うぬぼれ竜士 ~地球防衛軍英雄譚~
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第5話 エアレイドの意地
もはや、万策尽きたか。そうフィリダが思った時。
「……この命知らずがァァ!」
「……ッ!?」
数台のSDL2が、空を裂くように駆け抜け――先頭の一台が、フィリダの身体をさらっていく。彼女が立っていた場所が、酸の猛襲に晒された頃には――バイク部隊も彼女も、いなくなっていた。
その地点から、わずかに離れた建物の影に――彼らはすでに移動していたのだ。
緊急チャージにより身動きが取れないフィリダは、驚いた表情で自分を救ったエアレイド達を見遣る。彼女の窮地を救ったバイク部隊のリーダーは――あのアーマンドだったのだ。
「ど、どうして……」
「……どうもこうもあるか。味方の救援なんて、戦場じゃ当たり前だろ」
「だけど、私は……」
「勘違いすんな、バカ。俺達は、今でもお前が嫌いだ」
「お前が候補生の分際で正義感振りかざして暴れてくれたおかげで、同期の俺達まで訓練が中途半端なまま前線送りになったんだからな」
「……」
いつも通りの手痛い罵声を浴び、フィリダは申し訳なさそうに目を伏せる。その姿を一瞥したアーマンドは、頭をかきむしりながら踵を返し、建物の影から巨大甲殻虫の動きを見遣る。
奴らは――もうそこまで来ていた。
「――ま、先輩方も奴らとの戦いで殆ど死んじまって、ロンドン基地自体が、猫の手も借りなきゃならないくらい人手不足になっちまってたからな。遅かれ早かれこうなってただろうし……お前の勇躍は、お上が口実を作るいい機会だったんだろうよ」
「アーマンド……」
「要は俺らもお前も、クソ本部の被害者だってことだ。――だから、お前もせいぜい本部を恨め。自分を恨むよりか、楽でいいだろ」
「……ありがとう」
フィリダの礼に対し、アーマンドも彼の仲間達も反応を示さない。代わりに無言のまま、より強くガシガシと頭をかきむしっていた。むず痒い、と言わんばかりに。
「……とにかく、さっさとチャージを済ませな。お前が回復しなきゃ、状況は打破できないぜ」
「えぇ。なんとか、包囲網を抜けさえすれば……」
「そこが問題なんだ。俺達はここに来る時、奴らの背後から乗り上げて駆け付けて来たが――ここから出るとなるとそうはいかねぇ。あの酸の雨をかわさなきゃ、ここを出られねぇ」
「俺達であちこち走り回って、酸の狙いをバラけさせる。エイリングはその隙にチャージを済ませて、飛行ユニットで包囲網を飛び越えろ」
「背後からレイピアで蹴散らせば、活路が開けるはず。そこからなら、運次第で俺達も抜け出せるはずだ」
アーマンド達は、SDL2の機動性に賭け、巨大甲殻虫の酸を撹乱するつもりだ。しかし、その作戦はかなりの危険が伴う。
「でも……いくらSDL2が速いと言っても……」
「……ま、続けざまに波状攻撃されちゃあ、逃げ回るにも限界があるわな。あと1人くらい、人手がありゃあマシだったかも知れねぇが……ったく、あの腰抜けの『うぬぼれ銃士』が」
「……」
アーマンドの愚痴に対し、彼の仲間達は同意するように深く頷く。だが、フィリダだけは違っていた。
知っているからだ。彼が「まだ」、ここに来ていない理由を。
「……とにかく、時間稼ぎは俺達だけでもやるしかねぇさ。俺達の誰が死んでも悲しむ奴はいねぇだろうが……フィリダはそうでもねぇだろ」
「残された人間のモチベに関わるからな。なにせエイリングは名門貴族にして、ロンドン市民のアイドルだ。……世の中不公平だねぇ。同じEDF隊員でも、死んでいい奴と死んじゃいけねぇ奴がいるんだからよ」
「ハッ、違いねえ」
その理由を知らないまま、アーマンド達は次々とSDL2に乗り込んで行く。その姿を前に我に返ったフィリダは、慌てて引き留めた。
「ま、待って! 死んでいい隊員なんて、ロンドン基地には一人もいないわ!」
「ケッ、この期に及んで説教かよ。今すぐ出て行って奴らの狙いを分散させなきゃ、俺達全員が間違いなくお陀仏なんだぜ。全滅と1人生き残るのとどっちがマシかなんて、お利口さんなお前なら考えるまでもねーだろが」
「で、でもっ!」
「あーうるせぇうるせぇ。説教の続きなら、あの世で聞いてやる。ホラ、行くぜお前ら!」
「あいよ!」
「ダメ! アーマンドッ!」
フィリダの制止を聞き入れることなく、アーマンド達は捨て身の陽動作戦へと乗り出して行く。埃を巻き上げ、戦場へと飛び出して行くSDL2の群れに――少女は、ただ手を伸ばすことしかできなかった。
「オラオラッ! 当ててみやがれクソ野郎共がッ!」
アーマンドの挑発的な叫びに応じるかのように、彼らの頭上に酸の雨が降り注ぐ。その落下点の隙間を縫うように、彼らはSDL2を走らせていった。
ある時は体が地面に触れるギリギリまで車体を傾け、またある時は乗ってる本人が振り落とされそうなほどに飛び跳ねる。そんな際どい挙動を、彼らは絶えず繰り返して酸の猛攻をかわし続けていた。
「――舐めんなよッ! 俺達は入隊前まで、暴走族で慣らしてたんだ。そう簡単に当たると思ってんじゃねぇ!」
その難しい運転をこなしながら、恫喝するようにアーマンドは再び叫ぶ。だが、口先で威勢良く振舞ってはいても――状況は刻一刻と、彼らを追い詰めている。
巨大甲殻虫の群れは、徐々にアーマンド達のいる地点に近づいていた。それは酸の射程が短くなることを意味しており――精度も、比例して高まって行く。
今は辛うじて全弾回避しているが、じきに追い詰められてしまうだろう。
(早く、早く……終わって……!)
緊急チャージは、ようやく半分以上に達したところだった。まだ、飛行ユニットが復活するには及ばない。
全快する頃には――アーマンド達は、間違いなく距離を詰められ回避する余地を失い……全滅している。
それを承知の上で、彼らは出て行ったのだ。フィリダの命だけは、明日に繋ぐために。
(どうして……!)
なぜ、自分は何も守れないのか。誰かを巻き込んで行くことしかできないのか。その言葉にならない悔しさゆえ、彼女は唇を強く噛み締める。
「がっ……!」
そんな彼女の思いを踏みにじるように。
進行方向を切り替え、一瞬だけ減速したアーマンドのSDL2に――酸の弾丸が直撃した。
クリームのように溶かされていく車体から逃げるように、アーマンドは咄嗟に飛び降りる。その隙を狙うように――酸の嵐が、彼に迫って行った。
「アーマンドぉぉおーッ!」
SDL2という足を失えば、彼らは酸の猛襲をかわす術を失う。
打つ手がないまま死を待つ同期に手を伸ばし、フィリダは悲痛な声で叫び出した。
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