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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第二十四話:プレデター

 
前書き
 お久しぶりです。色々と忙しかったのと、ISの11巻があんまりな内容だったので書けてませんでした。 

 
 忘年某月某日某時刻。ドイツ某所の駐屯地にて。

 黒兎部隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)の駐屯地である山奥の某基地は、平時にあるまじき静寂に包まれていた。普段ならば、訓練に勤しむ兵士たちの足音が鳴るとともに教官の檄が飛び、空にはISを纏った乙女たちが乱舞する光景が見て取れるのだが、総ての生命が死に絶えたと勘ぐられかねないほど、基地は静まり返っていた。
 当然である。この基地は所謂反乱が起きた状態にあり、ドイツ政府を揺るがす台風の目に値する場所と化しているからだ。蜂起に従わぬ憲兵を始めとした駐在武官の類は、一部の例外を除いて総て殺され、基地の司令塔たる司令官でさえ物言わぬ肉塊と化している。
 現在この基地を牛耳っているのは蜂起の主犯格たる黒兎部隊。それに恭順する形で一部の整備員や事務員。配備兵達の寄り合い所帯が中核となっている。
 当の黒兎部隊隊長にしてこの状況の根源たる少女、エレナ・ディートリヒ少佐は、かつて基地司令だった男の血で彩られた椅子に背を預けながら、消えぬ苛立ちを持て余していた。歴代基地司令の顔写真も、射撃大会のトロフィーも、本棚に並べられた高価な戦術書もきらびやかな勲章も、彼女の戯れによって射撃の的にされて久しい有様だ。
 相変わらず外の風景に変化はなく、数日前に撃墜した軍のヘリや航空機の残骸もとうに見飽きてしまった。つい最近自らを制圧せんと送られてきたIS部隊でさえ、自らの心を奮わせる程の傑物は居なかった。
 何故彼女はこのような軍人にあるまじき蛮行に踏み切ったのであろうか。それは、数か月前に、突如として無言の帰国を果たした前任の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒの存在があった。エレナは、訓練生の頃から彼女と何かと対立しており、自らが所属している部隊の隊長の地位を賭けて争った過去を持っていた。
 目障りであると同時に、尊敬に似た感情を持っていた。「同じ生まれ」であるが故に、同じ苦難を乗り越えた経験があった。だからこそ、彼女の急死は到底受け入れ難く、死因等を一切報せない上層部の態度に不満は募り続けた。
そして、決定的な瞬間が訪れた。上層部の対応に納得がいかないエレナは、数名の『同じ産まれ』の同志と共にハンガーに格納されている第三世代機、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されている戦闘記録の解析を決行した。上層部が偽装データに差し替えている事を想定し、データの修復・サルベージ作業を重点に敢行した。
 修復した映像データの内容は到底信じられるものではなかった。ISを装備できない男がラウラ・ボーデヴィッヒを惨殺している光景が映っていたからだ。
 エレナは、ラウラの実力を高く買っていた。だからこそ、目の前の記録映像(光景)を現実だと認めるのに時間を要した。心の臓から体が壊死していくような不快感がつま先まで行き渡った時、ラウラを失った喪失感は、恐怖と怒りに変わった。

 未だ政府から音沙汰がない状態に部下たちが苛つき始めている。業腹ながら、自らよりも統率力に長けている副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉は今回の決起に反対の立場を取った為、懲罰房に監禁せざるを得なかった。情報統制が徹底されているのか、報道機関のヘリさえ見えない空が恨めしい。格納されている3機のISを駆って近隣の街に試験運用中の燃料気化爆弾でも叩き込んでやろうかという考えがよぎった時、銃声が響いた。

「遂に行動を起こしたか?」

 変化を待ち望んでいた隊長の口角が自然と釣り上がる。すぐに無線機で連絡を取りながら銃声の発生源を割り出し、道中合流した兵士数名と共にたどり着いたのは、資料室だった。見回りの兵士が一名、脳天をぶち抜かれて事切れていた。

「探せ、まだ遠くには行ってないはずだ」

 振り向いた瞬間、エレナは視界の隅に血溜まりを見つけた。扉の陰に隠れるようにして整備員の惨殺死体が転がっていた。驚愕が表情に出ていたのか、部下の数名が釣られて振り返り、悲鳴を上げる。
 整備員の死体は胴体を輪切りにされており、上半身が数十センチ這った痕跡が残っていた。その指先は、血でべっとりと汚れた分厚い本を掴んでいた。

「手がかり……か?」

 ──このような状態で何故本を掴んでいたのだろうか?
 随伴していた歩兵の一人が本を手に取った瞬間、僅かに金属音が響いた。訓練中に何度も聞いたことのある、手榴弾の安全ピンを外し、信管が外れた音だ。よりにもよって初歩的なブービートラップに引っ掛かったのだ。
閃光、爆音。熱波と破片の礫の嵐が吹き荒れる。唯でさえ血や脳漿が飛び散っていた資料室は更に滅茶苦茶になった。
 だが、死の嵐の渦中にあれども微動だにしない漆黒の巨人がそこに居た。エレナ・ディートリヒ専用にチューンナップされた専用機、シュヴァルツェア・レーゲンだった。瞬時に待機状態から装着に移行したことで、彼女は生き長らえることが出来たのだ。

「ク、クククッ……」

 エレナは心底たまらないと言った表情で、こみ上げてくる歓喜の感情を精一杯抑えていた。周囲に居た部下たちは1名即死、2名が死に損ない(再起不能の重体)、残りは呆然とする余裕があるくらいには軽傷に留まっていた。

「手応えがある相手だと良いなぁ……そうだろう、貴様?」

 エレナは死に損なった歩哨を拳銃で楽にさせつつ、軽傷のまま呆然としている部隊員に、堪え切れず笑みを向けた。同じ遺伝子で構成されている縁で、自らと同じ顔や体型をしているが、浮かべている表情は真反対だった。片や喜悦、片や恐怖。相反する表情を浮かべた少女は、互いの意図を図りかねていた。
 ──何故このような軟弱な表情をしている?
 ──何故このような状況で笑っていられる?
 鏡に映る虚像のように暫し向かい合っていた二人の内、笑みを浮かべていた方が先に背を向けた。

「直ぐに皆に報せろ、久々の歯ごたえのある獲物だ」

エレナはまだ見ぬ獲物への期待を膨らませる中、眼前の少女への興味を捨てた。だが、その少女は警備兵に声を掛けられるまで、ずっとエレナを見つめていた。


 目に見えぬ侵入者は、エレナの期待とは裏腹に黒兎部隊の人間には一切関わらず、警備兵や特技兵といった人物を中心に殺していった。恐ろしいことに、神出鬼没の一言にある潜伏性を持っており、物陰やシャワールームは勿論のこと、食堂のテーブルの下で首を折られて死んでいた者も居た。部下の中には、相手は人間ではなく、軍が新たに開発した生物兵器が投入されたのではないかと怯えるものが出始めた。

「馬鹿馬鹿しい、ISを交代で身に付けろ!ハイパーセンサーがあれば世迷い言も自然と消えるだろう」

 直ぐに待機状態にされていた第二世代IS、シュヴァルツェア・ツヴァイク2機が部隊員に交代で装備されることになった。虎の子たるISを易易と持ち出すということ、短期間で別の人物に装備させることによるコアの調整に不備が生じる可能性があるということで、一部の部隊員と整備員が難色を示したが、エレナは一喝して黙らせた。
 しかし、それさえも侵入者はかいくぐってみせた。その日の夕食、調理師の一人が刺殺されただけでなく、用意されていた夕食に「塩味が足りない」と書かれたメモが残されていたのだ。最早黒兎部隊は侵入者に完全に遊ばれていた。

 侵入者による最初の殺人が行われて4日後、事態は動き出した。一部の歩兵が暴動を起こしたのだ。ISを装備していなかった部隊員2名が拳銃で撃たれて即死し、3名が重軽傷を負った。
 皆、口々に喚き散らす。

「あんたらにはもう付き合いきれない!」

「殺されたくなくて嫌々従ってきたが、あんなに惨たらしく殺されるなら銃殺刑にされたほうがマシだ!」

「今からでも遅くはない!素直に武装解除して赦しを乞うんだ!!」

「そもそも私たちはあなた達の部隊に従う義理なんて無いでしょう!?」

 エレナは理解できなかった。何故今更になってそのようなことを言うのか。ふと眺めてみると、喚き散らす者の大半が此度の蜂起に積極的に参加する旨を表明した者であった。元々待遇に不満を持っていた女尊男卑主義者の士官だったため、実力云々に全く期待していなかったが、曲がりなりにも士官教育を一通り受け、卒業した者だった。なのに今、目の前で出来の悪い新兵のように泣きわめいている。
 これが女尊男卑の歪みに晒された現状だった。天秤も傾けすぎると瓦解する。当然の帰結なのだが、それさえ気付けなかった愚考の極みが眼前の光景として現れていた。

「もう良い。期待した私が馬鹿だった」

 エレナは軽く嘆息すると、ホルスターから拳銃を抜き、一人ひとりを射殺し始めた。今更こんな役立たず共を抱え込む余裕はないからだ。
 そもそも、反旗を翻した時点で自らの首を捻り切ったも同然の状態なのに、未だに自らに未来があると浅ましくも考えているのだ。
 嫌々従わされてきた兵たちに対しては同情の余地は無いわけでもないが、基本的に自己責任で詰め腹を切らされることは目に見えている。どの道待ち構えているのは死だ。それを受け入れられないのであれば最早邪魔なだけでしか無い。

「早く姿を見せろ侵入者。ラウラを殺したのであれば私が相手になってやる」

 皮肉なことに、今の状況で心の拠り所足り得る存在は、この状況の発端である侵入者の襲撃だった。



 最初の襲撃から一週間、最早黒兎部隊以外の同胞は分裂し、猜疑心に負けて虚しい同士討ちに明け暮れ始めた。極限状態に絶えきれずに自殺するもの、発狂して同士討ちをするもの、襲撃者と間違われて撃たれるもの、部屋にバリケードを築き上げて引きこもる者など様々だ。
 このような状況になっても、侵入者は狩りを止めなかった。今となっては完全に個々のグループは孤立しており、最早この基地に生きている兵士は何人居るのかさえ分からなくなっていた。
 奇妙なことに、黒兎部隊だけは相変わらず侵入者の毒牙にかからなかった。それだけでなく、整備員の類を始めとしたIS関係者もまた一人も欠けること無く生き延びていた。

──狙いは我々ではないのか?

 エレナの脳裏に最悪の光景が過る。瞬間、黒兎部隊の仮の戦闘指揮所に歩兵達がなだれ込んできた。全員が自動小銃で武装しており、その狙いは全員を逃すこと無く捉えていた。

「何の真似だ?」

 動ずること無く睨みつけるエレナ。しかし、返礼は銃声だった。臨時の副官が頭蓋骨の骨片と脳漿を撒き散らして大の字に倒れる。

「貴女達を拘束させて頂きます」

 意外にもその声は背後から聞こえた。エレナは自らの正気を疑った。裏切り者がよりにもよって自らが統率する部隊から出てしまったことによるショックで、しばらく反応が出来無かった。
 ISが生まれてから、周囲に居る軍人や官僚には女尊男卑に染まった傲慢な女や気弱な男が圧倒的に増えてきた。実践の果てによる結果が総てを決める世界を生きていたエレナは、性別で差別するそんな連中を軽蔑しつつ、今日の今日まで生きてきたのだ。
 よりによって、そんな連中に迎合する不覚者が身近にいた。そしてそれに気づかなかった事が何より許せなかった。
裏切り者は、部下たちから装備しているISを回収して此方へ近づいてくる。

「た、隊長。専用機を預かります」

 裏切り者と目が合った。最初の襲撃の際に怯えた表情を隠さなかった隊員だった。彼女はその時と同じ表情を浮かべており、恐る恐る手を差し出してきている。

「まさかお前とはな、こんな度胸があるようには見えなかったが?」

「今まではありませんでした……でも、好きな人を殺されたら反感の一つも抱きます。隊長、貴女にはもう従えません!!」

 涙を浮かべる彼女の胸にはドッグタグが一枚増えていた。

「彼は重症を負っていましたが、助けられたはずです!何故殺してしまったんですか!?」

 エレナは合点がいったとばかりに表情を歪める。あの時、ブービートラップで死にかけた男。名も顔も忘れた歩兵に引導を渡したことを根に持っていたのだ。

「お前は馬鹿か!籠城戦において死に損ないは『居るだけで厄介な存在』なのだぞ!?役に立たない、負傷具合によっては疫病を撒き散らし、健常者よろしく飯を食うし排泄だってする!その世話すら他人任せで人的リソースを更に圧迫する疫病神だ!これから隊長の死の真相を糾明するために更なる苦境に身を投じんとするこの状況で、お前の軽率で甘ったれた行動がどれだけの不利益を撒き散らしたのか分かっているのか!?」

 エレナ・ディートリヒはラウラ・ボーデヴィッヒと同じく、人口の子宮から産み落とされた軍事用の遺伝子強化検体の一人である。故に浮世の常識並びに、軍事以外の些事に疎いことは本人も自覚していた。だが、当の本人はそれ以外の世界に興味はなかった。世間一般の常識は必要な分だけ吸収し、それ以外は全て鍛錬に充てた。
 当然、真反対の選択を採る者も居た。眼前の少女は外の世界を知ろうと努め、社交的になっていった。そして、生まれの都合上限定されたコミュニティの中で未来を共に歩みたいと願うような人を見つけたのだ。
 嘆くべきは少女たちはお互いのことを自らの尺度で考えるということでしか選択肢を持とうとしなかった事だった。故に少女はエレナに自らの恋人(至宝)を否定され、エレナは激情した少女から9mm弾を胸に受けることになった。

 その時、死の旋風が吹き荒れた。この場所に居た人間達は、何が起きたのかさえ理解できぬまま即座に絶命し、文字通り挽肉になった。ただ一人絶命を免れたエレナ・ディートリヒだけはその正体を認識することが出来た。

「織斑……教官?」

 眼前に屹立するそれは自らにISのいろはを叩き込み、常に強者たる姿勢を崩さなかった生ける伝説が、戦女神(ブリュンヒルデ)がそこに居た。

「きょ……う、か……ん」

 至近距離で打ち込まれた9mm弾は、肺と脊髄を貫通してしまったらしく最早言葉を紡ぐごとに喀血し、四肢は役目を忘れたかのごとく動かない。
 ──立たねば、敬礼しなければ。
 どうにか立とうと藻掻くが、破壊された人体に最早余力はなく、出血多量によって既に色彩を失った視界は遂に闇に閉ざされようとしている。国に弓引いてまでもラウラの無念を晴らそうと暴走したことについて、敬愛する教官にどうしても謝罪したかった。
 ブリュンヒルデの右腕が一閃し、同時に自らの視界が急変する。撮影中のカメラを落としたかのような視界の変化に、エレナは自らの首が撥ねられたことを異常な冷静さで受け入れていた。せめて最後に姿を目に収めたかったと落涙した瞬間、ブリュンヒルデが振り返った。
 しかし、そこに在る筈の顔は無く、無限の闇が人の貌に張り付いていた。紛い物の戦女神に完全に脳が凍りついた時、エレナ・ディートリヒの生命活動は停止した。



 長閑な青空、白い雲。閑散とした軍事基地に場違いな悲鳴が木霊する。時折思い出したかのように銃声が響くも、悲鳴の連鎖は止まらない。
 基地内は血の海と化していた。ありふれたホラー映画よろしく、戦女神(ブリュンヒルデ)を模った黒い何かが抜き身片手に生きとし生けるものを次々と一刀のもとに切り伏せ、まだ見ぬ獲物を求めて徘徊しているのだ。既に廊下は血と死体の宿便のむせ返るほどの臭気で溢れかえっていた。
 脱出を試みた者は居なかったわけではない。事実上瓦解した叛徒達は、最早烏合の衆も同然だったが故に、様々な者が独断で脱出を決行したのである。
 しかし、そういった者達もまた、潜んでいた襲撃者によって虱を潰す様に仕留められてしまった。謎の襲撃者と戦女神を模した怪物。お互いは競うように基地内の兵士たちを蹂躙していった。

 最初の殺人から10日。腐敗しかけた死体が散乱する士官食堂のテーブルで高いびきをかいて熟睡している人影があった。影こと編田羅赦は、目覚めると規則正しい生活を心得た真人間のそれと同じく、洗面の後に朝食を摂り、歯を磨いた。10日も剃ってないが故に、鼻毛ほどの長さにまで伸びた顎髭が黒々と広がっている様に些か閉口するも、それも今日までの辛抱だと思えば、いくらか気が楽になった。最早、この基地に叛徒と呼べる人間は一人も居らず、すぐにでも鎮圧部隊が雪崩込んでくる事は間違いないだろう。
 そして鎮圧の際に自らも証拠隠滅のために殺害することは想像に難くなかった。エレナ・ディートリヒ少佐が撃たれた時、死の嵐を巻き起こし、織斑千冬の現役時代の姿を真似た泥のような物体。ラシャには見覚えがあった。
 VTシステム。正式名称ヴァルキリー・トレース・システム。IS競技の総本山たるモンド・グロッソにて優秀な成績を修めた選手の行動パターンを再現するプログラム。搭乗者にかかる負担が生命を脅かすレベルに及ぶ為、アラスカ条約によって使用を全面的に禁じられている禁断のシステムである。
 本来ならば、搭乗者の存在が必要とされるものであるが、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたものは自律機動が出来る代物になっていた。それは、この国が自律機動が可能になるほど研究を進めていたことを意味し、アラスカ条約にかなり前から違反していたことになる。
 そんな物騒なものが国家代表候補生並びに軍属のISに搭載されている事が判明すれば、国際世論から非難が集中するだけでなく、ISコアの没収等といったペナルティをも免れない案件となる。少なくとも十年はドイツは揺れることになり、欧州事情はフランス、ドイツのスキャンダルを皮切りに混沌化していくことになるだろう。
 食事を適当に済ませたラシャは倉庫から持ち出してきたジェリカンに視線を向けた。

「さあて、隠滅するもん隠滅したらとっとと逃げますかね」

 その時、食堂への扉が勢い良く開いた。VTシステムによって暴走したシュヴァルツェア・レーゲンが足を引きずりながら食堂へ入ってきたのだ。エネルギー切れによる活動限界を迎えつつあるのか、左半身がアイスクリームのように溶けかけていた。

「よう、もうこの基地に居る人間は懲罰房の奴らと俺だけだぜ」

 半身が融解しているのにも拘らず、剣を手放さない姿勢に模倣の徹底ぶりを垣間見たラシャは右手を腰のナイフに添え、相手の出方を待った。
 しかし、相手の行動はラシャの予想を上回っていた。シュヴァルツェア・レーゲンは急速にその形を液状化させると、飛矢のようにラシャに襲いかかったのだ。咄嗟にナイフを横に薙ぎ払ったが、相手が悪すぎた。そのままナイフごと包み込まれたラシャは何とか藻掻くも、泥とも粘液ともつかない謎の物体は、彼の抵抗を物ともせずに、遂に全身を包んでしまっていた。

「くそ!くそっ!悪あがきしやがって!!」

 その時、急に拘束が解けた。先程まで全身を余すこと無く包もうとしていた無形の枷は、只の水のように体表を伝い、床に広がっていく。
──エネルギーが切れたのだろうか?そう思い浮かべたもつかの間、液状化したボディは再度カタチを取り戻し、ヒト型のシルエットを作っていく。

「……俺、か?」

 その姿はISにあるまじき男性を模ったもの、まさしく編田羅赦本人の模倣に他ならなかった。同時にそれは、恭順の意を示すように頭を垂れた。

「……」

 ラシャは恐る恐る近づき、自らを模したVTシステムに触れた。すると、再び形を変えてラシャの体に優しくまとわりつき、ラシャの体内に埋め込まれたコアに格納された。

「良いじゃないか」

 ラシャはISについてはズブの素人だ。無論、本人もそれは承知していると同時に関わりを持とうとは思ってもいない。だが、この新たに手に入れたモノは、自らの悲願成就を大いに助けるものであり、忌々しい篠ノ之束の機嫌を大いに損なうものであるということが確信できた。
 胸に埋め込まれたコアが脈動し、脳に直接情報を叩き込んでくる。視覚、聴覚、触覚……etc。あらゆる感覚を通して解説がなされる度に、仕事における応用のアイデアが沸々と湧いてくる。

「拉致されたのも悪くなかったか」

 ラシャは部屋に置いていたジェリカンを手に取ると、懲罰房へ足を向けた。
 
 

 
後書き
 色々と雑に書いたので、あとで修正するかもしれません。 
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