グランドソード~巨剣使いの青年~
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第1章
3節―平穏を裂く獣―
儚い平和の時
小鳥のさえずりが響く森の中。
そこにある獣道を歩く二人の妖精の姿があった。
「すみません、力仕事ばかり頼んでしまって」
「大丈夫だよ。ほら、俺って力持ちだし」
そう言って二人のうちの一人の、黒い髪と瞳が特徴的な鋼の妖精である男性――ソウヤは優しく笑う。
…その肩に背負っている大木の幹さえなかったら、もっと締まりがあったのだろうが。
「俺の体調が全快するまで居候させてもらってるんだし、手伝わないと」
「…ありがとうございます」
そう言って、灰色の雰囲気を持つ女性…ルリは頬を緩めた。
今現在のソウヤは、ルリの住んでいる家で居候してもらっている立場である。
何故か、と言われるとそれはソウヤが目覚めてルリと出会った数分後の出来事が原因だった。
シュリードとの戦いで気絶し、目覚めたソウヤはルリと出会い現状を聞いたのである。
ここからかなり遠くの森―シュリードとソウヤが戦った森―が全焼し、煙が距離のあるここまで見えたので、気になってルリはそこへ向かった。
そうして、倒れているソウヤを見つけたというのが目覚めるまでの話である。
問題はここから。
ソウヤは自身が“異世界人”であることをルリに話すと、同時に『軍勢の期』と戦ったことを告げ、了承を取ってからステータスを開いた。
異常なほど体が重たくなっているのを、ソウヤは感じ取っていたのである。
すると、ソウヤのステータスに表示されていたのは“赤く染まった文字”で書かれた『呪い』だった。
―スキル使用不能 種別:呪い―
― 効果:全スキルが使用不可・能力不発動の状態になる―
― 残り時間:13日17時間43分29秒―
この呪いが発動し続ける限り、ソウヤはただの一般の妖精となる。
とはいっても、今までが常に一般人がオリンピック選手と同じ動きをしていると同じ状態だったので、そこらの妖精よりかは強いのだが。
更にあくまで“スキル使用不能”であり、二つ名や称号の効果は付与されていた。
それでも、スキル…特に“巨剣使い”が使える状態とでは天と地ほどの差がある。
このまま外に出るのも危険だし、なにより気絶状態の自身を助けてくれたルリに恩を感じていたソウヤは、居候と評して家事などを手伝うことにしたのだ。
期間は、呪いが解除されるまで。
また、どうしてソウヤが“呪い”にかかったのか。
その理由はソウヤの中に確信があった。
―十中八九『亡霊解放』を使ったデメリットだ。
時間制限付きとはいえ、複数の“命を奪った者のステータス”だけを上乗せしていく能力なのである。
それでデメリットがない訳がない。
もしなければ、それはただの“反則”だ。
そんなこんなで、現在ソウヤがルリの家で居候し始めて1週間が経とうとしている。
元々変なところで女子力が高かったソウヤは、家事全般を四苦八苦しながらもこなしていた。
ルリと大木の幹を背負っているソウヤが、ルリの住む家に帰ってきたところで声がかかる。
「おぉ、ソウヤ君とルリか。おかえりなさい」
「義父様、寝ていてください…!」
曲がり切った腰に、光を失った瞳。
艶やかさの感じられない白髪。
それが、ルリの父だった。
ルリが外にいる父を見つけると、慌てて体を支え家の中へ連れて行く。
それを見送ったソウヤは、大木の幹を家の前の少し大きな広場に置くと周りを見渡す。
ここは小さな村だ。
小さな畑。
小さな家。
小さな道。
それが特徴ともいえる、そんな村。
小さい村の中でも、この家だけはまるで隔離しているかのように離れて建っていた。
―考えられるのは、やっぱりリクさんの…。
ルリの父…リク老人は、ひどい病気を患っており生気というものを感じられないほどにまで弱っている。
病気の感染を恐れて、事実この村の人々は隔離しているのだ。
それに、助けようにも助けられる人はこの村にいない。
いるはずもない、ここはあくまで“小さな村”なのだから。
―せめて、俺が水魔法使えたらな…。
ソウヤの水魔法ならば、完治は無理でもその燃え尽きようとしている命の灯を繋ぐことはできる。
だが、それを塞ぐのは“スキル使用不能”の文字。
魔法系列もスキル――特徴能力の1つであるため、使用することが出来ないのである。
「早く、治れよ…」
吐き捨てるようにソウヤは小さく零すと、ルリ達のいる家へと向かう。
この世界に来て、初めての平和なときを噛みしめながら。
その日の夜、ソウヤ含め多くの人が眠りへと誘われている頃、ルリとリク老人だけは起きていた。
リク老人は相変わらず生気のない姿だが、その声だけは唯一力に満ち溢れている。
「ルリや、ソウヤ君をどう思うかね?」
「どう思う…ですか?」
ルリは唐突に尋ねられた問いの真意を把握できず、しばらく言葉に詰まっていると…ある“結論”に至った。
その瞬間、ルリの表情が一気に硬いものとなる。
「まさか、義父様!彼が…」
「多分…じゃがの」
まさか、と思いながらも返す言葉が見つからないルリ。
それはまさしく――
「――ソウヤ君はの、明らかに“妖精の力”として逸脱しておる」
「…わかっている、つもりです」
今朝だって、ソウヤはルリと同行し木材集めを手伝った際に、炎の妖精でも持つことが出来なさそうな大木を軽く持ち上げて見せた。
“力を十全に発揮できない状態”で、だ。
更に、ソウヤは自身を“異世界人”と名乗り『軍勢の期』を防いで見せたという。
「ソウヤさんの力は、あまりにも強すぎる」
「うむ」
「でも――」
明るく、優しい。
そんな彼に“あの責任”は重すぎる。
「――ソウヤさんが、“―――――――”とは思いたくない…です」
もし“責任”を負ってしまうのならば、普通の人のメンタルならばすぐに潰れてしまう。
いや、これほどの“責任”はどの物語の英雄や勇者でさえ重く感じるものだ。
それをただ“力が強いだけの一般人”に任せることに、ルリはひどく躊躇している。
「ルリや。ソウヤ君は今、“元の世界”に戻りたがっている」
「え…?」
唐突にリク老人からの言葉に、ルリは固まった。
「今は、皆から頼られることで心身が安定している。じゃがの、それも長くは続かない。永住なんて、今の彼にはあまりにも禁句がすぎるのじゃよ」
「彼は“元の世界”を嫌っている…と聞きました」
元の世界に帰りたい。
それはあまりにも正しい判断だ。
“強大な力”をもってさえいなければ。
「人の心は揺らぎ。じゃが最奥にある物は決して覆らない。彼は、今“安心感”を欲しがっているのじゃよ」
「だから、最も安全だった元の世界に戻りたい…と?」
コクリと頷くリク老人にルリは返す術を持たない。
ここまで言われれば最後、受け入れるしかないのである。
「ルリ。これからお主はソウヤ君を助け、護ることになる」
「…はい」
“護る”。
その9割がたは、“物理的”ではないことをルリは知っていた。
「“物語を破壊せよ”。そのために動け。それが、“安定”をもたらす」
「それが、『神聖森の守護者』の…私の宿命」
ルリは恐怖と、罪悪感と、怒りに手を震わせて呟く。
「わかって…います」
「すまぬ、ルリや」
その夜の密談は、リク老人の一言をもって終わった。
闇夜に佇む、その者達を隠しながら。
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