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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第二十一話:敗走

 
前書き
 福音編終了 

 
 「くーちゃん」と呼ばれた少女は、足場の悪い森林を、明らかに運動用ではない革製のハイヒールで闊歩しながら、虚空に向けて喋っていた。返事は彼女の脳内に木霊する。

「くーちゃん!終わった?」

「いいえ束様、あと一歩のところで見失いました。篠ノ之箒様の頑張り過ぎのせいですね」

「あちゃー、箒ちゃんが偶然余計なことしちゃったか~……でもある程度は痛めつけたんでしょ?」

 会話の相手は能天気じみた態度を崩さない篠ノ之束であった。彼女は空中に浮かぶ空間投影型ディスプレイによって少女と通信を行っていた。

「はい、恐らく生きては居ないでしょう」

「甘いねー、くーちゃん。何時も作ってくれるホットケーキより甘いよ。あいつはね、束さんの邪魔を何度もしてきた奴なんだよ?簡単に居なくなるわけ無いじゃん。バラバラにして束さんのところへ持ってきてよ。そうすれば改めてお疲れ様なんだよ~」

 束はのほほんとした雰囲気を崩さないまま、食事を注文するような気軽さでラシャの殺害を指示していた。指示を受けた少女は、日差しを鬱陶しがるように空を仰いだ。

「かなりの高さから落下したものと思われます。遺体全体を回収するのは難しいと思いますが……」

「その時はその時だね。肉片でも目玉でも持って帰れば合格だよ」

「わかりました。編田羅赦の死体を探します」

 少女は杖に仕込んであった剣を抜くと、鞘を杖にして山を登り始めた。日本の夏なだけあって、夕暮れ時であれども湿気が凄まじく、息が詰まる様な熱気が森中に充満していた。

「……全く、どうせなら簡単に見つかるように死んでおけば……!!」

 少女は愚痴をこぼしたと同時に立ち止まった。男が一人、木の根元にうつ伏せで倒れているのを発見したからだ。

「……」

 少女はゆっくりと近寄る。男が纏う野戦服に、肩に掛けられたカービン銃は、確かに自らが痛めつけた編田羅赦の外見的特徴に合致する。
 ゆっくりと爪先で男の身体を蹴り転がす。か細い身体に似合わぬ膂力で以って、少女は男の身体を跳ね上がらせた。
 刹那、少女の脚に激痛が走る。咄嗟に痛みの源に目をやると、左脚の大腿部に深々と短剣が突き刺さっていたのだ。

「なっ!?」

 完全に不意を打たれた事が仇となった。例え脚を切断されるような憂き目に遭おうとも、彼女はこの男から目を離すべきではなかったのだ。

「どおおおぉあああぁぁ!!」

 役立たずのカービン銃を振り上げ、裂帛の雄叫びを上げるラシャの姿が少女の視界に辛うじて映った。咄嗟に仕込み杖を振るって迎え撃とうとするも、刺された脚が十全の力を発揮するための踏み込みの力を生み出せずに、真っ向から一撃を受け止める形になってしまった。
 棍棒と化したカービン銃と仕込み杖の鍔迫り合いというなんとも珍妙な膠着状態が生まれた。少女は顔面蒼白になりながらも、閉じられた瞳を目いっぱいに開く。漆黒と黄金に彩られた異形の双眸がラシャを射抜く。
 ──これが決まれば形成は逆転する。 少女は勝ちを確信していた。

「その手は食わんぞ」

 その呟きとともに、少女の顔面に生暖かい液体が勢い良く直撃した。ラシャが彼女の顔面に自らの血を吹き付けたのである。

「あああああああああぁぁぁぁぁ!!?」

それは彼女の眼球に衝撃を与え、悶絶するほどの痛みを感じていた。当然、視界の喪失とともに張り詰めていた力が行き場を失って僅かに緩む。

「そう喜ぶな、この痛みはまだ前座だぜ」

 ラシャは少女の混乱に乗じて右手をカービン銃から放していた。その手の行き先は少女の左脚。深々と突き刺さった短剣である。ラシャは無慈悲にも短剣を胸ぐらをつかむように捻り上げたのだ。その激痛、推して知るべし。

「あぃぃがぁぁぁぁ!!??」

「どうした?ラウラ・ボーデヴィッヒは呼ばないのか?それとも呼んでも役に立たないから呼ぶことが選択肢に入ってないのか?」

 カービン銃を投げ捨て、痛みに悶える少女の顔を両手でガッチリとホールドしたままラシャが語りかける。対する少女は何とか眼の焦点を合わせると、彼の世界を崩そうとする。

「いや、その手は食わないから」

 ラシャはそのまま少女の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。野戦服のズボンに縫い込まれた膝のプロテクターが彼のサディスティックな激情を彩る。少女の鼻と頭蓋が折れまい砕けまいと、必死に悲鳴を上げる。

「さてと、お前には話してほしい事が沢山有るんだ。IS学園まで来てくれるかな?」

地面に仕込み杖を落としてぐったりとした少女に対し、ラシャは軽く挨拶をするように話しかけた。対する少女はどうにか震える左手を動かすと、これ見よがしにラシャへ中指を立ててみせた。明らかな拒絶にして侮蔑である。ラシャの顔筋がピクリと痙攣する。

「……ほぉ、丁重に扱えと言いたいのかな?」

 その時、少女の右手がラシャのホルスターからサバイバルナイフを掠め取っていた。ラシャに対して中指を立ててみせたのは彼の意識を反らせるため。
 一呼吸でホルスターに手を伸ばし、もう一呼吸でナイフを抜き去った。そして一気に喉へ向けてナイフを突き出し──弾かれた。ラシャの左袖から顔を覗かせている仕込み刃によって。

「ぁ……」

「惜しかったな、お嬢ちゃん。あと少しで逆転だったのにな」

 ラシャはそのまま少女の右腕を左脇に挟むと、腕を絡めて一気にへし折ってしまった。

「うぐあああぁぁぁ!!」

 少女は明らかな絶望の表情を浮かべていた。思えば何処かに慢心があったかもしれない。自らの先達的存在とはいえ所詮は失敗作。完成した存在にとっては取るに足らない存在だと考えていた。
 その結果がこれだ。最愛の主が用立ててくれた衣服は原型を留めぬ有様となり、最早生きて帰ることさえ難しい状態まで追い込まれてしまった。

「……やだ」

 少女は何とか声を振り絞る。

「いやだ!!私は帰るんだ!!私にクロエ・クロニクルと名付けてくれた束様の元へ!!」

 少女は自らでさえ驚愕するほどの膂力で以って拘束から脱した。行き先は未定、兎に角この絶望からできるだけ遠くの何処かだ。へし折られた右腕が走るフォームを大いに邪魔する。
 いっその事斬り落としてしまおうかという思考が頭をよぎった瞬間、折れた右手に刃物が突き刺さった。

「ぃぎぃ!?」

 絶望が再び全身を侵していく。振り向けば、ラシャが休日に散歩をするかの様な足取りでこちらへ近づいてきていたのだ。

「おぉ、意外と当たるもんだな」

 ラシャは、クロエの左脚に突き刺さっていた短剣を引き抜くと、右腕の袖に仕込んでいたベルトにはめ込むように装着した。

「良い玩具だろう?お前のようなやつの鼻っ柱を折るために拵えた。スカウトナイフの様に刃が飛ぶ仕組みになっている。その左脚の痛がり様だと、作った甲斐があったと実感するよ」

 ラシャは袖から飛び出した血染めの刃を得意げに見せびらかした。そこにある表情は嗜虐的な笑みで形作られており、とてもIS学園の用務員をこなしている男の顔からはかけ離れていたものだった。そう、今のラシャはラシャであってラシャではなかった。

「『私』はお前なんかとは違う。今日の今日まであらゆる人間を、あらゆる方法でいたぶり、あらゆる死に様で幕引きを行ってきた。高々数年程度過ごしたお前にどうこうできるとでも思っていたのか!!」

 ラシャはクロエの右手を縫い付けているナイフを思い切り蹴りつけた。丹念に研がれた刃が彼女の手を木くずと骨片をぐちゃぐちゃにかき回す。更なる苦痛の上乗せに、固く閉じられていたクロエの双眸が、裂けるように見開かれた。


 三度世界が崩壊する。ラシャの周囲にはラウラ・ボーデヴィッヒが群をなして取り囲んでいた。各々の手にはナイフや長剣。拳銃やライフルまでもが握られており、並々ならぬ殺意を振りまいていた。その様たるや飢えた野犬の群れに等しく、生肝まで食らわんとする気迫を見せていた。だが……。

「馬鹿の一つ覚えめ!!」

 ラシャは波濤の如く押し寄せる殺気なぞどこ吹く風と言うような様子で、クロエが落としたサバイバルナイフを拾い上げた。

「お前は体内に組み込まれたISを使って幻覚を見せているのだな。恐らく嗅覚を中心に相手の脳神経に介入してラウラ・ボーデヴィッヒの群れを見せている……だが」

 ラシャは眼前の樹にナイフを突きつけた。唐突に世界が崩れ、皮が剥がれるように真実が映し出された。眼前には弱りきったクロエ・クロニクルが震えていた。

「鼻を凝固した血液で塞いでしまえば簡単に防げてしまう。いや、全くの偶然だった。鼻をへし折られてなければ、腹立たしいことに嬲り殺されていただろう。だが、それも終わりだ」

 ラシャの眼が光る。その瞳は憎悪に燃えていた。彼と『それ』は、クロエ・クロニクルを通してまるで別のものを見ていた。彼女の怯えきった表情の向こう側に確かに見えたのだ。自らを凌駕する狂気に満ちた傲岸不遜な兎の姿が。

「聞こえているか?篠ノ之束。お前の可愛い『被験体』はもうすぐ死ぬ。ドイツ政府がこいつらの先達共にしてきたように、徹底的に痛めつけた後に豚の餌にしてやる。お前の前座だ、この子も誇りに思うだろう」

 ラシャの手にはクロエが持っていた仕込み杖が握られていた。護身程度の重量と強度しかない細身の刃が処刑人の振るう処刑斧の様な無慈悲な輝きを放っていた。剣が振り上げられる。

─キアアアアアアアアアァァァァァァ!!─

 その時、絹を裂くような悲鳴に似た異音が、暴風と共に森を駆け抜けた。ラシャが何事かと振り返った先には、銀色の天使が居た。
 正確には天使というより、北欧神話の戦乙女の様な武人然とし、尖った装飾を纏っていた。大凡死者を悼み、恋愛を成就する様な事を使命とする手合ではない事だけは理解できた。

「何なんだこいつは!?ISか!?」

 ラシャは基本的にISと言うものに興味を持ったことはない。とはいえ、ISそのものをカリキュラムに加えられたIS学園の職員として働いていると、用務員という外様な立場とは言え最低限の知識は弁えなければならず、愛しい弟分がISの熟達に躍起になって取り掛かっているため、時代に取り残されぬようにデジタル世代に挑む老人のような心境で、渋々ISについて学び始めていた。
 第一世代の鎧のような無骨なフォルム。第二世代の露出が増えた代わりに多彩な武装に彩られた戦化粧。そして、アリーナで燕の様に飛び交う第三世代。どれも人の命を容易く奪うほどの火力を持ちながら、何処か遊戯めいた雰囲気を醸し出していた。
だが。

「こいつは…」

 どれにも当てはまらない。IS学園で生徒が戯れていた機体とはモノが違う。違いすぎる。ダイアモンドダストの様な輝きに包まれた白銀のISは、背部の翼のようなスラスターを、今まさに羽ばたかんと広げた。更にその翼から光が溢れる。その光に全てが冒されていく。木々は萎れ、川の水は干上がり、大気が軋みを上げていく。
 ラシャは呆けていた自らを恥じた。あの白銀のISの攻撃は既に始まっていたのだ。

「キアアアアアアアアアァァァァァァ!!」

 天使が吠えた。光の翼から羽と思わしき無数の光弾が雨のように降り注いだ。唐突に行われた死の絨毯爆撃は、此処一帯の地図を書き換えんとばかりの激しさで、生きとし生けるもの全てを否定する残酷の煌めきを撒き散らしていた。

「おおおおおおおおおおぉぉぉぉ!?」

 哀れなことに、ラシャの身体は木の葉のごとく宙に舞い、再び重力無き世界へ投げ出され、地面へと叩きつけられてしまった。そんな中、クロエ・クロニクルはナイフの拘束から何とか逃れ、暴風の中へと消えていった。

「しまった!!」

 ラシャは直ぐ様右手に仕込んだナイフをクロエに向けて放とうとしたが、一度彼女の血と脂を吸ってしまった為か、刃はベルトに嵌ったまま発射されなかった。
 それどころか、白銀のISが彼女を庇うようにラシャの前に立ちふさがった。その巨大な両腕でラシャの身体をキャッチし、圧殺すべく握力を掛けてくる。自由落下する彼は放っておいても死ぬというのに意地でも殺すつもりで居るらしい。
 その時、腕を通じてラシャの頭に声が響いてきた。

─助けて、彼女を助けて!!

 幼子のような懇願する声。周囲には何も居ない。明らかに眼前のISから聞こえてくるとしか思えなかった。

「寧ろ俺が助けてほしいよ……」

 ISには不可解なことが多く、人格を持つ様に自己進化をする個体があると聞いていたが、こんなイカれた言動をするようになるのであれば、一刻も早く全て廃棄すべきだ。と、ラシャは痛感した。

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 裂帛の気合が黄昏の空に響く。同時にラシャの拘束が解ける。二転三転する視界で、ラシャが辛うじて視界に収めたのは純白のISを駆る弟分の姿だった。周囲には彼の友人である専用機持ちの面々が見えた。専用機を纏った篠ノ之箒の姿もそこに居た。昼間に見た慢心した表情は幾分か鳴りを潜めたようだ。

「大丈夫ですか!?」

 宙空に投げ出されたラシャを受け止める存在が居た。所々亀裂が走った橙色の装甲は専用機の作り。巨大な盾のようなものの残骸を携えたシャルロット・デュノアだった。

「今すぐ安全なところへ……ヒッ!?」

 シャルロットと目が合った。バラクラバを被っていたとはいえ、体格と瞳の色等で自らが編田羅赦を抱えている事に気付いていたのだろう。表情が瞬時に凍りつく。

「ありがとう」

「え?」

 ラシャの常識的な返答にシャルロットの凍りついた表情が困惑に歪む。

「ここからは一人で行ける」

 ある程度高度を下げたシャルロットの手からラシャは砂浜へと飛び降りた。彼方の空ではまだ一夏達が戦っている。自分ができることは最早無いに等しい。そもそも篠ノ之箒と篠ノ之束の邂逅を避けられなかった時点で自らの任務は失敗していたのだ。おまけに学園の生徒に存在を知られたりと踏んだり蹴ったりだ。
 一歩一歩がとても重い。傷口は既に血液が凝固していたが、その固まった血が傷口を突き刺して激痛を発していた。激痛と戦いながらもどうにか回収地点にたどり着いた時には、既に夜の帳が下りきっていた。
 そこには一人の少女が立っていた。IS学園の制服に目の覚めるような青い髪。そして、自身に満ちた表情を覆い隠す扇子。IS学園生徒会長、更識楯無がそこに居た。

「お疲れ様、先生」

「どうして此処に?」

 ラシャの脳裏に最悪の展開が浮かんだ。これ以上無い無様を晒した鉄砲玉を始末しに彼女は使わされたのではないか、と。
 だが、態々用務員一人を殺すのにISを──しかも国家代表という次代のブリュンヒルデの座を争う為に存在する最高の持ち駒を使うということも解せなかった。
 しかし、彼女は若くとも暗部の総帥を継いだ女。ましてや極々短い期間ながらもラシャ自らが指導を行った存在でもある。自らの手を安全に知っている事もあり、殺し屋に選ばれたのではないかと邪推する事もできる。

 気が付けば、ラシャの周りを水の壁が覆い尽くしていた。すぐさま身構えようにも、ラシャの身体は身動きができない手足を動かそうにも、水中にいるかのようにその動きは緩慢としたものとなる。

「大人しくしてくださいね?」

 楯無はウィンクをすると、水の壁によって陸の上で溺れかけているラシャの顔に、酸素吸入器のマスクを装着させた。ラシャは慌てて口元を抑え、脳に酸素を送る。

「とりあえず、先生がこんな事をしているのかは学園でたっぷり聞かせてもらえますからね?」

 楯無は、嫌に凄みのある笑顔を浮かべると、所持しているISを展開した。彼女のためにロシアが誂えた専用機ではなく、IS学園に備え付けてある打鉄であった。

「ナノマシンのベッドで少し休んでいてくださいね。唯でさえ死にかけなんですから」

 最早水牢、水棺と言うべき空間に閉じ込められているラシャを一瞥すると、楯無はIS学園に向かって空を蹴った。
 
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