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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第二十八話 少女たちの決意 後編

 私、高町 なのはが『魔法』に出会ったあの日、私は小伊坂君に出会った。

 あの日から私は小伊坂君の戦いを、一番側で見ることができる立場になって、魔法初心者の私にとっての彼が『魔法』の基準だった。

 他の魔導師がどのくらい強いのかは分からないけど、小伊坂君は一番強い人だって思ってる。

 自分の実家が道場で、そこで修行してるお兄ちゃん達だって十分強いから、簡単に一番なんて言っていいとは思わないようにしてきたけど、ずっと側で見ていたから、比べてしまった。 

 それに雪鳴さんや柚那ちゃんを見てても、二人は小伊坂君を凄く尊敬してたから、小伊坂君の強さは確信に変わっていた。

 だからなんとなく、小伊坂君は誰にも負けないって思ってた。

 ――――小伊坂君が負けた。

 それを聞いた時、なにかの間違いだと思った。

 学校で見る小伊坂君はいたって普通の生徒で、銀髪だったり背が高いってことを抜いたら目立つ人じゃないけど、魔導師としての小伊坂君は最強無敵の代名詞になっていたからこそ、小伊坂君の敗北に恐怖に似た感覚が襲った。

 私だけじゃない。

 雪鳴さんや柚那ちゃんだって、小伊坂君が負けたことを認めたくないって気持ちがあるんだと思う。

 だって病室に向かい廊下の細い道を駆ける時、二人の顔は真っ青で、目から涙が零れそうになっていたから。

 
 病室の入口が自動ドアだったのが少し腹ただしいなんて思うほど、自動で開くその時間が長く感じた。

 ドアが開ききると、病室内から消毒液から出る独特の匂いがした。

 それに嫌悪感を覚えながら、私たちは病室に足を踏み入れる。

 広い病室の奥は真っ白いカーテンで仕切られていて、ケイジさんは傍の壁に背を預けた姿勢で待っていた。

「早かったな」

 私たちの心情とは正反対に、ケイジさんは落ち着いた声質だった。

 だけど私たちにはそんな余裕がなくて、ついつい声を荒らげてしまう。

「小伊坂君は大丈夫なんですか!?」

「黒鐘を倒したことも気になるけど、彼のことが最優先」

「お兄ちゃんはそこにいるんでしょ!?」

 それは柚那ちゃんが小伊坂君のことをお兄ちゃんって呼んでしまうほどに、私たちは落ち着きを失っていた。

 その姿に気圧されたのか、ケイジさんは頭を軽く下げて謝罪を示し、白い布に手をかけてカーテンを引いた。

 白いベッドに白い毛布を見るのは、凄く久しぶりだった。

 お父さんが事故で長いあいだ入院していたこと、お父さんも同じベッドと毛布で眠っていた。

 あの時の光景がリフレインするくらい、そこで眠っている彼は安らかに、でもどこか苦しそうに眠っていた。

 血を無くしたんじゃないかなってくらいに顔や、毛布から出ていた両手は真っ白で、唇だけがほんの僅かに桜色っぽくて、それが青かったらと思うと怖くて震えてしまいそうになる。

 水色一色の生地が薄い服の小伊坂君を見ると、彼が病人なんだってことを思い知らされる。

 ベッド脇に置かれている数種類の電子機器と、一本の点滴。

 電子機器と点滴から伸びる線が、私たちを守ってくれた小伊坂君の力強い腕に数箇所くっついて、電子機器から流れる一定リズムの電子音が彼の命をつないでいる。

 私は実際にこの電子機器の音が激しく不規則なリズムで流れた瞬間に立ち会ったことがあったけど、その時はお医者さんの人やナースさん達が慌ただしく動き回っていたのを覚えてる。

 それに比べて今、この場にお医者さんもナースさんもいないってことは――――、

「顔色は悪ぃが命に別条はない。 いつ目ぇ覚ますかはまだ分からねぇが、少なくとも死んだり植物状態になったりはしねぇらしいから安心しろい」

 私が思っていた答えを確信に変えてくれたケイジさんの言葉に、私たちは安堵の息を漏らした。

 それと同時に気が抜けたのか、膝が震えて立っていることができず、お尻から倒れそうになる。

「っと、間に合ってよかったな」

 私の体は床に倒れることはなく、落ちる直前にケイジさんがパイプ椅子を伸ばしてそこに座る形で受け止めてくれた。

「あ、ありがとうございます」

「疲れが出てきたんだろ? お嬢ちゃん達は座っとけ」

 そう言ってケイジさんは雪鳴さんと柚那ちゃんに、私と同じ椅子を渡して、二人はそこに座る。

 ここまで走ってきた身体を落ち着かせると、それを待っていたケイジさんが再び壁に背を預け、右手を胸ポケットに突っ込むが、何かを思い出したように手を抜いた。

 お店のお手伝いをしていたから、ケイジさんの自然な動作が何を目的にしているのか分かり、残念そうにため息を吐いてしまう様子に苦笑してしまう。

「ま、タバコは後にしてっと……んじゃ、坊主のことだが――――」

 ケイジさんは私たちがリンディさんのもとで話をしていた間のできごとを語りだした。

 小伊坂君がケイジさんと戦った訳。

 ジュエルシードの捜査を認めさせるためにケイジさんを挑発し、勝つことで捜査資格を得ようとしたこと。

 だけど勝てずに負けて、今に至る。

「魔法攻撃のみだっただけに外傷はねぇ……が、身体の中がな」

「悪いんですか?」

 私の問いにケイジさんは、まるでタバコでも吸ってたかのようなため息を吐いて頷く。

「骨は折れちゃいねぇし、臓器のどっかが壊れてるわけでもねぇ。 ……が、筋肉や血管がボロボロになってやがった。 あともうちょいで全部ズタズタになるところだったんだから笑えねぇ」

 空気が凍りついた気がした。

 私たちはケイジさんの言葉を聞いて、言葉を失った。

 目に見えない深い傷が、小伊坂君の身体に刻まれていたと私は……ううん、ここにいるケイジさん以外のみんなが初めて知った。

 驚いて、言葉を失って、混乱して、どう納得すればいいのか分からなくて。

 そんな中、いち早く冷静になって声を発したのは雪鳴さんだった。

「……黒鐘は海鳴に長期休養で来たと言ってた。 もしかして?」

「坊主は五年くれぇ前からずっと働いてきた。 仕事内容は、魔導師犯罪者の捜査及び逮捕と、要人警護だ」

「それ、執務官の仕事のはず」

「俺やクロ坊が執務官で、その補佐をやらせてたんだがな……」

「黒鐘は補佐で納得するほど、被害者に対して冷静じゃいられなかった」

「正解。 俺やクロ坊以上にマジになって事件に立ち向かった。 結果、坊主のおかげで逮捕できた犯罪者、坊主のおかげで守りきれた要人は数知れず。 ま、役に立つ存在ではあったな」

 雪鳴さんの問いに答えながら、ケイジさんは小伊坂君の今までを語る。

 それはどこか自慢げで……だけど呆れていて、馬鹿にしたような口調なのはきっと、今こうして倒れてしまうほどの無茶を、今まで積み重ねてきたからなんだと思う。

 そう思えるくらいに落ち着いた私は、私が知らない小伊坂君のことを質問する。

「あの、小伊坂君について、教えてくれませんか?」

「質問が大雑把で分かんねぇな。 どの辺が知りたいんだ?」

「全部……って、それも大雑把ですね。 小伊坂君の過去……なんで小伊坂君が管理局で働いているのかとか、小伊坂君が一人暮らしなのかとか」

 それは今までずっと気になってて、だけど聞かずに……聞けずにいたこと。

 小伊坂君が雪鳴さん達に話して私に話さなかったのが私を思いやってのことなのは分かってる。

 短い間だけどずっと側にいて、小伊坂君がそういう人だって知ることができたから。

 だけど、それでも、気を使ってくれたところ申し訳ないけど、私は知りたい。

 それが彼にとって知られたくなくて、隠し続けたいことだったとしても、知りたかった。

「小伊坂君がどうして今、魔導師として頑張ってるのか。 それを知りたいんです」

 初めて小伊坂君に出会ったあの日、私は海岸で叫んで、泣いていた。

 恵まれてるはずのなのに、何かが足りない自分。

 満たされてるはずなのに、何かを望んでしょうがない自分。

 それが苦しくて、辛くて……。

 でも、それをどうにもできなくて、悶え苦しんでいたあの時、小伊坂君は私の瞳を覗き込んで、その奥にある心を見つめていたような気がする。

 それと同じように、私も彼の瞳を見つめていた。

 初対面っていう緊張感とか、至近距離だった恥ずかしさよりも、彼の瞳があまりにも冷たかったことに驚いた。

 私が今まで出会ってきた人の中で、あんなにも冷たい目をする人がいるなんて思わなくて、何があったのか気になったのは、思えばあの時からだった気がする。

 この人に何があったんだろうって。

 知りたいと思って、彼と知り合って、彼を知れば知るほど、より知りたくなっていた。

 気づけば小伊坂君のことばかり考えていて、彼の姿ばかりを目で追いかけていた。

 そんな彼の側にいたいって、そう思うようになった。

 知りたい。

 優しい彼が、なんでそんなにも優しいのか。

 強い彼が、なんでそんなにも強いのか。

「……坊主が話さなかった意味が分かってて、それでも知りてぇんだな?」

「はい!」

 力強い意思を声に乗せて発すると、雪鳴さんと柚那さんが小さく微笑んでこちらを見つめてきた。

 それは嬉しそうで、安堵したような、そんな優しさに満ちた表情だった。

 そして二人は互いを見合って頷き合い、雪鳴さんが口を開いた。

「黒鐘には、黒鐘を想ってくれる人が一人でも多く必要。 でも、それは誰でもいいとは思わない」

 雪鳴さんの言葉を引き継ぐように、柚那ちゃんが口を開く。

「高町さんのように、お兄ちゃんに深く踏み込む覚悟がある人が必要なの。 そんな高町さんには、お兄ちゃんのことを知ってほしい。 知った上で、これからも側にいて欲しいの」

「雪鳴さん、柚那さん……」

 小伊坂君を思いやる二人の言葉を聞いて、私は一つの疑問が解消した。

 なんで二人が私のことを優しい表情で見つめていたのか。

 二人は小伊坂君のことを、家族と同じくらいに大切に想っているんだ。

 あれは友達とか親友とか、幼馴染み以上の――――家族の表情だったんだ。

 それが分かると、なぜだか胸が熱くなる。

 家族同然の人から認めてもらえた、必要とされた。

 それがどうしようもなく嬉しくかった。

 ずっと、自分に何ができるのか悩んで、迷ってきた私が初めて認めてもらえた。

 それが嬉しくてしょうがなくて、涙が溢れそうになる。

 でも、まだ泣いちゃだめだ。

 まだ私は、何も出来てない。

 泣くのは全部終わってからだ。

 そう気を引き締めた私は、雪鳴さんと柚那さんと共にケイジさんの方を向く。

「小伊坂君のこと、教えてください」

 深々と頭を下げてお願いすると、雪鳴さんと柚那ちゃんも同じくらい深く頭を下げてくれた。

「……ったく」

 ケイジさんから漏れたのは、呆れ混じりのため息。

 だけどそれは決して嫌悪感が混じったものじゃない気がした。

 むしろ嬉しい感情に困っているような感じがした。

「ん~じゃま、坊主のことを坊主の許可なしでチクるとすっかな」

 その言葉に私たちは顔上げ、感謝を込めて、ありがとうと伝えた。

 ケイジさんは目をそらし、照れくさそうに後頭部を掻く。

「坊主が嬢ちゃん達みたいな人に恵まれて嬉しいのは俺ら大人連中だって同じだ。 とはいえ、俺ら大人がガキの出来事に首を突っ込んでも解決なんてしねぇ。 同世代のガキ共同士が分かち合って、支えあってくれなきゃならねぇ」

 『だから、まぁ……』と、照れくさそうに、だけど凄く真剣な様子でケイジさんは言葉を紡ぐ。

「嬢ちゃん達は坊主のことを知ってくれ。 そんで、――――助けてやってくれ」

「「「はいッ!」」」

 私たちは力強く頷いて、改めて誓った。

 小伊坂君の力になるんだって。 
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