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虚弱ゲーマーと似非弁護士の物語 -求めたのは力では無く-

作者:昼猫
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Act3 帰還

 「だから俺はもう、病人じゃねぇって言ってるだろ?リンゴの皮ぐらい自分で向ける」

 此処は都内にあるリハビリテーションセンターの一室。
 そこにはソードアートオンラインと言う仮想世界でデスゲームを強いられていましたが、二十日前に現実に帰還したアンドリュー・ギルバート・ミルズ――――愛称ギルがベットの上で上体を起こしている体勢で、見舞いに来ている彼の奥さんに抗議をしていました。

 「病人じゃなくても二年間寝たきりだった人が何言ってるのよ。ほら、もう切り分けちゃったんだから食べてよ」
 「ぬぅ」

 残念ながら抗議を聞き入れられる事は無く、言われるままにリンゴを食すギル。
 そこで思い出したように訊ねます。

 「そういや、店はいいのか?」
 「ええ、大丈夫よ。士郎君に甘えて来ちゃって、店番任せてるから」
 「オイオイ」

 いくら軽口をたたき合える親友とは言え、流石に同情を禁じ得ないとギルは思うのでした。
 そのギルから同情されている士郎と言えば――――。

 「――――」

 店主らが留守にしている店で、マスターの様に洗い終えたグラスを慣れた手つきで拭いていました。
 最早、勝手知ったる他人の家―――――ならぬ友人の店です。
 今まで離れ離れだった分、その反動で店番を半ば強引に押し付けられた士郎ですが、寧ろ都合がよかったのです。
 これから、とある人物と会う約束をしており、待ち合わせ場所がこの昼間は客入りがあまりよろしくないダイシー・カフェだったのですから。
 噂をすれば何とやら、お客が出入りする扉のドアベルが鳴り、誰もいなかった店内にお客が入店して来たことを示す意味でした。

 「いらっしゃいませ、自称足長おじ様」
 「皮肉的に言うのは止してくれないか?歳を重ねて行くと、メンタル面も比例して弱くなっていくのだから」
 「それは人によると思いますが――――ご注文は?」
 「いつものを頼むヨ」

 士郎はお客である初老の男性の注文の品を出す為に動き出す。
 初老の男性は、動き始めた士郎の背中越しに聞きます。

 「今日は衛宮君だけかい?」
 「ええ、ギルの所にお見舞いに行きました」
 「ほぉ、マスターは今どんな具合なのかな?」
 「予定ではあと一、二週間程度で退院。その後は自主的なリハビリで言いそうですよ」
 「そうか。退院日が決まり次第連絡してくれないかな?彼の帰還パーティーを開かなくてはな。勿論言い出しっぺの私が全額出すヨ。常連客の面々もそろえてパーッと騒ごう!」
 「それはアイツも喜びますよ」

 答えながら注文されたダイシー・カフェ特製ブレンドコーヒーを差し出す。
 それを何時もの様にグイッと飲む初老の男性は、うむと、満足そうに目を瞑ったまま微笑む。
 その初老の男性を見ている士郎から、話を切り替えます。

 「それで本題は何です?」
 「ふむ、そうだネ。貸し切りと言う訳でもないし、用件を言おう」

 所持してきた鞄から、数冊の書類を士郎に渡します。
 士郎は受け取った書類に早速目を通すと同時に、話を耳に入れます。

 「SAOはクリアされたとの事だが、死んでいる訳でもないが目を覚ましていない者がいると言うのは知っていると思う」
 「ええ。それについてもまだ連日ニュースになってますからね」

 言う通り、連日ニュースで報道されている周知の事実です。
 ただ日本人は飽きやすく、その規模も既に減少しているが。
 士郎がその事実を知っていることを確認して説明が続きます。

 「その未帰還者達に関わっているのが電子機器の大手、レクトの子会社であり、ALOを運営しているレクト・プログレスの可能性が出て来たのだヨ」

 衝撃的な発言である。爆弾投下にも程がありました。
 しかし士郎は驚く事もせず、書類の文章をざっと速読し終えてから目を放す。

 「――――貴方の情報網の広さと凄さは以前から知ってますので、その可能性とやらに疑いを持つ気はありません。ですが、何所からの伝手なんです?その一歩間違えれば即逮捕されそうなソースを何所で入手したんですか?」
 「企業機密だネ」
 「いくら知り合いでも、犯罪の片棒を担ぐのはごめんですよ?」
 「グレーンゾーンさ、グレーンゾーン!それで話の続きなのだが、情報を得たはいいが、信用できない者にこれ以上の調査は頼めなくてネ。だが君ならば話は別だ」
 「私は弁護士であって、探偵では無いんですが・・・」
 「無論、重々承知しているさ」

 表情を一切変える事無く答えて来る目の前の初老の男性に、士郎は内心でいけしゃあしゃあと思いました。
 勿論自分の心の淵を読ませないために、士郎も微塵たりとも表情を変えずに。

 「・・・・・・・・・分かりました。この件については私も気に掛けていましたし、本業の合間でよければ引き受けますよ。貴方には医療機器の作成で、ラボを貸し与えてくれた事から出資と口利きまで、実に多くの面でお世話になりましたからね」
 「あの件は将来的に見ても十分勝算があると判断してのことだから、気にする必要はないのだが、それで君が引き受けてくれるのなら、中々得したと思えるかな」

 依頼を引き受けると承諾してくれた士郎に、男性は調査するに必要な物を事前に揃えた道具が入れてある鞄を丸ごと渡しました。

 「調査に必要な道具から実費分まですべて入っているから、有効に活用してくれ給え」

 言いたい事を言い終えた初老の男性は、ご馳走様と言うと同時に席から立ち上がり出口に向かいます。

 「では衛宮君。あとヨロ~」

 最後の最後にふざけた言葉で店を出て行った初老の男性。
 そこで士郎はハッとする。

 「あっ、勘定!って、メール?」

 このタイミングにメールが来たので見てみれば、先程の男性からのメールで、特製ブレンドの代金は実費の中に一緒に入れてあると書かれている事が解りました。語尾にハートマークを付けて。

 「相変わらず食えない人だ」

 先程まで男性が座っていた席を見て、士郎はその様に呟きました。


 -Interlude-


 ギルの見舞いから戻ってきた奥さんとタッチ交代した士郎は今、横浜港北総合病院に来ていた。
 あの男性の依頼の前に、未だ目覚めていない未帰還者に遭いに来た――――と言う訳では無く、ある事情で訪れていました。

 「やあ、衛宮君。久しぶりですね」
 「はい。お久しぶりですね倉橋先生」

 士郎が来たことをナースステーションからの連絡で受けた倉橋と呼ばれた男性は、全幅の信頼を寄せた友人の様に士郎を迎えて来ました。

 「その後あの少女――――紺野藍子さんの経過はどうです?」

 士郎の言う少女がいる特別な無菌室に向かいながら話し合っています。

 「良好ですよ。既に末期直前まで言っていた藍子君の体を蝕んでいた病の多くを取り除く事が出来ています。これも衛宮君が作成した医療機器のおかげです」

 倉橋医師の言う通り、士郎が制作した医療機器のおかげで被験者の少女の重病のレベルを下げるなどして幾つも取り除くことに成功した様です。
 しかし、士郎は言います。

 「何を言うんですか?倉橋先生の理論が有ればこそ、アレは完成させることが出来たんです。ですから寧ろお礼を言うのは私の方ですよ」

 士郎が生まれた世界で魔術協会から追われた理由は、封印指定級の魔術特性を知られたからだが、聖堂教会から追われた理由は自分の魔術を遠慮なく人助けに使って行き、神秘の秘匿に対して碌に気を使わなかったからです。
 士郎はその事に関して後悔などせずに、寧ろより積極的に使って行きました。
 そしてこの世界でもと最初は思った様ですが、自分を助けてくれた遠坂たちの想いを裏切る訳にはいかないと考え、思い改めました。
 しかしお人よしの性質は易々とは変えられず、せめて自分の目の届く範囲の人々は救いたいと言う方針で行くことにした士郎は、出来るだけ自分が魔術を使ったとばれにくい方向性として、機械を媒介にして人助けをすると言う事で、医療機器に着目したのです。
 士郎のみが使える投影魔術の概念武装の力を抽出し、医療機器に生かせないかと言う研究を弁護士になる為の勉強の傍らでずっとしてきた士郎が高校生になる時、倉橋先生と出会いました。
 倉橋先生の医学会での論文は行き過ぎていて、その理論を今の技術では再現できないと壁にぶつかっていた所で士郎と出会ったのでした。
 2人は最初こそ警戒していましたが、お互いの研究の足らない所が埋められると意気投合して行きました。
 ですが、話を進めて行く内に幾つかの問題が発生して行きました。その中でも一番の問題は資金です。
 2人の目指す医療機器を製作するにあたり、資金が圧倒的に足りません。
 そこに、2人だけの秘密だった筈の計画を何所から聞きつけたのか、自称足長おじ様のファブリスさん(偽名も自称)が出資すると唐突に表れて名乗り上げたのです。
 これに2人は勿論警戒心を露わにしたが、さらには制作するにあたるラボの提供までしてくれるので、警戒心を維持したまま受け取ることにしたのです。
 そして約八ヶ月前に完成したのが布都御魂(ふつのみたま)です。
 投影宝具の布都御魂の概念を利用できないかと言う長年の研究の末、士郎が完成させた医療機器です。
 この布都御魂は現段階で、病気の進行を遅らせるもの等の不治の病を失くす目的として作られたもので、長年闘病生活を強いられている患者たちの希望の星なのです。
 その希望の星の臨床試験の被験者である患者の紺野藍子の無菌室前に、2人は到着しました。

 「まだ安心は出来ないので今も直、無菌室のままですが、このまま順調にいけば年内までには出られるかもしれません」
 「そう・・・ですか」

 倉橋医師の言葉に士郎は安堵しながらも、何処か悔しげにしていた。
 それを倉橋医師は、何時も(・・・)の様に言う。

 「衛宮君。何度も言うようですが、紺野君達の御両親を助けられなかったのは君のせいではありません。私達はデウス・エクス・マキナでは無いのです。人の身では助けられる数には限度があるのですよ?君は本当に優しい人間性と知っていますが、行き過ぎた優しさと責任感は時に傲慢と言われても仕方ないですよ」
 「分かっては・・・・・・いるつもりです」

 倉橋医師の言葉に痛々しい感じに返事をする士郎。
 その反応も今や毎度の事の様で、これに内心で溜息をしながら話を切り替える倉橋医師。

 「そう言えば布都御魂の二号機がロールアウト間近だと、ファブリスさんから聞いたのですが」
 「ええ。来月の上旬中には納入できる予定です」
 「では予定通り、次は木綿季君と言う事でいいんですね?」
 「勿論構いませんが、先生の独自の判断で大丈夫なんですか?」
 「はい。2人の治療についての判断は、生前のご両親から遺言にて頼まれていますから大丈夫ですよ――――って!?」

 そこでまた士郎が落ち込んでいることに気付いた倉橋医師は、話をどの様に完全に切り替えるか、それなりに苦労したそうだ。

 それから約二ヶ月後の年を開けた月の中旬から下旬の境、物語が加速度的に進むのだった。 
 

 
後書き
 士郎が研究て、似合わないと思いますが、如何か流してください。
 この辺りは紺野姉妹の生存フラグの為ですね。
 藍子の性格はあまり似て無い双子と言う事で、お淑やかな感じにしようと考えています。 
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