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純血

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第一章

                         純血
 昔のことになる。その時僕はまだ大学生だった。
 大学に入って暫くして友人ができた。その友人の顔は人形の様に整っていた。
 男である筈だが女性的な顔立ちだった。髪も豊かでさらりとしている。
 雰囲気や物腰も丁寧で非の打ちどころがない。だが。
 そこに何か退廃的な、何かが止まっている様なものも感じていた。その彼が友人になった。同じ学部で同じ学年、しかも歳も同じだった。講義でよく一緒になった縁だった。
 その彼と一緒によく遊んだ。そして飲んだ。その飲んでいる時にだ。
 彼は物憂げな顔でだ。こう僕に言ってきた。
「実は僕はね」
「君は?」
「京都生まれでなくてね」
 僕は京都生まれの京都育ちだ。大学もそこに通っている。
 だが彼は違うと言ってだ。こう僕に言ってきたのだ。
「京都の北の」
「ああ、京都市じゃないんだね」
「舞鶴の近くのね。村に生まれたんだ」
「ふうん、舞鶴の方だったんだ」
「雪が多くてね」
 彼は彼の生まれたところのことを寂しい笑みで言ってきた。
「中々外に出られないんだよ」
「あの辺りは山が多かったね」
「山ばかりだよ。交通の便が不便でね」
「じゃあここに出るには」
「車で通ることも難しいんだ」
 話を聞いてだ。僕は日本にまだそんな場所があるかと思った。
 だが彼は嘘を言わない。僕は付き合いからそのこともわかってきていた。
 だからこの話は事実だ。僕は本能的に察した。そのうえで話を聞いていた。
「だから。村はまずは歩いて出て」
「それからなんだ」
「何とかバス停まで行ってね。苦労して舞鶴まで出て」
 その舞鶴にだというのだ。かつては軍港で今は海上自衛隊の基地がある。
「それから京都に出るんだ」
「また随分なところだね」
「そうだよ。高校を卒業するまでその村にずっといたんだ」
「そして大学に入って」
「そう。はじめて京都に出て来たよ」
 京都市、ここにだというのだ。
「ここはいい街だね。けれど」
「けれど?」
「大学を卒業したらね」
 そうしたならばだというのだ。
「また村に戻らないといけないんだ」
「そうなんだ」
「僕の村はそもそも平家のね」
 よくある話だ。平家が落ち延びてできた隠れ里は近畿にも多い。灯台元というやつだ。
「それで長い歴史があって」
「君はその村で生まれ育った」
「そうなんだ。その村の長の家でね」
 どうやらその長というのは平家が落ち延びてかららしい。随分と古い話だ。
「それでなんだ」
「だから大学を卒業したらなんだ」
「村に戻らないといけないんだ。それにね」
「それに?」
「結婚しないといけないんだ」
 このこともだ。彼は僕に話してきた。
「そしてずっと村で暮らすんだ」
「じゃあ京都にいられるのは」
「四年だけだよ」
 つまり大学に通っているその間だけだというのだ。
「後は村で生きるんだ」
「じゃあ一生は決まってるんだ」
「そうなんだ。君はこのことについてどう思うかな」
「そう言われてもね」
 返答に困った。正直そうだった。
「僕にはわかりかねるよ。ただね」
「ただ?」
「婚約者がいるって聞いたけれど」
 僕が彼に問うたのはこのことだった。ビールを飲みながら問うた。尚彼はビールも京都に出てはじめて飲んだらしい。本当に何もかもがはじめてだったらしい。
 そのビールを飲んでいる彼にだ。僕は問うたのだ。 
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