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IS―インフィニット・ストラトス 最強に魅せられた少女Re.

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第五話 『限界』の否定

「凄ぇ………。」

モニターに映る戦闘の様子に、一夏はただそれしか言えなくなっていた。何が凄いのかも良く分かっていない。少なくとも、自分が真似できる事では無い事は確信していた。

「なぁ……千冬姉、」

バシィィン

「織斑先生、だ。で、何だ?」

「痛っ……いや、最後一体何が起こったんだ………ですか?」

セシリアのミサイルが直撃だったのは一夏にも分かった。しかし、楓がいたのはセシリアの真後ろ。移動した様にも見えなかった。

「恐らく試作型の量子転送システムだろう。確か神宮司のISに搭載されていた……と、言うより神宮司はそのシステムへの適正を買われてISを手にしたからな。」

「りょ……りょーしてんそー?」

「……はぁ。まあいい。神宮司も調整があるだろうから次の試合までに時間がある。一から解説してやるから頭に叩き込め。」

そう言うと千冬はモニターを操作し、玉鋼をアップで映す。

「神宮司のISは燃費をある程度犠牲にしてその分を火力と機動力に回した超攻撃特化型の機体だ。この特性は発展機である白式にも受け継がれている。」

玉鋼の公開スペックを見てもそれは明らかだ。追加装備を施さずに高機動パッケージ並みの機動性を発揮し、長刀《彩葉》の斬撃は強力の一言に尽きる。

「さらに玉鋼の場合、減衰型AEWを積んでいる為に防御力も申し分無い。」

「ハイ先生!」

「……何だ?」

「えーいーだぶるって何ですか?」

「……Anti Energy Weaponの略称だ。全IS兵装の中で真っ先に発展していったジャンルだと私の授業で説明した筈だが?」

地雷を踏んだ事を悟る一夏。出席簿の一撃を覚悟するが……

「……まあいい、今は時間が惜しい。」

助かった、と胸を撫で下ろす一夏。しかし、

「だが後で追加の課題を出す。職員室まで取りに来い。」

「……………。」

「返事は?」

「は…ハイ。」

終わった。心の中で一夏は静かに嘆いた。

「………続けるぞ。序盤神宮司が優位に試合を進めたのはこのAEWの為だ。オルコットのブルーティアーズには実弾兵装が少ないからな。」

映像を回しつつ、解説を進める千冬。場面は、楓がゴリ押しでブルーティアーズに接敵する所だ。

「……この時点で本来なら神宮司の勝ちだ。相手が並みの搭乗者ならな。だが、オルコットも代表候補生だ。直ぐにBTビットを展開し、包囲飽和射撃と一点集中の併せ技をやってみせた。」

映像は蒼いレーザーの集中砲火に追い立てられる玉鋼に切り替わる。

「ここで主導権はオルコットに移ったかに見えたが……織斑、お前は神宮司の訓練を受けた、と言っていたな。」

「え?お、おう。」

「その時、弾幕回避の訓練をやっただろう。」

千冬の言葉に一夏はあのトラウマを思い出して顔を蒼くする。

「……どんな事があったかは想像出来るが、あれはお前に配慮したマイルド仕様だ。」

「え?」

「神宮司はアレの倍の量を20分間、無傷でこなす。」

「んなっ!?」

桁が違う。

「ここでも、その訓練の成果が出てるな。最小限の動きで攻撃を躱しつつ短時間でオルコットの射撃パターンを見切っている。瞬時加速のタイミングも直前まで気取られていない。」

再接近を許したセシリアは一つずつ反撃の手段を潰されていく。

「格好いいよな、アレ。便利そうだし。」

エネルギー刃を飛ばす彩葉を指して一夏が言う。それに答えたのは千冬ではなく、隣で聞いていた箒だった。

「いや……アレは見た目程簡単ではないぞ。」

「そうなのか?」

「斬撃の延長……と言ってしまえば単純だがISは互いに高速で動いている。その状態でセンサーリンクも無しに感覚だけで遠距離攻撃を当てるんだ。簡単な訳があるか。」

千冬が具体的な解説でそれを補完する。ISでさえ難しいのだ。より小さいビットに当てるのは至難と言っていいだろう。

「オルコットも只では終わらないな、残り少ない攻撃手段を囮として使う思い切りの良さは流石候補生といったところか。」

あの状況では普通温存に思考が向かうものだ。それを振り切って一つ残ったビットを囮に距離を稼いだ。その結果セシリアは決定的なチャンスを得る事となる。

「あのミサイルビットがまともに決まれば勝敗はまだ分からなかっただろうな。」

「決まればって……え?あれ、食らって無いのか?」

「ここで最初に話した【量子転送システム】が出てくる。」

ここで千冬はモニターを切り換える。映し出されたのは何処かの実験室の様な部屋。何かの機械に繋がれた二つのガラスケース。片側にはネズミが入れられている。

そのネズミが一瞬蒼く光ったかと思えば次の瞬間、空だったもう一つのケースの中にいた。

「……瞬間移動?」

「それに近い。ISの量子変換技術を応用し、機体をパイロットごと一度量子化し、離れた地点で再構築する……それが神宮司のISに搭載された試作兵装【玉響(たまゆら)】だ。」

「え……それってもう最強なんじゃ……」

「そうでもない。……まあ、対策は自分で考えろ。そろそろ時間だ。」

肝心な所は教えない千冬。弟贔屓ばかりする訳にもいかないのだ。

「っと、いけね。……ハァ…。」

「……どうした?」

「いや、あんな天才と戦わなきゃいけないのかって思ってさ……」

弱気を見せる一夏。彼は実質これが初の戦闘なのだ、無理も無いだろう。

「一夏!始まる前からそんな弱気でどうする!例え天才だろうが何だろうが同じ人間だぞ!」

発破をかける箒。物は違えど勝負の世界で生きてきた彼女にとっては試合前に諦めるなど論外なのだろう。

「そうだな……箒、」

「な、なんだ?」

「勝ってくる。」

「そ、そうか!応援しているぞ!」

ピットに向かう一夏。それを見送りながら千冬は一人呟いた。

「天才、か………神宮司をそう捉えている内は勝ち目は無いぞ、一夏。」










Sight 楓

第3アリーナ Bピット

「………完敗ですわ。」

オルコットさんをピットまで送り届けたはいいのですが………え、貴女そんなにしおらしい表情できたのですか?

「相手の力量も分からず無根拠に勝てる等と……驕りも甚だしいですわね。」

何故そんな素直なのですか……すみません完全に想定外です……憎まれ口の一つや二つ叩かれると思ってたのですけどね。

「……正直、もう少し楽に勝てると思ったのですが……驕っていた、と言うのなら私もです。」

まさか、玉響を“使わされる”とは……能動的に使うのと使わざるをえない様に追い込まれるのとでは意味が違います。

師範にも敵を侮るなと散々言われておいてこのザマです……私もまだまだ未熟ですね。

「……取り消しますわね?貴女や日本を侮辱したこと。」

「……分かればいいんです、分かってくれれば。」

ホント……何故こんなにすんなりと……調子狂いますね。

「……私こそ、熱くなって言い過ぎました。訂正します。」

全く……こんな筈では無かったのですが。でもまあ、不思議と悪い気分ではありません。

「……試合が終わったら、ゆっくりお話しませんか?」

「……魅力的な提案ですわね。紅茶を用意して待ってますわ。」

「なら、お茶請けは私が用意しますね?」

二人で顔を見合わせ、笑う。

「そのためにも、早めに試合を終わらせて下さいまし。男なんかに………いえ、こういう侮りに足元を掬われるのでしたね。」

「ええ、油断はしません。………全力で、叩き潰しに行きます。」

…………さて、織斑さん。覚悟だけは決めてきて下さいね?










Sight 3rd

「神宮司さん、やっぱり強いんだな。」

「………?ありがとうございます。」

純白の装甲を纏う一夏と、漆黒の装甲を纏う楓。両者が並ぶと、白と黒の対比が空に映える。

どちらの手にも、まだ得物は握られていない。

「甘くないって言葉の意味を実感したよ。でも、だからこそ全力でやるぜ。だから……全力で来てくれ。」

「……愚問ですね。私、手は抜けない質なので。」

楓から発せられるプレッシャーが一回り強くなる。並みの人物なら気圧されてしまう程だ。一夏も若干体を固くするが、踏み留まる。

「……凄い圧だな、やっぱり天才は違うって事か。」

一夏が独り言のつもりで呟いたその一言はしかし、玉鋼のハイパーセンサーが捉え、あやまたず楓に伝えていた。

「天才……私はそんな大層な者ではありませんよ。………私に、あなたの欠片程の才能があれば、『こう』はなってはいなかったでしょう。」

シグナルが赤く点灯する。互いに武装ーーーーそれぞれの刀を展開、一夏は中段に構え、楓は全身の力を抜いたままだらりと下げている。

そして、シグナルが青に変わった瞬間だった。

「え?」

「ハアアァァァ!!」

開始と同時に正面から突っ込む楓。彩葉を上段に据え、唐竹割りに斬りかかる。

「どわっ!?」

開始直後の奇襲に一夏は対応出来ず、ギリギリ刀を間に滑り込ませるも、機体ごと地面に向けて弾き飛ばされた。

本来、格下相手に使う手では無いが、本気の楓は格下だろうが素人だろうが区別しない。

「クッ、この……!」

地面スレスレで体勢を立て直し、楓に意識を向け直すが既にいない。

「ハッ!」

「うわっ!?」

玉響で先回りしていた楓が再度彩葉を振るう。先程の様な大振りの一閃ではない。鋭く、速く、飛び散る火花の様に苛烈な連撃だ。

しかし、驚くべきは一夏。追い込まれつつも、不恰好ながら全て防いでいる。

(思っていたより剣の腕が戻っている……?いえ、篠ノ之さんの動きとはまるで違う。)

一夏に篠ノ之流剣術の動きが戻った訳ではない。感覚だけでその場で対応しているのだ。

(……才能では及ぶべくもないと思ってましたが、剣でも同じ、ですか。)

楓にとって、一夏の有り余る才能に嫉妬しないのか?と問われれば答えは否だ。才能を生かし、訓練・試合問わず急速に成長する一夏の姿は羨ましく、また妬ましくもあった。

しかし、では才能が欲しいか?と問われれば楓の出す答えはこれも否だ。楓にとって才能と言う名の【壁】は何時だって越えるべき対象で、或いは、不倶戴天の敵と呼んでも差し支えない程、彼女は才能による限界を否定し続けて来た。

膨大な経験値に裏打ちされた分析力や行動予測はもはや、予測を越え、予知の領域に片足を踏み入れている。

鍛え上げた反応速度は銃弾を見切るレベルに達し、磨き上げた空間把握はハイパーセンサーとの併用で彼女から死角を無くした。

研ぎ澄ました剣技は才能の壁にすら刃を突き立て、破らんばかりの腕前を誇る。

才能が無いから出来ない。誰もが絶望し、立ち尽くすその壁を無謀にも乗り越え、破り、また崩す。楓の半生は、その積み重ねだった。

故に、楓は止まらない。才能等という、最初からあったものの差では諦めない。

「くそッ!」

一方の一夏も、現状の維持が精一杯であり、突破口が見当たらない事に悪態をついていた。白式に装備された“切り札”の事は千冬に聞かされていたが、発動する隙もない。

と、ここで楓の動きが変わる。

突然楓が後ろ向きに加速し、両者の距離が開いた。

(よく分からないけど、チャンス!)

追撃を掛けようと前に乗り出す一夏。その目の前で楓が消えた。

「!?しまっ……」

「セェェェイ!!」

再び転移で背後に回り込んだ楓。空振りを食らった一夏にその一閃を防ぐ手立てはない。しかし、追撃姿勢を取っていた事が一夏を救った。

一夏は構わず突進を強行。楓の刃が振り下ろされるより速く、白式の機動性にものを言わせて離脱する。

勿論楓もただ避けられただけでは済まさない。エネルギー刃が射出され、ウィングスラスターが片方喪失、推力バランスが崩れた白式は錐揉み状態となり、元々高度も低かった為にアリーナの底に墜落する。

楓が追撃のエネルギー刃を放つ。が、その時一夏は白式の切り札を発動させた。

右手に持った長刀【雪片弐型】の刀身が展開し、中から純白のエネルギー刃が姿を晒す。

それが何なのか、楓は知っていた。自分のたった一人の憧れの技だから。

「【零落白夜】!!うおおおお!!」

白い刃に飲み込まれた紅い三日月は掻き消えたように消滅する。エネルギー性質の物はそれが何であれ消滅させる、究極のAEW。唯一仕様(ワンオフアビリティー)【零落白夜】。絶対の威力を秘めた白の極光が唸りを挙げる。

「なるほど……それが切り札ですか。」

「ああ、俺は最高の姉さんを持ったよ。」

「それには同感です。ですが……」

楓はそこで言葉を切り、彩葉を一振りする。緋色のエネルギーが迸り、刀身を血の色に染め上げる。ーーーー最大出力【彩葉・落葉ノ型】。連続起動可能時間は僅か30秒。その後冷却の為に一時使用不能になる、文字通りの一撃必殺だ。

その威力は先の戦闘が示した通り、並みのIS用近接ブレードや、果てはシールドすら両断し、防御の上からダメージを与える。

白と緋のエネルギーの奔流が、解放の時を待ちかねてうねり狂う。

「………あなたが私に勝てるかとは、別問題です。」

「ああ、そうだなーーーー」

「ええ、ですからーーーー」

「「この一撃で決着を着ける!!!」」

玉鋼のスラスターが点火。対する白式はクロスカウンターで迎え撃つ構え。スラスターが死んだ現状からも、零落白夜の性質からもそれがベストだ。

瞬時加速。玉鋼の速度が増し、隕石の如き運動エネルギーを秘めて突進する。そしてーーーー消える。

(楓の転移は二回とも反応が一番遅い部分、死角を衝いてきた。)

ISのハイパーセンサーは基本360°全て見えている。が、それを処理するのは人である以上、どうしたって前方120°以外の反応はワンテンポ遅れる。

(だから、今回も!)

そう思って背後へと意識を集中する一夏。が……

「……まんまと引っ掛かってくれましたね。」

楓が姿を現したのは一夏の眼前。わざわざ二回も転移してみせた、それも背後に回り込んだのは初歩的なミスリード、誘導の為だ。

代表候補生クラスならまず掛からないであろう罠。しかし、戦闘を知らない一夏には読めなかった。

そして、玉鋼の量子転送は『転送直前の運動エネルギーを保存する。』という特性を持っている。

「終わりです。」

凄まじい轟音と共に、深紅の尾を引く漆黒の流星が、白銀の騎士を撃ち抜いた。 
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