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FAIRY TAIL ―Memory Jewel―

作者:紺碧の海
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妖精たちの○○な日常 vol.1
  S t o r y 1 3 地底の研究室

 
前書き
読者の皆様こんにちは~♪紺碧の海です!

さてさて今回は、雨の降る夜大怪我を負った謎の青年を匿ったナツ達。この青年はいったい何者なのか!?何かが起こる予感がする!?

それではStory13・・・スタート♪ 

 
妖精の尻尾(フェアリーテイル)

青年の怪我が相当酷いものだったのか、ウェンディとミラはあれから医務室から出て来ない。その間にも雨の降る勢いは増し、ゴロゴロと雷の音まで聞こえてくる。
ただでさえ雨が降っているせいでギルド内の空気はどこか沈んでいるのに、あんなことがあってせいで魔導士達は更に暗く沈んでいた。

「あの人……大丈夫、かな………?」
「血、いっぱい出てたもんね……。」

エメラとハッピーが医務室の方に視線を移しながら重たい口を開いた。

「そんなに心配するな。ウェンディとミラがついているから、きっと大丈夫だ。」
「エルザの言うとおりよ。きっともうすぐ、ウェンディとミラさんも出て来るわよ。」

エメラとハッピーを励ますように同じテーブルに座っていたエルザとルーシィは言ったが、医務室に向ける2人の視線もやっぱりどこか不安げだった。

「にしても、アイツを追いかけて全身真っ黒の連中が気になるな。」
「アイツ、何で追われてたんだ?」

グレイが腕を組みながら、イブキが頭の後ろで手を組みながら言った。その場にいた全員が首を傾げたり腕を組んだりしたが、2人の問いの答えを口にする者はこの中にはいなかった。

「……まだ断定することは出来ねェけど、唯一考えられるとしたら―――」
「闇ギルド、って事かな。」

アオイとコテツの言葉を聞いて黙り込む。

「それってつまり、命を狙われているってことかよ……?」
「ちょっとイブキ!」
「その可能性が一番高いな。」
「エルザまで!」
「仮にそうだとしてもそうじゃなくても、危機的状況ということは確かだな。」

イブキとエルザの物騒な物言いにルーシィは困惑したように声を上げ、ため息と共にグレイが呟いた。再び重い空気が流れる。

「とにかく、詳しい事はあの男が目を覚ましてから聞きましょ。」
「イブキ達が言ったことが本当だったとしてもそうじゃなかったとしても、私達があの人を守ればいいしね。」

場を取り繕うように言ったシャルルとエメラの言葉に皆が大きく頷いた。
そして、最初に異変に気づいたのはハッピーだった。

「……あれぇ?」
「どうしたのハッピー?」

キョロキョロと辺りを見回し、ギルド内を飛び交い始めたハッピーを見てルーシィが問うと、

「ナ、ナツが……ナツがいないよ!」
「えぇっ!?」
「そう言われれば、さっきから異様に静かだったな。」

ハッピーの言葉にルーシィが驚嘆の声を上げ、グレイが思い出したかのように言う。

「静かといえば、いつも静かすぎるバンリもいねぇぞ?」
「えっ!てっきり僕達の後ろでまた本を読みながら話を聞いているかと思ってたのに!」
「ナツー!バンリー!」

グレイに続いて思い出したかのように言うイブキの言葉にコテツが目を丸くし、アオイがギルドの奥の方に向かってナツとバンリの名を叫ぶが、どうやら2人はギルド内にいないみたいだ。

「こんな時にあの2人ったら、どこ行ったのよ!?」
「つーか、いつのまにいなくなったんだよ?」
「俺に聞くなっての。」
「ナツはともかく、バンリまでギルドにいないなんて……」

シャルルが苛立ったように言い、イブキが首を傾げながらグレイに問うがグレイも知らないとでも言うように首を左右に振り、エメラが困惑したようにギルド内を見回しながら言った。

「!……まさか、あの2人―――――!」
「エルザ?」

何かに気づいたかのように目を見開いてギルドの入り口の方に視線を向けたエルザを見てルーシィが首を傾げたその時、ギルドのドアがいきなりバァン!と勢いよく開け放たれた。ドアの前に立っていたのは全身びしょぬれのナツとバンリだった。ナツは走ってきたのか息が乱れ肩を大きく上下させていた。

「ナツー!」
「バンリ!何してたんだよ!?」

ハッピーが真っ先にナツに駆け寄り、アオイが怒鳴りながらバンリに駆け寄る。先に口を開いたのはバンリだった。

「勝手に着いて来た。」
「いやおいバンリ、それだけじゃ何も分からねェよ!つーかお前等ビッショビショじゃねーか、風引いたらどーすんだよ。」
「こんなのすぐ乾かせるっつーの。」
「問題ない。」
「そういう問題じゃねーんだよ!ったく、今タオル持ってきてやっからそれでちゃんと拭け!」

言葉足らずのバンリにツッコミを入れた後、イブキはぶつぶつ文句を言いながらタオルを取りに奥に引っ込んで行ってしまった。

「すぐ乾くっつたのに。」
「?」
「あんた達はイブキの優しさを素直に受け取りなさい。」

まだぶつくさ言っているナツと意味が分からないとでも言うように首を傾げるバンリにルーシィがヤレヤレと首を振りながら言う。

「それで、2人はこんな雨の中何しに行ってたの?」
「詳しく聞かせろよ。」

コテツとグレイが言うとナツはめんどくさそうに濡れた髪をガシガシと掻きながら口を開いた。

「俺はアイツを医務室に運んだ後、ギルドを出て行くバンリが見えたから後を追っただけだ!そしたらコイツ、あの黒い連中のことを追いかけるつもりだったんだとよ。」
「ひ、1人で?」

ナツの言葉を聞いた後エメラが心配そうにバンリに問うとバンリは髪の毛から雫を滴らせながら頷いた。

「バッカモノオオオオオッ!」
「!」
「ぐわぁはっ!」
「は?ちょっ、おまっナ―――――うごっ!」
「うわあああ!ナ、ナツー!イブキー!大丈夫ーーー?」

黙ってナツの話を聞いていたエルザが振るった鎧に覆われた拳を、バンリは体を横に反らしたお陰でかわしたが、鳩尾に食らったナツは勢いよく吹っ飛び、タオルに取りに行っていたイブキを下敷きにする。ハッピーが真っ先に駆けつけ皆もその後を追う。

「ってぇ~~~……!何すんだエル」
「それはこっちのセリフだっ!勝手に行動して、何かあったらどうするつもりだっ!」

エルザの剣幕にナツは押し黙る。

「バンリ、お前もなぜナツを止めなかった?」
「ナツが勝手に着いて来た。ナツの意思でやったことだから、俺が口を出すつもりはなかった。」
「……全く。」

バンリの言葉を聞くとエルザは深いため息を吐いた。

「それで、追いかけた成果はあったのかよ?」
「おう!」

イブキがナツにタオルを手渡しながら聞くと、ナツはそれを引っ手繰るように取り白い歯を見せながら自信満々に笑った。

「駅の方まで行った辺りで、あの連中が集まってるところに遭遇したんだ。アオイが見たって時の倍以上はいたぞ。」
「マジかよ……」

乱暴に髪を拭きながら言うナツの言葉にアオイが顔を顰める。

「俺とバンリは物陰に隠れて連中の話を聞いてたんだけどよ、たぶんアイツ等、アイツに何かを盗られたみてェだったぞ。」
「盗られた?」

ナツの言葉にシャルルが首を傾げた。

「「()()は絶対取り返せ」「()()を盗られたらもうおしまいだ」みたいな声が聞こえたから、間違いない。」

付け足すようにバンリが口を開いた。

()()って?」
「そこまでは聞き取れなかった。」

ルーシィの問いにバンリは首を左右に振る。

「つまり、あの男は全身真っ黒な連中から何かを奪い、それで追われていたところを攻撃され重傷を負い私達が保護した、という事か。」
「あの人が盗ったもの、あの黒い連中の人達にとってすごく大事な物なのかもしれないね。」
「何で分かるの?」

ナツとバンリの話を聞いたエルザが簡潔に要点をまとめそれを聞いたコテツが顎に手を当てながら呟き、それを聞いたハッピーが首を傾げた。

「だって、僕達が助けなかったらあの人、死んじゃってたかもしれないくらい酷い怪我してたから。……殺してでも取り返さないといけない物なんだなって思って。」

コテツの説明を聞いたハッピーとルーシィはゴクリと唾を呑み込んだ。
その時、医務室の扉がギィィ…と重々しい音を立てて開き、疲れ切った顔をしたウェンディとミラが出て来た。

「ウェンディ!」
「ミラ!」

シャルルとエメラが真っ先に駆けつける。

「ウェンディ!ちょっ、ちょっとあんた!顔色悪いじゃない!」
「私なら、平気だよ。」

そう言うウェンディの顔色はシャルルの言うとおり青ざめていた。どうやら魔力をギリギリまで消費したらしい。

「ウェンディのお陰であの子は無事よ。直に目を覚ますと思うわ。」

少し汗ばんだ額を手の甲で拭いながらミラが言った。

「お腹の傷が予想以上に深くて、なかなか塞がらなくて大変だったの。お陰で包帯がほとんど無くなっちゃったわ。」

ミラの言うとおり、救急箱の中にたくさんあったはずの包帯が綺麗に無くなっていた。

「ミラ、ウェンディ、疲れているところ悪いんだが、あの男何か持っていなかったか?」

2人がいすに座るのを待ってからエルザが問うと、ミラが何かを思い出したかのようにパンと手を叩いた。

「そういえば、左胸の辺りに黒くて小さい……今取ってくるわね。」

そう言うとミラは医務室に戻るとすぐに何かを握り締めて皆のところに戻って来た。

「こんな物を持ってたんだけど……」

ミラの手の中を一斉に覗き込む。ミラが持っていたのは透明な球体だった。その球体の中に黒いチップのようなものがある。

「何だコレ?」
「さ、さぁ…?」

首を傾げるグレイの問いにルーシィも首を傾げる。

「他にはなかったのか?」
「ううん、他は何も持ってなかったわ。」

イブキの問いにミラは首を左右に振る。

「これだけじゃ、何も分からないわね。」
「やっぱり、本人に聞くしかなさそうだね。」

シャルルとコテツの言葉に皆は頷いた。

「あ、それと―――」

その場にいた全員の視線が再びミラに集まる。

「あの子の左腕に、“G”っていう文字が刻まれてたの。」

ミラ以外の人間が同時に首を傾げた。

「“G”?」
「何だそれ?」

イブキとナツが首を傾げる。

「火傷の跡みたいな感じだったんだけど……」
「それはあまり関係なさそうだな。」
「そう、みたいね。」

首を傾げて悩むミラに対しアオイが肩を竦めながら言った。

「………」
「エメラさん?どうかしたんですか?」
「え、あ……ううん、何でもないよ。」

考え込んでいるエメラを見てウェンディが問うと、エメラは何事もなかったように首を振った。

(うーーーん……あの人、どこかで見たような見てないような……?…ダメだ、やっぱり思い出せない。)

いつのまにか雨は止み、空が明るくなり始めていた。





―2日後―

あの日から2日後―――――その青年は目を覚ました。
最初に視界に入ったのは見覚えのない真っ白な天井。そして僅かな薬のにおいが鼻をついた。

(………どこだ、ここ?)

瞬きを繰り返しゆっくりと右手を動かし右目を触ると、きちんと眼帯で覆われていることに安堵しそして頭に包帯が巻かれていることに気づいた。
青年はゆっくりと起き上がり、痛みが全然無いことに驚く。

(………随分、丁寧だな。)

腕、肩、お腹、足に巻かれた包帯を撫でて、日の光が射し込んでくる窓の外に目を向けた。そして右手を胸に当て、自分の心臓が動いてるのを実感するとゆっくりと目を閉じる。

「俺は……生きてる、のか―――――。」

再び目をゆっくりと開け辺りを見回すと、隣の綺麗に整えられているベッドの上に自分が着ていた服が丁寧に畳まれていた。ボロボロだったはずの黒いロングコートも、血塗れだったはずの群青色のUネックも破れてもいなければ汚れてもいない。
青年はベッドから下りるとその服を手に取りしばらく撫でたりひっくり返したりしていたが、やがて怪我をしている部分に負担をかけないように病衣を脱ぐと、自分の服を着る。ほのかに洗剤の香りがして青年は思わず頬をほころばせた。
そしてロングコートを羽織り左胸に手を当てると、

「―――――!!?」

大きく目を見開いて声にならない驚嘆の声を上げた。
右胸やコートのポケット、ベッドの下や布団の中など部屋の隅々まで隈なく探したがどこにもない。大事な大事な()()が無くなっていた。
青年は息を呑む。

(俺が意識を失っている間に、奴等に盗られたのか―――――?もしそうなら、俺はどうして……生きているんだ―――――?)

目の前が真っ暗になり、思考がぐちゃぐちゃになった青年は部屋のドアが開いたことに気づかなかった。

「あら、もう起きて大丈夫?」
「!!?」

背後から聞こえた声に驚いて振り向くと、青年の目の前には前髪を結わえた銀髪に水色の瞳、赤色のワンピースを身につけた女が立っていた。女は優しそうな笑みを浮かべている。

(……女?)

青年は言葉を失い、ただただその女の見つめることしか出来なかった。

(奴等の中に、こんな女がいた覚えは無いぞ……。)
「あ、もう服着替えたのね。ちょっとボロボロになってたり汚れてたりしてたから、勝手に直したり洗っちゃったりしちゃったんだけどよかったかしら?」

女は包帯の束を抱えていた。どうやらわざわざ包帯を替えに来てくれたらしい。

(って、そんなことより……!()()を早く見つけないと―――――!)

女のペースに飲まれそうになった青年は慌てて頭をぶんぶん振ると、部屋の中を再び見回す。青年のそんな様子を見た女はワンピースのポケットから、あの黒いチップのようなものが入った透明な球体を取り出し、

「もしかして、これを探してるのかしら?」
「!」

案の定、青年の目が大きく見開いた。といっても、右目は黒い眼帯で覆われていて見開いたのは左目だけなのだが・・・
女は球体を両手に持ち直しながらゆっくりと青年に歩み寄っていく。青年は若干身構えていたが、女が青年の目の前まで来て球体を差し出すと、肩の力を抜いて球体を受け取った。

「ゴメンね。服を洗濯するのに邪魔だったから避けておいたのをすっかり忘れちゃってたの。」

眉根を下げて困ったように女は微笑んだ。

「それ、あなたの大切なものなの?」

女は球体を細い指で指差しながら青年に問うと、青年は胸に抱えるように球体を抱きながら大きく頷いた。そして、

「助かった。ありがとう。」

女―――ミラの水色の瞳を真っ直ぐ見つめながら言葉を紡いだ。

「どういたしまして。あ、そうだわ!ナツ達にあなたが目を覚ましたってこと教えなきゃ!」

そう言うとミラは足早に部屋を出て行ってしまった。
女が部屋を出て行くのを見届けた青年は球体をロングコートの左胸のポケットに入れると部屋の窓を開け放った。そして、

「我の背に生えし天使の純白の翼……。」

詠唱のように呟くと、左胸の辺りを守るようにしながら床を小さく蹴り上げ青く澄み渡る大空へ飛び立った。

「おいお前!もうだいじょ―――――ん?」
「ミラー!あの人いないよー!」

ドタドタと足音を立てながら真っ先に医務室に飛び込んだナツとハッピーは、もぬけの殻の医務室を見て目を丸くした。

「あら?さっきまでそこにいたのに。」
「あ、窓が開いてるわ!」

続いて入ってきたミラが首を傾げ、一緒に入ってきたルーシィが開け放たれている窓を指差して驚嘆の声を上げた。ナツ達は窓の傍に駆け寄る。

「こっから飛び降りたのか?」
「ま、まさか……」

グレイとエメラが窓の下を見るが何もない。

「あれ?」
「ウェンディ、どうしたの?」

ウェンディが床に落ちていた白い羽根に気づきそれを摘み上げる。

「……羽根?」
「ハッピーかシャルルの羽根じゃねェのか?」
「オイラ達のはそんな簡単に抜けないよー!」
「ていうか、そもそも今来たばかりの私達の羽根がどうしてここに落ちてるのよ?」

面白おかしそうに言うイブキの言葉にハッピーが頬を膨らませながら否定し、シャルルは冷静に否定する。

「ミラ、あの球体はどうしたんだ?」
「もちろん、あの子にちゃんと返したわよ。」
「そうか。……んん!?」
「返しちまったのかーーーッ!?」

エルザの問いにミラは満面の笑みで頷き、その答えを聞き逃しそうになったエルザはミラを二度見した後深いため息を吐いた。代わりにアオイが驚嘆の声を上げた。

「あはは。結局、何も聞けず仕舞いだね。」
「もぉ、ミラさぁ~ん!」

コテツが困ったように笑い、ルーシィが嘆く。

「ん?どうしたバンリ?」
「………」

窓の外を見つめているバンリにグレイが問いかけるが、バンリは何も言わずにただ窓の外をじっと見つめているだけだった。

(全身真っ黒の謎の集団、黒いチップが入った謎の球体、“G”の文字を刻まれた男、名を名乗らない5人の男女……)

ふと商店街で出会った男女が言っていたことを思い出した。

『なら……きっとまた、すぐに会えるわ。』
『次に会った時は、きちんと名乗れると嬉しいな。』

あの時男がくれた「幸せの飴」の味を思い出し、バンリは唇を噛み締めた。

(きっとまた、会える……か―――――。)





―1週間後―

あれから1週間が経ったある日のこと。ルーシィ、エメラ、ウェンディ、シャルルの4人はミラが淹れてくれた紅茶を飲みながらのんびりと過ごしていた。

「はぁ~~~~~……。こうやって、たまには紅茶を飲みながらのんびり1日を過ごすのもいいものねぇ。」
「よかったですねルーシィさん、家賃が無事払えて。」
「うん!」

紅茶にミルクと砂糖を入れながら気の抜けたように言うルーシィは、昨日ナツとハッピーとコテツと一緒に行った仕事で今月の家賃7万Jを無事払い終える事が出来たのだ。なので、本日のルーシィは大変ご満悦である。

「今月はやけにあっさり払えたんじゃない?いつもギリギリなのに。」
「ふっふ~ん♪コテツが仕事を手伝ってくれたお陰で、あたし1人じゃ出来ない高額な報酬の仕事も出来たお陰なのよ。」

ダージリンティーを飲みながら嫌味っぽく言うシャルルに向かって胸を張るルーシィは鼻歌を歌いそうな勢いだ。

「仕事の報酬が高かったお陰で、コテツと山分けしても全然余裕があるのよ!商店街に新しい服とか本とか買いに行こうかな~?」
「じゃあルーシィ、今度私と商店街に行かない?私も新しい服とか欲しいな~って思ってたんだ。」
「ホント!?もっちろん行く行く!」

ルーシィの隣でくし型に切ったレモンを添えて氷を浮かべたアイスレモンティーを飲んでいたエメラがルーシィを買い物に誘うとルーシィは勢いよく頷いた。

「あ、そういえば……今度商店街に新しいカフェが出来るみたいなの。そこにも行ってみない?」
「うん、いいよ。ウェンディとシャルルも一緒に行かない?」
「え、いいんですか?」
「もっちろん!大勢の方が楽しいしね!」
「わぁ~!ありがとうございます!楽しみだねシャルル。」
「まぁ、食べすぎには気をつけないとね。」

ウェンディとシャルルも加わり楽しみが増す。ルーシィはティースプーンで紅茶をくるくるかき混ぜる。

「あの、エルザさんも誘っていいですか?エルザさん、スイーツ大好きなので。」
「そういえば、前にエルザもその新しく出来るカフェのこと話してたわね。」
「エルザ、きっと喜ぶね。」
「うん!今からもうすっごく楽しみーーー!」

エルザも誘うことになり更に楽しみが大幅に増すとあまりの嬉しさにルーシィは両手を高々と掲げ後ろに反り返る。すると、勢いが反りすぎてしまったのかそのままルーシィはずでぇん!と派手な音を立てて後ろにひっくり返ってしまった。

「わぁ!ルーシィ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「全く、何やってるのよ……」
「あいたたたた……」

頭を強く打ってしまいルーシィの頭上を星が飛んでいるのは気のせいだろうか―――――?

「……何をやってるんだルーシィ?」
「……ぅん?」

聞き覚えのある凛とした声が聞こえ、逆さまのまま目を開けると見覚えのある黒いブーツの先が視界に入った。視線を動かすと目をパチクリさせているエルザが、ルーシィの前で仁王立ちをしていた。

「あ、エルザ!ちょうどいいところに!」
「ん?」

ルーシィは起き上がるとエルザに顔を近づける。

「この前、エルザさんが話していた新しく出来るカフェ屋さんに、皆で行こうって話してたんです。」
「エルザも都合がよかったらどうって、これから誘おうと思ってたのよ。」
「もちろん、カフェに行くだけじゃなくて服とかいろいろなものも見たりするよ。」
「ねぇエルザ、どぉ?」

ウェンディ、シャルル、エメラの順に大まかなことを説明すると、ルーシィがキラキラと目を輝かせながら更にエルザに詰め寄る。それを見てエルザは小さく笑うと、

「断る理由なんてないだろ?」
「ヤッターーーーー!」

あっさり承諾した。それを聞いたルーシィはその場で高く飛び跳ねた。

「だが……」
「「「「えっ???」」」」

手の平を返したかのように突如声色を変えたエルザに驚く4人だが、そんなことお構いなしにエルザは1枚の紙を4人に突きつけた。それは依頼書だった。ルーシィがエルザかえあ受け取り、後の3人が後ろから覗き込む。依頼書の一番上には黒いインクで大きな文字で「WANTED」と書かれており、その下には同じインクで『真っ黒なフードを目深に被り口が大きく裂けた人間』『光放ちながら走る人間』『巨大な鎌を持ち冷たく不気味に笑う死神』『黒い無数の蝶々』『血みどろの女』『歌を歌う女』の6つの摩訶不思議な絵が描かれていた。それぞれの絵の下に何かが書かれている。

「『闇夜の創造主』に『光速の英雄(シュネル・ヒーロー)』……?」
「こっちの2つは、『氷笑(ひょうしょう)の死神』に『胡蝶姫』って書かれてるけど……?」
「こっちは、『血塗れ美女(ブラッディ・バンビーノ)』に『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)」って書かれてますよ。」

シャルル、エメラ、ウェンディの順にそれぞれ読み上げる。

「えー……っとぉ~………これ、何?」

ルーシィが首を傾げながらエルザに問うと、

「ナツが勝手に10人……ハッピーとシャルルを入れて12人か。その人数で受理した依頼書だ。」
「えっ!?じゃ、じゃあまさか……」
「10分後にギルドを出る。その間に準備を整えておけ。」

そう言うとエルザは(かかと)を返してその場を去って行った。
ルーシィの手からはらりと依頼書の紙が落ちた。

「「「「ええええええええええぇぇぇっ!!?」」」」





―マグノリアの街 東の森―

「んもぉ!ナツのせいでせっかくのんびりしてたのに、台無しじゃない!」
「別にいいじゃねーか。減るもんじゃねーし。」
「あい。それに家賃を先払い出来るかもしれないよ?」

頬を膨らますルーシィに向かって全然申し訳なく思っていない風にナツがひらひらと手を振り、ハッピーが嫌味っぽくルーシィに言う。
ナツ、ハッピー、ルーシィ、グレイ、エルザ、ウェンディ、シャルル、エメラ、コテツ、アオイ、イブキ、バンリの12人は今、ナツが勝手に受理した依頼「指名手配者を倒して欲しい 80万J」という依頼の指名手配者がよく目撃されている場所である、東の森に来ていた。

「つーか何なんだァ?この『闇夜の創造主』とかってのは?」

グレイが依頼書を見て首を傾げる。

「その指名手配されている人間の異名らしいぜ。」
「異名?」

グレイの問いにアオイが答えた。

「『闇夜の創造主』っていう奴は、闇に紛れながらさまざまなものを創り出す魔法を使うらしい。『光速の英雄(シュネル・ヒーロー)』っていう奴はその名のとおり、光の速さで攻撃をしてくるらしいぜ。」
「『氷笑(ひょうしょう)の死神』は常に不敵な笑みを浮かべながら、冷気を纏った巨大な鎌を振り回して攻撃してくるからそう呼ばれるようになった。『胡蝶姫』はその名のとおり無数の蝶々を手懐けて攻撃を仕掛けてくる。」
「『血塗れ美女(ブラッディ・バンビーノ)』は想像もしたくねェけど、常に殺したものの血で汚れているみてェだな。『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)』って呼ばれている奴の歌声を聞くと地獄に堕ちるらしいぜ。」

アオイに続いてバンリ、イブキもそれぞれ異名について説明する。

「そ、そんな危険な人達を、私達が倒すんですかぁ……?」
「危険というか……胡散臭すぎてむしろ不気味だわ。」

ウェンディが顔を青くしシャルルを抱く力を強め、シャルルは至って冷静だ。

「それにしても、80万Jって結構高いよね?」
「この依頼は半年くらい前から数々の魔導士ギルドを転々としてきたらしい。もちろんこの依頼を遂行する魔導士はいたものの、肝心の指名手配者が見つからなくて、今までずっと達成されず仕舞いだった依頼なんだ。もし私達がこの依頼を受理しなければ、S級クエストになっていただろうな。」
「な、何でそんな難しくて危険で意味不明な依頼を選んだのよーーーーーっ!?」
「面白そうだって思ったからに決まってるだろっ!」

エメラの些細な疑問にエルザが答え、それを聞いたルーシィがぽかぽかとナツの背中を叩くが、当の本人は至ってお気楽だ。

「それで、どの辺りを探せばいいの?」
「東の森って、意外と広いからな。」

コテツとイブキが辺りを見回しながら言った。
大分奥深くまで来たのか、周囲は不気味なほど静まり返っており動物たちの鳴き声も聞こえない。聞こえるのは風が吹く音とナツ達の呼吸音と足音だけだった。

「……よし。この辺で手分けして探そう。相手は強力な魔法や武器を駆使して戦う人間だ。絶対1人で突っ走っ」
「おっしゃーーー!行くぞハッピー!」
「あいさーーー!」
「ちょっ、ちょっとナツ!ハッピー!待ちなさいよーーー!」

エルザの話に耳を傾けることなく、ナツとハッピーは突っ走っていってしまった。慌ててルーシィが叫んだが、既に声が聞こえないほど離れていた。

「ったく。勝手すぎるだろ。」
「んもぉ!待ちなさいってばーーー!」
「わわわっ。ルーシィさん、グレイさん、待って下さーーーい!」
「どうなったって知らないわよ。」

グレイ、ルーシィ、ウェンディ、シャルルの順にナツとハッピーを追いかける。
エルザは深いため息を吐くと、

「……仕方がない。バンリ、1時間後にまたここで合流しよう。そっちは頼んだぞ。」

そう言い残すと緋色の髪をなびかせながら駆け出した。
残されたエメラ、コテツ、アオイ、イブキ、バンリはエルザ達の後姿を見届けた後、バンリに視線が集まる。

「えーっと、バンリ?俺達はどーすんだ?」

イブキが問うと、バンリは回れ右をしてエルザ達とは反対方向に歩き出した。

「まぁ、バンリの気のままに~♪」
「え、いいの?こんなにのんびりとした感じで……?」
「まぁ、いいんじゃねェか?バンリのことだから何かいろいろ考えていないようで考えているんだろうからさ。」

コテツがスッキプをするようにバンリに続いて歩き出し、オロオロするエメラの肩をポンと叩きながらアオイが続く。

(どうか、無事に依頼達成出来ますように……!)
「おーいエメラー。早くしねーとおいてくぞー。」
「え、あ、ま、待って待って~!」

イブキが急かされエメラも慌てて走り出した。





―1時間後―

「どっこにもいないじゃない!」

ルーシィの悲痛な叫びが響き渡る。
ナツ達は別行動で東の森の中を探していたのだが、森の中で遭遇するのはウサギやシカなどの森に住む動物達ばかりで、人の気配は一切しなかった。結局双方何の手がかりも得られないままあっという間に1時間が過ぎ再び合流したところだ。

「もしかして、もうこの森にはいないとか?」
「そうだとしたら、こんな依頼が半年も達成されないままだったなんてありえねェだろ。」
「誰かのいたずらだったりして。」
「魔導士ギルドまで巻き込むような手の込んだいたずらする奴がどこにいんだよ。」

シャルルの言葉をグレイが、コテツの言葉をアオイが否定する。

「……仕方ない。日を改めて出直すぞ。」
「何言ってんだエルザ!こんなとこで諦めてどーすんだよっ!」
「でも、何の手がかりもなしに探しても無意味ですよ。」
「それに、奴等が俺達の存在に気づいてるかもしれねェ。もしそうなら、しばらくは間違いなく姿を現せねェぞ。」
「うぬぬぬぬ………!」

腰に手を当てながら言ったエルザの言葉にナツが文句を言うが、ウェンディとイブキの正論に押し黙る。

「ならっ!お前等は先にギルドに帰ってろ!俺とハッピーは日が暮れるまで探すからな!」
「えぇ~。オイラも行くの~?」
「当たり前だろ。さっさと行くぞ!」
「ちょっと待ってよナツ~。オイラもうお腹ペコペコで歩けうわああっ!」
「ハ、ハッピー!?大丈夫!?」

駆け出そうとするナツの後を渋々追いかけようとしたハッピーが思いっきり転んだ。慌ててエメラが駆け寄る。

「何にもないところで転ぶなんて……。ドジにも程があるわよ。」
「ち、違うよ。何かにつまずいたんだよぉ。」

シャルルが目を細め呆れながら言うと、ぶつけたおでこを擦りながら涙目のハッピーが転んだところを指差す。ハッピーが指示した方に視線を移すが、雑草が生えているだけでやはりそこには何もない。

「ハハッ!足が草に引っかかっただけであんな派手に転んだのかよっ!」
「イブキさん、笑っちゃダメですよ。」
「違うよ!ホントに何か固い物につまずいたんだよー!」
「まぁまぁ、今度はちゃんと足元見て歩きなさいよ。」
「ルーシィもオイラのこと信じないんだ!うぅ、皆ひどいよぉ……。」

笑うバンリをウェンディが注意し、それを見たハッピーが必死に反論するが、励ましのつもりで言ったルーシィの言葉に更にしゅんとなってしまった。

「おいバンリ、何をしているんだ?」

皆がハッピーを囲んでいる中、1人ハッピーが転んだ辺りの草を掻き分け地面を掘っていたバンリの背中にエルザが声をかける。

「見つけた。」

そう呟いた土で汚れた手をしたバンリの視線の先には、取っ手の付いた金属の丸い蓋があった。

「ハッピーがつまずいたのは、この取っ手。」
「ほーら!オイラの言った通りだ!」

手に付いた土をパンパンと払いながら言うバンリの言葉を聞いて、ハッピーは嬉しそうに胸を張った。

「つーか、何だコレ?」
「……蓋、だな?」
「マンホール、でしょうか……?」
「何でこんな森の中にマンホールがあるのよ?」

バンリの肩越しから覗き込んだナツ、アオイ、ウェンディ、シャルルが順に言う。

「恐らく……奴等の隠れ家の入口だろう。」
「えぇっ!?」
「“恐らく”じゃなくて、“間違いなく”だ。」
「マ、マジかよ……。」

エルザの言葉にルーシィが驚嘆の声を上げ、訂正するバンリの言葉にグレイが顔を顰めた。

「お手柄だねハッピー。」
「えへへ。」
「じゃあ、この下に奴らが……。」

コテツの言葉にハッピーは更に嬉しそうに頬を染め、その隣でエメラの小さな呟きにバンリは黙って頷いた。その場にいる全員が地面の蓋を見つめ息を呑む。蓋はまだ開けていないが、人が1人余裕で通れるくらいの大きさであることが見てわかる。

「相手は半年も逃亡を続けている指名手配者だ。絶対に油断はするな。」
「言われなくても。」
「と、とりあえず!捕まえればいいのよね!」
「ド、ドキドキしてきた……!」
「ほら、リラックスリラックス。」

別空間にストックしていた剣を取り出しながら言うエルザの言葉にイブキは口角を上げ、ルーシィは拳を握りしめ、ウェンディは緊張で顔が強張りその様子を見兼ねたシャルルが優しく言う。

「ナツ、グレイ、アオイが先陣を切れ。」
「お前から直接指名されるとはな。」
「ハハッ!責任重大だな。」

小刀を素早く取り出したバンリからの指名にグレイは口角を上げながら握り締めた拳に冷気を纏い、アオイは舌なめずりをしながら背中に背負った青竜刀(セイリュウトウ)の柄に手をかける。

「燃えてきたぞっ!」
「あいさー!」

灼熱の炎を纏った両拳をガツンと胸の前でぶつけながらやる気満々といった風にナツは言い、その隣でハッピーが高々と飛び跳ねた。

「よし、行くぞ。」
「おっしゃーーーーーっ!」
「あ、ナツ!てめェ……待ちやがれっ!」
「抜け駆けはずりィぞっ!」

エルザが蓋を開けたのと同時にナツが真っ先に足元に広がった真っ暗闇の中へ飛び込んだ。それに続いてグレイとアオイも飛び込んだ。

「……って、何で梯子があるのにアイツ等飛び込んでったのよ!?」
「え?別にフツーじゃね?」
「フツーは梯子を使って下りるから!」

突拍子もないことを平然と言うイブキにルーシィがツッコミを入れた。

「大丈夫だよルーシィ。この穴がどれくらいの深さかは分からないけど、あの3人ならこれくらいのことじゃ怪我なんてしないよ。」
「そ、そうよね……。」

のんびりと言うコテツの言葉にルーシィは納得せざるを得ない。

「ンなことよりおいバンリ、ホントにアイツ等に先陣切らせてよかったのかよ?」
「た、確かに……。突入して早々あんなに騒がしくしてたらすぐに相手にバレるんじゃ……?」
「敢えて敵に私達の存在に気づかせる・・・それがお前の狙いなんだろ、バンリ?」

不満を漏らすイブキとルーシィの言葉を聞いたエルザは代弁して言うと、その通りだというばかりにバンリは黙って頷いた。
それを見たイブキは「ハァー」と盛大なため息をつくと、

「ったく、身勝手な奴だなお前はよっ!」
「まっ、そこがバンリらしいんだけどねっ!」
「だね。それじゃあ僕達、先行くね。」
「皆待ってよーーー!」

イブキとハッピーは飛び込み、ルーシィとコテツは梯子を使って下りていく。

「ウェンディ、シャルル、エメラ、私達も行くぞ。」
「は、はい!」
「しょうがないわね。」
「じゃあバンリ、私達先行くね。」

バンリが頷いたのを確認すると、エルザは飛び込み、ウェンディ、シャルル、エメラは梯子を使って下りていった。
バンリは辺りを見回して誰もいないことを確認すると、小刀を口に咥えて蓋を内側から閉めながら梯子を使ってゆっくりと下りていった。





―指名手配者の隠れ家―

「っとぉ!オラー――!指名手配者ーーーーーッ!どこからでもかかってこーーーーーいっ!」

誰よりも先に着いたナツは大声で叫んだ。が、敵が襲いかかってくることもなくましてや人の気配もない。

「なんだァ?誰もいねーの―――――!……な、なんだ、ココ?」

ナツは辺りを見回して目を見開いた。
ナツが下り立ったその場所は窓が無いせいか薄暗く、冷たい灰色のコンクリートが床と壁を覆っており、両サイドの壁には円柱型の人が1人入れそうな巨大な水槽がズラリと並んでいたのだ。全ての水槽には淡い黄緑色の液体が入っており、太さも長さも色もさまざまな無数のコードで壁に繋がれていた。

「な、なんだよココ……?」
「ホントに、敵の隠れ家……なのか?」

いつの間にかグレイとアオイがナツの後ろで同じように辺りを見回しながら戸惑っており、他の皆も下りてきているところだった。

「な、何ココ……?」
「水槽・・・?何で、こんなものがここに……?」
「それに、すごい数……。」

ウェンディ、シャルル、エメラが自分達の背丈よりも大きな水槽を見上げて困惑していた。

「隠れ家、というより―――――」
「“研究室”だな。」

コテツとイブキの言葉にまるで反応するかのように、水槽の中の液体がゴボッと泡を立てた。

「エルザ、ここからどうするの……?」
「………」

不安気に尋ねるルーシィにエルザは珍しく眉間にしわを寄せ顎に手を当てて考え込んでいた。

「……姿を現さないだけでまだどこかに潜んでいる可能性もある。まずはこの部屋の隅々まで探すんだ。」
「その必要はねェぜ。」
「!!?」

耳元で不気味な声が聞こえた瞬間、エルザは体を反らしながら後ろを振り返った。

「エルザ!後ろォ!」

ルーシィが叫ぶ。
長い緋色の髪を翻したエルザの肩越しから、ものすごい速さで金色の光の尾を描きながら銃弾が3発飛んできて、ルーシィの頬を掠めながら壁に食い込んだ。

「くっ…!」
「おぉ、すっげー。」

エルザは次々とものすごい速さで放たれる銃弾をギリギリのところでかわしていた。感嘆の声を漏らす人間は声質的に男だが、薄暗いせいで顔がよく見えない。

(コイツ……全く気配を感じなかった。いったいいつ、私の背後に回ったんだ……?)

近くにいたルーシィはもちろん、水槽付近にいたウェンディ達の魔力も全て感知していたはずなのに、エルザは背後から来た男の気配を声が耳元で聞こえるまで感知出来なかったことに疑問を持った。
薄暗い中でもハッキリと捉えることができる、暗闇に映える白い二丁拳銃から放たれる銃弾が描く弧を目で追いかける。そしてエルザは、依頼書に書いてあった言葉を思い出した。

(魔力を感知出来なかったのは、コイツが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から―――――!)

放たれた銃弾の1つがエルザの頬を掠めた。

(コイツが……『光速の英雄(シュネル・ヒーロー)』か―――――!)

白い頬を赤い鮮血が伝う。

「避けろエルザ!」
「!」
「アイスメイク、槍騎兵(ランス)ッ!」

離れたところでグレイが冷気をためて構えているのを視界に捉えたエルザはその場を離れると、すかさずグレイが無数の氷の槍を放った。が、『光速の英雄(シュネル・ヒーロー)』と思われる男は目で追いつけない速さでグレイの攻撃をかわした。氷の槍は壁に突き刺さる。

「速ェ……!」

苦虫を潰すようにグレイは舌打ち交じりに呟いた。

「へぇ…君、氷使い?」
「!」
「なら、俺と()ろうか?」
「うおっ!」

どこからかひんやりとした空気と穏やかな男の声が聞こえてきて、声がした方に振り向いたのと同時に冷たい何かがグレイの首元を狙ってきたので、グレイは慌てて態勢を低くしそれをかわす。

「あっぶね……!」

態勢を立て直しながら前を見据えると、暗闇の中でギラリと不気味に光るものがあった。目を凝らしてよく見ると、それは冷気を纏った巨大な鎌の刃だった。

(コイツ、首を狙って……!)

さっきの攻撃をまともに食らっていたら、と思うと、グレイの額に冷や汗が浮かび上がる。

「ゴメンね。君達が何者かは知らないけど、この場所を知られたからには……生きては返せないんだ。」

穏やかな声音で紡がれる言葉の恐ろしさに恐怖を覚える。そして、その悍ましい言葉を紡ぐ口元に不敵な笑みが浮かんでいるのをグレイは見た。

(不敵な笑顔に、冷気を纏った巨大な鎌……間違いねェ、コイツが―――――!)

鎌の刃がギラリと光る。

(『氷笑(ひょうしょう)の死神』―――――!)

振り下ろされた鎌をグレイは造形した氷の剣で防いだ。ガキィィン!と鋭い音が響き渡る。

「エルザさん!グレイさん!」
「もしかして、コイツ等が指名手配者!?」
「二人とも危ない!」
「え、わっ、きゃあ!」
「ちょっ、何……!?」

水槽の陰に隠れていたウェンディとウェンディに抱かれたシャルルは背後から近づいてくる人影に気づかず、近くにいたエメラが覆いかぶさるようにその場に倒れ込む。それと同時に3人の頭上で空を切り裂く音が聞こえた。倒れ込んだ拍子に目を瞑ったウェンディが目を開けた時、エメラの肩越しから見たのは赤黒い刀だった。その赤黒い刀の切っ先から赤い滴が一滴零れ落ち、ウェンディの白い頬を汚す。

「き、危機一髪……。二人とも、大丈―――!ウェンディ!血が……!」

ウェンディの白い頬に付いた血を見てエメラは顔から血の気が引いた。

「あ、ち、違います。これは私の血じゃなくて……」
「え……?じゃあ、いったい誰の……?」

反応からしてどうやらエメラの血でもないようだ。ウェンディの言葉に落ち着きを取り戻したエメラが後ろを振り返る。
暗がりの中、ウェンディ達に攻撃を仕掛けたと思われる赤黒い2本の刀を持った人間がいた。持っている2本の刀の切っ先から、ポタポタと止め処なく赤黒い血が滴り落ちていた。

「ひぃっ!」
「な、何……あの不気味な刀は……!?」

ウェンディは小さく悲鳴を上げ、シャルルは顔を歪ませる。

「血の、刀……?」

エメラは2人を庇いながら、視線を刀を持った人間から外さない。

「あなた達に罪が無い事はわかってるの。だけど……死んでもらうわね。」

どこか艶めいた女の言葉に息を呑む。エメラは腕輪の窪みに金剛石(ダイヤモンド)をはめる。

「あなたが、『血塗れ美女(ブラッディ・バンビーノ)』―――――。」

振り下ろされた赤黒い刀を金剛石(ダイヤモンド)のように硬くなった両腕を交差(クロス)させ防ぐ。直接触れた両腕はもちろん、ぶつかった拍子に飛び散った血がエメラの顔と女の顔を汚す。

「エメラ!ウェンディ!シャルル!」
「3人を助けに行きたいのは山々だが、こっちもこっちで変な奴に捕まっちまったし、この蝶が邪魔で動けないからな……。」

水槽付近で赤黒い刀を持った人間と対峙しているエメラ達を見てルーシィが叫ぶが、背中合わせになって青竜刀を構えたアオイが苛立ちを込めて言う。
その2人を囲んでいるのは、青白い不気味な光を放ちながら飛び回る無数の蝶。アオイが青竜刀で切っても切ってもすぐにまた復活するのだ。

「開け!処女宮の扉!バルゴ!」

展開した金色の魔法陣からピンク色のショートヘアにメイド服、手首に鎖が千切れた手錠を身に着けた星霊―――バルゴが姿を現した。

「姫、お呼びでしょうか。」
「あまり詳しく説明してる暇がないの!とにかく、身動きが出来ない私とアオイの代わりにエメラ達を助けてあげて!」
「かしこまりました。では―――」

手短にバルゴに命令すると、バルゴはお得意の穴掘りでエメラ達のところまで行こうとする。が、

「させない。」

囁くような小さな少女の声が右手をバルゴに向ける。すると、掌から赤い蝶が何羽か飛び出し、バルゴの足に纏わりつく。

「これは―――!?」
「バルゴ!逃げて!」

ルーシィが叫ぶが時既に遅し。
バルゴの足に纏わりついた赤い蝶の羽が燃えだし、あっという間にバルゴを炎で包み込んでしまった。

「バルゴ!強制閉門!」

目を塞ぎたくなるような光景に耐えられなくなったルーシィはバルゴを星霊界に帰らせた。そしてバルゴの金色の鍵を握り締め、目の前の闇に佇む敵をキッ!と睨み付けた。

「……罪のない人間が行く先は、天国将又地獄か。……それは、蝶の、導きのままに―――――。」

か細い声で言葉を紡ぐと、少女は掌から色とりどりの蝶が次々と飛び立ち、少女の周りを囲う。

「ルーシィは下がってろ。」
「で、でも!アオイだけじゃあぶ」
「これ以上、大事な“仲間”を傷つけてほしくないなら俺の言うとおりにしろ。」
「!……わ、わかったわ。」

青竜刀(セイリュウトウ)を構え直しながら言うアオイの言葉にルーシィは従うしかなかった。
アオイの青玉(サファイア)のような瞳が強い光を帯びる。

「来いよ。」

挑発気味に言ったのと同時に、少女が右手をバッとアオイの方に向けると、それが合図だったかのように無数の色とりどりの蝶が一斉に羽ばたきだした。

「はあああああっ!」

アオイも負けじと青竜刀(セイリュウトウ)を振りかざす。だが、やはり蝶は切られても一度霧のように霧散するだけで、またすぐにその美しく不気味な姿形を取り戻す。

「知ってる?」
「!?」

闇の中から少女がアオイに問いかける。少女が今どんな表情をしているのか、アオイには分からない。

「蝶は、美しく在り続けるんだよ―――――。」

その言葉と同時に、アオイを囲んでいた無数の蝶が一斉に爆発した。

「うああっ!」
「アオイ!っ……キャアアアア!」

爆発をまともに食らったアオイは呻き、ルーシィは爆風で飛ばされる。

「アオイ!」
「ルーシィ!」
「二人ともーーー!大丈夫ーーーーー!?」

その近くで、別の敵と対峙していたナツ、コテツ、ハッピーが大声で叫ぶ。

「お前等!よそ見すんじゃねェ!」
「え、うわーっ!」
「うおっ!」
「うわわわわわぁっ!」

両腕を鋭く尖った黒い爪の生えた獣のような腕に変えた敵の攻撃を3人はスレスレでかわす。「チッ」と敵が舌打ちするのが聞こえた。イブキが声をかけてくれていなかったら、間違いなく直撃していただろう。

「ねぇイブキ、この人の魔法……イブキと同じ接収(テイクオーバー)?」
「いや、たぶん全然違うモンだ。」

ハッピーの問いにイブキは自身の姿を破壊の鬼―――――フラジールの姿に変えながら答える。

「コテツ、ハッピーと一緒に離れてろ。」
「え?」
「ここは俺とナツでなんとかしてやっから。」
「……わかった。ハッピー、こっち!」
「あい!」

コテツとハッピーが近くの水槽の陰に隠れるのを見届けるとナツは固く握り締めた右手の拳に灼熱の炎を纏い、イブキは体勢を低くする。そして、

「オラァッ!」
「だりゃああっ!」

何の合図もなしに2人は同時にその場を蹴り上げ敵に攻撃を仕掛ける。が、

「我を守るは全てを退ける黄金の盾……。」

詠唱のように呟いたのと同時に、どこからともなく金色の盾が現れナツとイブキの拳を受け止める。

「ンなっ!」
「この盾、どっから!?」

2人が驚いている隙に敵は新たに詠唱を紡ぐ。

「我が悪と認めし罪人を地獄へ引きずり込みたまえ……。」

すると、ナツとイブキの足元が突然黒く淀みぐにゃりと歪み、ずぶずぶと泥沼のように体が沈み始めた。

「な、なんじゃこりゃーーーっ!?」
「ヤベェ……!体が……!」

ナツが目を見開いて驚嘆の声を上げ、イブキが身動きの取れなくなった両足を必死に持ち上げようとする。

「ナツー!イブキー!」
「あ、ハッピー!」

2人を助けようとコテツの腕の中からハッピーは飛び出した。

「我の邪魔をする者に裁きの(いかずち)を……。」

「うあああああっ!」

冷たく詠唱を唱えると、一筋の閃光がハッピーの小さな体を貫いた。

「ハッピー!うがあああああっ!」
「ハッピー!コテツ!しっかりしろっ!」
「テメェ……!」

ハッピーに駆け寄ろうとしたコテツの体も(いかずち)は容赦なく貫き、2人はその場に力なく倒れ込んだ。ナツがハッピーとコテツに届くはずのない手を伸ばし、イブキが敵を睨み付ける。

「ぬぐぐぐ………!うぉっ!ギャッ!」
「何やってんだテメェはァ!?」

スポン!とナツの右足が抜けたかと思えば、その拍子にバランスを崩して後ろに倒れ込み、両手も沈んでいく結果になってしまった。

「俺達は、まだ捕まる訳にはいかない。まだ死ぬ訳にはいかない。俺達の“存在理由”が分かるまで、俺達は―――――。」
「こんな地面の下でひっそり隠れ住んでるテメェ等指名手配者の“存在理由”なんて知ったことかっ!大人しくさっさと牢獄に行きやがれっ!」

悲しげな敵の男の声が紡ぐ言葉にイブキは目の前の男を吊り気味のオッドアイで睨み付け声を荒げながら強く言い放つと、右拳を固く握り締め全魔力を拳にかき集める。

「フラジール、力を……貸してくれ―――――!」

ギリッと噛み締めた奥歯が鈍い音を立てる。そして拳が淡い紫色の光を放ち始めた。

「どおぉりゃあああああっ!」

体を思いっきり反らし、渾身の力を込めてイブキは床を殴った。
すると黒く歪んだ床にピキッと亀裂が入り、耳をつんざくような音を立てながら沼が消え、元のコンクリートの床が姿を現した。

「おっしゃー!自由だーーーっ!って、ンなことより……ハッピー!コテツ!」

勢いよく立ち上がったナツは倒れているハッピーとコテツに駆け寄る。

「チッ。」

暗くて顔が見えないが、男がイブキのことを睨みながら舌打ちをしているのが分かった。

「俺もガキの頃、「忌子(いみご)」とか「悪魔」とか散々言われて存在することを認められなかった人間だからな、テメェ等の気持ちも分からなくはねェよ……。」

ほんの一瞬だけ、イブキの表情に翳りが見えた。が、それを払い除ける明朗な声がイブキの耳に届いた。

「お前、そんなこと言われてたのか?」
「なんか、意外だね。」
「うるせーっ!ガキの頃の話だっつってんだろーがっ!いちいちつっかかってくンじゃねーーーっ!」

コテツを支えるナツとナツの頭に乗っている負傷したハッピーの言葉にイブキは苛立つ。

「大丈夫だよイブキ。昔はそうだったとしても、()()違うから。」
「!」

目尻を下げて柔らかく微笑んだコテツの言葉にイブキは目を丸くする。コテツの隣でナツとハッピーも白い歯を見せながら笑いかけていた。

「……ホント、お前等ってずりィよな。」

ため息と共に言いながらも、イブキはどこか嬉しそうだ。

「つー訳で?今の俺は“こっち側”でちゃんと認められて存在してるんだ。」

鎖骨に刻まれた紫色の紋章(存在証明)を撫でながらイブキは言った。
笑ったイブキを見てホッとしたコテツは視線を男に移す。暗いせいで顔は見えないが、背中に水色と紫色の鞘の重そうな双剣を背負っており、闇と同じ色をしたコートを羽織っているのを捉えた。そして男の魔法の特徴を思い出し確信する。

「イブキ、たぶんその人が『闇夜の創造主』だよ。」
「へぇ。」
「マジかっ!?」
「そーなの!?」
「うん。闇の中でいろんなものを創り出してる魔法を使うから、たぶん間違いないよ。」

コテツの言葉にイブキは両手の指の関節を鳴らし、ナツとハッピーは驚嘆の声を上げた。イブキは男の方に向き直ると口を開いた。

「今ならまだ間に合うぜ。テメェ等も認められてほしいなら“こっち”に来い。」

イブキがくいっと右手で挑発するように自身の方に手を動かす。イブキの言葉を聞いた男はしばらく微動だにしなかったが、ゆっくりと首を左右に振った。

「そうかよ。―――――残念だ。」

そしてイブキは再び破壊の拳を握り締めた。イブキの拳が再び淡い紫色の光に包まれる。

「破壊の鬼―――フラジールの力で、俺がテメェ等の“存在理由”を破壊(こわ)してやる!」

床を蹴り上げ、男に向かって駆け出した。イブキが男の顔面に向かって拳を振り下ろすのと、どこからか澄んだ少女の歌声が聞こえたのが同時だった。淡い紫色の光に包まれたイブキの拳が男の眼前で止まる。

「♪~~~~~」
「なっ、手が、勝手に……!?」
「体が、動かん……!」
「クソ!どーなってやがる!?」

攻撃の手が止まったのはイブキだけでなく、他の指名手配者達と対峙していたエルザの剣が、グレイの造形魔法が、エメラの蒼玉(サファイア)の水の魔法が、アオイの青竜刀が、まるでそこだけ時が止まったかのように動かなくなっていた。もちろんナツやルーシィ、ウェンディやコテツもその場から動くことが出来ない。
―――――その時だった。

「うわっ!?」
「キャッ!」
「な、何コレーーー!?」

身動きがとれないナツ達の体が何かに吸い寄せられるように勝手に動き、部屋の中心で背中合わせになってしまった。そして淡白い光を放つ縄が出現し、全員の体をまとめて縛りあげた。

「この歌声のせい……?」
「だとしか考えられないわね……。」
「これが、『戦慄の歌姫(シャダー・ディーバ)」が奏でる地獄へと誘う歌か……。」

ウェンディ、シャルル、エルザが耳に木霊する歌声と縄で縛られている苦しさに顔を顰める。
黒いコートが羽織った男がエメラの前に立つ。そして背中に腕を回し水色の鞘の剣を抜く。暗闇でも銀色に光る剣の切っ先をエメラの眼前に突き付けた。

「ヒィッ……!」
「おい止めろっ!」

エメラは小さく悲鳴を上げ、グレイが声を荒げながら止めようとするが縄で縛られているため何もすることが出来ない。
男が腕を振り上げたのと同時にエメラはギュッと目を固く瞑る。・・・が、いつまでたっても意識が遠のくこともなければ体に激痛が走ることもない。

「っ//////////!?……え………は、はァ!!?」

男の明らかに動揺した声が聞こえ、エメラは恐る恐る翠玉(エメラルド)色の目を開けると、

「……えっ?」

目の前の光景に息を呑んだ。
剣を振り上げた男の手首を、無数の蝶を操る少女が掴んで止めていたのだ。エメラやナツ達はもちろん、ナツ達を逃がすまいと囲うように立っていた他の指名手配者達もその予想外の光景に戸惑っているようだった。

「お、おい……/////何して、るんだ、よっ/////……!?………っそ、それより放してくれ……//////////!」

上擦った声とあたふたした動きで男がパニック状態を起こしているにもかかわらず、一向に手を放そうとしない少女は男の腕を掴んだまま体勢を低くし、エメラの顔を覗き込んだ。暗闇の中で初めて見る少女の顔を見たエメラは大きな目を更に大きく見開いた。

「……え………?」
「あ、やっぱり……あの時の……」

エメラの目の前にいたのは、クヌギの街で道に迷っていたところを助けたあの少女だった。 
 

 
後書き
Story13終了~♪
な、なんか、予想以上に長くなってしまった・・・・・・。本当は6人の名前までちゃんと明らかにしたかったんですけど、時間と体力が底をついてしまったのでまた次回ということで。

それではまた次回、お会いしましょう~♪ 
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