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angelcode~とある少女の物語~

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ささやかな企て

 カチャカチャと木で作られたボウルがぶつかる小気味良い音が響き、洗うべティの横に神父が立って、洗い終わった食器を拭き始めた。

「町内はどこも、物価が上昇してるし、パンなんて普段の4倍に値段が高騰してるから、あまり安くはしてもらえないだろうし、貴族もなぁ………」
「貴族…ですか。近くにいらっしゃるんですか?」
「いると言うよりは別荘がね。町から丘が見えるんだけど、丘の上にサン・ボヌール男爵の館があるんですよ。見えるとはいっても、歩けば半日かかる距離だから、そう頻繁に行くことも出来ないんだよねぇ~」

(ベリル様が逗留なさっているという別荘は、サン・ボヌール男爵の所だったのね~。それならなんとかなるんじゃないかしら……?)

そんな事を考えるべティ。
「町のパン屋さんて、何軒あるんですか?」
「パン屋かい?こっちに一軒、川向こうの地区に一軒だけど、こっちのパン屋は小肥りの中年なオッサンなんだよねぇ~……」
「じゃあ、却って良いんじゃあないですか?私達が買いに行ったら安くして貰えそうじゃないですかっ♪」
(ソフィアが行った方が割り引いてもらえそうだけど、ソフィアには男爵の方をお願いした方がよさそう~)

「さてと、洗い物は終わったし、と」
「あ、べティって言ったっけ。明日からは僕の分も頼むよ」
「まっかせて~♪っていっても、食材が無いとどうしようもないけどね。じゃあ、お休みなさ~い」
「お休みなさい」
二人揃って廊下に出る。

「ただい……」
しぃ~……っと、ルゥが口元に人差し指を立てる。
「ソフィアったら先に寝ちゃうなんて……。珍しいわね~」
静かに扉を閉めて、ベッドに腰を下ろす。
「初めての経験もあったことだしね…」
「ベリル様?」
「そ、ベリル様。ソフィアのあの様子は、明らかに恋する少女のソレなんだけど…」
「えっ、じゃあ、一目惚れで初恋してるの?」
「失恋確定だわよね~。よりによって一目惚れした初恋の相手が、貴族様じゃあさぁ」
 ソフィアの顔をそっと覗き込み、そして二人からため息が零れた。

「それにしても、あのベリル伯爵って人、人間離れした美貌だったわねぇ~。私は自分の所の『綺麗』だって評判の侯爵婦人を見たことがあるけど、あの美貌は反則だわよっっ」
 べティは、自分の出た町を治めている侯爵婦人を贔屓してるようだった。自分の町を治めている貴族が評判とくれば、贔屓めになるのも当然である。
 がしかし、ベリル伯爵は男。
贔屓の侯爵婦人が若い伯爵に劣るというのは、何度も複雑な心境である。


「あんなのがソフィアの好みだったとは、知らなかったけどね~」
「けどさ、あんな深紅の瞳の人っているんやねぇ~。ああいうのを、『ルビーの瞳』って言うんかしら…」
「それを言うなら『ピジョンブラッドの瞳』だと思うよ~」
「なにそれ…。ピジョン…?」
はじめて聞く言葉に、驚くルゥ。
「ピジョンブラッド」
「ルビーの中でも、赤みが鮮やかで高価な物を指して『ピジョンブラッド…』『鳩の血』って言うらしいのよ。
「えぇ~っ?鳩の血ぃ~っ??」
思わず、気色悪そうに、顔をしかめる。
「ほら、『赤い色』って『権威』の象徴だからね、貴族の間でも特に人気があるらしいんだけど…、まさか貴族様の瞳がピジョンブラッドとはねぇ…」
「で、なんでそんな事をアンタが知ってんのよ……」
「貴族の館によく通ってたからね~。通用口からだけど。そこで色々聞いたのよ」

 ここはあまり詮索しないのが礼儀と言うもの。
 ルゥは、べティがどんな町でどんな生活をしていたのかは知らないが、そのあとエクソシストを目指すような出来事があったのだろうと想像していた。


「んじゃまぁ、私達で明日の予定を立てとく?」
「明日の予定……?」
「そ。予定」
べティは、神父から聞いた話をべティに教える。

「私達はそのパン屋でなるべく安く買い物して、ソフィアには男爵の別荘に行ってもらうわけ。どっちかが失敗しても片方が成功したら、もうちょっとはマシな食事になるけど、両方失敗したら目も当てられないわ。
 あの伯爵様も、ソフィアを気に入ってたみたいだったし、それならソフィアに再会できる可能性がある方をお願いしようってね♪」

ふぁぁ…と欠伸が零れた。
「じゃあ、ルゥ、頼んだわよ~。私は明日から早いから先に寝るわ。お休み~♪」
言い終わると同時に毛布をバサッと被って寝てしまった。
(独りだけ起きててもしょうがないし…。お休みなさい~)


 動途中、シャンティエで足止めを食らった3人。
教 会の医務室で、学習院を出てからの初めての夜を過ごしたのだった。

  
 

 
後書き
実際に、当時は長雨で小麦が4倍に跳ね上がったりしてたそうです…。主食が無くなるなんて、日本でも90年代にありましたが、あの時よりも大変そうですね…中世って……。 
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