マクロスフロンティア【YATAGARASU of the learning wing】
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疑念
「……っー訳だ、S.M.Sから美星に向かう道で待ち伏せれば簡単に捕まえられる。」
『分かったわ。そう伝えておくわね。』
通話が切れる。とりあえずこんなものだろう。後は向こうで勝手にやる筈だ。
今の通話の相手はグレイス・オコナー。シェリルのマネージャーだ。……どっかで見覚えがあるんだけど気のせいか?
ともあれ、約束は果たした。シェリルにまた絡まれるアルトは運がいいのか災難なのか……本人は間違いなく迷惑だろうな。
「……誰と話してるのよ?」
横から不機嫌そうな奏の声がする。
「シェリルのマネージャー。ほら、あの時のアレ。」
事情を説明すると納得したのか表情を和らげる。久々のデートだからな、余り余計な事はしたくない。
「じゃ、行きましょう?」
「そうだな……って、何だよ?」
携帯が鳴る。何とも間が悪い。一体誰だ?
「もしもし?」
『おう、翼か?ちょっと頼みがある……』
「今日非番なんで失礼します。」
『ちょ、まっ……』
切った。姐さんの頼みなんて大抵面倒に決まってるからな。
「……いいの?」
「どうせ碌なことじゃないから。」
相手が誰か察したのだろう。奏が確認するように目を向けてくるが知ったことではない。どうせ報告書の代筆か何かだろう。
「じゃ、行こうか?」
「……うん!」
「それでね……どうかしたの?」
「ん、いや……まあ。」
俺がキョロキョロしていたのが気になったのだろう。奏が心配そうな声を出す。
「いや、この辺に確か上官の家があるんだよ。見つかったら面倒だなぁ……って。」
言った矢先であった。
「お兄ちゃんの……バカァー!!」
……この声は。
ピタッと固まった俺の目の前に緑色の髪の少女が飛び出す。
「……あ。」
「………よう。」
「翼さん!!」
挨拶するなり名前を叫ばれて飛び付かれた。奏も突然の展開に唖然としている。
「あー、ランカ?事情は大体察したけど取り敢えず離せ。んでもって説明しろ?」
「あ………。」
慌てて離れる少女。余程恥ずかしかったのか耳まで真っ赤に染まっている。
「ご、ゴメンなさい!いきなり私何をやってるんだろう……」
「そそっかしいのは相変わらずか、ランカ。」
「うう〜〜。」
さらに真っ赤になるランカ。しかしその時。
「ランカ、待て!」
「わ!?お、お兄ちゃんを誤魔化しといてください!!」
聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえ、次いでランカが慌てて走り去っていく。ランカが見えなくなって数秒後、今度は見覚えのある強面が出現する。
「ランカ!……翼?こんな所で何をしている。」
「見りゃ分かるでしょう……休日を有意義に過ごしてます。」
「む……いや、それはいい。ランカはどっちに行った!」
「ランカ?どうかしたんですか?」
さて、誤魔化しといてって言われたしな。一応惚けとくか。
「いや、昨日アイツがミス・マクロスなんかに出たせいで停学になってな。その上歌手になるなんぞ馬鹿な事を言い出して……」
……思ったより時間稼げたな。つーか……
「……歌手になる、それのどこが馬鹿な事なんですか?」
奏さんがキレてるんですけど……
「……ん、いや、その……今のは……言葉の綾と言うか……」
あーあ、オズマ少佐も完全にびびっちゃってるよ。まあこの状態の奏はマクロスに重粒子反応砲……いや、バルキリーに反応弾……どれも物騒だな。
「……妹さんが生半可な気持ちで言ったのか本気なのか、よーく考えてください。……行こう、翼。」
「……お、おう。」
奏に袖を引っ張られ、引き摺られる様に連れていかれる。
「あ、少佐?」
「……何だ?」
「さっきの奏の話ですが……結構真剣に考えてやって下さい。……俺がパイロットになったのは今のアイツの歳です。それに……いつまでも餓鬼でいる訳じゃないんです。」
「……分かった。」
「……で、さっきのが上司の人?」
「ああ……悪い人じゃ無いんだがな……ちょっとばかし頑固過ぎるんだ。」
「ふぅーん………で?」
「……何だ?」
「さっきの娘は?ランカちゃん、だっけ?何だか随分仲が良さそうだったけど。」
ジト目を向けられる。視線が痛い。バジュラの重粒子ビーム砲に勝るとも劣らない威力だ。……なーんて、馬鹿言ってる場合じゃないか。
「……別に、妹みたいなもんだよ。アイツと俺は育ちが同じ場所でさ。アイツと、俺と同い年の兄貴と、三人でよく遊んでたんだ。」
そう、俺とランカの関係の始まりは、あのガリア4にまで遡る。
「で、まあ……ちょっとした事故があって、俺もランカも親兄弟を皆亡くして……俺は姐さんに、ランカは少佐に引き取られて、フロンティアに来たんだ。尤も、ランカは事故のショックで記憶を無くしてるんだけどな。」
……本当はちょっとした、なんてものじゃないんだけどな。あの事件を切っ掛けにランカは記憶を、ランカ・メイとしての自分を失った。
「そんな事が……翼は?」
「へ?」
「翼は平気なの?その……事故の後遺症とか。」
「……ああ、『もう』な。」
最初はVFや戦闘の動画を見るだけで吐いた。空を、パイロットを目指すことも止めようと何度も思った。でも、気付いたらまたパイロットスーツを着て、コックピットに座っていた。
単純なのか頑固なのか、どうやら俺は空を、夢を捨てられなかった様だ。S.M.Sに入ったのが四年前、まともに飛べる様になったのが三年前、姐さんの部隊に入れられて、実戦も何度か経験した。
ゼントラーディの残党、宇宙海賊、その他諸々……命の奪い合いの中で、拒絶反応を無理矢理捩じ伏せた。その果てが今だ。
そんなニュアンスを感じ取ったのだろう。奏が気まずそうに目を伏せる。
「そう心配すんなよ。悪いことばかりって訳でもない。……今の俺には、夢以外にも飛ぶ理由があるからな。」
何か、は恥ずかしいから言えないが。
「しかし……ランカが歌手にねぇ……」
「意外なの?」
「ああ……元々歌う事は好きな奴だったけど、いかんせん引っ込み事案でさ。ミス・マクロスに出るってだけでも相当驚いたのに歌手なんてな。」
果たして勢いで言っただけなのかそれとも……覚悟は出来てるのか。俺としては後者である事を切に願うのみだ。
「……ランカちゃんの事もいいけど本来の目的忘れて無いよね?」
「大丈夫大丈夫。さ、行こうぜ?」
「………で、何でこうなったし。」
今俺がいるのは明らかに高級車と知れる黒塗りの車。同乗者は運転手とオズマ少佐とグラス中尉。奏は機密上の関係だかで連れてこれなかった。
相当むくれてたからな……後でフォローしとかないと。って、そうじゃなくて。
「……ハァ。」
「……どうされました?」
「想像つきませんか……?後、敬語じゃなくていいです……階級同じですし、グラス中尉の方が年上ですし。」
「………ごめんなさいね?政府からの緊急の命令で……」
んな事言われましても……折角の休日……滅多に出来ないデート……政府め……次の選挙は覚悟しろよ……まあ、俺一人の票なんて大したことないか。
「……んで、オズマ少佐はともかく俺まで召集してどうするつもりなんです?」
オズマ少佐だけならまだ分かる。少佐はS.M.Sのバルキリー隊全体の指揮も担っている。故に統合軍との連携の確認なんかで呼ばれる事は決して間違っていない。だが、俺は一介のパイロットに過ぎない。
「貴方達だけじゃないわ。S.M.Sからはアリーナ・ヴァローナ大尉も召集しています。」
「……アリーナもか?」
「俺と少佐と姐さんだけの共通項と言えば……なるほど、第117次大規模調査船団。もっと言えばバジュラ関連の話ですか。」
決まりだ。それしかない。第117次大規模調査船団の護衛だったオズマ少佐と姐さん、そしてそこに所属していたパイロットの息子である俺。バジュラに関して多少なりとも事前知識があった人間を集めてるって事か。
少佐も同じ回答に達したのだろう。腕組みをして低く唸る。
最大級に嫌な予感を孕みつつ、俺と少佐を乗せた車はアイランド3へと向かっていた。
「初めまして、皆さん。大統領補佐官を務めますレオン・三島です。」
アイランド3の異星生物研究所。俺や姐さん、少佐の他、計30人程の人が集められている何かの研究室の様な部屋。つり目にキノコヘッドの大統領補佐官が挨拶をする。
「今回、皆様にお集まり頂いたのは他でもありません。バジュラと、呼称される未知の生物についてです。」
そう三島補佐官が言うと、隣にあった高さ30m程の巨大な培養槽らしきもののフィルターが解除され、中にあった『それ』の姿を晒す。
深紅の甲殻、バルキリー並みの体躯、隆々とした四肢。大型バジュラの姿がそこにはあった。
「外殻はバルキリーと同種のエネルギー転換装甲。体内でミサイル様の物体を漸次生産して放つ事が可能。背中の砲身からは重粒子ビームを発射する驚異の生物。そして何よりも驚きなのは………」
スクリーンにバジュラの輪郭が投影され、その体中に何か光の線が張り巡らされる。あれは……神経か?それにしては……
「……その能力に反して、脳髄に当たる部位が、あまりにも小さい事。」
その言葉に集まった人々の中にどよめきが走る。
「これは、バジュラが自身で思考する必要の無いほどの下等な生物であるか、或いは何者かによる外部からの指示を受けている可能性を示しています。」
下等ではない。奴等には目的があり、陣形を組むだけの知恵があり、状況によって武器を使い分ける判断力があった。と、なると……
「……つまり、生物…兵器……?」
「………我々政府は、そう考えています。」
一人が戸惑いながら挙げた質問に、間を持たせて答える三島補佐官。
……まあ、妥当な思考だろう。現状の状況証拠から見て、そういう可能性が高いのは否定出来ない。ただ、そうなると問題なのが、何処の誰なのか、ということだ。
バイオ・テクノロジーに関しては人類で最も進んでいるであろうギャラクシー船団でも、こんな生物を人工的に創り出す事は出来ない。ゼントラーディにこんな技術があるとも思えない。と、なると……プロトデビルンとかいう奴等か、全く未知の異種族か。
しかし、そうなってくると新たな疑問が生まれる。
「……質問が。」
「……君は誰かな?」
「S.M.Sレイヴン小隊所属、烏羽翼中尉。」
「そうか。烏羽中尉、何だね?」
「奴等が生物兵器だと仮定して、その目的は?何故フロンティアが狙われたんですか?」
「……それに関しては未だ不明だ。」
「……妙だな。」
「………何がかな?」
「フロンティア政府はバジュラの襲撃を予期していましたよね?時期は分からなくともいつかは来ると。」
「そうだが……それが?」
「その為にVF-25を開発し、S.M.Sと契約し、コード・ビクターを準備した。目的が分からないのならどうやって予測したんですか?」
そう、フロンティア政府はバジュラが来ると分かっていた。何故?何か前兆の様なものがあったのか?
「……当時バジュラは宇宙に棲む原生生物だと考えられていた。その棲息テリトリーに近付いていた為だ。」
「その棲息テリトリーというのは何処からの情報ですか?フロンティア船団の前方に広がるのは未だ人類が未踏の宇宙。事前情報などある筈がありませんが?」
「……翼、その辺にしときな。」
姐さんに制止される。少し突っ込み過ぎたか……でも、確実に妙だ。何か裏がある気がしてならない。
「……烏羽中尉、だったね。面白い観点だったよ。君の名前は覚えておこう。」
三島補佐官が意味ありげな表情と共に言った時、ふと、何か猛烈な悪寒が襲った。
「……ッ!?」
慌てて周囲を確認する。
「どうした、翼!?」
そして見つける。培養槽に入れられ、完全に死んでいる筈のバジュラの腹部が淡く光っているのを。
「……バジュラが!」
「何!?」
バジュラが突然息を吹き返し、培養槽の中で暴れだす。逞しい腕の殴打を受けて、強化ガラスのケースにひびが入る。
三島補佐官が制御盤に飛び付き、緊急ボタンを押す。叫び声と共に、ものの数秒でバジュラは分子レベルまで分解された。
「……一体、何故?」
三島補佐官が驚きの様子で空になった培養槽を見つめ、次いで此方に視線を向ける。
その、蛇の様な絡み付く視線が、妙に強く心に引っ掛かった。
後書き
えー、全くもってデート回などではありませんでした。おかしいな……ホントはゼントラーディのモールに連れてく筈だったのに……。でもまあ、こっちの方が自然かな、とも思うので後悔はしていません。
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