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困った皇帝

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第四章

 その顔でだ。彼等は口々に言うのだ。
「よいことじゃ」
「有り難いのう」
「もう絶対に虫歯にならんぞ」
「気をつけるぞ」
 これは兵士達だけではなかった。とにかくピョートルと出会った者は歯が痛そうな素振りを見せればその場で瞬時に歯を治してもらった。老若男女問わず。
 その結果ロシア人達はある結論に至った。それは何かというと。
「虫歯にはなるな」
「絶対になるなよ」
「さもないと陛下に歯を抜かれるぞ」
「恐ろしいことになるぞ」
 こう言ってだ。彼等はこぞって歯磨きに力を入れる様になった。その結果だ。
 ロシアでは虫歯はかなり減った。だがそれを見てピョートルはこう言うのだった。
「何じゃ。虫歯が減ったのう」
「全ては陛下のお陰です」
「陛下が虫歯を抜かれ気をつけるようになったのです」
 廷臣達は真実を答えるが何故気をつけるようになったかはあえて言わなかった。
「全て陛下のお陰です」
「皆口の中は清潔にしております」
「ならいいのだがな」
 一応だ。ピョートルも納得した。
「虫歯なぞはないに限る。しかしじゃ」
「しかしですか」
「それでもだと仰るのですか」
「歯を抜かぬとな。折角最新式の西欧歯科技術を身に着けたのにな」
 それを使えないことがだ。彼は残念に思っていたのだ。
「どうしたものじゃ」
「まあ皆陛下のお陰で虫歯がなくなりましたし」
「それでいいのではないでしょうか」
「そう思いますが」
 彼等の多くも歯を抜かれている。だからこそ言うのだった。
「よかったではないですか」
「そうです。虫歯は陛下によりなくなりました」
「これも陛下のお陰です」
「ならよいがな」
 ピョートルは彼等の言葉を聞いてとりあえずは納得した。
 そしてだ。今度はこんなことを言い出すのだった。
「さて、では勉強の時間じゃ」
「今度は何を学ばれるのですか?」
「一体何を」
「建築じゃ」
 それだというのだ。今度は。
「それを身に着けるとするか」
「あの、建築といいますと」
「まさか何かを造られるのですか?」
「ひょっとして」
「その通りじゃ。スウェーデンに対する為に」
 目下ロシアと戦っている北欧の雄だ。人口は少ないがその軍事力は相当なものだ。
「北に要塞を築く」
「そのうえでロシアに対されるのですか」
「そうされるのですか」
「そしてその要塞の傍に街を築く」
 ピョートルは明るい顔でこの考えも話した。
「これまでロシアになかった街をな。築くぞ」
「そうですか。今度はですか」
「それですか」
 廷臣達は内心今度はどうなるかと思いながらピョートルの言葉に応えた。ここから北極海に面した極寒の地にペテルブルグという街が生まれることになる。
 ピョートル大帝にまつわる逸話は多い。そのどれもが一国の皇帝とは思えぬ位突拍子のないものばかりだ。だがこの突拍子もない皇帝は今もロシア人達に愛されており偉大な皇帝の一人に数えられている。このことは紛れもない事実である。


困った皇帝   完


                        2012・6・30 
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