に傷を大量に持っている人間や、堂々と刀剣を持っている人間、前世ではギネスに乗りそうな巨漢の人間。
ただ、なんというか……前世の俺だったら周りにいる観光客のように萎縮していたかもしれないが、旅団の皆や仕事で会った敵とかに見慣れてしまっているためか、一般人と同等程度にしか見えない。
確かに、席に着くまでの動きや体から出ているオーラからして、それなりの力を持っているようだが俺としては違うのは服装と顔つきだけ……みたいな?
たぶん、このバスに乗っている参加者で100階を越える人間はいないだろうなぁ……と勝手な予想を立てて、「ご愁傷様」と小さく合掌しておいた。
そして、俺のコートの中にいるテトは可愛らしく前足を手招きするように動かして合掌の真似事をして、俺を萌え殺す。
グハッ……
なんという威力だ。
一撃必殺ではないか……バタッ
と、漫才のようなことを間に挟みつつ、問題なく天空競技場へ到着した俺を待っていたのは、参加希望者達が作る長蛇の列であった。
夏と冬にある某祭典といい勝負の列に、思わず溜息が出てしまう。
並ぶの面倒だなぁと思っていると、コートの下に隠れていたテトが突然俺の首元からヒョコと顔を出すと、クンクンと鼻を鳴らして”ある一点”に視線を向けると、それきり動かなくなった。
「ん?……あ~、そういうこと」
テトの視線の先には、肉の焼ける匂いを辺りへと撒き散らすホットドックの出店。
自分の願いに俺が気付いたと感じたテトは、俺の頬に顔を押し付けて甘える声を出しながら”おねだり”を開始。
ぐっ、可愛すぎる。
いやまあ、買ってあげてもいいのだが、そうするとただでさえ寂しい懐がさらに寂しくなる。
しかし、俺の怪我等のせいで今まで構ってあげられなかったから、これくらいはして上げよう。
それにどうせここで結構な額を稼ぐつもりだ。
そんな意気込みと覚悟を持って出店に向ったが、それは見事に空振りに終わった。
なぜなら……
「オジサン。一つください」
「あいよ! ケチャップとマスタードはどうする?」
「えと、この子に食べさせるので付けなくて大丈夫です」
「そんなら、その小せぇ奴用のを作ってやるぜ?」
「えと、お金そんなにないんで…」
「気にすんな、嬢ちゃんみてぇな可愛い子なら、このくらいサービスしてやるよ!」
「っ!? じょ、冗談はよしてください!」
「がはははっ、顔を赤くしちまってウブな嬢ちゃんだなぁ」
「だ、だから――!」
「ほれ、嬢ちゃんのと小せぇ奴用だ」
「ぅ~、ありがとう……いくらですか?」
「からかっちまった詫びだ、金はいらねぇよ」
「え、そんなの!」
数回の押し問答の末、俺は後ろで待っているお客さんの視線に促されて、結局一つ分の金額で俺用とテト用のホットドックを手に入れることになった。
ラッキーな出来事だと分かっているのだが、今だ心のどこかで男としての感性が残っている今は「かわいい」と評価されても微妙としか言いようがない。とはいえ、可愛いと言われて満更ではないと思っている自分もいるのだが……
とにかく、得したことは確かなので心の中でオジサンに感謝の言葉をかけると、
「いただきます」
列に並びながら俺とテトはホットドックを頬張り、予想以上に美味しさに顔を綻ばせた。
……若干、生暖かい視線を感じたが、気のせいだ……気のせいに違いない。
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
「天空闘技場へようこそ。こちらに必要事項を記入してください」
待つこと1時間。
ジッとしていることに飽きて寝てしまったテトを、服の中で抱きながら待っていた俺の順番がようやく回ってきた。
営業スマイル3割、ムズ痒くなる笑顔7割な受付の人から渡された用紙を受け取った俺だが、ペンを持って固まってしまった。
生年月日……どうしよう……?
この記入欄を見るまで、自分の年齢についてなんて“ここ”に来てから考えたことが無かった。
適当に書いてもいいのだけど、今後も書くことがあった場合も適当になってしまうから、決めてしまった方がいいかもしれない。
じゃあ、いつにすればいいのか?
そう聞かれると、何年がいいのか思い浮かばない。変に見栄を張って大人ぶっても外見年齢が変わるわけがないし、かといって低すぎるのも精神的にキツイものがある。
うん。どうしよう?
名前の欄など他の部分を埋めながら、頭では生年月日について思考を巡らせる。
そして、自分が偽造パスポートを所持していることに気づいた。
さっそく、バックの中からパスポートを取り出すと生年月日の欄を覗き込む。
“生年月日:1989年3月8日”
ふむ。となると今は1998年だから、俺は“今年で9歳”ということになってるのか。
ん? 確かゴン達は2000年の時点で12歳になってたはずだから……年下!?
う~ん。出来れば年上か同い年がよかったなぁ……あの二人に年下扱いされたら、地味にヘコみそうだ。
「それでは中へどうぞ」
「ぁ、はい」
自分の年齢に若干不満があるが、特に相手に伝えなければいいじゃんと思い直し、闘技場へと足を向けた。
一歩。会場へと足を踏み入れると、そこは熱気と興奮に包まれていた。
いくつもあるリングの上で様々な人間が、己の力を発揮するために雄叫びを上げたり、勝利に歓喜したり、敗北し地面へキスをしている。
前世では格闘技に興味はなかったが、この空気は悪くないなと思う。
「テト、もうちょっと中にいてね」
コートの中で丸まっているテトにそう声をかけると、モゾモゾと体を動かして了承としての意味の身じろぎで返す。
それを確認した俺は適当に近くのベンチへ腰掛け、呼ばれるまでの時間をここでの戦闘について考えることにする。
当然のことだが、念獣の使用は200階まで使用しない。
あと、攻撃に関しても一般人には念を纏った攻撃を控えること……以上二つを厳守することにした。
理由は分かっていると思うけど、外見年齢が小学生低学年ぐらいの俺でも、念を使って攻撃すれば人なんて簡単に殺せてしまう。既に一人殺しているしね。
さらに言ってしまえば、別に念を使わなくともここにいる殆どの人間なら、殺すことなど1~20分程あれば可能だ。やらないけどね。疲れるし、意味ないし。
要は、伊達にノブナガの元で修行してきた経歴を持っているわけではない、と言うことである。
それに、念での攻撃を一般人に与えてしまうと運がいい(悪い?)人間は覚醒してしまう恐れがある。
適応されてしまい、それで悪事を行ったりされたら寝覚めが悪い。
あと、もう一つ決めなければならないことがある。
俺の右腕はほぼ完治しているものの、軽くだがまだ包帯を巻いていないといけない状態だ。
ここで、右腕を使った攻撃でもして怪我が悪化したらこれまでの療養生活は泡と消えてしまうので、基本的には足技で進んでいこうと思う。
念を使用しなくてはならない相手と遭遇しても、俺の念能力は別に手を使うものではないので問題無いしね。
『1670番、1700番の方、Hリングへどうぞ!!』
「あ、私だ」
自分の番号が呼ばれ、指示されたHリングへと小走りで向かう。テトは器用に俺の体の中で、息を潜めている。
そして、予想通りというか……場外がざわめき始めた。
「おい見ろよ。ガキだぜ」
「それも女じゃねぇか」
「おいおい、嬢ちゃん! ここは遊び場じゃねぇぞ!!」
「早くママのところに帰って、おっぱいでも吸ってな!!」
下品な野次と、下品な笑い声が会場を包み込む。
それは、俺の相手となる目の前の人物も例外ではなく。
いかにもワルやってますと言っているような、無駄に貴金属をつけて装飾された皮のジャケットを着たチャラチャラ(死語)した格好の長身の男も相手が俺と見るや……
「おいおい、俺の相手はこんなガキンチョかよ」
「……」
「どうした? 今更怖くなってきたか? 逃げるんなら今のうちだぜ?」
「……」
無言を貫く俺に、男は延々と安い挑発を繰り返す。
それに同調するように、観客も声を上げて次々と言葉を投げつけてくる。
「兄ちゃん、運がいいな!」
「あんまりイジメるなよ、兄ちゃん!」
「そうそう、優しくしてあげろよ! お・に・い・ちゃん!!」
「きめぇ~!!」
審判員の人間が、会場の雰囲気に思わず溜息を吐くのが見えた。
俺もそれに釣られて小さく溜息を吐くが、どうやら相手の男の癇に障ったようで……
「……おい、嬢ちゃん。溜息とはいい度胸じゃねぇか」
「……」
「はんっ、その澄ました顔をすぐに崩してやるよ」
といいながら目つきを鋭くし殺気を放ってくるが、残念ながら俺にとっては蚊に刺された程度で相手の強さがぜんぜん伝わってこない。
そればかりか、自分の弱さを曝け出しているようで残念な感じになる。
審判員は、会場が若干落ち着いたのを見計らってルールを説明し、開始の合図となる右手を上げる。
そして……
「――それでは……始め!!」
「覚悟しな!!」
合図と同時に、こちらへ突進してくる男。
彼的には全速を出しているつもりなのだろうけど、こちとら数十倍も早い敵と戦っているから遅いことこの上ない。
ステップを踏むようにトンッと軽く横へ飛ぶことで攻撃を回避しながら、足を引っ掛けて相手の転ばせる。
「どわぁ!?」
男的に突然消えた俺と、急にバランスを崩した自分の体に情けない声を出して、受身を取れず盛大な音を出して地面と派手なキスをする。
そんな男の脇に移動して、俺は某サッカー漫画の主人公のようにワザとらしく足を大きく後ろへ持っていくと
「バイバイ、おニイさん♪」
「まっ……っ!!」
0円スマイルを浮かべつつ、男の腹部へ蹴りを叩き込んだ。
俺の蹴りを何の構えもなく受け止めた男は、体を”く”の字に曲げてリングから場外へ、場外から観客のいるベンチへ吹っ飛んでいった。
いきなり飛んできた選手に、観客が悲鳴を上げながら避難したり、スタッフが慌てて駆け寄っていく。
少女が大の大人を何十メートルも吹き飛ばした場面を目撃した周囲の人間は、騒然とし異様な沈黙が場を支配した。
……まあ、若干野次を浴びせられたことで溜まったストレスを、発散するために予想以上の威力を放ってしまったが、腹に鉄板か何かを仕込んでいた手ごたえがあったから大丈夫だろう。
けど、少し……
「……やり過ぎたかな?」
「……1700番」
「はい?」
「君、80階へ行きなさい」
「あっ、分かりました」
まあ、死んでないから大丈夫か。
あれ?キルアってゴンと一緒に来たとき100階以上の評価ここで出されたよな?
……いや、前回のも評価されてだっけ?
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