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スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~

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第六話 幽霊の父

 眼を開けてみたら真っ白い壁があった。良く見てみると天井だ。
 寝ぼけ眼で眺めていたせいかまどろみがやってくる。誘惑に負け、再び眼を閉じようとするが、すぐに色々な情報を思い出し意識が覚醒する。

「敵は!?」

 起き上がってみると、真っ白なベッドの上にいたことに気づく。
 周りを見回してみると、自分の記憶に一つだけ該当する場所があった。

「伊豆基地の医務室……」

 次の瞬間、医務室の扉が開かれる。
 入ってきた人物を見て、ライカは居住まいを正した。

「起きたんだな中尉」
「……大尉」

 あの作戦の指揮をしていたクロードがお見舞いの果物カゴ片手に近づいてくる。

「大尉、作戦はどうなりましたか?」
「成功も成功、大成功だ。お前があの二機を抑えてくれていたお蔭で楽に制圧できた」

 本当はあの二機に見て見ぬふりをされていただけなのだが。わざわざ訂正をするような事項でもなかったので、ライカは黙って次の質問をした。

「……私はどのくらい寝ていましたか?」
「作戦終了からそうだな……今丁度、一日経った」

 腕時計を見ながら言うクロードを尻目に、ライカは片手で顔を抑えていた。

(何が原因かなんて……考えるまでもありませんよね)

 意識を失くす寸前に聞こえたあの“泣き声”。『CeAFoS』がライカ自身へ大きな負担となっていた。これは最早疑いようがない。

「感謝しているよ。中尉がいなければ作戦成功はせず、あの黒いデカブツに全員喰われていただろうよ」
「そんなことはありません。大尉ならば対処できていました」
「まさか。現に中尉をこんな目に遭わせた」

 クロードの表情が暗い。自分が対処するべきだったのに、任せてしまった。そんな後ろめたさが感じられた。

「信頼していただけた結果です。喜びはすれ、怒る道理はありませんよ」
「そう……か。そう言ってもらえると助かるよ」

 ノックの音が聞こえた。それを聴いたライカは誰が来るか、不覚にも予想が付いてしまった。出来れば外れていて欲しいレベルで。

「ハローライカ。お目覚め?」

 まあそんな訳は無く。つい顔に出してしまう所だった。
 メイシールの姿を確認したクロードが気を利かせて席を立つ。

「じゃあ俺は行くわ。また組めることを祈っているぜ」
「……はい」

 クロードの姿が消えた頃に、メイシールは口を開いた。

「どうやら上手くやれたようじゃない。だけど災難だったわね。『特機』紛いとエースっぽい機体に襲われるなんて」

 死にかけたあの状況を“災難”の一言で片づけられる当たり流石と言ったところ。今更指摘するのも面倒なので聞き流していると、メイシールが本題を切り出す。

「『CeAFoS』が発動したようね」
「……少佐。本当にアレを完成させようと?」
「愚問ね」
「アレの最終目的は何ですか?」

 メイシールが首を横に振る。

「知るにはまだ早いわ」
「冗談じゃありません。あんなものを平然と使わせる神経が理解できません」
「随分な物言いね。一応、上官侮辱とかで処罰出来るんだけど?」
「上等……。やるなら早くお願いしますね。最も、操縦できる人材を確保できているならですが」

 途端、メイシールは黙る。
 そのはずだ。そうでなくては困るからだ。シュルフツェンが、『CeAFoS』が今までどれだけの人間に被害をもたらしたか分からないが、自分はこうして“復帰”できた。
 恐らく自分を逃がしたくはないはず。その強みがあるからこそ、自分はこうして強気に出れる。

「……流石、元『ガイアセイバーズ』ね。痛い所を突いてくるわ」
「関係ありません。それでどうするんですか? 私を逃がすか、妥協するか」
「妥協?」

 ――喰い付いた。
 二回と乗って分かったことがある。彼女に対してはああ言ったが、ライカは『CeAFoS』を完全否定しているわけでは無い。
 いくら機体性能(ハード)が良くても、それを動かす操縦者(ソフト)が悪ければ持て余してしまう。その差を埋めるという意味では、『CeAFoS』は画期的なシステムと言える。
 ただ、それが余りにも人間に譲歩しなさすぎるという点でライカは気に入らなかった。補助をするシステムが補助される側を完全無視しているなど本末転倒も甚だしい。
 だからこれから提案することはメイシールと自分が妥協できるであろうライン。

「――――そういうことでどうでしょうか?」
「……ふ~ん、どうやら完全に否定している訳じゃないみたいね」

 不敵な笑みを浮かべ、メイシールはクロードが持ってきた果物カゴの中からリンゴを取り、一口齧る。

「……それは私のですが」
「上官だから良いの。……まあ、それぐらいなら良いわ。データが取れれば問題ないし、それに」

 リンゴを齧るのを止め、ライカの方を見る。

「貴方ぐらいしか『CeAFoS』を扱える人はいないしね。最大限の妥協はさせてもらうわ」
「……ありがとうございます」

 この話はこれで終わり。次の話題は既にライカの中で決まっていた。

「少佐はあの二機をどう思いますか?」
「ガーリオンはともかくあの“一つ眼”は私も心当たりが無いわね。見たところPT寄りな気がするんだけどね」
「PT……やはりですか」
「その割には各所にAMっぽい仕様も見えるし、謎よ謎。PTとAMの特徴を上手く合わせた機体……そうね、ハイブリッド機って表現が似合うわね」
「どこの機体だと思いますか?」
「あの性能を叩きだせるようなチューンが出来るって言ったらけっこう限られてくるわね。でも大体が連邦傘下だし、該当するのがあんまり思いつかないけど」

 要は分からない、ということだった。
 操縦技術、機体性能ともにその辺のゲリラ屋じゃないことだけは間違いない。あれは間違いなく幾多の戦場を駆け抜けたベテランの動き。

「……今度は負けない」

 認めたくはないがあの勝利は『CeAFoS』込みのもの。それが無かったら恐らくあそこで《《終わっていた》》。
 その事実が酷くライカの積み上げてきた経験とプライドを刺激していた。
 
「……ま、貴方には死なれたら困るから手助けぐらいはさせてもらうわ。私の『CeAFoS』の有用性を示してもらわなきゃいけないんだし」
「努力ぐらいはします」
「オーケー。今日は任務が無いから大人しく身体を休めておきなさい」
「了解」

 そう言ってメイシールは出て行った。
 しばらくしてライカは果物カゴの中からバナナを取り出す。まだ食事を取っていなくてさっきからお腹が空腹を主張していたからだ。

「……美味しい」

 ペロリと食べ切り、ライカは早速制服に着替え、医務室を出た。
 メイシールにはああ言われたが、やらなきゃならないことは山積みだ。様々な予定を立てながら基地内の廊下を歩いていると、ふと前方から気配を感じ、ライカは顔を上げた。

「あ……」

 向こうから歩いてきた男性を見て、つい声を漏らしてしまった。何せ超有名人、連邦で知らない人は恐らくいないだろう。それくらいの大物。

「ん? 見ない顔だな」
「先日、この基地に配属されたライカ・ミヤシロ中尉であります。よろしくお願い致します」
「おおそうか君が。噂で聞いていた。俺はカイ・キタムラだ。よろしく頼む」

 そう、目の前の男性こそ地球連邦軍極東伊豆基地所属特殊戦技教導隊隊長――カイ・キタムラ。『グランド・クリスマス』の決戦でやり合い、敗北した相手。

「会えて光栄です。少佐の活躍は常に噂で聞いておりました」
「よしてくれ。俺はそんなに大層なことはしていない。優秀な部下のおかげだ」
「それも少佐の人望と経験があったからだと思います。……少佐が発案された『ハロウィン・プラン』。素晴らしい物でした。数少ないゲシュペンスト乗りにとって、あのプランでどんなに救われたか……」
「そう言ってくれると俺も発案した甲斐があったと言うものだ。中尉もゲシュペンストに?」
「はい『DC戦争』からずっと。私は……ゲシュペンストを愛しています」

 ライカの言葉に、カイの表情が柔らかくなった。

「今ではヒュッケバインやリオンシリーズが幅を利かせている中、その思いを貫けるパイロットはそういない。個人的な希望だが、中尉にはその思いを忘れないでいて欲しい」
「もちろんです。少佐はこれから任務ですか?」
「いや。これから部下に訓練を付けるところだ。……そうだ、中尉も参加してみるか? 同じゲシュペンスト乗り同士、学べるところはあると思うのだが」
「っ! よろしいのですか!?」

 後から思えば普段出さないような声量だった。
 それも仕方ない、と自分の中で納得させる。ゲシュペンスト乗りの代名詞たる彼から指導を仰げることがどれほど貴重なことか。これは夢なのか、夢に違いない。思わず腕をつねってしまった。

「ああ。今都合が良いなら、一緒に行こう」
「お、お供します……!」

 ライカにとってカイとは尊敬すべき偉大な人物だった。
 『グランド・クリスマス』では敵同士であったが、彼へのリスペクトを忘れたことは一日たりだってない。小躍りしそうな気持ちを抑え、表情に出さないよう、ライカはカイの後ろを付いて行く。

(……初めて飛ばされて良かったと思えます)

 そんなことを思いながら――。


 ◆ ◆ ◆


 カイに連れられてやってきたのは伊豆基地のシミュレータールームだった。何でもそこや実機で機体データやモーションデータを取っていたりするらしい。

「ここだ。丁度やっているようだな」
「ここが……」

 そう呟きシミュレーターを見ると、赤紫髪の少年と薄紫髪の少女が模擬戦を行っている途中だった。

(量産型ヒュッケバインMk‐Ⅱ……。あの男の子と女の子じゃ随分装備が違いますね……)

 少年の方の機体はどちらかというと接近戦主体で射撃兵装が最低限であるのに対し、少女の方は近接用から遠距離用とバランスの良い装備だった。

「アラド……突っ込み過ぎ」
「コイツをぶつければまだ分かんねえぜ、ラト!」

 少女と少年の技量差は歴然だった。
 というより、『アラド』と呼ばれた少年の動きが滅茶苦茶すぎる。換装武器でいくらでも仕様を変えられるヒュッケバインとはいえ、本体は構造フレームの都合上、そんなに頑丈ではない。
 なのに少年はあえて牽制を最低限にし、テスラ・ドライブの機動性を以ての接近戦に持ち込もうとしている。いくら鉄球付きのハンマーを装備していたとしても近づくまでにやられては意味が無い。

(私なら……)
「中尉は奴をどう見る?」

 ジッと眺めていたらカイに声を掛けられた。奴、というのはきっとアラドという少年の事を言っているのだろう。
 そうだな、とライカは彼の戦闘を見る。確かに射撃は下手くそだし、接近するまでのフェイントもお粗末だ。――だけど。

「良いですね。見る人が見れば『下手』の一言で片づけると思いますが、私はそうは思いません。然るべき機体に乗せれば彼は誰よりも強くなると思います」

 ライカの回答に、カイは頬を緩ませる。

「ふ……。俺もそう思うよ」
「うわぁぁ!!」

 どうやら決着が着いたようだ。
 アラドがヘルメットを脱ぎ、シミュレーターから降りると、すぐさま少女の所へ歩いて行った。

「とほほ……。これで俺の五戦零勝五敗か……」
「ううん……。これでアラドの七戦零勝七敗……」
「げぇ~……」
「あれほど接近戦ばかりに固執するな、と言ったはずだぞアラド……?」
「げぇっ!? カイ少佐!? いつの間に!?」

 カイの姿を確認した直後、顔が真っ青になる少年。集中しすぎて気づいていなかったのだろう。
 少女の方は余裕があったみたいで、一瞬だけこちらに視線を向けていたというのに。

「……どうやら訓練メニューを増やしてほしいようだな」
「い、いや~……それは是非ともご勘弁を……」
「駄目よ! さっきから見てたけど、何なのよアレ!? もう一回カイ少佐とラミア少尉に鍛え直してもらいなさい!」
「いぃっ!? 余計なこと言うなよゼオラ!」

 すぐ側でモニターしていた銀髪の少女が少年に詰め寄った。

(……)

 何と言うか、一部分が物凄く自己主張している少女だった。Gの影響を考えれば無い方が良いのだ。――無い方が、良いのだ。

「カイ少佐、そちらは?」

 『ゼオラ』と呼ばれた少女の隣に立っていた銀髪の女性がこちらに視線を送っていた。……これまた一部分の自己主張が激しい人だ。あぁ、激しい人だ。……などと卑屈になっている場合じゃなかった。
 少年と少女二人、そして女性に見守れている中、私は居住まいを正す。

「先日、この伊豆基地に配属されましたライカ・ミヤシロ中尉であります。以後、よろしくお願いします」
「ゼオラ・シュバイツァー曹長であります! ……ほら、アラドも」
「え~っと、アラド・バランガ曹長であります」
「なんでそんなやる気なさそうなのよ! 中尉に失礼でしょ!?」
「相変わらずうるせえなゼオラは……」
「何ですって!」
「そこまでだお前ら。ほら、次はラミアとラトゥーニだ」

 すると、残りの二人はまるで絵に描いたように正確な角度で敬礼をしてきた。

「ラトゥーニ・スゥボータ少尉です」
「ラミア・ラヴレスだ」
(……ラトゥーニ?)

 ライカは彼女の名前に聞き覚えがあった。しかも顔も見たことがない訳ではない感覚だ。
 必死に記憶を探ってみると……案外あっさり答えに辿りつけた。

「もしかして“あの”ラトゥーニ・スゥボータですか? 軍の広報誌では良く貴方の写真を拝見させていただきました」
「そ、それは……」
「お、ラト有名人だな」
「あの恰好じゃ、そりゃあ目に付くわよね……」

 ゼオラの苦笑を見る限り、ラトゥーニにとってあまりいい出来事ではなかったらしい。……可愛いのに。

「おほん。噂に聞いているかもしれんが、こいつらが――」
「新生教導隊、ですね。流石良い人材が揃っているようですね」

 ライカの発言に何か思う所があったのか。アラドが挙手して発言する。

「ライカ中尉は俺達のこと、ガキ扱いしないんすね」
「……もちろんです。貴方達の功績を聞けば、そんなこと誰も思いませんよ」
「へぇ~。皆俺らの事を見れば、まず最初に子供扱いしてくるから意外でした」
「それはただ単に、その人の見る目が無いということですよ」

 流石というべきか、区切るべきタイミングでカイが出て来てくれた。

「本日中尉には我々の訓練に参加してもらうこととなった。中尉はゲシュペンストに対してかなりの愛着を持っていてな。学ばせてやれるところがあれば、と思い来てもらった」
「よろしくお願いします」
「早速だが、中尉の腕を見たい。ゼオラ、やれるか?」
「はい! よろしくお願いします中尉!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 すぐにシミュレーターでの模擬戦ということで、ゼオラとライカはそれぞれの席へ移動することとなった。PTの操縦席とさして変わらない。
 インストールされているデータへ一通り目を通す。連邦の機体は大体入っているので、ゲシュペンストを選ぼうとライカはコントロールスティックを動かすが、“ある機体”でカーソルは止まった。

「少佐」
「どうした?」
「機体に指定はありますか?」
「いや、中尉の扱える機体で良い」
「ありがとうございます。なら……最初はこの機体で行きます。この機体じゃなきゃダメな気がして」

 そう言ってライカはガーリオンを選択した。
 ゼオラはもう選んでいたようで、すぐに仮想空間がディスプレイに映し出された。地上、それも森が比較的多い平地だった。

(……《量産型ヒュッケバインMk‐Ⅱ》……。ある意味因縁の相手ですね)

 この機体やAMのせいでゲシュペンストが軽んじられるようになったのだ。負けられない、そう思いながらライカは武装を確認する。
 バースト・レールガン、アサルト・ブレード、マシンキャノンというオーソドックスな装備。対するゼオラ機はG・レールガン、腰部にレクタングル・ランチャーという射撃中心の装備。

「よし、では始め」

 カイの合図で模擬戦は始まった。
 まずやることと言えば、接近。彼女の本当の乗機を知っていたからこそ出来る行動。
 途端、アラートが鳴り響く。

「っ!」

 一発、二発、と弾丸が放たれる。操縦桿を倒し、機体を大きく傾けることで避けるが、右脇腹にダメージメッセージが。

(なるほど、囮にした上での本命ですか)

 全ては三発目のための布石。少しでも機体を傾け過ぎていたらそのままコクピット直撃で終了していた。
 流石は教導隊。その辺の連邦兵じゃ相手にならないだろう。
 やはり、と言えばいいのか。彼女の戦闘スタイルは高機動射撃戦にあるらしい。常に動き回り、全く的を絞らせない動きをしている中での正確な射撃だ。よほど慣れているとしか……適性があるとしか言えない。
 さっきから全くロックオン表示がされないのは、機体のスペックか彼女の技量か。バースト・レールガンを無駄撃ちしないよう、丁寧にゼオラ機へ放ち、距離を詰めていく。
 ……きっと彼女は素直な性格なのだろう。狡猾さが全く感じられない。
 武装パネルを開き、ライカは機体シークエンスをソニック・ブレイカーへと移行する。メインスラスターの推力が上昇し、機体前面にはエネルギーフィールドが展開された。
 ライカは一瞬だけカイに目をやる。
 本来ならこんな余計なことをせずに、模擬戦に集中しなければならないのだが、少しばかりの不安が彼女に沸いていた。

(……気づく……でしょうか)

 回り込むような位置取りで射撃を続けるが、こちらの“盾”でそれは弾かれる。そして、ライカはシュルフツェンに乗っていなければ絶対やらないような方法で、鋭角な方向転換を行った。

「嘘! そんなに急激な……!」

 テスラ・ドライブが故障しても稼働する肩部熱核ジェットエンジンと尾骶部のベクタード・スラスターの推力をどちらも最大推力まで上げ、本来ならば曲がることなんて不可能な方向転換を行い、ゼオラ機を真正面に捉えた。
 こちらのエネルギーフィールドを貫くのは不可能だと判断したのだろう。無抵抗に離れようとするゼオラ機。
 ――その隙を突く。
 すぐさまエネルギーフィールドを解除したライカは左操縦桿を引いた。

「む……!?」

 ライカの動きをトレースするようにガーリオンは左腕を引き、そのままゼオラ機へ振り抜いた。ガーリオンのマニュピレータは見事にヒュッケバインのゴーグル部へ減り込み、見ただけで“破壊”できたと分かるほど黒煙を上げさせることに成功した。
 もう一発、そう思い右操縦桿を引いたは良い物の、なぜか反応してくれない。

「……なるほど」

 ゼオラ機のG・レールガンの銃口が煙を上げていた。どうやら上手い具合に右腕関節部へ当てていたらしい。
 あとは互いにバルカン砲とマシンキャノンによる、やるかやられるかの不毛な消耗戦。それを見越したカイはここで模擬戦終了を宣言した。

「ありがとうございました」
「ありがとうございました。何というかその……中尉のイメージとは掛け離れた戦い方だったので反応が遅れてしまいました」
「常に“有り得ない”状況を考えておく。……大事なことです」
「中尉」

 カイが暗い表情でこちらに歩いてきた。
 アラド達もカイの只事ではない空気に、ただ見ているだけ。

「中尉。もしや、俺と会ったことがあるか? そうだな……例えば、『グランド・クリスマス』で」

 その単語に真っ先に反応したのがラミアだった。

「先ほどまでの動き、私も戦闘データで見た覚えがある」
「そう……ですか」

 やはり気づくものなのだな。だとすれば、名残惜しいがこの夢のような一時は終わりだ。
 しかし自分から吹っ掛けたこと。責任を取らなくてはならない。
 そう思いながら、ライカは自分の“元”所属を名乗る。

「私は……『ガイアセイバーズ』のアルファ・セイバーでした。あの時、少佐のゲシュペンストとやり合ったガーリオンは、私です」

 そう言うライカの視線は、もうどこにも向けることが出来なかった。罪悪感と後ろめたさが己を支配していたから。
 ライカの言葉にカイは得心いったかのように頷く。

「……そうか。道理で見覚えがある動きだった。あえて、だな?」
「はい……。何と言えば良いのか……」

 『裏切り者』、『連邦の敵』……幾多の言葉が予想された。
 ――しかし、その続きを紡いだのは意外にもアラドだった。

「俺は……何も言わなくていいと思うッスよ」
「え……?」

 ライカが聞き返すと、アラドは頭の後ろで手を組んだ。

「俺やゼオラは元々『ノイエDC』でした。だけどカイ少佐や『鋼龍戦隊』の皆はそんなこと、気にしないで迎えてくれました。だから……」
「あ、あのライカ中尉。私もそう思います!」
「ゼオラ曹長……」
「カイ少佐や私たちはそんなこと、気にしませんよ」
「……そういうことだ」

 カイが二人の前に出て、ライカの肩を叩く。

「そこにいるラミアも元々は敵のスパイだった。だが、今はこうして戦技を教導している。……この意味が分かるな?」
「……はい」
「つまらん遠慮は捨てろ。経緯はどうあれお前は今、俺達と同じ方向を向いて戦っているんだからな」

 ――思ったより、簡単なことだったのかもしれない。

 彼らの境遇は自分と似たようなもので、それが早いか遅いかの違いで。自分は見誤っていたのかもしれない。

(数々の戦いを潜り抜けてきた人たちがこんな小さなこと……気にする方がおかしかった、か)

 眼を瞑り、『ガイアセイバーズ』時代を思い出す。自身の願いはまだ叶っていない。
 未だに己を取り巻く環境が道を遮る草として生い茂ってはいる。……だが。

(……少しだけ、『ガイアセイバーズ』時代の自分と向き合えるようになれたかもしれません)
「ほう。顔つきが変わったな」
「……はい。『ガイアセイバーズ』時代の経験は決して無駄ではなかったようです」
「……アルファ・セイバーに所属していたんですよね?」

 ラトゥーニの言葉にライカは頷く。あの部隊の事は忘れようにも忘れられない。

「はい。一言で言うなら……あまりにも合理的な部隊でした」

 カイの計らいで近くのデスクに座ったライカはアルファ・セイバーの事を振り返る。

「隊員が皆おかしな仮面を被っていて、言葉も碌に喋らず、だけど連携は完璧で……。まるで機械か何かのようでした」
「マシンナリーチルドレン、か」
「マシンナリーチルドレン?」

 ラミアの呟きをラトゥーニが補足する。

「……アラドの肉体遺伝子から生まれた人造人間」
「……そう、ですか。納得いきました全て」
「ライカ中尉は知らなかったんスか?」
「私はアルファ・セイバーの……ラトゥーニ少尉の言うマシンナリーチルドレンではなく、普通の人間たちで構成された小隊長をしていました」
「エグレッタから指示をされたのか?」
「はい。……彼は兵士としては完璧でしたが指揮官としては無能でした。……いえ、そもそも私たちの事などどうでも良かったのかもしれませんね」

 連携は完璧だった、そうしなければ次に狙われるのは自分だから。味方を切り捨てるのは早い、そうしなければ敵を撃墜できるチャンスを逃すかもしれなかったから。 
 あそこでは全て己の保身のために動かなければならなかった。

「――あそこでは人間らしさなんて、邪魔なだけでした」

 珍しく話し過ぎた。そう後悔したライカは持ってきたコーヒーを一気に飲み干す。

「おい……あれ」
「ああ、だよな」
「……ちっ」

 遠巻きにこちらを見ていた三人組の男たち。その視線はどう見ても、好意的なものではない。

「……嫌な感じ」
「あっちを向いたら駄目よラト」
「ええ。ラトゥーニ少尉やゼオラ曹長が気にする必要はありません。あれは……私に用があるみたいですから」

 ライカは立ち上がり、心配するアラド達を手で制し、三人組の元へ歩いていく。あの三人組は先の基地制圧作戦のブリーフィングで見た覚えがあった。出会い頭に陰口を叩いてきたのでとても良く記憶に残っている。

「私に何か用ですか?」
「元『ガイアセイバーズ』の裏切り者があの程度の功績を残したからって調子に乗ってんじゃねえぞ」
「お前らのせいで地球はどれだけ混乱したか……!」

 その言葉を聞いた途端、アラドが激昂し、机を叩き立ち上がった。

「ふざけんじゃねえ! ライカ中尉は――」
「アラド曹長。……待ってください」

 優しい子だ、とライカは思う。
 ただでさえアラド達もその年齢で周りから良く思われていないというのにも関わらず自分のために怒ってくれたことが、何より嬉しかった。

「お三方、提案があります」
「何だと?」

 ――だから、そんな過去に“遠慮”するのはもう飽き飽きだ。

「模擬戦をしましょう。私と貴方達の一対三で。私が勝ったらもう二度と、下らないことをぺらぺら喋らないで頂きましょう」
「なっ! い、良いぜ。なら俺らが勝ったら軍を去ってもらおうか!」
「そんな! 無茶苦茶です!」
「良いんですゼオラ曹長。それぐらいじゃなければ釣り合わない。……上等」
「……ならば俺が立ち会おう」
「カイ少佐……」
「カイ少佐! 止めないんスか!? もしライカ中尉が負けちまったら……!」
「俺は古い人間だ。“覚悟”している者を止める手段など知らん。俺にできる事は公平に見守るだけだ」
「ありがとうございます」

 これ以上にない立会人の元、ライカと三人組の模擬戦が始まることとなった。


 ◆ ◆ ◆


「準備は良いか?」
「チャーリー1、スタンバイ」
「チャーリー2、同じく」
「チャーリー3、準備完了」
「ライカ・ミヤシロ。準備できました」

 一人だけ名前というのも場違い感がすごいが、これからのことを考えるとどうでも良かった。そうライカは三人の機体である《量産型ヒュッケバインMk‐Ⅱ》を見る。
 チャーリー1はビームソードとチャクラムシューターを装備した接近戦特化型。チャーリー2はフォトンライフルとコールドメタルナイフ、それにG・リボルヴァーという比較的オーソドックスな装備。チャーリー3はレクタングル・ランチャーにG・レールガンという遠距離支援型。

 対するこちらは――。

「量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱだと!? 舐めているのか!」
「まさか。これ以上に無いぐらい本気です」

 固定装備はそのままに、M90アサルトマシンガンとコールドメタルナイフ、サイドアームにM950マシンガンと、動きに支障を来たさないギリギリの装備で臨むライカ。

「始め!」

 流石にあの作戦に参加していただけあって連携の取れた良い動きだった。チャーリー2と3でこちらを縫いとめるべく射撃を行ってきている。
 操縦桿を倒し、円を描くような機動で回避。まず支援を潰すべくチャーリー3へ狙いを定め、引き金を引く。
 しかし三点バーストで放たれた弾丸はチャーリー3機の肩部を掠めるだけ。

「……カバーが早い」

 チャーリー2からの発砲に気づき、すぐに後退するライカ。フォトンの爆発が仮想空間の地面を砕き、破片が襲ってきた。
 背後から接近警報。既にビームソードを抜いていたチャーリー1が真っ直ぐに向かってくる。
 ペダルを踏み込み、機体を上昇させることで真横の斬撃を避けることに成功した。
 すぐさま武装パネルからスプリット・ミサイルを選択し、トリガーを引く。背部コンテナから放たれた二発がやがて子弾をばらまき、三機へ向かっていく。
 当たることは期待していない。そもそも――当てるつもりで撃ったのではない。左手のM950マシンガンで親弾から分かれた子弾の幕へフルオートで弾丸をばら撒いた。

「何だと!?」

 弾丸は子弾へ次々と当たり、爆発……やがては他へ誘爆を引き起こす。即席のスモークである。ライカと三機の間に今、目隠しが形成された。
 煙幕の向こうから弾丸が飛び出てくるが、照準が合っていない弾丸なぞまるで怖くない。恐れることなく煙幕の中へ突入し、あらかじめ目を付けていたチャーリー2機へ躍り出た。敵の携行武装はまだライフル。

(持ち替えるのが遅いですね)

 近接兵装に切り替えていなかった時点で終わっている。右手のアサルトマシンガンで左右に展開していた二機を追い払いつつ、真正面の敵機と一対一の状況に持ち込んだライカ。
 左手のマシンガンから吐き出された弾丸は正確に頭部を捉え、右手のアサルトマシンガンは四肢を万遍なく破壊する。

(まず一機)
「おらぁ!」
「っ!」

 チャーリー1のチャクラムシューターが右腕に巻き付いていた。ワイヤーを切ろうとしたが時すでに遅し。右腕部が良いように切り刻まれてしまっていた。

(損傷率……六十パーセント。なんとか動く、だけど)

 アラート。
 チャーリー3がレクタングル・ランチャーでこちらに狙いを付けていた。マズイ、と本能が警告した。
 あの火力はもらえない。スプリット・ミサイルでの煙幕はもう使えない。――ならば、手は一つ。
 ライカは操縦桿を動かし、チャーリー1へと機体を推進させる。と見せかけ、あえて別を狙う。
 持ち替えていたコールドメタルナイフでチャーリー1の胴体を横一閃。すぐさまメインスラスターを最大出力にしての体当たり。よろめいた隙を突き、射線上から隠れるように位置を交代する。
 狙いを付けられず、痺れを切らしたチャーリー3が次の射撃位置へと機体を動かした。
 ――だが、何の保険も掛けないただの動作の隙をライカが見逃すはずが無かった。
 アサルトマシンガンのアンダーバレルから放たれたAPTGM(対PT誘導ミサイル)がそのままチャーリー3のコクピット部へ直撃する。

「う、そだろ……! もう二機やられただと!?」
「カイ少佐とATXチームの隊長機を同時に相手したことを思えば、大したことはないですよ」

 負けましたがね、と一言呟き、ライカは左腕のプラズマステークをチャーリー1へ叩き込んだ。誰が見ても、文句なしにライカの勝利である。


 ◆ ◆ ◆


「……ふう」

 終了直後、三人組は逃げるように去って行った。これでもう何も言われないだろう。
 戦闘を見ていた教導隊メンバーがライカの元へ歩いてきた。

「大した腕だ」
「ラミア少尉……。いえ……まだまだです」
「ライカ中尉! 俺、感動しました! って言うか、スッキリしました!」

 まるで我がことのように喜んでくれるアラドへライカは薄く微笑む。

「ありがとうございます。私の為に怒ってくれて」
「へ……! い、いやぁそんなに大したことでは……」
「何でお礼を言われたぐらいで鼻の下伸ばしてんのよ!」
「ち、違うゼオラ! 誤解だ! ラト! 助けてくれ!!」
「……アラドが悪いと思う」
「ライカ中尉」

 カイが真っ直ぐ向かってきた。
 何を言われるかと思ったら、カイはただ黙って手を伸ばし――。

「意地を貫いたな。良くやった」

 ――頭を撫でてくれた。

「ありがとう……ございます……!」

 まだ自分はマイナスの立場だ。自分が元『ガイアセイバーズ』で、これからもきっと何か言われるだろう。
 だけど――。

(受け入れてくれる人が……いるんですよね)

 ――前よりも前向きに、そして力強く乗り越えていけるかもしれない。 
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