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強欲探偵インヴェスの事件簿

作者:ごません
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捜査開始

 愛犬であるクッキーちゃんをミーアに預け、インヴェスの事務所を後にしたハリーがまず向かったのは奴隷商舘と呼ばれる奴隷の販売所だった。この世界では奴隷制度が一般的に認められているのだ。とは言っても、地球の歴史上に見られるような黒人奴隷や戦争奴隷のような人権すら認められていない物ではない。むしろ、奴隷の身分は手厚く保護されているのだ。

「いらっしゃいませ、どういったご用向きでしょうか?」

 受付に座っていた女性が声をかけてきた。

「商館長はいるか?『ヴォルフガングが来た』と伝えてくれればいい」

 受付の女性に手短にそう伝えると、女性は少々お待ちくださいと言い残して部屋の奥に引っ込んでいった。暫く待っていると女性が戻ってきて、

「商館長がお会いになるそうです。こちらへ」

 と奥へと案内される。高級そうな絨毯の敷かれた廊下を進み、最奥にある扉を女性がノックした。

「ガルド様、ハリー様をお連れしました」

「お通ししなさい」

 観音開きの扉が開かれると、そこは大きな執務室になっていた。家具などの調度品の豪華さを見るに、その部屋の主の稼ぎぶりが窺える。うず高く積み上げられた書類の山の向こうに、その主が待ち構えていた。

「元気そうだな、ガルドさん」

「お久し振りですねハリー様。今日はどういったご用です?」

 ソファを薦められて腰を下ろすと、執務机に座っていたガルドもハリーとは向かい合わせに座る。テーブルに置いてあったベルを鳴らすと、奥からメイド服を着た少女が出てきた。

「お茶の支度を。最重要の客人だ、粗相の無いようにな」

「畏まりました」

 メイドさんはカーテシーで礼をすると足早に奥へと戻っていった。

「そんなに大した客人のつもりは無いんだがな?」

「何をおっしゃいます、命の恩人であるハリー様をもてなさない等、末代までの恥になります」

 ハリーの目の前に座るこの男、ガルド・ローレンツというのだが、このミナガルドの街で最大の規模を誇る奴隷商人である。以前商品の運搬中にモンスターに襲われていた所を、依頼遂行中のハリーに助けられ、それ以来ハリーを命の恩人として敬っているのだ。

「それで今日はどういったご用です?ついにハリー様も奴隷を買われる決心をなさったので?」

「いや……今とある依頼で人を探していてな。もしかしたら奴隷落ちしているんじゃないかと」

 ピクリ、とガルドが反応する。ハリーから命を救われて以来、ガルドの元を訪れたのはこれが2回目の事だった。1回目はお礼を言いたくて呼んだら渋々ながら来てくれた時以来の事で、余程の事態なのだと察した。

「どうやら、相当に厄介な事情のようですね」

 さて、自分の人脈等がどこまで役立つだろうか?とガルドは思案を始めた。




「エルフ……ですか」

「あぁ、年頃の娘だそうだが忽然と消えた。ハンターだから依頼で街の外に出たのかとも考えたがその痕跡は無い。となると後は……」

「拐われたか、奴隷落ちしたかという訳ですか。ふむ」

 一通りの事情を説明したハリーに対して、ガルドは首を捻る。奴隷落ちの可能性は限り無く0に近いが、ハリーは恐らくその可能性を真っ先に潰しに来たのだろう。そしてあわよくば、何かしらの手がかりになりそうな情報を求めているのだろう、と。

「恐らくですが……奴隷落ちの可能性は無い、と言って差し支え無いでしょう。そもそもエルフを買い付けられるだけの資金力が、私の商館以外にあるとは思えませんしな」

 この世界の奴隷制度では、3種類の奴隷がいる。1つ目は犯罪奴隷。犯罪者の刑として奴隷へと身分を落とし、鉱山などでの強制労働に就かせる物だ。人権は必要最低限しか認められておらず、刑期が終わるか死ぬかしないと解放されない。

2つ目は戦争奴隷……通称戦奴と呼ばれる者達である。扱いとしては捕虜と同等で、身代金を支払えば故郷に強制送還される。身代金支払われ無ければ通常の奴隷と同じく売りに出される。

そして3つ目が金銭奴隷である。これは借金のカタに自分自身を売る事で、その返済に充てるという物で、一般的にいう奴隷の殆どがこれに当たる。そしてその身分はその奴隷商人が保証し、個人の適性に合った主人を紹介して売却、利益を得る。そして売却された奴隷は仕事をして買い取った主人から給金を貰い、自分を買い戻して奴隷の身分から解放される事も出来るのだ。いわば奴隷商人は、人身を用いた質屋と職業斡旋所を合わせたような職業なのだ。

 そして金銭奴隷はほぼ一般人と扱いは変わらない。主人の命令は大概聞かなくてはならないが、自身の命が脅かされたり罪に問われるような行いは拒否できる。薄い本等でお馴染みのエロチックな命令やムチで打つような暴力を振るわれた場合には、主人を犯罪者として衛兵に突き出す権利もある。勿論、両者合意の上で結ばれるのは合法であるのだが。

 所有者は所有者で、毎年奴隷を所有している税を納める事が義務となっている。その他に奴隷本人に対しての給金も払わなくてはならない為、奴隷というのは高級な労働力なのだ。要するに奴隷を持っているというのはそれだけの財力と人格を保証されるステイタスだったりする。

「もしかしたら、仲間にも話せないような事情で借金を作り、自らを売ったりしているんじゃないかと思ったが……その線は無さそうだな」

「そうですね、エルフなんて珍しい奴隷を仕入れれば、それなりに噂が立つ筈ですし」

「となると、裏の市場か」

「その可能性は高いですね」

「そうか……なら、エルフや獣人等の亜人種奴隷を好んで買っている好事家の情報はあるか?」

 何度も言っているが、エルフの奴隷というのは稀少だ。好事家ならば、大金を積んでも欲しがるだろう。

「そうですな……それならば今リストを作ってお渡ししましょう」

 ガルドは立ち上がると、再び執務机に戻って何かを紙に書き込んでいく。そこへ先程のメイドさんがお茶と軽食を運んできた。

「どうぞ、召し上がっていて下さい」

「すまんな、頂くよ」

 ハリーはそう断りを入れ、サンドイッチを手に取ると口に押し込んでムシャムシャと食べ始めた。朝早くに帰ってきて、ギルドに備え付けの酒場で朝飯代わりのステーキを食ってから飲まず食わずだったハリーは、猛然と皿の上のサンドイッチを攻略していく。そして皿の上のサンドイッチを全て平らげると、淹れてもらった紅茶を味わうようにして飲む。その余りの勢いにメイドさんも少し押され気味だ。

「出来ました、こちらです」

「すまんな、恩に着るよ」

「いえいえ、大してお役に立てずに済みません」

「いや、十分だ」

 そう言ってハリーはガルドの商館を後にした。その後ハリーはガルドから貰ったリストを元に調べてはみたものの、特に目ぼしい情報はなく、やはり非合法な事に巻き込まれて行方不明になった事を裏付ける事しか出来なかった。そして夕暮れになってこれ以上の調査は不可能と判断して、インヴェスの事務所に戻った。




「あ、お帰りなさいハリーさん!」

「その様子だと何も掴めなかったらしいな?」

 クッキーちゃんを抱き締めたミーアが明るく声を掛けてきたそれとは対照的にソファに寝そべったインヴェスがニヤニヤと嗤っている。ハリーが何も掴めずに帰ってくるだろう事をある程度予期していたらしい。

「さ~ってと、頼りにならねぇ筋肉ヴァカが帰ってきた事だし、今度は俺様の番だな」

 ソファからひょいと起き上がると、インヴェスはハリーの入ってきたドアから出ていこうと歩み出した。

「下手すりゃ帰りは明日の朝だ、適当に飯なり寝床なり支度してくれ」

 そう言い残して、インヴェスは部屋を後にした。向かうのはハリーとは真逆、スラムの奥地である。餅は餅屋、悪党の事は悪党に聞けがインヴェスの考え方だ。フンフンと鼻唄を歌いながら、スラムのボロ屋の間の隙間を縫うように進んでいく彼にとってはスラムの複雑な造りも庭のような物である。10分も進めばスラムの一角だというのに道幅が広くなっている通りに出た。皆一様にボロボロの家屋が道の左右に規則正しく並んでおり、さながら商店街のようであった。そしてその実、商店街という表現はあながち間違いではない。ここは表の世界では捌きにくいような商品を取り扱うグレーゾーンマーケットなのだ。勿論、完全に非合法は商品を扱っている所はほとんど無い。一部の店の商品棚に気付かれにくく紛れ込んだりはしているが、余程の玄人かその物品が目的で来ないとバレないようになっている。扱っている商品と言えば、暗殺者が使うような強力な毒だったり、効き目の強すぎる媚薬や自白剤、出所の怪しい宝飾品や武器、防具等。輸入が禁止されているハズの品物なんてのもチラホラ。限りなく黒に近いグレーゾーンの商品が、このマーケットの取扱品なのだ。

「よぅ、インヴェスの旦那。今日も媚薬かい?」

「いや、今日は仕事でな。『梟の森』に用がある」

「成る程、気ぃ付けてな」

「ケッ、今更ここいらで俺に喧嘩売るバカがいるのか?」

「違えねぇ、いらねぇ心配だった」


 道端に座り込んで酒を煽っていた男に声をかけられたインヴェスだったが、男とは顔見知りである。それにこの男、浮浪者に見えるがこのマーケットの見張り番でもある。グレーゾーンの商品を扱うだけに、店の主や客は脛に疵持つ連中が多い。取り締まりで衛兵がやって来る等日常茶飯事だ。そこでこの男が通りの入り口で座り込み、怪しげな動きを掴んだら警報を発しながら侵入者を引き留め、逃がす時間を稼ぐのだ。必然的に裏の世界の有名人とは知り合いになる。インヴェスは表でも裏でも有名人なのだが、裏ではちょっとした顔役位には知られていたりする。そんな彼が軽い足取りで向かっているのはマーケットの更に奥。スラムには珍しい、石造りの5階建ての建物だ。重厚そうな色合いのドアにはカッと目を見開いた梟の彫刻が施されており、不気味な雰囲気を高めている。インヴェスは躊躇う事なく、その不気味なドアを開けて中に入る。





 中は薄暗い灯りに照らされたカウンターバーだった。立派な口髭を貯えたバーテンダーがグラスを磨いており、カウンターの隅では厳つい見た目の男達が酒を飲みながらインヴェスにチラチラと視線を送っている。インヴェスは構うことなく、バーテンダーの前に腰掛けた。

「らっしゃい、ご注文は?」

「マタタビを浸けた珍しいリキュールがあると聞いたんだが?」

「生憎と今は切らしてるな」

 バーテンダーの素っ気ない言葉に対して、インヴェスは小さいメモ用紙と、小さな巾着袋をカウンターに置いた。ガチャリという音を聞く限り、巾着の中身は金のようだ。

「倉庫をよく探せば1本位はあるんじゃねぇか?」

「……見て来よう」

 ニヤリと笑うインヴェスに根負けしたのか、バーテンダーがカウンターを出て上へと上がっていく。5分もしない内に戻ってくると、そのバーテンダーはボトルを手にしていた。

「一人でゆっくり味わいたいんでな、個室を借りられるか?」

「あぁ、2階の一番奥の部屋が空いている」

「んじゃ、遠慮なく」

 インヴェスが立ち上がろうとすると、バーテンダーはグラスを2つ彼に手渡した。


 階段を上がり、2階に到着すると、そこは集合住宅かホテルのようにドアが立ち並ぶ廊下になっていた。そこをドンドンと進み、一番奥の部屋のドアを開けるインヴェス。しかしそこは無人の部屋ではなく、部屋の中にはオレンジ色の毛並みの猫獣人の姿があった。

「よ~ぅ、久し振りだなぁカーティス?」

「イ、インヴェスのダンニャ……」

 カーティスと呼ばれたその猫獣人は、インヴェスの顔を見るやガタガタと震え出して顔もみるみる内に青褪めていく。トレードマークのパナマ帽とアロハシャツのせいで軽薄そうに見えるからか、怯える姿が滑稽にすら見える。

「俺の面ぁ見て怯えてるって事ぁ、何で俺がここに来たか……おおよその見当は付いてるんだろ?なぁ?」

 インヴェスはゆっくりとカーティスに近付き、その目の前で仁王立ちして睨みつけた。

「さぁ、話して貰おうか?エルフのガキの情報……誰に売りやがった?」

 インヴェスが対峙しているこの猫獣人、通称を『フーテン猫のカーティス』と言い、この大陸一番の情報屋として有名な男であり、それと同時に自分の儲けの為ならば他人の……酷い時には国家の都合すらも考えないで情報を売り払う、危険極まりない男として命を狙われている男である。 
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