うぬぼれ竜士 ~地球防衛軍英雄譚~
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第11話 飛鳥竜士の過去
一通りの視察を済ませた昭直一行は、休息を取るため、とある場所へ腰を下ろしていた。――リュウジ達の行きつけ、「カフェ・マクミラン」へと。
「なんで!? なんで副司令様がこんな庶民御用達のカフェに来てるの!? なんでぇ!?」
「お、落ち着いてコリーン!」
珍しい客が来たと聞き、目一杯もてなそうと自慢のウェイトレス姿で登場したコリーンは――昭直と対面した途端、ひっくり返って狼狽していた。
懸命に彼女を宥めるフィリダも、状況をうまく説明できないでいる。
「……なるほど。確かに、一見華やかでありながらも無駄に高級というわけではなく、快適に過ごしやすい空間だ。君が行きつけに選ぶのも納得のスポットだな」
「でしょう? ここのカプチーノはお勧めですよ」
「そうか、よし。……そこの君。カプチーノ2つ、頼めるかね」
「は、はは、はいただいまぁぁあぁあ!」
だが、リュウジと昭直は落ち着き払った様子のまま、向かい合って談笑していた。副司令直々の命を受け、厨房目掛けて爆走していくコリーンの背を、男2人が微笑ましげに見送っている。
「……君が姿を消したと聞いた時は、どうなることかと思っていたが……。こうしてまた、君に会えるとはな」
「……まさか、まだ私を息子と想って下さっているとは、思いませんでしたよ」
「君を忘れるはずがないだろう。――かのんを愛してくれた、たった1人の夫の君を」
親類でありながら、どこかよそよそしい2人のやり取りを見遣り、同席しているアーマンドが訝しげに口を挟む。
「しかしよぉ、どういう接点だったんだ? アスカと副司令の娘さんは。もしかしてアスカも、どっかの名家の生まれだったりすんのか?」
「……? いえ、私の実家は商店街の駄菓子屋ですが」
「……駄菓子屋の息子がなんで副司令の娘と結婚できるんだよ」
「第一次大戦の渦中、かのんさんとかりんさんが襲われているところを助けたことがありまして。それが縁でした」
「高校でも同級生だったんだよね、義兄さんと姉さん」
「ええ、そうでした。でも、その頃の私と彼女は接点なんてなくて――」
「――姉さん、その時から義兄さんが気になってたんだってさ。サッカー部のエースストライカーだったんでしょ? いつも嬉しそうに、義兄さんの試合を見に行ってたわ」
「……そ、それは初めて知りました……」
「ま、姉さんが完全に落ちたのは間違いなくあの1件だけどね」
アーマンドの質問にリュウジが答えている最中に――今度は、かりんが介入してきた。
「凄かったわ……義兄さんは、あの頃から凄かった。他の隊員が逃げ出して行く中、『伝説の男』が巨大生物を撃滅するまで、私達を守り続けてくれたのよ。姉さんたら、それ以来義兄さんにすっかり夢中になって……何度も基地に応援の手紙を送ってたわ」
「へぇ……」
「……」
自慢げにリュウジの活躍を語るかりんは、先ほどまでとは正反対の饒舌さだった。そんな彼女の姿に、フィリダは微かに唇を噛む。
――彼女は、自分が知らないリュウジを、たくさん知っている。それが、悔しかったのだ。
その一方で、昭直もどこかばつが悪そうに視線を逸らしている。思い出したくない過去を、掘り返されている人の顔だ。
「それから戦争が終わって、1年が過ぎて。意を決して告白した姉さんが、義兄さんを連れて笑顔で帰って来た時は、家中大騒ぎだったわ」
「……初めてかのんが男を連れてくる、と聞いた時は『どこの馬の骨とも知れんヒラ隊員に娘は渡さん』……と言ってやるつもりだったのだがな。今や、この有様だ」
昭直はリュウジに似た苦笑いを浮かべ、義理の息子を見遣る。娘は父親に似た男を好きになる、ということだろう。
「――だが、まさか竜士がかのんを受け入れてくれるとは思わなかった。彼の両親を死に追いやった私を、許せるとは思えなかったからな」
「えっ……?」
「かのんとかりんが襲われたあの日。私は、現場のEDF隊員に……『装備を放棄して撤退せよ』、と命じていたのだ」
すると、昭直は観念したかのように肩を落とすと、リュウジを一瞥して己の罪を語る。第一次大戦の中、自分が下してしまった決断を。
「インベーダーの未知数の力に、当時のEDF隊員は情報不足ゆえに苦戦を強いられていた。……より多くの隊員を生還させ、反撃のためのデータを持ち帰るには、そう命じるしかなかったのだ」
「……」
「だが……その命令により退避した隊員に守られていた、竜士の御両親が犠牲となってしまった。――命令に反してでも娘達を守ってくれた彼の恩に、私は仇で返してしまったのだ」
「義父さん、それは――」
「――許す、と君は言ってくれたな。そこまでされて、娘を任せられないはずがなかろう……。私はあの日から、君の父になると誓ったのだ」
昭直は昔を懐かしむように、天井を仰ぐ。そして、暫し目を閉じ――再び、リュウジの方へと視線を移した。
「だが……私達は、君を幸せにすることも、守ることもできなかった」
「なにが、あったのですか?」
鎮痛な面持ちの昭直に、フィリダはおずおずと問い掛ける。想い人のことを、もっと知りたい。理解したい。その願いゆえの行動だった。
そんな彼女の胸中を見抜いてか、かりんの目つきが鋭くなる。
「第二次大戦が始まってすぐ……竜士は日本戦線で、巨獣ソラスと戦った。身重のかのんを、戦闘に巻き込まれた自宅から逃がすために。……その陽動と撤退は、うまく行っていたのだが……」
「……私が逃げ遅れて、戦場のど真ん中に取り残されて――義兄さんは私を助けるために、姉さんの護衛を同僚に託して、戦場に戻ることになった。……でも」
言いづらくなったのか、途中から声が萎み始めた父に代わり、かりんが強い口調で続きを語る。その語気は、ある部分でひときわ強いものに変わった。
「……その同僚が、あろうことか『勝てっこない』なんて泣き声を吐いて、戦場から逃亡したのよ。妊娠していて、早く走れない姉さんを置き去りにして!」
「そんな……!」
「義兄さんは重傷を負いながら、果敢に戦って私を逃がしてくれた。結果として、義兄さんはソラスには勝てなかったけど……充分に足止めしてくれていたわ。でも……みんな生き延びたと思って、帰還した私達を待ってたのは……」
本来なら、同僚に連れられて更に遠くへ脱出していたはずのかのんは。腹の子もろとも、夫の足止めを破ったソラスに踏み潰されていた。
かりんの脳裏に、義兄と共に姉「だった」モノを見つけた時の記憶が蘇る。決して許されない、EDF隊員の愚行が生んだ悲劇と、自分の「罪」の象徴たる記憶が。
「……そのあと、義兄さんは私達の前から姿を消した。『一文字竜士』の名も捨てて、旧姓の『飛鳥』を名乗って」
「――かのんさんを守れなかった私には、あなた方の家族である資格など、ありませんから」
「そんなはずがあるか! 今言ったばかりだろう、私は君の父になると……!」
昭直は懸命にリュウジに呼び掛けるが、当の本人は儚げな苦笑いを浮かべるばかりで、取り合う気を見せない。
「……アスカ隊員。君が私の要請に応じて、イギリス派遣の任務を引き受けてくれたのは……イチモンジ家を去るためだったのか?」
「渡りに船、だったことには違いありません。ただ、私は単純に上の命令に従っただけです」
「……そうか」
話を聞き続けていたバーナデットは、鎮痛な面持ちで部下の横顔を見遣る。副司令が今回の視察に拘った理由が判明し、合点がいったように息を漏らした彼女は、リュウジの様子を静かに見守っていた。
「リュウジに、そんな過去があったなんて……」
「……ま、血の繋がりがないにしても、こうして想ってくれる家族がいるってのは、いいことなんじゃねぇのか? イマドキ、家族が健在な隊員の方が珍しいんだぜ」
「アーマンド隊員の言うとおりだ。――率直な話。私達はこの視察を気に、竜士を極東支部に送還したいと思っている」
「なっ……そんな!」
その時。昭直の口から出た発言に、フィリダが思わず立ち上がる。
「何もおかしなことはないだろう。竜士は元々、極東支部の隊員だ。元いた部隊に帰ることに、問題があるかね」
「待ってください! 副司令ッ!」
顎に手を当て、考え込んでいるリュウジを一瞥し、フィリダは声を震わせる。
――戦後から数ヶ月。この復興の日々の中、自分もアーマンドも力を尽くしてきたが――このロンドン基地にいるEDF隊員の現場活動の要となっているのは、紛れもなくリュウジなのだ。
街の人々も快く彼を受け入れており、EDF隊員も民間人も問わず、彼とこれから共に助け合って、このロンドンを復興して行こう――という時に。こんな形で本人がいなくなってしまったとあっては……どれほどの人々が落胆するだろう。
リュウジと共に幾つも目にしてきた、こんな時代の中でも前を向いて笑う人々の姿を、思い出す度に。フィリダの心が、ただ真っ直ぐに突き動かされて行く。
彼を――失いたくない。渡したくない、と。
「今、街のみんなが! ロンドン基地のみんなが! リュウジを必要としているんです! このロンドンの復興体制を参考にしたいと仰るなら、今のまま、リュウジをここにいさせてください!」
「……そのことは私も理解している。彼がここに来てからの勇躍振りは、ここに来る前からこちらも把握している。――それでも、彼を呼び戻したい理由が他にもあるのだ」
「他の理由……!?」
昭直は腕を組み、神妙な面持ちで席から立ち上がったフィリダを見上げる。
「今、極東支部では激減した陸戦歩兵部隊を再編成するため、教官職が務まる生き残りの隊員を集めている。この大戦を生き延びた、強者たる陸戦兵を」
「教官職……!?」
「その中心となる、教育大隊長のポストに『伝説の男』を招くつもりだったのだが――彼は、最後の戦いで行方不明となっていてな」
「まさか……その後釜にリュウジを!?」
「その通りだ。『うぬぼれ銃士』の飛鳥竜士としては務まらないが、私の息子である一文字竜士としてなら箔も申し分ない。EDFの大幹部としてのポジションを捧げることが、今の私に出来るただ1つの償いだ」
「陸戦兵のヒラ隊員から、大隊長か……。前代未聞の大出世だな」
昭直から出された破格の提案に、バーナデットは驚嘆と共に息を漏らす。――だが、反対はしていない。
リュウジが副司令の息子として生きるならば、それが自然なポストだからだ。
「――義父さん。かのんを殺した私は、もう一文字竜士には戻れないんです。飛鳥竜士として生きられる場所がないのであれば……私は、ここを離れるわけには参りません」
「……なぜだ、竜士。ふるさとが恋しくはないのか」
「日本を忘れたわけではありません。……今はただ、リュウジ・アスカとしての期待に応えたいだけなのです」
「竜士……」
「――義兄さんっ!」
だが、リュウジにその話を引き受ける気配はない。毅然としたその佇まいに、フィリダは頬を染め、アーマンドは軽く口笛を吹いていた。
それでもなんとか説得しようとする父を遮り、かりんが胸を揺らしてリュウジに迫る。
「姉さんのことで自分が許せないなら、その分まで私が許すよ! 誰が何と言っても、私が義兄さんを許してあげる! 愛してあげるっ! だからっ……帰ろうよ! また、一緒に暮らそうよ!」
「……ありがとうございます、かりんさん。そのお気持ちだけで、私はもう――」
「――それで終わりにしないでよッ! 義兄さんが帰ってきてくれるなら、私なんでもする! 子供が欲しいなら、私が何人でも産むから!」
リュウジの手に、自らの白い掌を乗せて。かりんは過激な発言も辞さず、彼を引きとめようとする。
――その時。事態をある程度静観していたアーマンドが、かりんをジロリと睨みあげた。
「……おい、いい加減にしとけ乳牛女。こいつがイヤっつってんのが聞こえなかったか?」
その眼差しを受けたかりんは――再び冷酷な表情に戻ると、冷ややかな視線でアーマンドを見下ろす。
「――なに? 大した実力もない外野が口を挟むつもり?」
「家族水入らず、って時に首を突っ込むのは避けるつもりだったんだがな。アスカは、自分の意思でここに残るって言ってんだぞ? 俺みたいな『大した実力もない外野』をほっとけねぇってな」
「自分達の弱さを理由に義兄さんに縋るなんて、つくづく救いようのないクズね」
「てめぇらは自分達の都合で、アスカを振り回してんだろうが。今度鏡見てみろよ、俺以上のクズが映ってるぜ?」
「貴様……」
今すぐ殺すべき仇敵を見る眼で、かりんはアーマンドを睨みつける。そして、冷酷な怒りを胸に宿したまま、腰の拳銃に手を伸ばし――
「アーマンドの言葉は悪いけど――私も同じ意見よ、カリンさん。リュウジがここに居たいって言う限り、私達は彼を渡すわけには行かないの」
――引き抜く寸前、その手をフィリダに止められてしまう。
凍てつくような眼光を浴びても、決して引き下がらない彼女の手を振り払ったかりんは、忌々しげに彼女を睨みつける。
「……盗っ人猛々しい、とはこのことね。義兄さんを誑かしておいて、渡すわけには行かない? 笑わせるわ」
「カノンさんには、申し訳ないと思ってる。自分が酷い女だっていうことも、わかってる。それでも――今のリュウジが願っていることを、私は叶えてあげたいの」
「……ふぅん。ただのお姫様じゃあ、ないのね」
毅然とした表情で自分と向き合うフィリダを睨み、かりんは僅かに逡巡するように顎に手を当て――意を決したように顔を上げる。
「――だったら。私が納得できる方法で、義兄さんがここに相応しいってことを証明してちょうだい。『白金の姫君』と、副司令の娘。どちらが強く、正しいか」
「……わかったわ。それで、あなたが納得してくれるなら」
2人は互いに真剣な面持ちで、リュウジを巡る決闘に身を投じる決意を固める。
「フィリダさん……」
「全く……かりんの決闘癖には困ったものだ」
「はぁ……何という事態だ。一体、これをどう上に報告しろと……」
「女ってこえー……。アスカの奴も災難だな」
そんな彼女達を、周囲は各々の反応で見守っていた。そして――
「カプチーノ2つ、お待ちどう――って何よこの危ない空気ぃい!?」
――蚊帳の外だったコリーンは、席を離れている間に巻き起こっていた女の戦いに、慄くのだった。
後書き
キャラクタープロフィール 04
名前:バーナデット・ローランズ
性別:女
年齢:29
身長:170cm
体重:51kg
兵科:ペイルウイング
趣味:婚期を逃したことへの自棄酒
スリーサイズ:B83.W60.H81
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