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日本を今一度

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能力

重厚な革張りのソファー、重々しいデスク。真っ白い壁に、木目調のフローリング。ここは社長室だ。社長は「着替えてくるから待っててくれ」と言って隣の部屋に引っ込んでしまったため、今は紫翔と二人だけでソファーに座っている。このソファーふかふかだなぁ…。って今はそれどころではない。
「紫翔さん」
「んー?」
「あの……」
梦見が聞きたいことは山程あった。何故私をここに呼んだのか、そもそも灯とは何なのか、本当に噂通りの組織なのだろうか。
しかし、そのどれかを口にする前に、彼が梦見の口に人差し指を当てた。
「…色々聞きたいんやろ、分かってます。けど、もう少し待っててくれへん?社長はんの許可無しには、話されへんから」
ねっ?と言わんばかりに微笑まれると、頷くしか無い。
…アンティークな時計の針の音が、いやに煩く感じた。

それから暫くして、社長が戻ってきた。
「いやぁ、悪い悪い。ちょっと準備があったんだ。待たせたか?」
彼は、結んでいた髪を下ろし、額が出るように前髪を上げ、更に解読不能の文字?記号?の書かれた紐で両目を覆っていた。間違いない、梦見がネットで見たままの姿だ。
「待ちましたわ」
「またまた〜。彼女と二人きりで居られて嬉しかっただろ?」
「自分は保護者やって言うとるやないの」
「そうだったか?」
紫翔は諦めたようにため息を吐くと、口を開いた。
「ほら、早く説明したらどうです」
「あぁ、そうだな」
その言葉に、社長は顔を引き締めて向かいのソファーに座ろうとした。だが、彼は今、両目を覆っている。
結果、ゴスッと痛そうな音を立てて、壁に激突した。
「社長はん…」
「いったた…」
うん、とても痛そう。
彼は暫く唸っていたが、痛みが退いてきたのかやがてこう言った。
「梦見、少し目を閉じていてくれないか」
「はっ、はい」
言われた通り、目を閉じる。良いぞ、と言われて目を開ければ、向かいのソファーにちゃんと社長が座っていた。それに対して梦見が何らかの疑問を発するよりも早く、彼は真面目なトーンで話し出した。
「さて…梦見。君は、妖怪というものを知っているかい?」
「へっ?よ、妖怪?」
何事も無かったかのように、しかも大真面目に突拍子もないことを尋ねられ、梦見は敬語を忘れてしまう。大の大人の口から妖怪なんていう言葉が飛び出したら、誰もが驚くだろう。
「あぁ、妖怪。子供の頃、誰もが聞いたことのあるものだろう?しかし、大人になるにつれて、そういった類いのものを信じることが出来なくなっていく。それが世界の常識だからだ。だが、その常識自体が間違っていたらどうなる?」
そこで、彼は一呼吸置く。舞台俳優さながらの間の取り方だな…と梦見は頭の片隅で思い、すぐに振り払った。次の言葉を、聴かなくては…。
「結果として、"人ならざる者たち"が、認識されないまま俺達と暮らしている、ということになる」
理屈では、彼が何を言いたいのかは分からない。が、言っていることは真実だと、梦見の中の何かが確信していた。
黙って、次の言葉を待つ。
「彼等は、俺達に様々な影響を与えながら生きている。と言っても、実際に危害を加えたり、逆に手助けする奴なんてほんの一握りだけどな。…で、灯はその一握りの妖怪に、目に見える形で影響を与えられた人間を集めた組織なんだ」
妖怪に、目に見える形で影響を与えられた人間……?社長や、同居している紫翔にだって、梦見がそんな違和感を感じたことはなかったのだが。梦見の疑問を察したのか、社長は更に言葉を紡ぐ。
「まぁ、普通に生活していれば、そうそう使う能力じゃないからな。一緒に暮らしてたって気が付かない人も多いさ。オンとオフも切り替えられるし」
そのとき、梦見は思った。「なんだその便利機能」、と。
「オンの状態を、紫翔、見せてくれ」
「ん…仕方ありまへんなぁ、ちょっとやで?」
と紫翔は立ち上がり、目を閉じた。その途端、ふわぁっ、と蛍のような光が彼を取り囲んだ。それらが弾けたときには、梦見の知らない彼がそこに居た。
「かっ…か…」
「か?」
「可愛い!」
「へっ?」
黒い二又の細い尻尾に、黒い猫の耳。おまけに尻尾がゆらゆらと揺れている。これを可愛いと言わずしてなんと言うのか。しかも服が若干変わった。
可愛い、可愛いです紫翔さん。
スマホを一瞬で取り出し連写する梦見に、紫翔は居心地悪そうに頭を掻いた。
「良かったなー、紫翔。可愛いらしいぞ」
「……気味悪がられなかっただけ、ええけど…何か違う…」
「だって…可愛いよ紫翔さん、尻尾触っていい?」
ゆらゆらする尻尾に、梦見が辛抱堪らずそう聞くと、彼は部屋の隅っこに逃げてしまった。
「はいはい、そういういちゃいちゃは後でやってくれ、このリア充め」
紫翔は突っ込みを放棄したらしく、黙ったまま元の姿に戻って、座った。
「さっきのが能力のオンだな。紫翔のは猫又の契約能力者…って言って分かるか?」
そんな言葉、梦見は聞いたことも見たことも無い。ただ首を横に振った。
「あぁ、普通に生きてれば、まず聞いたことは無いよな。ここでさっきの妖怪の話に戻るんだが…俺達は妖怪に影響を与えられた人間だって言っただろう?その妖怪の種類によって、当然与えられる影響も違う訳だ」
「契約能力者というのは…?」
「妖怪の…妖怪だけじゃないんだが、人間以外のものから影響を受ける方法には、基本的に二つがある。一つは、託宣。これは、産まれたときに妖怪に気に入られた場合に起こる、いわば当人の素質だな。この方法で力を手に入れた能力者は、託宣能力者と呼ばれる。二つ目は、契約。これは後天的に人為らざるものたちと様々な条件付きで契約を結び、力を貸してもらう方法。紫翔はこっちのクチで、契約能力者と呼ばれている。…大丈夫か?」
一度に話しすぎただろうかと社長は梦見を気遣ってくれた。でも、知らなきゃいけないんだ。
「大丈夫です。紫翔さんのことなら、頑張って覚えますから」
梦見が微笑んで返すと、社長に微妙な顔をされてしまう。何か変なこと言っちゃっただろうか。
「…自覚無し、だからなぁ…」
社長が呟く。
ここで、先ほどの仕返しとばかりに紫翔がニヤリとして、社長に言った。
「ほら、社長はんもあれ、見せればええやんか」
「気味悪がられるー…」
子供のように駄々をこねる社長。何をしようとしているのか、梦見にはてんで分からなかった。
「自分の猫又見て可愛いって言うた子ぉやで?あれも大丈夫やと思います」
「おまっ…他人事だと思って…」
「ほらほら、梦見はん不思議そうにこっち見てはるから、早くしなさんな」
黒い笑いを浮かべて、彼は社長に間接技を決めにかかる。……強い。
「いだだだだだっ!!!ギブ、わかった、分かりましたから!」
それを聞いて、パッと手を離す紫翔。この組織の上下関係はどうなっているのだろうか。
「〜ったく、紫翔が灯の社長やれば良いだろ…」
「自分の能力じゃ纏められまへん。それに社長はん、仮にも創始者やし」
「まぁそうだが…」
彼が灯の創始者…。おちゃらけてるだけの人じゃなかったんだ!と梦見が思ったことは社長には内緒だ。
「梦見、気味悪がらないでくれよ?」
そう前置きして、社長は目を閉じ…たかどうかは分からないが、また光が集まってくる。そして、弾けた。
一見、彼に変化は見られない。服もそのまま、目を覆う紐もそのまま、髪もそのまま。
「社長さん、どこが…」
言いかけて、梦見は気が付く。社長さんの額に、蛇のような黒々とした大きな目が存在することに。
「はは…気味悪いだろ?第三の目なんて」
「凄い…」
「はい?」
「凄い!だって、見た目からして神々しいんですよ!?社長さんが社長な理由、今分かりました」
「それって褒めてるのか!?俺を貶してないか!?」
梦見が正直に感想を言うと、社長さんに突っ込まれてしまった。本当に神々しいのになぁ…。
「珍し。社長はんが突っ込みはった」
「今のは突っ込みたくもなるだろ!…気味悪がられなかっただけ良いが…そう言えば紫翔が"なんか凄い子"って言ってたし…」
なにやら納得した様子の社長。それよりも、単純に梦見が気になっていることがあった。
「あの、社長さん。社長さんは、何の能力者なんですか?」
「"悟り"だ」
言ってから、自嘲気味に笑みを浮かべる社長。
「迷惑な能力だぜ?右目で見ればプロフィールが見えるし、左目で見れば心が読める。知りたくもない情報が流れ込んでくる。知らない方がいいことだって、世の中にはあるもんだ」
苦々しい顔をする彼に、実体験であることが伝わってきて…。梦見は苦しくなってしまった。
「ま、この第三の目だけは役に立つけどな。見たものの能力が分かるんだ。梦見のも分かるぞ」
どうだ、とばかりにドヤる社長。…全く、この人は。
ん?待って、今とんでもないこと言わなかった?
梦見は慌てて聞き返した。
「私の能力!?」
「あぁ、君にも能力がある。気が付いていなかったみたいだがな」
え、え?能力?私に?
梦見の頭の中が?マークでいっぱいになる。今まで、能力者というものの存在すら知らなかったのに。
困惑のあまり固まっていると、社長室のドアがバンッ、と開いて、黒髪のスーツ美女が飛び込んできた。
「来客中失礼します。社長、政府からの依頼です」
「仕事か…丁度良い。梦見、紫翔、モニター室に行くぞ」
混乱している梦見をよそに、社長はとっとと廊下に行ってしまう。
「梦見はんも」
紫翔に差し出された手を取り、梦見も慌てて駆け出した。
 
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