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大淀パソコンスクール

作者:おかぴ1129
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節目の日
  昼1

「本日は最終日になります」

 お昼過ぎ。お昼からの授業を前に、事務所に並ぶ全講師……といっても、俺とソラール先輩の二人だけだが……を前に、大淀さんが高らかにそう宣言した。

「この後の生徒さんは、Excelの神通さんと、Wordの岸田さんです。今日はこのお二人だけなので、マンツーマンでやって頂いて結構です」
「授業が終わったらどうするんですか?」
「授業の後は、簡単に掃除をします。で、私とソラールさんはそこで業務終了。カシワギさんは夜の授業がありますから、そのまま待機してください」
「最終日なのに、簡単な掃除でいいんですか?」

 普通、最終日といえばけっこう盛大な掃除が必要になるはずなのだが……素直な疑問を大淀さんにぶつけてみる。

 大淀さんは、いつもの柔らかい笑顔を浮かべ、フッと微笑んだ。相変わらず天使だー……この人、綺麗だー……。太陽だ……この教室の太陽だこの人……

「いいんです。明日、清掃業者に大掃除をお願いしてありますから」
「ほぉ……我々講師に対する大淀の心配り、感謝する」

 なるほど。ならば俺達が掃除をせずとも、教室と事務所の大掃除はなされるというわけだ。この、職場の大掃除ってのはおれも辟易するし、ここは大淀さんの粋な心遣いに感謝すべきところだ。ありがとう、大淀さん。

 だなんて一人で勝手に感動していたら……どうもその裏には理由があるらしく。

「……あ、いえ。決してみなさんへの配慮だけではなく」
「はい?」
「一応、知り合いの清掃業者で、私と同じ鎮守府だった艦娘の人がやってるところなんです。困った時はお互い様の精神で、こうやって時々お仕事を振ったり振ってもらったり……。

 そう言う大淀さんのほっぺたは赤く、珍しく苦笑いを浮かべながら両手の人差し指を付きあわせてもじもじしている。なるほど。そんな実務的な理由があったのですか……

 ちなみに、その清掃業者ってどこだろう? 大淀さんと同じ鎮守府だった人がやってるってことは、その業者さんも、オーナーはここと同じなのだろうか? 結局面接のときぐらいしか顔を合わせてないから、オーナーの顔を忘れつつあるのだが……

「大淀さん、その清掃業者って、なんてところなんですか?」
「“ビッグセブンクリーン・一航戦”ていいます。ご存知ですか?」
「……いえ」

 なんというコテコテで安直なネーミング……もう、思いつくものをすべてくっつけて、申し訳程度に清掃業を表す『クリーン』て単語をくっつけただけの、極めて安直過ぎるそのセンス……いや、名前で業種が分かるというシンプルさは、今のこのご時世、必要なことなのかも? なんだか頭がこんがらがってきた。

「……まあいいじゃないかカシワギ。俺達は楽が出来る。それでいい」

 そらそうだ。珍妙なその清掃業者の素性やネーミングなど、気になる点は色々とあるが……俺達は楽が出来る。それで充分だ。

 ちなみに先ほど大淀さんが言っていたとおり、今日の昼の生徒さんは神通さんと岸田のアホの二人だけだ。他のおじいちゃんおばあちゃんたちは、子供や孫が里帰りをしてきている人たちが多く、年末年始ともなると、授業に出ない人たちも多い。

「ところで……貴公、年末年始は……一体どう過ごす?」

 朝の最初の授業の前には、いつも教室前を軽く掃除しているのだが……その最中、掃除機をかけるソラール先輩に、年末年始の予定を無駄に厳かに聞かれた。掃除機のモーター音は大きいのだが、それでも先輩の声は耳に届きやすい。バケツみたいな兜被ってるくせに。

「俺は特に予定ないです。実家に帰るつもりも今のところ無いですし。せいぜいゆく年くる年を見るぐらいですかね。先輩は?」
「俺も初詣以外の予定は特に無いな」

 ほう。初詣とな。ちょっとひっかかるなその話。俺は掃除用アルコールのスプレーを持っている台拭きに吹きかけ、それで教室のパソコンのキーボードとマウスを丹念に拭き掃除しながら、法廷サスペンスの検察官よろしく、被告人ソラール先輩を追い詰めてみることにした。

「先輩」
「ん?」
「神通さんとですか?」
「ンガァアッ!?」

 俺の突然の真相追求に対して、今まで聞いたこと無いような痛々しい声を上げたソラール先輩は、鎧の音をドチャガチャリと響かせ、その場にうつ伏せに倒れ伏した。その後もそもそと立ち上がり、太陽が描かれたアンニュイな盾をこちらに向け、剣を構えて臨戦態勢を取っている。なにやってんすか先輩。なんでこっちをロックオンして、盾で防御しながら、右に左にゆっくり歩いてるんですか。

「いや、だって神通さんと付き合ってるんですよね?」
「カシワギ」
「はい?」
「誰から聞いた」

 一応、『神通さん本人から……』という答えはあるが、なんだか言うのは忍びない。とりあえずしらばっくれておこう。

「いや、お二人を見てればわかりますよ。だって先輩、最近はよく授業の時に、神通さんのことを『俺の太陽』とかいってるじゃないですか」
「そ、そうか……」

 これは本当。最近、ソラール先輩は神通さんのことを端々で『俺の太陽』と言っている。以前は『太陽になりたい』がソラールさんの口癖だったのだが、その辺の変化にも、二人の関係性が表れている。ソラール先輩にとっての太陽とくればそらぁもう……親密な関係としか言えないでしょうよ。

 ほっぽり出されて空運転している掃除機を再び手に取り、ソラール先輩は床掃除を再開するのだが……その、丸いアンニュイな盾を背負った背中が哀愁を誘う。おい太陽、こっちを見るんじゃない。流し目で俺と目を合わせようとするんじゃあないっ。

「それはいいがカシワギ……」
「はい?」

 ソラール先輩が掃除機を運転を止めた。俺に背中を見せたまま前かがみでこちらを振り返り、目をキュピンと光らせて……いや兜が邪魔で、ホントに光ってたかどうかはよく分からんけど……『今度は俺の番だ』と言わんばかりに、振り返って俺をビシィッ!! と指差して迫ってきた。どこの弁護士だよ……。

「貴公はどうなのだッ!」
「はい?」
「この年末年始は、何か予定は……ないというのか!?」
「いや、何もありませんが……」

 鬼の首でも取ったかのように何を追求してくるかと思えば……さっきも言ったが、俺に年末年始の予定らしい予定はない。それは紛れもない事実。

 にもかかわらず、今、俺の目の前で再びアンニュイな盾をこちらに向け、それでバタッバタッと扇ぐ先輩は、一体何を言いたいのか……つーか何やってるんすか先輩。盾で扇がれても、こっちに涼しい風が届くぐらいですよ。わざわざ一歩踏み込んで、気合入れて盾で扇がなくても……。

「……何やってるんですか先輩」
「いや、貴公からパリィを取ろうかと……」
「貴公……」

 パリィって何だよ……それはそうと、なぜソラール先輩は、ここまで執拗に俺の年末年始の予定を確認してくるのか?

 自分は神通さんと初詣デートをする予定で幸せ一杯なんだから、別に俺のことなんか気にしなくていいだろうに。今から予定を立てていればいいじゃないか。初詣で二人で寒空の下、仲睦まじくお参りしておみくじひいて、そして初日の出を見ながらY字ポーズを取ればいいじゃないか。その幸せなスケジュールに、俺が介在する余地など無い。二人に幸せになってもらいたい俺は、介在するつもりもない。家でゆく年くる年見るだけだ。

「ほ、ホントに何もないのか……?」
「ないですよ?」
「これっぽっちも?」
「これっぽっちも」
「赤ちゃんの足の小指の爪先ほども?」
「微粒子レベルの存在すらないですね」
「貴公……」

 なんだ……俺の話のはずなのに、なぜソラール先輩ががっくりと肩を落とし床に膝をついてうなだれる必要がある? 自分はとても幸せ者のはずなのに、なんで俺の正月の予定を聞いて、こんなにもショックを受けてるんだ?

「どうかしたんすか?」
「いや……貴公、朴念仁と言われたことはないか?」
「……ないですけど?」
「貴公……」

 変なことを言う人だ。ソラール先輩のよく分からない発言はとりあえず無視することにし、俺は、残り少ない掃除用アルコールのスプレーの引き金を引く。コスコスという音とともに噴射されたアルコールは、もう少量しか出なくなっていた。

「カシワギさん、ちょっといいですか?」

 事務所で事務仕事をしていた大淀さんが、俺とソラール先輩の駄話に割って入ってきた。いかん。無駄話で盛り上がりすぎたか。

「はい? どうしました?」
「えと……Accessの業務基幹ソフト開発の件なんですが……」
「あれがどうかしました?」
「ちょっと進捗をお伺いしたいんですが……」

 なんだそんなことかと思い、頭の中でそれとなく進捗を考えてみた。俺の視界の隅っこで掃除機の稼働を再開する、ソラール先輩の存在感が妙に気になるか……それに負けないよう、俺はできるだけソラール先輩の太陽と目を合わせないように気をつけつつ思い出す。

 大淀さんに開発をお願いされてからこっち、とりあえずマイペースで勉強しつつ開発を進めてはいるが……やはり自習しながらの開発となると、そうスムーズにはいかない。それに、通常の業務と平行してやってるから、どうしても優先順位は低くなる。

「……えっと……テーブルはすべて作りました。データの一部はダミーデータとして移行させてます。クエリもだいぶ出来てはいますが、まだ足りないクエリもいくつかありますし……フォームとレポートはまだ手を付けてない感じですから……」

 Accessで作成するソフトは、主にデータを格納しておく『テーブル』、データの入出力と閲覧を司る『フォーム』、データの出力に特化した『レポート』、そしてテーブルに入ってるデータの抽出と整形を司る『クエリ』の四種類の部品からなる。もちろん、データを格納するテーブルだけで運用することも、出来ないわけではないのだが、使いやすいソフトにしたいと思ったのなら、その四種類の部品の充実と相互連携は絶対に不可避だ。

 そして、今の俺の進捗は……『テーブル』は必要な分だけできている。『クエリ』もある程度揃ったから、データの抽出と整形も可能だ。ただ、入出力を司る『フォーム』と『レポート』は全く出来てないから、データの入れ物があって、整形することも可能だけど、中のデータを見ることは出来ない。そんな感じだ。

 だから、進捗としてはまだ30パーセントぐらいか? そもそもフォームとレポートは、大淀さんとソラール先輩……実際に扱う二人と相談しながら作りたかったし。とても見せられるシロモノではない。

 とはいえ、なぜ突然このタイミングで進捗なぞ気にするのか。まさか『あれから結構経つのに、開発遅すぎませんか?』とでもいいたいのだろうか……大淀さんはそんなことを言うタイプの人ではないと思うのだが……。

「でもどうしました? ちょっと遅すぎますか?」
「あ、いえ。そういうわけではないんです」

 何か理由があるらしい……掃除をソラール先輩に任せ、俺は一度大淀さんと共に事務所に戻った。大淀さんとの話の最中、隣の教室から聞こえてくる掃除機の音が異様に気になる……あのソラール先輩という人は、見た目だけではなく、音すらも目立つというのか……だから無駄に床を転げ回るのはやめなさいって……鎧の音がこっちにも聞こえてますよ。

 事務所に戻った大淀さんが俺に見せてくれたもの。それは、この教室のオーナーからの、大淀さん宛のメールだ。

 実は大淀さんは、オーナーに対して、俺がAccessで業務基幹アプリを作成中であることを報告していたそうな。オーナーはその進捗がずっと気になっていたらしく、その後報告が無いことにやきもきしていたそうだ。

 そしてついに今日、大淀さんに対して『ちょっと見せてちょうだい』と催促しはじめたらしい。『そろそろ見せてくれてもいいんじゃない?』という酷くフランクな文言で、オーナーのメールは締められていた。

「勉強しながらなので、進捗は遅くなるということは再三に渡って言ってたんですけどね。しびれを切らしたみたいです」
「なるほど」

 まぁ確かに、大淀さんからお願いされて一ヶ月ほど経過してるし。順調ならそろそろ何か見せられるものを準備しておく必要はあるはずなんだよなぁ……とはいえ、まだ見せられるものではないのは確かだ。

「んー……じゃあ、今晩にでもフォームを一つ作っておきましょうか? 生徒情報閲覧フォームみたいな感じで」

 見てみたいというのなら、一つでもデータを見ることが出来るものがあれば納得するのではないだろうか……そう思った故の提案なのだが……大淀さんは画面の中のオーナーからのメールをじっと見つめ、顎に手を当ててしばらくの間『うーん』と唸る。

「……では無理しない程度に、フォームをひとつ作っておいて下さい。それでオーナーも納得するでしょう」
「わかりました。んじゃ川内の授業の時にでも、ちまちまと作ってみます。出来はあまり期待しないでくださいね」
「構いませんが……逆にすみません。元々『出来るときに作ってくれればいい』という約束だったのに……」
「いえいえ。逆にこちらこそ、遅くなって申し訳ないです」

 困ったように眉をハの字に歪めながら、大淀さんは俺にペコリと頭を下げる。いやいやこちらこそホント、遅くて申し訳ない。……しかし大淀さん。

「ホントすみません。川内さんとの今年最後の授業なのに」

 ……なぜこのタイミングで、そのアホの名前が出てくるのか、理解に苦しむのですが。そしてなぜ、俺に向ける眼差しが急にニヤニヤとしはじめるのですか。

「……その鬱憤は年末年始に晴らす方向でお願いできますか?」
「おれは今、ここに来て初めて大淀さんを張り倒したいと思いました」
「おやおや」

 教室から掃除機の音が消えた。ソラール先輩が教室の掃除をし終わったのかな? やがて教室内に鳴り響くチャリチャリという鎖帷子の音と、『ガチャドチャリ』という、先輩の無駄な前転の音。そんなことやってたらまたほこりが舞うだろうに……

「掃除は終了した! これでいつでも授業は開始出来る!」
「ありがとうございますソラールさん」
「しかしカシワギも災難だな。まぁ今日無理せずとも、年末年始を存分に堪能すれば……」
「あなたもそれをいいますか先輩……」

 
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