俺たちで文豪ストレイドッグスやってみた。
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第3話「Smart Links」
「……ふ、あぁ……」
一つ小さな欠伸を漏らして、頭の上で腕を組み、グッと肩を伸ばす。掛け布団を足元にズラしてベッドから足を降ろし、いつもの場所に置いてある眼鏡を取ろうとして、漸く思い出した。
景色が違う。見慣れた部屋はそこには無く、ベッドの肌触りも、窓の位置も、スリッパの履き心地も、何もかもが違っていた。
「……あぁ、そうだった」
もう、あの住み慣れた家は無いんだ。
あの後、実際に両親の安否をこの目で確かめてから少し話し、護衛に着いて貰って、家族三人で燃え尽きた自宅を見た。
焦げ臭い匂いと共に真っ黒になってしまった我が家は、もうどうしようもない程に崩れ去ってしまっていて、涙すら浮かばなかった。ただ呆然とした後に、ぽっかりと心に穴が空いた様な感覚があったのは覚えている。
「目は覚めましたー?」
「……ぁ、はい。一応」
『かずのこちゃん』と呼ばれていた少女――本人は『減塩かずのこ』と名乗っていた。彼女の本業は作家らしく、この名前もペンネームらしい――が、その両手に持った二つのコーヒーカップの片側を差し出してくる。「あつあつですよー、気を付けてくださいねー」なんて言葉を聞きつつ、カップ越しのぬくもりを両手で包み込む。
「着替えは其其処に置いておきますから、着替えておいてくださいねー」
彼女はそう言って、カップを片手に部屋を出ていく。恐らくは、最初に通された事務所に向かったのだろう。この部屋からもそう離れていない。
ずずず、とコーヒーを一口すすり、少し熱めに温められたそれが体を暖めていく。
「……よし」
もう、目は完全に覚めていた。
◇ ◇ ◇
「やあ、おはよう絵里ちゃん!実にいい天気だね!」
「外は曇ってますよー」
「それは言っちゃいけないよかずのこちゃん」
相変わらずコントの様に会話を繰り広げる二人に苦笑しつつ、空いていたソファの端に腰掛ける。ふと電源が付いていたテレビに視線を向けると、なにやら慌しくニュースが報道されていた。
『突入失敗!?RATS壊滅、対凶悪武装犯罪者部隊すら退けるマフィア達の脅威』などと大きな見出しと共に、アナウンサー達がやれ「この責任は〜」だの「意識が足りていないのでは〜」だの、好き放題に酷評している。
これは、間違いなく――
「奴らの事だよ。双樹君の予想通りだったね」
「……やっぱり」
あの『カミサキ』なる女が率いるマフィア、その本拠地にあの特殊部隊、RATSが襲撃を掛けたのだ。流石に特殊部隊ならばどうにか出来るのではないか――そんな思考が脳裏によぎったものだが、この惨状を見てしまうとそんな希望も抱けなくなる。
本当に、一歩間違えれば死んでいたのだ。あの時に。
そんな思考が浮かぶと同時、体がぶるりと寒気に震える。顔を青くしてから考えない様にと、すぐに頭から振り払う。と、そんな事をしている内に、健がパンと思い付いた様に手を叩いた。
「そうそう、絵里ちゃん。君には少しお出掛けしてきて貰うね」
「なーーっ!?」
突然そんな事を言い出した健に、思わず声が漏れた。
「そ、そんな事したら、私殺されちゃいますよっ!?」
「ああ、まあそういう結論になるか。それじゃあ、こう言った方がいいかな」
健は苦笑して指を一本立てると、そのままその指先を真下に向ける。絵里が訝しげな視線を健に向けると、その指先に力を込める様な様子を見せる。しかしなにも起きる事はなく、ふと彼は力を抜いた。
「今ね、僕は『異能力』を発動しようとしてたんだ。覚えてる?あの銃弾止めたやつ」
「は、はい。一応……」
「僕の異能……『moon light fantasy』は、空間を操る力なんだ。昨日で言えば、空間を停滞させて銃弾を止めていた。頑張れば瞬間移動とか、そう言ったこともできるかもしれない」
まさにファンタジー。現実離れも甚だしい、おとぎ話や物語の中の様な力。そう付け足した健に驚愕するが、でも、と健は言葉を付け足した。
「流石に沿う事は上手く運ばないらしくてね、制限があるんだ。それも、『月の出ている間しか使えない』……っていうね。だから真昼間の今じゃ、さっきみたいに発動すらしない。昼や新月の間、僕はただの一般人って訳さ。付け加えると、奴らにはもうこの場所はバレてる。いずれ襲撃されるだろうね」
「……っ」
特殊部隊すら通用しなかった相手が、奇襲を掛けてくる。
そんな地獄の様な未来を想像して、ゾッとした。彼がわざわざそんな事を言うという事は、実際そうなっては勝ち目が無いという事だ。つまりそれは――。
「だからこその外さ。夜の間なら防衛も出来るし、昼の間ならひたすら街を動き回って撒くんだ。まあ、ここでジッとしているよりはマシだろう」
「は、はぁ……」
イマイチ納得が行かないが、自分はこう言った事柄については完全に素人だ。素人判断で勝手に行動するよりも、指示に従った方が確実だという事だけは分かる。
「ああ、勿論護衛は付けるとも。双樹君、出番だよ」
「だろうよ。今護衛として機能すんのは俺ぐらいだしな……了解」
「流石、話が早いね」
「ぶっちゃけ面倒臭い」
「本音出るのが早い」
相変わらず何の感情も見えないような無表情で平然と言って見せる双樹はしかし、「まあ仕方ない」などと言って立ち上がる。自身のレッグポーチのボタンを外して中を覗き、何かが入っている事を確認したのか直ぐに閉じた。
そのまま事務所の端のクローゼット内に掛けてあったベストを着ると、さっさと事務所から出ていこうとする。
「ほらほら、付いてかないと置いてかれるよ」
「え、あ、はい……」
平然と護衛対象を置いていこうとする双樹に若干面食らいつつも、絵里は直ぐに駆け足で後を追う。そんな二人を見送った健はニコニコと振っていた手を降ろして、鋭い視線を窓の外に向けた。
「――さて、どう来る?」
◇ ◇ ◇
――今回のターゲットは、貴方に任せます。
――俺が?承知したが……相手は戦闘向きの能力じゃ無いんだろう?過剰戦力じゃないのか
――きっと、彼女には護衛として双樹兵児が付いているでしょう。だからこその貴方ですよ
――あのよく判らん男か。『Smart Links』……まだ能力内容までは割れていないんだったな
――はい。しかし、これまでの情報から、防御系統の異能ではないかと推測されています。彼の展開したフィールドには、銃弾すら弾かれたという報告も。
――突破は不可能か?
――いいえ。一度対物ライフルで狙撃した際は、その防御を貫通しました。当たる事こそありませんでしたが……一定以上の負荷が掛けることが出来れば、破壊できるでしょう
――成る程、だからこその俺……か。
――貴方の異能であれば、あの防御を抜けるのも容易いでしょうね。万が一の為に狼牙を付けておきますが……『狩人』たる貴方には、不要だとは思いますけどね。
――なにせ、彼らの長は三國健ですから。
――。
――――。
――――――。
「はぁ……っ、たく、人混みは嫌いだってのに……」
双樹は半ばほど閉じられた瞳で気怠げに街を見渡し、溢れ返る人混みを視界に入れると同時、心底ウンザリした様子で溜息を吐いた。二人の間には全くと言ってもいい程に弾んでおらず、気まずい雰囲気だけが二人を取り囲んでいる。
流石に耐えかねたのか、絵里がふと思い出した風に口を開いた。
「そういえば……探偵社の社長って、誰なんですか?」
「健さん。社長と言いながらあんなんだがな……ったく、もうちっと慎重に動けっての……」
「あぁ……」
普段のあの様子と双樹のこの様子から、如何に彼が好き勝手やっているかが伺える。思わず苦笑いしていると、しかし双樹は少し考えるそぶりを見せ、言葉を付け加えた。
「とは言っても、あの人は食えない人でな。何を考えてるのかまるで分からん。この探偵社の最古参はあの人と達也だが、多分達也も分かってない」
「何を考えてるのか分からない……」
確かに、普段は完全にふざけたような、人をからかっているかの様な態度だ。常にあの飄々とした態度で周りを翻弄しているかと思えば、その内面は恐ろしく冷静。そうみると確かに、彼の言っていることも分かる。
と、不意に双樹が足を止めた。
不思議に思って辺りを見渡せば、いつの間にやら公園に居たらしい。開けた場所ではあまり人が居らず、見渡しがいい。
「敵襲だ」
――不意に。
「異能力、『Smart Links』」
双樹が呟き、レッグポーチから一枚のカードを抜くと同時、電撃が疾った。
一歩。 雷鳴が音の壁を越え
二歩。 稲妻の如き拳が一時の間も無く距離を詰め
三歩。 蒼き鉄槌が振り下ろされる。
「――護れ、『ミラーフォース』」
「――いくぜ、『稲妻の狩人』」
突然に出現した金髪の青年が、その右腕に纏わせた雷ごと、唐突に出現した二人の周りのバリアに拳を叩き付ける。
加減していたのか流石に打ち破ることは出来なかったらしく、青年は再度拳を引き直すと、より力を集中させた一撃を撃ち放つ。それだけの拳により、バリアは粉々に砕け散り、二人を守る盾は消失した。
「バリアは無駄だぜ、それじゃ俺を止めらんねぇ!」
「チッ、厄介な……この雷、『狩人』か」
舌打ちをしてすぐさま二枚のカードを抜き、それを触媒として新たなる概念を創造する。顕現するは一対の竜の騎士。イマイチ輪郭のハッキリしないその竜騎士達は、それぞれの獲物を構えて『狩人』へと矛を向ける。
その殺意を一身に受けた『狩人』は、ニィ、と口元を歪めた。
「良いじゃねぇか、最高だぜオイ!」
竜騎士が動く。伸びた銀槍と黒斧を寸前で避けると、その間を潜り抜けて背後に回り込む。瞬間、撃ち放たれた蹴りが槍の竜騎士の首を叩き折り、即座に向きを切り替えると続く二撃を叩き込む。
紫電が迸り、竜騎士の鎧のような鱗を貫通して、膨大な雷が竜騎士の肉体を感電させる。崩れ落ちる斧の竜騎士を蹴り飛ばし、消失したのを見届けると、『狩人』は好戦的な瞳を双樹へと戻した。
双樹が面倒そうに目を細め、『狩人』は獰猛な笑みを浮かべる。
「身体能力強化によるゴリ押しか……面倒だ」
「さあ次の手を出せよ色白、楽しませてくれや――ッ!」
バガンッ、とコンクリートの足場の粉砕して、『狩人』が雷鳴と共に飛び出す。双樹はその寸前に新たなカードを引き抜く。それが消失すると同時、『狩人』の足が止まった。
「ーーっ、くそ、目が……」
「吹き荒れろ、『ダストフォース』」
唐突に巻き起こった砂嵐が、『狩人』の目を潰す。砂粒の壁に呑まれた『狩人』は一つ舌打ちをして、身体能力に任せてその奔流から体を引き剥がした。
強引に砂塵の壁の外へと飛び出し、砂に潰された目を拭う。
「くそ、搦め手か?洒落くせぇッ!」
雷を纏った蹴りで強引に暴風を引き起こし、砂埃に塗れたその壁を引き千切る。晴れた砂嵐を確認して『狩人』は双樹に視線を戻し、そうして漸くその変化に気が付いた。
双樹が立つその場所――否、双樹『しか』立っていないその場所には、絵里の姿がないのだ。
「……二体の竜騎士と砂塵で気を逸らしてる間に、ターゲットを逃したか。面倒な事を」
「ーーさてと、待たせたな。『狩人』」
双樹が、そう、唐突に呟く。
訝しげに双樹を睨み付ける『狩人』を気にした様子もなく、彼は二枚のカードを取り出す。眉一つ動かさずそのカードを消失させ、触媒とし、新たなる存在が顕現する。
片や、全身を白銀の鱗に包む青眼の龍王。蒼銀の輝きを携えたソレは、その巨大な身をよじらせ、圧倒的な殺気と共に、その蒼い視線で『狩人』の終焉を告げる。
片や、全身を漆黒の鱗に包む赤眼の龍王。赤黒く鈍い光沢を放つ彼の龍は、その悍ましい牙を研ぎ、爆炎をその喉奥に溜め込んで、『狩人』の滅びの刻を急かす。
「ここからは――」
双龍を従えた『彼』は相変わらずの冷たい瞳のまま。しかしその姿は、罪人に一切の慈悲を見せぬ裁定者の如く。
「ーー加減は無しだ」
王は、狩人と相対す。
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