魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ 外伝
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黒衣を狙いし紅の剣製 02
明くる日、俺はメンテナンスの終わった研究室に居た。
ストーカーのような存在が居るかもしれない状況ではあるが、仕事場で不審な視線を感じたことはない。今日もこれといって何も感じないのでとりあえずここは大丈夫だろう。
まあ……ここには警備の人間も居たりするわけだから、仮に俺に恨むがある人間が襲ってくるにしても別の場所を選ぶか。
感じた視線も複数ではなく単独だった。協力者がいるにしても組織と呼べるほどの数にはならないだろう。
考え過ぎなだけかもしれないが、日頃荒事に関わらないシュテル達や他の研究者を巻き込まずに済みそうなのは精神的に助かる。
「ショウさん、ふたりを連れてきましたよ」
そう言って部屋に入ってきたのは、今日一緒に仕事をする予定のユーリだ。彼女の手の上には2体のデバイスの姿がある。まあ俺や俺の周囲の人間は人と同じように扱うのでふたりと言い直させてもらうが。
「おはようございますマイスター」
今挨拶をしてきたのはユーリの右手に乗っているデバイスだ。
この子はファラをモデルに新しく作った人型フレーム採用のインテリジェントデバイス。名前はジャンヌと言う。
これまでと違って人と同じ名前にしているのは、どうせ愛称でしか呼ばないし、より人らしいデバイスを目指しているためこのような名前にしたのだ。
ファラの後継機なので彼女と同じで長い金髪をしている。瞳の色は青で性格は優しく真面目だ。戦闘時などに展開するバリアジャケットは白を基調としたものになっている。
このようになった理由としては、コンセプトのひとつには聖女が入っていたからだ。まあファラのようにだらしない性格にならないように願掛けをしたところもあったりするのだが。
マイスターという呼び方から分かると思うが、俺はジャンヌのマスターではない。
今後はファラに変わってデータ取りに協力してもらおうと思ってはいるが、所有者は俺が剣を教えている人物にしようと思っているのだ。俺がやれば汎用的なデータは取りやすいが、偏ったもの……つまり特化した分野のデータが取りにくい。そのための配慮でもある。
まあ……弟弟子というか愛弟子でもあるからプレゼント的な意味合いもなくはないのだが。
無論、このことに関してはユーリ達の了解も得ている。これまでに何度か顔を合わせたりしているからな。ただ最近会えていないし、ジャンヌもまだ調整段階なので伝えてはいないが、近いうちに報告しようとは思っている。
「今日は何をする予定なのだマスター」
次に話しかけてきたのは、左手に乗っていたもうひとりのデバイス。
この子はセイをモデルに作ったユニゾンデバイスだ。ジャンヌはファラと違う部分も多いが、この子の容姿に関しては大人の姿に変わる前のセイに瓜二つになっている。
唯一違う点があるとすれば瞳の色だ。セイは青色だがこの子は金色をしている。
この子の名前はアルトリア。
最初はセイグリッドオルタという名称だったのだが、元々これはコンセプトのような意味合いで付けられたものであり、またセイの希望とジャンヌと同時期の開発だったこともあって人らしい名前に変えたのだ。
ちなみに何故セイがかつての自分と似た姿にしてほしかったというと、なのはやヴィヴィオを見て思うところがあったからだろう。精神的に成熟したせいかこれを言うと否定するが、恥ずかしそうにするあたり間違いないと思う。
まあ……信念や考え方の部分はセイに似ているけど、口調とかは尊大な感じなわけだが。セイの別ベクトルの性格や性能にしようとした結果であり、また口が悪いのも人間らしいと言えば人間らしい。なので気にしている者はこれといっていない。
「アルトリアさん、まずは挨拶をするべきです。それにマイスターはアルトリアさんのマスターではないはず」
「ふん、確かにこいつは正式な私のマスターではない。だが私の元になったあやつのマスターであり、私を使う資格は有している。それに私のデータを取るのは現状ではほとんどこいつだ。ならば別にマスターと呼んでも問題はあるまい」
まあ俺はアルトリアのテストマスターなので言い分としては筋は通るし、俺としてもマスターでもマイスターでも好きに呼んでくれて構わないのだが。
ただアルトリアはセイとは違って俺以外にもユニゾンできる者は多い。試作型でもあるセイは俺のデータを元に作られたので汎用性に欠けるわけだが、次世代型を目指したアルトリアはそのへんがある程度改善されているのだ。
「そういう問題ではない気がするのですが。私達にとってマスターは代替わりや指示がなければひとりのはず。仮の使用者をマスターと呼ぶのはいかがなものかと」
「それは貴様の考えだろう。誰もが一緒の考えだと思うな。私は私の考えに基づいて行動する。貴様にとやかく言われる筋合いはない」
「まあ……それもそうですね」
相手の考えもすんなりと受け入れられるのはジャンヌの良いところだろう。まあ受け入れられない場合もあるのでそのときは激突してしまうが。真面目で素直、それでいて稼働時間が短いだけに抱いた疑問は全て口にしてしまいがちだし。
「ところで……ユーリはさっきから何を笑ってるんだ?」
「いえ……この子達を見てるとセイ達に似てるなって思いまして。まあアルトリアはセイと違ってショウさんのことを独り占めしたいタイプみたいですけど」
「な、何を言っておるのだ貴様は。べ、別に私はこやつを独り占めしたいとは思っておらん! って、えぇい何をする。頬を摺り寄せてくるな!」
「もう恥ずかしがちゃって。可愛いですねアルトリアは」
ユーリはアルトリアの製作者のひとりなので娘のように思う気持ちは分からなくもない。
しかし……今のような愛情表現はせめてアウトフレーム状態の時にしてやれと言いたい気持ちにもなる。普段の大きさで人間から一方的に頬摺りされるのはデバイスも困るだろうから。
まあこれといって何もするつもりはないのだが。
アルトリアが素直じゃないのは見ていて分かるし、今後もユーリと少なからず関わっていくのだ。それにあれはユーリなりのスキンシップであり、レヴィのように勢い良く抱き着いて来たりするわけではない。放っておいても問題はないだろう。
「……ジャンヌはしてもらわなくていいのか?」
「え……は、はい大丈夫です。褒められるようなことはしていませんし……それに私から見てもアルトリアさんは可愛いですから。何ていうか大きくなったあの子みたいで」
ジャンヌが言うあの子というのは、ジャンヌの妹に当たるデバイスのことだ。名前は現状だとオルタということになっている。
何故断定ではないかというと、会話といったことは出来るがまだ完全には完成していないからだ。なのでこの場にもいない。
見た目はジャンヌに酷似しているのだが、性格は真逆に近い。まあ人型デバイスのデータ取りも兼ねているため、あえてジャンヌとは反対の性格でやってみようということになった結果なのだが。
とはいえ、まだ自我を持って間もないため素直なところもある。今後どうなるかは分からないが……アルトリアとは違った性格になる気がする。
アルトリアは傍若無人といった感じの印象だが、あの子は……捻くれたアリサみたいな感じだろうか。
「……ん?」
ジャンヌと一緒にユーリ達を眺めていると通信が入ってきた。
それに出るとここの受付をしてくれている職員が映る。こっちの映像が見えた瞬間に表情が曇ったように見えるが……
『あっ……すみませんお取込み中でしたか?』
「いや別に……騒がしいのはユーリがデバイスと戯れてるからですよ。だから気にしないでください。それで要件は?」
『はい、それはですね……夜月さんにお会いしたいという方がいらっしゃってるのですが。レーネさんのお知り合いだそうで』
「義母さんの?」
義母さんの知り合いならば直接義母さんの元を訪れれば良い気がするが……まああの人は多忙だしな。
それに義母さんは仕事ばかりしているイメージではあるが、俺の母親になってからは別のことにも目を向けることも多くなった。まあ一般人よりは少ないのだが。
それだけに知り合いが全て仕事の関係者とは限らない。関係者だったとしても義母さんが自分の代わりに俺を勧めた可能性もある。手が離せない状況でもないし、会わないわけにはいかないだろう。
「分かりました。すぐにそっちに行きます……ユーリ、悪いけど少し席を外す」
「はい……あの」
「ん?」
「気を付けてくださいね」
ストーカーが居るかもしれないという発言をしてからなのだろうが、ここまで心配そうな顔をされると言わない方が良かったかもしれない。まあ今更言っても遅いのだが。
「大丈夫さ。集団が来ている雰囲気はないし、俺のことを狙うにしても警備の居るここよりも他で狙う方が自然だ。それに……俺はそんなにやわじゃないよ。だから心配するな」
そう言って頭を撫でてやると、ユーリは恥ずかしそうにしながらも笑顔になった。彼女は普段笑っていることが多いので、やはりこっちの方が似合う。
「む……その顔は何だか子ども扱いされてる気がします。ショウさんに撫でられるのは好きですけど、そういう風に撫でられるのは嫌です。もう私だって子供じゃないんですよ」
「そう怒るなよ。子供だとは思ってないから」
「本当ですか? ショウさんは私に対しては他の人より簡単に触れてくる気がするんですけど」
「まあお前やレヴィは昔から懐いてたというか距離が近かったからな。その名残だよ。触れるなって言うならやめるさ」
「それは……ダメです。その……スキンシップは大切ですから」
そこで別にいいですよって言えなかったり、ちょっと拗ねたような顔をするのが子供っぽいんだけどな。背丈は大きくなってもそのへんが変わらないから俺もつい撫でたりするんだろうけど。
「じゃあ行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい…………何か奥さんっぽかったです」
「口に出すならマスターに直接言ったらどうなのだ?」
「アアアアルトリア、聞いたんですか!?」
「抱かれている状態なのだから聞こえるのは当然だろう」
「アルトリアさん、いったい何の話をされているのですか?」
「な、何でもないですから。だからジャンヌも気にしないでください!」
部屋を出る瞬間に何やらユーリが騒いでいたみたいだが……まあユーリだから気にすることはないか。またアルトリア達と戯れてるんだろう。
そう完結させた俺は受付の方に向かう。
昨日もろくに仕事できなかったし、可能な限り早めに切り上げよう。あまり待たせるとユーリも拗ねるかもしれないし……さすがにこれはないか。シュテルやレヴィなら機嫌を悪くしていたかもしれないが、今日は別件で外に出てるし。
さて……義母さんの知り合いってのは誰なんだろうな。
「おや? やあショウくん、久しぶりだね」
受付近くの待合席を通りかかると、白衣を着た痩せ気味の男性が声を掛けてきた。年齢は義母さんと同じくらいか少し上に思われる。
義母さんほどではないが目には隈が出来ており、髪の毛もここ最近は切りに行ってないのか伸び切った感じがする。いかにも働き過ぎ一歩手前の技術者という風貌だ。
「えっと……」
「あぁーすまない。君と会ったのは物心もついてない頃だからね。知らないのも当然さ。私はグリード・ナハトモーント。君の親戚だよ」
「は、はぁ……」
親戚と言われてもこれまでに会ったことがないだけにピンとこない。義母さんもそのへんの話はしないし、俺が知っていた知り合いもリンディさんといった一部の人間だけだ。
ただこの人の目を見た限り、嘘を言っているようには見えない。
また俺が地球育ちなので父さん側の血筋に関してあまり知らないのも事実。義母さんに聞いたところで、昔のあの人はあまり人に興味を持っていなかったから聞くだけ無駄な気もするし。
まあ現状で敵意のようなものは感じないし変に疑うのはやめておこう。長年会おうとしなかった親戚が急に顔を出したのだとしても。
「どうも夜月翔です。今日はいったいどういうご用件で?」
「あー大した用件じゃないんだよ。長年研究ばかりしていたわけだが、数年前から君のことをちょくちょくテレビで見るようになってね。うちの娘も君に会ってみたいっと言っていたから今日訪ねてみたんだよ。いきなりは申し訳ないと思ったのだが、あいにくなかなか都合がつかない日が多いものでね」
理由としては納得出来るものではある。
研究者は自分の研究がゴールを迎えないことには報われるものではないし、研究内容によっては数年も結果が出ないこともざらだ。根っからの研究者なら今こうして話している時間さえも勿体ないと感じてもおかしくない。
「さて……おや? まったく……自分が会いたいと言っておきながら。おーいクロエ、こっちに来なさい。ショウくんが来てくれたよ」
グリードさんが声を掛けた先には、ヴィヴィオと同じくらいの女の子の姿があった。義母さんと同じ年代の人の娘にしては若い。まあなかなか子宝に恵まれない人も居るのもいるわけだが。
しかし、こちらに近づいてくる少女の肌は褐色で髪はピンクが混じった白色。髪色はグリードさんも義母さんに似て銀色っぽいのでそこまでおかしくはないが……母親が褐色の肌の持ち主なのだろうか。顔立ちもグリードさんに似ているようには思えないし。
「ほんとに来てくれたんだ。パパって研究ばっかりしてる人じゃなくて結構凄い人だったのね」
「そういうことは言わなくていい。それより……ちゃんと挨拶しなさい」
「はーい。どうもはじめまして、クロエ・F・ナハトモーントです。よろしくね、お兄ちゃん♪」
お……お兄ちゃん?
まあ確かに俺のこの子の年齢差はなのはとヴィヴィオのようなものだ。一回りくらいの年齢差なら兄として扱われるのはおかしくない。話が本当なら俺とこの子は親戚なわけだし、それがなくても年下の子がお兄ちゃんと呼ぶのはおかしいことではないのだから。
それに……おじさんだとか言われるよりはマシだ。呼ばれ慣れない呼び方だから少し恥ずかしさもありはするけど。
「あぁよろしくクロエ」
「ク・ロ」
「ん?」
「お兄ちゃんにはクロって呼んでほしいな。お兄ちゃんとは仲良くなりたいし、将来的に色々とあるかもしれないから」
色々……確かに可能性の話をするならば適した言葉ではある。
だが……どうしてだろう。ヴィヴィオと変わらない年代のはずなのに言葉に妙な色気を感じるのだが。最近で言うところの小悪魔系なのだろうか。だとすると同年代の男子達は大変な目に遭うかもしれない。
しかし……一瞬この子から不穏な視線を感じたのは俺の気のせいか?
口調こそフレンドリーというか気さくな感じではあるが礼儀は弁えているように思える。それ故に本当は緊張しているのを隠しているだけかもしれない。これくらいの年代の子が初対面の大人と会話するのに緊張感を覚えるのは無理のない話なのだから。
まあ……いたずらをしてくる気配もないし、深く考える必要はないか。下手に警戒して余計な荒事を招く方が愚の骨頂だし。
「あまり気にしないでくれ。この子も私に似たのかデバイスに興味を持っていてね。将来は君のようにデバイスを開発したりしたいと思っているんだ。さっきのも一緒に仕事をしたいとかそういう意味だと思う」
「もうパパ、こういうのは秘密にしておくから良いことなのに。まったく女心が分かってないんだから」
「仲良いんですね」
「まあね。今はこの子だけが私の家族だから……」
そう言ってグリードさんはクロの頭を撫でる。
ただその姿が演技じみているというか……ぎこちなく見えるのは俺の気のせいなのか。クロの顔も微妙な感じに見えなくもないし。
ただ……単純に普段撫でたりしていないからかもしれない。また女の子は早熟だ。故にクロがそういうことを嫌がってもおかしくない。まあ今日会ったばかりの親子の関係にどうこう言うのはおこがましい。気にしないでおくことにしよう。
「……っと、そういえば仕事の途中だったね。あまり長居するのも悪いし、今日はこのへんで失礼するよ」
「えーもう帰っちゃうの? もっとお兄ちゃんと話したいのにー」
「我が侭を言うんじゃない。今日はアポなしで来ているんだから。また今度連れてきてあげるよ」
グリードさんは立ち上がると、意識をクロから俺の方へと移す。
「と言ったものの……見学とか構わないかい? この子をダシに使うような言い回しだったが、私も技術者の端くれだからね。最新技術に興味があるんだ」
「まあ……きちんとアポを取ってもらえれば構いませんよ。俺のやっているものは秘匿するより広げていきたいものですから」
人型フレームを使ったデバイスなんて扱ってるのは俺を含めても身近な技術者ばかりだからな。
父さんの想いや俺達の願いが叶うためにも多くの人に知ってもらいたい。そのためには興味を持ってくれた人間を無下に扱うのは間違いだろう。
「……そうか。……ではまた今度。行くよクロエ」
「はーい……じゃあねお兄ちゃん♪」
クロはグリードさんに連れられる形でこちらに笑顔で手を振りながら去って行く。
最後また不穏な空気を感じたような気がしたが……もしかしてあの人は過去にうちの家と何かあったのだろうか。
父さんはともかく……義母さんは数々の結果を残してきた人だからな。同業者の中に恨みや妬みを持つ人間が居てもおかしくはない。
「やれやれ……義母さんへの当てつけで絡まれたりしなければいいんだが」
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