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勇者にならない冒険者の物語 - ドラゴンクエスト10より -

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死の嵐

 商船アプラック号は、蒸気機関を搭載した対魔物装甲を施された大型貨物船だった。
 就航して8年。
 これまでにも水棲の魔物による襲撃はあったが、重厚な装甲のお陰でどれも戦うこともなくやり過ごしてきた自負があった。
 ウェディ族の船長、カリハール・ウラハは、エルフの貴族の娘をレンダーシアまで乗せて行く仕事など交易品を運ぶついで位にしか考えていなかったのだが・・・。
 何事もなく終わるはずだった航海は、ウェナ諸島に差し掛かった深夜、絶望の淵に立たされる事となったのだ。
 気がつけば、今まで出会った事の無いような巨大な魔物、大悪魔族が率いるような強敵、大王イカの襲撃を受け、装甲船は巨大な触手にからめとられて無残にも沈没の憂き目にあっていた。
 船員達の荒てる声がデッキ上を飛び交う。

「触手を引き剥がせ!槍で触手を突けぇ!」

「斧持ってこい!切り落とすんだよ!!」

「マストがぁ!監視マストがへし折られる!!」

「ダメだぁ!船の装甲がひしゃげちまってる!沈むぞお!」

 初めての戦闘に右往左往する戦闘要員達。
 度重なる大王イカの攻撃に、デッキの床は3分の1が抜け落ち、外装を守る装甲板は無残に歪み、損傷した木製の内壁から海水が勢いよく流れ込んできていた。
 巨大な触手が振り上げられ、デッキに勢いよく叩きつけられる。
 太いロープで固定されていた木箱や樽が砕けちり、飛散する破片に数人の船員が吹き飛ばされてデッキの上を転がった。



 船長室。
 カリハール・ウラハの座る執務机の正面の豪奢なソファに、禍々しいコウモリの翼を持つ1人の悪魔がトカゲじみた顔を愉快げに歪ませて笑みを浮かべていた。

「どうだろう。カリハール船長。そろそろ例のエルフを引き渡してはくれまいか。私としては、あの様な小娘など位置を掴むのは容易いし、これ以上の虐殺も望んでいないと言うのだが」

「こ、断る!貴様ら悪魔が何を考えて入るかは知らんが、積荷を早々に引き渡すほど落ちぶれてはいない!」

「君が彼女を引き渡せば、契約は成立する。君と君の船員達は助かるのだぞ?」

 悪魔族は床を転がってきたワインの瓶が足にぶつかったのに視線を落とすと、無造作に掴み上げてコルク栓を軽々と引き抜いてググッとラッパ飲みした。

「んー。何だこの味は、安物じゃぁないか」

 応接テーブルの上にそっと置く。

「簡単な契約だと思わないかね。1人の小娘を差し出せば君達は助かる。ただそれだけだ」

「こ、この、大破した貨物船の上に放置されるだけだろう!そんなものは助かるとは言わない!」

 怒気激しく、カリハールが机を拳で激しく叩いた。

「私は女神様を信仰する身。悪魔などと契約もしない!」

「小娘の位置など既に掴んで入る上で契約を持ちかけてやったと言うのに。やれやれ、強情な事だ」

 悪魔族は翼を広げると立ち上がって、ソファの脇に立てかけてあった大きな斧を掴み上げて肩に担いで見せた。

「さて、それでは時間切れだ。小娘の魂だけでよかったのだが、君達まとめて海に沈めてやるとしよう」

 悪魔族は、ゆがんだ笑みを浮かべると「リレミト」を唱える。輝く光の玉が現れ、それに触れるや悪魔族は船外、上空十メートルの位置に瞬間移動していた。
 眼下の凄惨な光景を見下ろして満足げにほほ笑む。

「正直、エルフがどこにいるかなど知るすべはないのだが。まとめて始末してしまえば同じこと。とはいえ、エルフの乙女の魂の味は絶品。単体で殺せないのは少々惜しい気持ちはしますが。喰らうという意味では同じことですしねぇ」

 巨大な斧を左手に腰にためるように構えると、右手を天高く突き上げる。まがまがしい魔力がその右手のうちに収束していった。



 アプラック号、デッキ後方の救命艇付近。
 エルフのパラディン二人が、大きな刀を背負ったエルフの少女を連れて救命艇を降ろさんと悪戦苦闘していた。
 大王イカの断続的な攻撃に、船は激しく揺れており、救命艇を海面まで降ろすことができずにいたのだ。

「このままでは、このままではまずいぞ。大王イカと渡り合える冒険者はいないのか!」

「商用の装甲船などに、そのような英雄級の冒険者など乗っているはずもなし!強引にでも救命艇を降ろすのだ!」

「ここまで揺れておっては、海面に落とした衝撃で救命艇など壊れてしまう!」

「ではどうするのだ!あああ、姫様、申し訳ありません。何としても、何としてでも姫様だけはお助けいたします!」

 うろたえる二人のパラディンに、大きな刀を背覆ったエルフの少女は言った。

「エンギ、リョウギ、二人ともすまない・・・。私が冒険者になって証を建てようとしさえしなければ、そなた等をこのように巻き込むこともなかった。ほんとうに、すまない・・・」

 エンギとリョウギの二人のパラディンは、救命艇にしがみつきながら少女に詫びるように頭を垂れた。

「姫様・・・そのような・・・! 我等がついていながら、お守りすることもかなわず・・・!」

「ああ、姫様・・・姫様だけでも、どうにか・・・」

 船が激しく揺れる。
 右に大きく傾いたのだ。
 その衝撃で、彼等がどうにか降ろそうと悪戦苦闘していた救命艇の留め金が外れる。
 外側に大きく煽られる救命艇の支柱。
 救命艇を支えていたロープが勢いよく救命艇をひっぱり、まるで釣り竿から放たれるルアーのように夜の海に舞った。
 それにしがみついていた二人のパラディンを、巻き添えにして。

「うおお!」

「ああ、姫様ああああ!」

「エンギ! リョウギ!!」

 あっという間だった。
 エルフのパラディンたちは、なすすべもなく夜の黒い海に飲み込まれ、波のうちに姿を消してしまった。

「そんな・・・、エンギ・・・、リョウギ・・・。私は、・・・どうすれば・・・」

 その場に頽れるエルフの少女。
 涙を流しながら天を仰ぐと、その視界に一人の悪魔族の姿が映った。
 天高く掲げた右手に、雷の塊を発生させている悪魔族に向かって、届きもしないであろう刀を背から引き抜くと堂々と構える。

「あれか・・・あれがこれを引き起こしたのか・・・あれが!」

「おい、海に飛び込め!イオナズンがくるぞ!!」

 声の方に振り向くと、一人のウェディ族の船員が体当たりをするようにエルフの少女を抱えると黒い海に身を投げた。

「な・・・!」

「目を閉じろ! 口を閉じろ! 溺れるぞ!」

「き、きさまああああ!」

「あんたは助ける、あんただけは助ける! こんなくそったれな状況から、あんただけは!」



 アプラック号上空。
 悪魔族の魔戦士ギーベは不敵な笑みを浮かべて自らの手の内に溜まった雷の魔力の塊に満足げにうなずいた。

「これだけ魔力を高めれば十分でしょう。大王イカも死んでしまうかもしれませんが、まぁ、あれの魂も不味いが腹だけはふくれますか。共々、私の糧にでもなってください」

 カッと目を見開いて両の手を胸の前でクロスさせる。
 右手に収束していた雷が、一瞬ギーベの心の臓に吸い込まれたかと思いきや、全身を大の字にギーベが力強く広げると、ギーベを中心に激しい雷の嵐が吹き荒れる。

「ふふふ・・・ふふはははははは! すべて私の糧となれ! イオナズン!!」

 魔法名を唱えるや、雷の嵐は激しい閃光を伴って爆発した。
 雷の爆風にさらされて、アプラック号が無残に四散する。
 アプラック号を締め上げていた大王イカもまた、全身に激しい裂傷を伴って苦しげに暴れると、ゆったりと海の底に姿を消した。

「んー、流石は大王イカ。この程度の魔法ではくたばりませんか。・・・しかし、妙ですねぇ」

 悪魔族ギーベは、小首をかしげてアプラック号の残骸を眺めた。

「磯臭いウェディどもの魂の味はしましたが、熟れ始めの果実のようなエルフの乙女の魂の味が入ってこない・・・。逃げられる状況でもなかったはずですし、ルーラを使っていれば飛び去る先が見えるようなものですが・・・」

 つまらなそうに巨大な斧を振り下ろす。

「さては、私が喰らう前に海に落ちて死んでしまいましたか・・・。いやはやなんと、最後まで取っておいたケーキの頭のイチゴを奪われたかのようです!」

 満足げに腕を組み、右手で顎をさする。

「まぁ、先に死んでしまったものは仕方がありませんか。次に腹が減るであろう1年後には、おいしいエルフ娘の魂をデザートとしていただきたいものです・・・」

 そう独り言ちると、悪魔族ギーベは大きく数度はばたくと、力強く羽を広げて虚空の先に飛翔していき、天高い黒雲の中に消えていった。 
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