グランドソード~巨剣使いの青年~
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第1章
2節―狂炎と静炎の円舞―
『亡霊解放』
「燃え咲け!」
「燃え斬れ!」
ソウヤの『地獄炎剣』とシュリードの『極熱業火』がぶつかり、一瞬の静寂が起きる。
正にそれは、これから起きる“災厄”を告げる前の台風の目のように思えた。
まず、先に起きたのは“熱”だ。
怒り狂うソウヤの地獄炎と、圧倒的な熱量を持つシュリードの業火がぶつかり合い、互いに破裂し周りに飛び散っていく。
マグマとも思える超高熱体が地面に落下し…その瞬間ソウヤとシュリードの周りが火の海へと変わった。
燃え盛るための油さえ必要とせず、強く熱く燃え続ける炎のその中心でソウヤとシュリードは力のせめぎ合いを行う。
「ぐっ…ぅう…!」
「ふふ、中々につらそうね?妖精さん」
シュリードが余裕の表情で業火の嵐を生み出す中、ソウヤは逆に苦しく呻いていた。
まず、基本的な魔力値が全くソウヤには足りないのである。
更にシュリードは火を最も得意とする魔族であり、ソウヤは生身の妖精だ。
この場所の高熱に耐えられるだけの耐性をソウヤは何一つとして持っていないのである。
―グリップのせいで、手が焼ける…!
凄まじい音を立てながら、巨剣を握る手が高熱で溶けていくのをソウヤは激痛によって理解した。
ステータスに軽く目を通すとHPがもう残り3割を切っているのがわかる。
―力押しでも無理、持久戦でも確実に負ける。万事休す…か。
次第に巨剣を押し込む力が入らなくなっていく。
スタミナ切れもそうだが、ソウヤ自身の諦めが体中の力を失わせていった。
―だけど、一つだけ俺にも手がある。
一瞬光を失ったその瞳は、もう一度輝く。
緩めかけていたグリップを握る力を、もう一度強くする。
まだだ、まだ終わるわけにいかない。
まだ、俺は――
「――すべての手段をうったわけではないのだから」
小さくソウヤが呟くと、“肉体強化”を使い一気に巨剣を押し込める。
だが、それではまだ圧倒的に足りない。
この業火を消し飛ばしたところで、意味はないのだ。
だから、ソウヤは“呪いの文”を唱える。
「『我、強き者。我の導きに答えよ。我、弱きを護る者。我の言葉に答えよ」
語るは誓い。
願うは祈り。
求むは破壊。
歩みは遥か。
道は永久に。
これは、ソウヤが求める呪い。
「我、汝の魂に誓い力を得ぬ。汝、我の声と共に黄泉へ逝け」
その恐怖を強靭な心へ変えて。
その悲哀を強き勇気へ変えて。
その慟哭を叫ぶ声へと変えて。
その暗闇を明るい道へ変えて。
その巨壁をこの力で破壊する。
それが、ソウヤが代償に払う呪い。
圧倒的な強さを得る代わりに、死者の重みをすべて背負う。
それが、“強き者”の宿命。
それが、“弱き者”の呪い。
これこそ“呪いの文”。
「――力を貸せ、亡霊。『亡霊解放』…!」
数体の亡霊を黄泉へ送り、その宿業を一身に背負う禁呪。
最後の“呪いの文”を唱えた瞬間、地獄炎と業火は一瞬にして消え去る。
シュリードは、その目の前の光景を未だ受け止められずにいる。
最初、シュリードは“青年”のことを「多少はやるが、無謀な青年」としか見ていなかった。
数千の魔物相手に無双し、息を切らしながらも戦う姿はシュリードのよく知る“妖精”の姿とはかけ離れたものだったが。
それでも、あまりに普通の魔物と魔族の差は大きい。
魔族の最底辺である下級魔族でさえ、数百の平凡な魔物よりも強力なのだ。
上級魔族である自身は、1万を相手にしても余裕で勝てる力を持っているのである。
それでも、合計11もの業火を直撃しながら生きていたのは流石のシュリードも驚いた。
下級魔族でさえ瞬殺できる火力を受けながらも、生きている青年。
それによりシュリードは「本気でやるべき相手」と判定し、自身の最強魔法を撃ち放った。
だが、こんなのはありえない。
ありえては、ならないのだ。
「――――」
シュリードの目の前に広がる光景。
それは、ソウヤが『極熱業火』を吹き飛ばし巨剣を振りかぶるものだ。
たった一人の妖精が、上級魔族を相手取りさらに上回るなぞ聞いたことがない。
そう、“ありえるはずがない”のである。
“システム上、そこまで妖精は強くなれない”ことを――――は知っていた。
――――は嗤う、システムをも上回る彼の強さに。
そして、彼の今の姿に。
黄色がかった肌色だった肌が、今では白い純白に染めて。
漆黒に染まっていた髪は銀となり月明かりに煌めき、同じく漆黒だった瞳はまるでエメラルドのように美しい。
その姿に見定められたシュリードは、自身が死ぬと理解しながらもこう思わずにはいられなかった。
―『幻想騎士』のようだと。
「逝け、シュリード」
ソウヤの手から振るわれる巨剣に裂かれ、シュリードはその命を儚く散らす。
それを見た――――は肩を震わせながら空に手を動かすと、嗤う。
「…面白いもの、見せてもらったよ。ソウヤ君」
――シュリードを撃破しました――
――MVP・LAを獲得しました――
――同時に獲得したため、報酬として“業火魔法”を獲得しました――
――『幻想騎士』を獲得しました――
「『軍勢の期』が全滅したじゃと!?」
それから次の日の朝。
夜に放った偵察兵が返ってきたとともに、返ってきた言葉は予想外だった。
「我々が向かっていた森は焼け野原となり、『軍勢の期』もそれに焼かれ全滅していました」
―まさか、ソウヤ殿が一人で…全滅させたというのか?1万の魔物を?
王は、あまりに常識外の現実に瞳孔を大きく開ける。
だがすぐさま意識を取り戻すと、大事なことが聞けていないことに気が付いた。
「ソウヤ殿はどうした?まさか…」
「いえ。我らが隅々まで探しましたが、遺体どころか物1つ残っていないのです」
それはつまり、生きている確率が非常に少ない…ということを指す。
報告した偵察兵から現状をある程度聞くと、王は偵察兵を戻らせ大きくため息をついた。
重い空気の中、真っ先に口を開けたのはライトである。
「――王、心配なさらず」
「…ライトか」
ライトは軽く頭を下げると、口元を緩めた。
「アイツほど、生き残りそうな奴を僕は知りません。どうか気落ちのせぬよう」
「そう…だな。吉報を待とうかの」
「はっ、賢明かと」
そう言いながら、この中で最もその事実に驚いていたのはライトである。
―シュリードはプレイヤーの中でも精鋭中の精鋭をフルレイドで、ギリギリだったボスだ。良く倒せたな、というレベルじゃない。
最強を担うプレイヤーが64人集まって、3回目の『軍勢の期』を防いだ記憶がライトにはあった。
それで分かる通り、ライトは元αテスターである。
ゲームをこよなく愛するライトは、“FTW”にハマり最強のプレイヤーの一角を担っていたほどだった。
だからこそわかるのである、シュリードの強さを。
αテスト内でシュリードと相対するとき、まず必要なのは魔法攻撃に強い耐性を持つ装備と、魔法ダメージを軽減する土魔法だ。
それを揃えたうえで、HPが300を超えていなければまずあの火球で即死は確実なのである。
今でこそプレイヤーであるはずの妖精は、“特殊能力”を所有しているため、そこまでは余裕だろう。
だが、ゲームとは全く違うところが多すぎるのだ。
3人称が1人称になり、自分の思った通りに自分自身が動くしかなく、魔法もコンソールからの選択ではなく詠唱からの発動。
なにより、“命の重み”が出てしまったのが辛いところである。
これが現実となってしまった以上、今HPがゼロになったらそれは“死”を意味するのだ。
それが判断を鈍らせる。
だが、それをソウヤは超えてしまった。
―いくら能力が虎でも竜は倒せない…はずなんだけどね。
その現実を覆したソウヤに、ライトは苦笑するほかない。
だからこそ、“生きている”と確証することが出来るのだ。
―君は生きている。きっと、それは間違いない。きっと、君は――
ライトは笑う。
――主人公なんだから。だから、僕の親友が死ぬはずがないんだ。
「んぅ…」
暗い意識の中からソウヤを掬い上げたのは、額から伝う冷たい感触だった。
意識が未だはっきりしていないソウヤは小さく唸ると、その額の冷たさから逃れようと体を横へ向ける。
が、すぐさま体制を強制的に戻され額に冷たい感触が戻ってきた。
―…ん?
そこでやっと意識が覚醒し始めたソウヤは、不意に今までのことを思い出す。
―あぁ…そっか。俺、シュリードを倒して…意識を失ったのか。
倒したあと、意識が遠のきそうになるのを必死にこらえながら巨剣を片手剣に戻し、回復を行ったのが最後の記憶だ。
つまり、その直後に気を失ったのだろう。
―てことは、ここはどこだ…?
状況を把握しきれていないソウヤは、周囲を確認しようとようやく瞳を開ける。
そうして広がった景色は――
「んぁ…?」
――木でできた天井だった。
そこでやっと、ソウヤは自身がベッドで横になっていると把握する。
「ここ…は」
「あ、目が覚めましたか?」
呆然とソウヤが声を出すと、横から誰かの声がする。
綺麗なメッゾソプラノの声で、頭の中にすんなり通る声だ。
声を出したのが誰かを確認するために、ソウヤは体を起こすと額から水にぬれた雑巾が落ちる。
「あ、駄目ですよ。急に起きたら」
その声にソウヤは顔を向けて…見惚れた。
そこにいたのは、地の妖精であるグルフの女性。
見た目は16歳ほどで、灰色なのに不思議と輝いて見える髪と瞳をしている。
髪や瞳と同じ色をした犬のような耳に尻尾が生えて、ゆっくりと尻尾と左右に動かしているのを目が捉えた。
「どうか、されましたか?」
「い、いえ。えと、その…ありがとうございます」
現状を把握できていないソウヤだが、看病をしていてくれたのは間違いないのでとりあえず頭を下げる。
それを見た女性は優しげに微笑んだ。
「気にしないでください。離れた森が燃えているのを見て、確認に来たところ見つけただけですから」
「そういうわけにも…」
椅子に座っていた女性は立ち上がると、ソウヤに近づき手を差し伸べた。
「…?」
その意図がつかめず、ソウヤは困惑すると女性は変わらぬ笑みで――
「――ルリと言います。体の調子が戻るまでここで休んでいってくださいね」
そう言って自己紹介する。
“体の調子が戻る”と、すでに本調子と体が言っているソウヤはそれに疑問を持ちながらその手を握り返した。
「ソウヤです。えと、お世話になります…?」
そうして、ソウヤはルリと出会った。
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