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うぬぼれ竜士 ~地球防衛軍英雄譚~

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第2話 翼の姫君

 ――2019年、ロンドン。第二次インベーダー大戦と呼ばれる、時代の中で。

『訓練終了、全隊員帰投せよ』
「了解!」

 とある少女が、幼い子供という殻を破り……1人の戦士としての、成長を遂げようとしていた。

「――守るんだ。私が、この街を」

 彼女は今、外来者によって齎された翼を背にして、自らのふるさとを見下ろしている。

 ――「ペイルウイング」。前大戦後、インベーダーの技術を応用した飛行ユニットの運用を前提として新たに編成された、EDFの特殊精鋭部隊である。
 第二次インベーダー大戦の開戦当初、侵略者の尖兵である巨大生物による猛襲で戦力の過半数を失ったイギリス支部は、戦力補充のためにペイルウイング隊候補生の中から、成績優秀者を補欠隊員として多数抜粋していた。

 正規隊員に決して引けを取らない、天才的な飛行技術を持つと謳われるこの少女――フィリダ・エイリング隊員も、その一人である。

「ねぇねぇフィリダ。これで今日の実機訓練おしまいでしょ? あとで最近オープンした私ん家のカフェ行かない?」
「カフェって……コリーン。そんなことに現を抜かす暇があると思うの? ロンドンへの侵攻が一旦は収まったと言っても、トーキョーやニューヨークでは未だに奴らとの戦いが絶えず続いているのよ。今この瞬間、遠い地で命を削って戦っている隊員もいると知っていてそう言うのなら、私はあなたを軽蔑せざるを得ないわ」
「そそ、そこまで言わなくたっていいじゃない。だいたい、フィリダは気を張りすぎなのよ。どうせ私達みたいな候補生上がりは補欠扱いなんだし、そんなに張り詰めてたってそうそう出番は回ってこないと思うよ?」
「……確かに私達は補欠よ。それでも、れっきとしたペイルウイング隊の隊員としてこの空にいる以上、一瞬たりとも訓練を怠るわけには行かないわ」
「もー、そんな調子じゃ肝心な時に持たないよ? それに他所の支部の人達が今頃頑張ってくれてるって言うんなら、なおさら今のうちにリフレッシュしなきゃダメじゃない! ヘトヘトになってる時に飛べって言われてダメだったら、本末転倒でしょ!」
「……そういう、ものかしら」

 共に補欠隊員として同じ隊に配属された同期の言葉に、フィリダは逡巡する。いくら腕がいいと評判でも、齢17の少女に過ぎない彼女では、明確な答えをすぐに見出すことは出来なかった。

「あ、そういえばフィリダ、知ってる? なんでも近いうちに、我がロンドン基地にすごい人が来るんだって!」
「すごい人……?」
「うんっ! 『うぬぼれ銃士』って呼ばれてる人なんだって。なんでも、前大戦でものすごく活躍した陸戦兵なんだってさ」
「うぬぼれって……なんだか、頼りない異名ね」
「聞いた話なんだけど、その人ってマザーシップを撃墜した、あの『伝説の男』に張り合おうとしたんだって。強いには強いんだけど、そういう無茶な人だったから、うぬぼれって呼ばれてるんだってさ」
「……確かに、それは無謀ね」

 前大戦で、マザーシップを撃墜し、この地球を救った「伝説の男」。嘘のような戦績を残した彼の存在は、遠い海を隔てたこのイギリスにも深く浸透していた。
 ゆえに、フィリダは「うぬぼれ銃士」の名が妥当であると感じていた。世間に伝えられている「伝説の男」の所業など、人間が真似できるものではないのだから。

『フィリダ・エイリング! コリーン・マクミラン! 貴様らいつまで無駄口叩いてる、さっさと帰投せんか! 遊んでると減給と降格では済まさんぞ!』
「は、は、はいぃっ!」
「……わかりました」

 そんな彼女達の語らいを、隊長の怒号が吹き飛ばして行く。ペイルウイング隊は隊員のほとんどが女性であり、指揮官も例外ではない。

 ……が、エリート部隊ならではのプレッシャーゆえ、男性顔負けの苛烈な上官が多い、という一面もある。さらにインベーダーとの実戦経験においては旧来の陸戦歩兵部隊に劣っているという点も、ペイルウイング隊幹部の焦りを煽る結果を招いていた。

 上記の理由から、ペイルウイング隊は女所帯とは思えぬ程の修羅の国と化しており、第二次大戦以前から除隊を願い出る隊員は少なくなかったと言われている。
 そんな中にいるからこそ、彼女達ペイルウイング隊員は、たまにある休暇のひと時を至福の喜びとしているのだ。上官の叱責やエリートとしてのプレッシャーと戦いながら、なおも自ら訓練に励もうとしている猛者など、正規隊員の中にすら数える程度しかいない。

 ましてや、花の10代がほとんどと言われている候補生上がりの中でそんな考えを持っている隊員など、フィリダ以外には誰一人として存在してはいまい。

「う〜こわ……。と、とにかくもう帰ろうよぉ。隊長、前にも増してご機嫌斜めだし……」
「あなたが隊長のプリン食べたりするからよ……ッ!?」

 ――だが、その狂気とも呼べる訓練への情熱があるからこそ。
 彼女は、誰よりも早く察知出来たのだろう。

「キャアアアーッ!」

 街中から響き渡る、女性の悲鳴を聞き取るより早く。

 復興中の建物に取り付けられていた、板の足場が崩れ――下にいる子供を、下敷きにしようとしていたことに。

「――ッ!」
「えっ!? ちょちょ、ちょっとフィリダぁ!?」

 コリーンが制止の声を上げるよりも早く、フィリダの飛行ユニットはその現場に目掛けて火を噴いていた。

 一方、足場の下にいる5歳ほどの幼気な少女は、自分を覆う影に気づいても微動だにしていない。自分に起きている事態に、理解が追いついていないためだ。
 その近くには、パトロールに当たっていた緑色の装甲服を纏う戦士――エアレイド部隊の隊員も数人いたが。フィリダは彼らには目もくれず、子供に向かってひたすらに突進していく。

 ――もとより、アテにはしていないからだ。

「……角度、高度……この、タイミングッ!」

 危険区域から、要救助者を安全かつ迅速に救出するための動作――エンジン出力の加減から、要救助者を衝撃で傷つけないための速度調整、地面に足が当たらない高さなど――その全てが、綿密に計算された一瞬であった。
 永きに渡る歴史と文明を色濃く残すこの街に敷かれた、アスファルトの上を滑るように。彼女の翼は、這うように宙を翔ける。

「――ッ!」

 ……そして、声にならない叫びと共に。彼女の腕に抱かれた少女は、その窮地から流れるように飛び去っていった。
 刹那、足場は歩道の上に音を立てて墜落し、復興に尽力していた英国紳士達の注目を一箇所に集めている。

「……よかった」
「――わぁ、すごいすごい! 私飛んでる! 飛んでるよ、お姉ちゃん!」
「ふふ、そうね……すごいね」

 一方、弧を描き、再び空へ舞い上がったフィリダの腕の中で、少女は無邪気にはしゃいでいた。そんな子供の純真さに、彼女は穏やかな微笑を浮かべている。
 そして、民衆の歓声を浴びて街の中へ降り立ったフィリダの前に――少女の母親らしき女性が駆け寄ってきた。

「ああ……アリッサ、アリッサ!」
「ママぁ!」
「良かった……本当に……!」

 その女性は愛する娘を必死に抱きしめながら、膝をついて安堵と共に泣き崩れていた。恐らくは、ほんのわずか目を離した隙に起きた、一瞬の出来事だったのだろう。

「ありがとうございます! 本当に、なんとお礼を申し上げればいいのか……!」
「いいえ。これも、貴族として当然の務めです」
「貴族……? あ、あなたはもしかして……! あの、名家エイリング家の……!?」

 フィリダは、母親の追及を聞き終えないうちに踵を返し、その場から無言で立ち去って行く。

「お姉ちゃん、また会える?」
「……会えるわ。こんな時代でも、生き抜けばきっと、会える」
「――うん! 約束だよ!」
「ええ、約束よ」

 その途中、少女の問いかけに一度だけ笑顔てから――フィリダは改めて、その場から姿を消した。

 だが、飛び去ったわけではない。本来ならば今すぐ帰投しなければならない状況であるが、それでもまだ帰れない理由が彼女にはあった。

「おぅ、お疲れさん。相変わらずお見事な手腕だぜ」
「ああ。さすがは名門貴族のお嬢様だ。あの飛びっぷり、絵になるねぇ」

 彼女が向かった先は……民衆に混じるように一連の流れを静観していた、特殊部隊エアレイドの隊員達だった。
 騒動に紛れて路地裏に場を移していた彼らの前に、フィリダが憤怒の形相で踏み込んで行く。

「……どういうつもりよ」
「は? なんの話だ?」

 バイザーの下から覗いている、艶のある桜色の唇を噛み締めて。フィリダは、声を震わせ彼らを糾弾した。
 彼女はその怒りを表現するかのように、ヘルメットを脱ぎ去る。セミロングの美しいブロンドや紅い瞳、透き通るような白い肌が露わとなった。

「どういうつもり、と聞いてるのよ。あの娘の上に足場が落ちてきた時、あなた達も近くにいたはずでしょう! あなた達のうちの誰か一人でも、咄嗟に動いていれば……私よりも早く、あの娘を助けられたはずよ!」
「……そうは言うがよ、お嬢様。俺達はあんた達ペイルウイング隊とは違って、機動力より火力が本領なんだ。こういう時はあんたの方が適役だろ」
「所属部隊がどうこうって問題じゃないでしょう! 例えどこの部隊の所属だろうと、私達の目的は何一つ変わらない!」
「空と陸、共に力を合わせて人類を守る――って、いつものご高説かぁ? 勘弁してくれよ、いい加減耳にタコが出来ちまう」
「アーマンドッ!」

 だが、エアレイド達はまるで聞く耳を持たない。アーマンドと呼ばれる彼らのリーダー格も、他の仲間達と共に茶化すように笑うばかりだった。緑のヘルメットに淡いブラウンの髪や碧い瞳を隠した美男子ではあるが、その笑い声には今一つ品がない。

「あーあー、聞こえない聞こえない。お前、前々から気張り過ぎな方だったけど、数ヶ月前の迎撃戦からは一層酷くなってんな。確か、あの戦闘でオカンが死んだんだっけ?」
「……ッ!」

 その瞬間、フィリダは一気に噴き出す激情のままに、アーマンドの胸ぐらを掴んでいた。

「お? 鉄拳制裁か? かっこいいねぇ、俺達の代表様は」
「あんたはすげーよなー、ホント。なまじ正規隊員よりデキたばっかりに、エアレイドの候補生でしかなかった俺達まで巻き添えで上に抜粋させちゃったんだから」
「今頃は生き残るための訓練をしてるはずだったのに、全く代表様は手厳しいねぇ?」

「……く……!」

 アーマンドは胸ぐらを掴まれても一切動じず、さらに煽るような言葉を並べたてる。他の仲間達も、フィリダを皮肉るような野次を飛ばしていた。

 ――彼らは全員、元々はフィリダと同期の候補生であり、エアレイド部隊の正規隊員として承認されるための訓練の途中だったのだ。
 しかし、数ヶ月前に起きた巨大生物との戦闘による損耗を受け、急遽戦力補充のために訓練課程を前倒しにすることとなり、今に至っている。

 彼らがそのような道を辿るきっかけを作ったのも、当時の混沌とした戦場の中で、候補生の身でありながら高い戦果を上げていたフィリダなのだ。彼女が打ち立てた功績は世論の中に、「同期として、名門貴族の活躍に続くべし」という風潮を生んでいたのである。
 それゆえに彼女を同期として、EDF隊員として尊敬する者以上に、彼女を「自分達をより早く死地へ追いやった疫病神」と蔑む者は多いのだ。

 フィリダ自身もその事実は把握しており、強く責任を感じていた。
 だからこそ、せめて彼らが1日でも長く生き延びられるように、いち早く正規隊員に相応しい人物に導かなくてはならない。
 それが彼女なりの償いでもあったのだが――それすらも、彼らには押し付けがましい持論としか思われていなかったのだ。

「……うッ……」

 その事実と負い目ゆえに、拳を振るうことも叶わず……その手は、力無くアーマンドの襟から滑り落ちてしまった。

「……ケッ、お高く止まってんじゃねーぞ」
「凡人には理解できねー世界だもんな。俺達ごときに構ってちゃ、時間の無駄だぜお嬢様」
「行こーぜ。ちょうどオープンしたばっかのカフェとかがあるんだったな」
「お、いいねー! うっぜぇ説教の口直しにはコーヒーがピッタリだ」
「はっ、はははは! ちげぇねぇ!」

 それを見届けたアーマンド達は、俯くフィリダを一瞥し――聞こえよがしに罵声を上げながら、路地裏から立ち去って行く。
 若きエアレイド達の笑い声がひっきりなしに響いていた空間が、少女1人を残して静寂に包まれる。

「……」

 そして、えもいわれぬ無力感が津波のように、彼女の胸中に覆いかぶさった。

 自分にできることなど、なにもないのか。その思いが、白い頬を濡らしていた。

(私は……間違ってるの……? ねぇ、お母様……)
 
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