グランドソード~巨剣使いの青年~
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第3章
2節―”神殺し”を追い求めて―
説得
「――――――」
「――――――」
沈黙。
2人の微かな吐息だけが、この場を支配していた。
『俺は、ウィレスクラを倒して元の世界に戻りたい』
そんな告白をしてから、すでに数十秒が経過している。
いつまでこの沈黙が続くのか、とソウヤが思ったその時、深春の口が開いた。
「なんで――」
まるで、裏切られたかのような酷い表情を深春はしている。
それを見ながらも、ただただソウヤはまっすぐに深春を見つめていた。
深春が怒りのあまりに背後の木に拳をぶつける。
ズガン。
冗談みたいな音がして、木が消し飛んだ。
激情のまま深春は叫ぶ。
「――なんで、そこまでしてあの世界に戻りたいのッ!?」
あそこは地獄だと、彼女は言う。
確かに深春にとってはそうなのだと事情を知ったソウヤは思った。
―いや、違うな。
俺にとっても向こうは地獄に近かったとソウヤは思い直して、苦笑する。
「なに、笑ってるの…」
「いや、ただたださ」
ソウヤは苦笑のまま言葉をつづけた。
「俺にとっても、あそこは地獄だったな…ってな」
「――――――!」
そうソウヤが言った瞬間、彼の視界が空を向いていることがわかった。
深春がその視界を妨げるようにソウヤにのしかかる。
「なら、なぜ…!」
意味がわからないとでも言いたげな、瞳に透明な液体を浮かべている彼女の目をみてソウヤは、この世界であまりしたことのない”微笑”を浮かべた。
びくりッと深春の身体は硬直する。
「簡単だよ、”俺が後悔したくないだけ”だ」
「こう…かい?」
ソウヤの言った言葉を復唱するように、小さく深春は呟いた。
「おう」とソウヤは頷く。
「俺も元の世界は地獄だったと思っていた。ただ、それが自分の身勝手だと知らずにな」
ソウヤは目をとじる。
暗闇。
真っ暗な世界が視界に広がった。
勝手に期待した親が居た。
馬鹿にした奴が居た。
ガリ勉だと言う奴が居た。
中途半端な自分が居た。
全て、俺が悪かったのだ。
「あんたなら大丈夫だよ」と笑ってくれた親が居たのだ。
「お前、もっと頑張れば良いところまで行けるだろ」と注意してくれたクラスメイトが居たのだ。
「ガリ勉、くれーぞお前」と手を差し伸べてくれた優しい奴が居たのだ。
そして――
――「うるさい」で片付けていた自分が居たのだ。
「俺、なんでこんな中途半端に頭が良くて…中途半端に運動神経が良いんだろうと思っていた」
「中途半端…?」
中途半端な頭があった。
中途半端な体があった。
中途半端な考え方をしていた自分がいた。
「でも、違った。俺は努力をしていなくて、それを周りのせいにしてただけだった」
いつの間にか、力の抜けていた深春を退けソウヤは手を空へ伸ばした。
その手は自身の知らぬ間に大きく、角ばった剣士の手に成り果てている。
「もう、遅いだろうけど…俺は、俺は謝りたいんだ」
手を握りしめて、そうソウヤは決意を口に出す。
それをほけた顔で見ていた深春は、不意にソウヤの顔を見る。
「本気…なんだね」
「あぁ、”努力”していなかっただけなんて、この世界に来て気付かされた」
この世界ではソウヤは、強者だった。
その気になれば、この世界中を敵にしても無傷で滅ぼせるにまで強くなれることが約束されたような強者だったのだ。
だが、そんなソウヤでも初めは誰かが追いつこうとしたら簡単に追いつける強さだった。
きっと、初期の頃より強い奴なんて今ではゴロゴロ居るだろうとソウヤは思う。
世界を軽く滅ぼせるだけの力。
それはソウヤは一日之長の才能を持っていて、なおかつ強くなろうと努力したからこそ手に入れられたものだ。
初めはステータスをあげようとスキルの向上を優先させた。
最果ての宮に来てからは、ステータスだけでは倒せない敵も居ると考え直され技術を鍛えた。
だからこそ、今のソウヤが居る。
「俺の取り巻く世界は地獄なんてもんじゃないさ――」
ソウヤはそう言い、小さく口を開けて今の気持ちを吐露する。
「――天国だ」
人並み外れた才能があって、それを極度に期待せず優しく包み込んでくれた親が居て、調子にのっていた俺を叱ってくれる奴がいて、不貞腐れた俺を慰めようとしてくれた奴が居た。
――どれだけ、俺の世界はいいやつばかりなんだろうか。
「私にはわからない」
「知ってるさ、別にお前も元の世界に戻すなんて一言も言ってない」
「えっ…」と深春は驚いた表情でソウヤを見る。
それを見たソウヤは寝転がっていた体を起こして深春を見た。
「俺の願いは1つ」
「……うん」
「俺の願いは、ウィレスクラを倒して”元の世界に帰りたいやつだけ返してもらう”。それだけだ」
「つまりは、だ」とソウヤは大きく伸びをする。
呆然と見上げていた深春にソウヤは――
「俺があの勝負で勝った瞬間に、説得は成功してたんだよ」
――珍しく大きく無邪気な笑みを浮かべた。
それを見て、深春は馬鹿らしくなる。
ただ、それを言うだけなら別に勝負なんてしなくて良いはずなのに…と。
深春はそう思って、すぐに訂正した。
―きっと、後悔しないために公正であり続けようとしてるんだ。
「ほんと、馬鹿でござるね」
呆れを通り越して思わず笑みを浮かべた深春は、先ほどの動揺を完全に無くしているようだった。
深春は立ち上がると、ソウヤはを見上げて不意に彼の体を触る。
「――――――ッ!?」
ソウヤがびっくりしたように身体を震わせるが、深春は気にせず続けた。
服の上では全くわからなかった厚い筋肉。
まるで何年もジムに通っているかのようなしっかりとした硬さのある筋肉。
深春はソウヤの手を両手で握りしめる。
ゴツゴツとした男らしい手。
凄まじいほどの豆の量と、潰した血で少し黒くなった手のひら。
最期に深春は、硬直しているソウヤを見上げた。
幼さを取り除いた細長い顔つき。
全体的に言えば中の上か上の下か…それくらいの顔つき。
全体的に言えば、”ちょっと格好良い細マッチョ”だろうか。
―ほんと、なんでだろう。
「ソウヤ殿――」
―男恐怖症だったはずの私が…。
「――ありがとう」
―ここまで男に触れられているなんて。
深春は、無性に口から出て来たがった言葉を吐き出す。
ソウヤは驚いたように顔を歪めると、大きく溜め息をついて苦笑を浮かべる。
「俺は何にもしてないぞ」
「そこは別に良いよって言うところでござるっ!」
ソウヤの正論が何故か深春にはたき落とされ、無情にも持論を突きつけられる。
すっかり元にもどった彼女。
「んじゃ、別にいいよ」
「んじゃってなんでござるか、んじゃって…」
互いに苦笑しあう2人。
深春が気絶していた時間が長かったせいか、日が完全に落ちようとしていた。
ソウヤは夕日を見つめてから、深春に顔を向ける。
「ま、俺達はもう敵じゃないんだろ?」
「ん~。どうでござるかね」
深春は申し訳無さそうに頭を掻く。
「だってほら、小生1週間ここを守らなければ元の世界に戻されるわけでござるし」
「あっ」
忘れてたと言わんばかりのソウヤの表情に、深春は笑う。
「嘘でござるよ」
「――は?」
唐突な嘘宣言に、ソウヤは思わず間抜けな声を出す。
それを聞いたら最期。
深春は弾けたように笑い出した。
「あっはははははははは!!」
「な、なんだ…!」
目尻に涙を溜めながら深春は笑う。
「だって、最初、凄いクールな人…ぷぷ…でござるな~って…ふ、ふふ……思ってた、から」
笑いをなんとか堪えながら深春はソウヤに告げる。
ソウヤは状況とは全く噛み合わない現状に頭を抑え、冷静な声で問う。
「…で?なんで大丈夫なんだよ」
「えっ?だって――」
深春は、笑い疲れたように息をきらす。
そして息を整えて、太陽のような笑みを浮かべた。
「――君の話を聞いて、小生ももう一度頑張ってみることにしたからでござる」
―なんか、知らぬ間にトラウマを乗り越えようと言う気にさせてたらしい。
ソウヤは大きく溜め息をつくと、深春に手を伸ばす。
「じゃあ、来いよ。俺のところへ」
「そうさせてもらうとするでござるよ」
深春はその手を握りしめた。
後書き
――そうしてようやく、彼は本質に気付く。
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