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底の抜けた柄杓

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第二章

「いいな。覚悟してろよ」
「はあ。網元がそう言うんなら」
「小便ちびる位ならまだいい」
 それで済めばだというのだ。
「いいか。それでも絶対に海には落ちるな」
「まあ俺もそんなつもりないですけれど」
「落ちたらそのままあの世行きになるからな、今度ばかりはな」
 網元はまだ暗い海を見ながら腕を組んでいた。そのうえで市川に話していた。そしてだった。
 漁船達はその海に来て漁をはじめた。魚は色々なものが獲れた。
 網に魚達が面白い様にかかる。その魚達を見ながらだ。
 市川は笑顔でこう網元に言うのだった。
「いや、これは凄いですね」
「魚の量がだな」
「ええ、その種類も」
「そうだな。ここはいい漁場なんだよ」
 網元もそれは言う。だが、だった。
 網元の顔は笑っていなかった。周りの海をじっと見ている。そのうえでの言葉だった。
「だがそれでもな」
「だからここに一体何が」
「いいか、出て来たらな」
「出て来たか?」
「底の抜けた方の柄杓やバケツを渡せ」
 こう言うのだった。市川に対して。
「絶対にだ。そうしろよ」
「あれを渡せ?」
 その底の抜けた柄杓やバケツのことは出港前から気になっていた。それについてだ。
 網元にも尋ねた。あれは何なのかと。
「そういえばあれは」
「普通は使えねえな」
「幾ら水を汲んでも出て行きますよ」
 底がなければそうなるのは自明の理だ。本来は言うまでもない。
「それこそ。けれどなんですか」
「あれでないと駄目なんだよ」
 網元の言葉は有無を言わせないものだった。
「絶対にな。ここじゃな」
「この海ではですか」
「いいか。とにかくびびって海に落ちるな」
 網元はまたこのことを市川に言う。
「そして底の抜けた柄杓やバケツを渡せ」
「わかりました。何かわからないですけれど」
 市川は今は頷くしかなかった。そうしてだった。 
 漁を続けた。そうして普段の倍は獲ってからだ。港に帰ろうという時に。
 網元が言った。遠くを見て。
「おい、来やがったぞ」
「ああ、やっぱり来やがりましたか」
「今度もですか」
「じゃあここはですね」
「絶対に」
「わかってるな」
 網元は市川以外の漁師達に言っていく。険しい顔になり。
「底の抜けたのだ。いつも通りな」
「ええ、それじゃあ」
「今から」
 市川以外の漁師達も頷いてだ。そのうえでだった。
 誰もが底の抜けた柄杓やバケツを持つ。網元もだ。
 そして網元は市川にも言った。
「御前もだ。底の抜けたのを持ったな」
「ええ、これでいいんですよね」
「ああ、それだ」
 市川は傍にあった底の抜けた柄杓を手に取った。それを持ったうえで網元に答えた。
「それでいいんだよ」
「じゃあそれを渡せよ。奴等にはな」
「奴等っていうとまさか」
「あの船団の奴等だよ」
 向こう側から何隻かの漁船が来る。外見は自分達が乗っている漁船と全く変わりがない。ただどの船にも灯りがついておらずそれが奇妙に思えた。 
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