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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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エピソード3・始まりのオーメン

 
前書き
エピソード3開始です。基本的にはシャロン視点で進みますが、場合によっては別のキャラの視点でやると思います。 

 
夢……。

私は夢を見た……それは別の世界の光景、あるいはただの妄想だったのかもしれない。

選ばなかった選択の行く末……。
こうならなかった世界の道筋……。

夢とは何なのか。
眠りについている間に見る映像?
心に眠る願望を見ているだけの幻?

現実感とは何なのか。
魔法なんてものが無く質量兵器で争う光景?
無数の人が交差点を行き交う都市群?

答えはわからない。でもその夢は……どちらにも当てはまらないのに、どちらにも当てはまる……まるで何かの答えを見ているようだった。


俯瞰視点のような場所で、私は見た。海に近い倉庫街……そこに消えたはずのサバタがいた。彼が近くにあった錆びまみれの倉庫に入ると、その先はなぜか古ぼけた屋敷の部屋になっていて、窓の外の景色も海じゃなくて雑草だらけの庭が映っていた。

部屋の中央にあった二つの椅子、片方にはスーツと二本の小太刀、もう片方には妖艶なドレスが残っていた。それを一瞥した後、サバタは屋敷の地下に向かった。そこには紫色のバイクがあり、綺麗なドレスがまるで寄り添うかのようにかかっていた。

場面が変わり、人っ子一人いない荒廃した街中をバイクで走るサバタ。途中に残ってた看板には翠―とか、―鳴―などの文字が微かに残っていた。虚しい風景を後に彼は無言のまま、バイクの次元転移装置を起動、次元空間へ飛び込んだ。

降り立った別の世界は辺りが砂漠で、砂の中にビル群が埋もれていた。バイクを止めたサバタは、人の気配が一切ない街へと歩き出した。そして街の中央にそびえ立つ象徴的な建物を見つけて行ってみると、そこはミッドチルダ地上本部だった。そう、この砂漠しかない世界は次元世界にある別の世界(フェンサリル)ではなく、第一管理世界ミッドチルダだった。栄枯盛衰を体現している世界……生命の気配が微塵も感じられない世界。だが、そんな場所だからこそ蠢く存在がある。

日が沈み、辺りが暗くなってきた。夜の到来で、アンデッドが外に出始めた。訪れた生命に群がってくるアンデッド……軽く目を伏せて首を振ったサバタは、見たこともない大鎌を手に召喚し、ゼロシフトを使いながらアンデッドの大群に斬りかかっていった。他にも見覚えのある暗黒剣と暗黒槍も用い、暗黒転移の神出鬼没っぷりと体術の凄まじさもあって爆撃機のように敵を蹴散らしていった。

また場面が変わり、今度は通路にはびこるクレイゴーレムをサバタが一刀両断、何かの施設を突き進む。そしてたどり着いた最奥部には、天球儀と似た巨大な物体があった。だけどその物体の前には、二本角のヴァンパイアと、左腕がおぞましい見た目のアンデッドがおり、しかも次の瞬間、部屋の天井が壊れてヴァナルガンドと、ヨルムンガンド、ファーヴニルが姿を現した。

どう考えても勝てる訳がない化け物の大群、それを前にしてもサバタは一切物怖じしなかった。たった一人で、そんな化け物達に挑んでいった。どれだけ傷つこうと、どれだけ絶体絶命になろうと……決して諦めなかった。戦いを見ている内に、サバタの目的が天球儀の破壊だと気づいた。敵は倒せずとも弱体化させ、破壊光線などの猛攻を潜り抜け、彼はとうとう天球儀の目前に迫った。サバタの暗黒剣が天球儀に振り下ろされようとした……刹那、彼は驚愕する。その一瞬の隙を突かれて、後ろからヴァナルガンドに噛みつかれた彼の瞳に映ったのは……。









「……………夢?」

月が静かに輝く深夜、ホームのベッドで目を覚ました私は、深く息を吐いた。さっきまで見ていたのが夢だと認識して、とても安心したからだ。だってあんな内容が現実にあったら、普通に怖いから。

怖い夢を見たせいで、ちょっと目が冴えちゃった。気分転換に少し散歩しよう。

「あ、今日は満月だったんだ」

冬が近くなってきたから外は少し寒いが、空気が乾燥しているおかげで空の月がより綺麗に見えた。こういう夜は月見酒が美味しいと昔アクーナの村長さんが言ってたけど、まだ未成年の私が飲酒するわけにはいかない。まぁ、将来の楽しみの一つではあるかな。

サン・ミゲルの中心にある太陽樹のふもとまで行くと、太陽樹は月明かりに照らされて青白く光っているように見え、そよ風が吹くと太陽樹の葉がさわさわと心地よい音を立てた。

「……やっぱり良い街だよね、サン・ミゲルは。アクーナのように離れたくない、ずっと住んでいたいと思えるほどに。でも……」

ヨルムンガンドが目覚めた余波で受けた被害は、街の皆の協力で一ヶ月のうちに修復した。とりあえずここで今すぐやらなければならないことは、一応無いと思う。だから、あの時突然私を襲った悲しみの正体を探りに行っても、皆の迷惑にはならないはずだ。むしろあれから行方不明のジャンゴさんを探せるという意味でも、好都合なのかもしれない。

だけど……それは次元世界に戻らなければならない、ということを意味する。正直に言って、私はあの世界が怖い……今でも怖くて仕方がない。マキナやマテリアルズ、ジャンゴさんが向こうにいると知っていても、やっぱり行くのを恐れてしまう。

『あなたは……外に出るのが怖いの?』

「だ、誰? ……も、もしかして、太陽樹……?」

『心に刻まれた恐怖が、あなたに旅立つことを恐れさせている。闇のイバラがあなたの心を縛り付けている』

「……あなたの言う通りだ。私は外に踏み出すことを恐れる、ただの臆病者だよ……」

『いいえ、あなたは暗黒の戦士から受け取った心の力を持っている。ただ、あの時の悲しみがそれに影を落としてしまっている』

「影……」

『影に光を当てられるか、それはあなた次第。でも、あなたがもし勇気を出して外に踏み出すのなら、この光が何かの役に立つように願う……』

その声が聞こえた直後、太陽樹の根元から小さな桃色の光の塊が放出され、それが私の胸に下がっているサバタさんからもらったお守りに集まり、そして何事も無いように光が収まった。お守りの効力が上がってはいないけど、それでも今の光には何らかの力を感じた。

よくわからないが、今の光が何なのか尋ねても太陽樹は先程までの応答が嘘だったかのように何も答えなくなったため、私はどうも腑に落ちないような気分でひとまずホームへ戻ることにした。予定とは違ったがちょっとした気分転換はできたので、今度はちゃんと寝ることにしよう。

『……あれは、どこかから流れてきた魂の欠片……消えかけていたそれを私が集めたもの。その光とどう向き合うか、私はここで見守ってあげるから……』







「探しに行きましょう!」

今朝、ホームに来るなり開口一番にリタはそう言った。恋する乙女だし、いい加減ジャンゴさんが帰ってくるのが待ちきれなくなったんだと思う。

「でもリタ、私達は並行世界を渡る力なんて持ってないよ? なのにどうするの?」

「そのような些事、私のジャンゴさまへの想いを込めた拳で……」

「無理だから。いくら鍛えても、拳一つで世界なんて渡れるわけないから」

「では、どうすれば次元世界に行けると思いますか?」

「私に訊かれても……そもそも私がこっちに来れたのはサバタさんのおかげだから、私自身の能力なんて関係ないし……。というかそういう探し物はザジさんかレディさんの方が……」

「お二人には既に相談済みです!」

「え、そうなの?」

「はい。ですがマスターからギルドに調査をお願いしても、ザジさまの星読みでも、満足いく結果は得られませんでした」

つまりもう探す当てが無くなったから、消去法で私に相談することになったと。しかし私も良い方法は思いつかな……あ。

「星読みで思い出したんだけど、先代ひまわり娘に訊いてみるのは……?」

「先代ひまわり娘さまですか! これは盲点でした……言われてみればその方法がありましたね! 早速出掛けてきま―――」

「待って待って!? 勢いに任せて即断即決を実行しようとしないで! そもそも先代ひまわり娘がどこに住んでるか、リタは知らないはずだよね!?」

「ではザジさまに訊いてきます!」

思い立ったが吉日、と言わんばかりにリタは突風のように宿屋へ走り去っていった。直後、「ちょっ、いきなりなんや!? にゃぁああああ!?」と、ザジの悲鳴が響いてきた。

なんていうか……けしかけるような形になってすいませんでした。

「謝っとる場合か! はよ助けんかぁー!」







「なるほどなぁ、確かにうちのば……師匠に訊くっちゅうのは中々良いアイデアや。今のうちの力だと、他の世界のことまでは流石に読めへんもん」

突然襲撃された理由を聞いて、ザジは若干疲れた様子を漂わせながらも同意した。
星読みは星々の動きから森羅万象、過去現在未来を読み解く技。だからやれば何でも読めそうだけど、ザジは過去に暴走を起こしたことを先代から聞いてから、安全に制御できる範囲でだけ力を使うようにしているらしい。

暴走時ならもしかしたら並行世界の未来のことまでわかるのかもしれないけど、本人の嫌がることなんてやらせたくない。それは皆が当然のように理解していることだった。

「ただまぁ……サン・ミゲルからやと、師匠の家まで大体3日ほど歩き通しになるで? 行くなら行くで旅の準備が必要やけど、本当に行きたいんか?」

「当然です。わたしのジャンゴさまへの想いはその程度の障害ぐらい、難なく乗り越えて見せます! ですよね、シャロン!」

「え、私も行くの!?」

「だって次元世界に行く方法をシャロンも知っておけば、いつでも戻れるわけですよ。実際にあちらへ戻るかどうかはともかく、方法を知っておくぐらいは構わないと思います」

「リタの言う事は間違ってはあらへんなぁ。それに向こうには一度顔を見せて無事だと安心させて、その後にまたこっちに戻ってくるって方法もあるやろ」

「確かにその通り……なのかな。……そう、だね……一度は無事な姿を見せに行くべきだね。わかった、私も行くよ」

「さよか。あのば……師匠に会いに行くとか、うちとしては気乗りはせんが事情が事情やし、しゃーない。師匠の所まで帰省するとしよか」

そんなわけで、世紀末世界の旅のパーティが出来上がった。RPGで言うなら、リタは前衛職のモンク、ザジは後衛職のウィザード、私は……ハウスキーパー?

「ただのメイドさんやん、それ。シャロンをジョブで言うなら吟遊詩人やないの?」

「後衛職ならそうでしょうけど、前衛職では二刀流パラディンじゃないですか?」

「それだけなら強く聞こえるけど……私の場合、絶対イメージ負けしてる。そもそも騎士みたいな鎧着てない」

ちなみに私は今、黒いスカートと藍色のチュニックを着ている。まぁ、暗色系を中心にした女子らしくも暖かい格好となっていた。

「別にパラディンだからって鎧着てなきゃいけないっちゅうわけやないやろ。元々うちらはシャロンにそういうの求めとらんし」

「まぁ、正直に言ってはなんですけど、その……シャロンって攻撃弱いですからね」

「むしろ……あなた達が強すぎだと思う」

「そういうシャロンは防御がおかしいレベルなんやけどな……未だにあの状況を無傷で生き延びたことにうちらも驚いとるんやし」

ザジのその言葉にリタが苦笑するが、私は少し膨れっ面を浮かべた。というのも少し前、サン・ミゲルに近づいてきたアンデッドを街の皆で迎撃したんだけど、その時に私も戦闘に参加した。ザジは世紀末世界の魔法で、リタは徒手空拳で、レディさんはタロットカードで次々と倒していったのに対し、私はなぜかスケルトンフェンサー10体とスケルトンアーチャー10体の計20体に執拗に追いかけられて、必死に逃げる中、剣や矢での攻撃を刀で凌いだり飛び込みで避けたりしてばかりで、全然攻撃できなかった。助けに入ったレディ曰く、「まるでアンデッドの人気者ね」とのこと。そんなの全然嬉しくない。

その後、私は足が速い上に防御特化ということで、レディにちょっと無茶振りされた。不本意だけどアンデッドを引き付ける体質らしい私を囮に、周りを高台に囲まれた広い場所に敵を集め、後ろにある人一人が何とか通れる道を通って脱出、袋のネズミとなった敵を魔法などで一網打尽にするって作戦だった。結果だけ言えば成功したんだけど、続々と集まってくるアンデッドの大群を前にして恐怖で腰を抜かさなかっただけ、その時の私を褒めてやりたいぐらいだった。

「でもガチ泣きはしとったよなぁ……」

「マスターはたまにですが、容赦ないことを要求しますからね……」

「正直、アレは二度とやりたくない……」







旅立つこと自体はもう仕方ないとして受け入れたが、しばらく街を離れる以上色々話をしておく必要がある。私は一度ホームに戻り、留守番をしていたスミレに旅に出る話を伝えた。

「そうなんだ……皆いなくなっちゃうのは寂しいけど……すぐ帰ってくる?」

「うん、出来るだけ早く帰ってくるよ」

「……わかった。お姉ちゃん達がいない間、お留守番がんばるから、お兄ちゃんも一緒に皆で帰ってきてね」

そうやってスミレは健気に笑った。スミレも大きくなってきたけど、私と似て彼女は寂しさを人一倍強く感じる性格だ。それでも親しい人を笑顔で送り出せる辺り、私より精神的に強いのかもしれない。

「クロちゃん、スミレを頼んだよ?」

「ミャ!」

ホームの入り口の傍で丸くなっていた猫のクロにそう言うと、クロはまるで任せてと言わんばかりに鳴いた。

まぁ、スミレはザジとレディの指導のおかげで自衛できるように初級魔法を習得したから、アンデッドに襲われても何とか逃げられる程度の強さは身に着けている。しかも学習意欲も高いから、色んな知識を自ら進んで覚えようとする。あと数年もすれば、この子一人で大抵のことは全てできるようになると思う。なんていうか、将来が楽しみな少女だ。

そして……そんな彼女の父親と思しき彼、棺桶屋はガレージで何やら作業をしているとのこと。カチャカチャ音が聞こえる扉の外から呼びかけたところ、作業工程の終盤ということで集中したいらしく、後でもう一度来てほしいと返事が返ってきた。よくわからないけど作業の邪魔するのも悪いし、また後で来よう。

というわけで近くにある武器屋に向かうと、中でシャイアンが自分のトマホークの手入れをしていた。私に気づいたシャイアンは、研磨の動きを止めずに話してきた。

「よく来たな、シャロン。すまないが今は手が離せない」

「構いません。私は連絡に来ただけなので」

「連絡?」

事情説明。

「なるほど……次元世界に渡る方法を探しにか」

「はい。それでしばらくサン・ミゲルを離れるので、街の守りはシャイアンさんとレディさんに頼ることになりますが……」

「心配いらない、元々街の守りは私の務めでもある。それに太陽樹の結界も、昔のそれより強固となった。おまえ達は何も気にせず、思う存分旅をしてこい」

「ありがとうございます」

「そうだ、旅立つ前にスミスの所へ寄ると良い。ジャンゴに渡す予定の武器が完成したとのことだ」

それを聞いた私はシャイアンの言葉に従い、スミスさんのいる鍛冶屋へ移動した。以前、ヨルムンガンドの封印が緩んだ際の地震で一度火事になったが、新しく建て直されたおかげで今では耐震耐火完全防備の頑丈な施設となっている。

「おぉ、来たな。早速だが、これを受け取ってくれ」

私の姿を見て顔が綻んだスミスは、すぐに傍に立てかけてあった剣を私に渡してきた。専用の鞘に入ったその剣は希少な金属を刀のように何層も重ねた頑丈な構造となっていて、鞘から抜くと鏡のように磨かれた刀身に私の顔が映った。装飾は最低限だが、刃は真っ白に輝いていて、見ているだけで荘厳かつ重厚な威圧感を感じるほどだった。

「ブラックスミスとしての技術を全て注ぎ込んだ、わしの最高傑作じゃ。銘はガラティーン、切れ味も頑丈さもこれまでの剣とは比べ物にならんぞ。決して折れない、曲がらない、鈍らないの三拍子を揃えた、わしの考え得る最強の剣じゃな」

「その分、費用がとんでもないことになってそうですね。以前、ここに持ってきた希少金属にオリハルコンやトラペゾヘドロンが入ってたことを考えたら」

「うむ、これ一本で豪邸が買えるぐらいじゃな」

「大盤振る舞いにも程がありますよ……」

「しかしジャンゴがイモータルやエターナルに勝てなければ、わしらもお陀仏だったんじゃ。金も力も出し惜しんだ結果、敗北して人類が絶滅しましたでは笑い話にもならん。それにな、わしはリンゴの息子達にしてやれることは出来るだけしてやりたいと思っておる。それで誰かが死なずに済むのなら、この上ない儲けものじゃ」

微笑むスミスに、私は改めてこの人を尊敬した。堂々と言い切ったその姿勢からは、大金をつぎ込んだ後悔なんて微塵も感じられなかった。良いおじいちゃんって、こういう人の事を言うのだろう。

「次元世界にもし行けたら、ジャンゴに渡してやってくれ。きっとあいつの助けになるはずじゃ」

「そうさせていただきます。ただ……これは私よりリタが持っていた方が色々と都合が良さそうなので、彼女に預けても大丈夫ですか?」

「……そうだな。そろそろ身を固めて良い年頃じゃし、恋路に決着を着けてもらいたいものじゃな」

若者を見守る大人らしい意見だが、恐らく彼の言葉は私やザジにも当てはまるのだろう。そもそも……未来の私は、どんな風に生きているんだろう?

「ヘイ、テラガール! そんなところで何してるんだ?」

ガラティーンを背負ってから鍛冶屋を出て階段を昇ると、相変わらず目立つアフロ頭のキッドが何やら大きな荷物を店の前に降ろしており、私に話しかけてきた。どうやら他の街から新しいアクセサリーを仕入れたところのようだ。ちなみに彼が私をテラガールと呼ぶのは、異世界から来たからだそうな。

「これから私達も旅に出るから、皆にその連絡をしてるところ」

「ホワッツ!? オマエが急に旅って、一体どういうこった!?」

事情説明。

「ソーラーボーイの行方は確かにオレも気になってた。探しに行ってくれるってのはありがたい話だが……オマエ、無理はしていないだろうな?」

「無理って?」

「いやな、オマエって結構臆病だから、強く言われて断れなかったんじゃないかと。この前だって、うまく乗せられたせいでバッドな目にあってるし。まぁ、その様子ならオレの心配なんて杞憂だと思うが、無茶だけはしないでくれよ」

最近はアンデッドの数が減ったことでサン・ミゲルの皆もたまに他の街に行くことがあるため、旅自体はそこまで珍しいことではない。ただ、今まで私はこの街を離れなかったから、彼の心配はありがたいことだし、すごく嬉しい。

「心配してくれて、ありがとね」

お礼を言って微笑むと、キッドは頬をかいて、グッと親指を突き出した。

それから私は時計台のエンニオ、マルチェロ、ルイスに挨拶した。ザジとリタは宿屋と果物屋を長期休暇する用意をしているため、図書館にいるレディにも私が話を付けることとなっている。

「あら、いらっしゃい。今日は何かしら?」

なにやら書類作業中だったレディは図書館に入ってきた私に気づくと、ペンを置いてそう声をかけてきた。

「こんにちは、レディさん。急な話かと思いますが、実は……」

「先代ひまわり娘のところへ行くのでしょう? もう知ってるわ」

「流石はギルドマスター、耳が早いですね。ええ、その通りです。これから私達は先代ひまわり娘のところへ向かいます。それですみませんが……」

「当分ギルドの仕事は受けられないってことでしょう? それなら大丈夫よ、こっちで何とかするから」

その時、バタンッと図書館の扉が開き、やけに疲れた様子のハテナが凄い量の荷物を持って息切れしながら入ってきた。

「れ、レディ嬢……頼まれてた仕事、終えてきたぞ……!」

「ご苦労様、ハテナさん。でもごめんなさい、あなたにやってもらいたい仕事はまだまだたくさんあるの。申し訳ないけど、頑張ってくれるかしら?」

「お、おい……まさかまたミッションマラソンをしなければならないのか? もう勘弁してくれ!?」

「そう……わかったわ」

「む、やけに素直に受け入れてくれたな?」

「ジャンゴくんがいない今、あなたが倒れてしまったら多くのミッションが達成不可能になってしまうもの。ハテナさんにしか出来ない仕事だけど、あなたが無理だと言うのなら残念だけど……」

「私にしか出来ないだと……!? し、しかしここで口車に乗れば、またあのミッション三昧の日々に……! いや、それがわかっていてもなお、女のために頑張ることこそ真の漢というものだ!」

「は、ハテナさん……」

「私のことならば心配いらん、レディ嬢、シャロン嬢。さあ好きなだけミッションを言い伝えるがいい! ふっはっはっはっはっはっ!」

「あら、ありがとう。じゃあ早速だけど次のミッションは……」

自棄気味に笑うハテナに、さっきまでの同情的な雰囲気を一掃したレディは無常にも次の仕事を伝えていた。その光景を見て私は、今度帰ってきた時にでも皆でハテナを労ってやろうと哀しい涙をホロリと流しながら思った。

「ところでシャロンちゃん、あなたは中々の読書家だったわね。ここでよく本を探すあなたの姿を見たものだわ」

「え? ええ、まぁこの図書館の本は次元世界には無かったものも多くて、興味深いものが多かったです」

「この前は、卵が先か鶏が先かについての考察本を読んでたかしら?」

「はい。鶏がいなければ卵は生まれないが、卵がなければ鶏に育つことはない。どちらが先に存在しているかについて筆者なりの意見が書かれていました。それであの本の筆者は卵が先だと書いていました」

あの本の筆者曰く、我々が認識している“鶏”になる前の、鶏に限りなく近い生物から生まれた“卵”こそが始まりらしい。生物は常に進化や環境対応などの様々な要因で肉体や精神が変化するため、変化前と変化後では同じ生命体でも厳密な意味では違う存在、簡単に言えば進化論を基にしたが故に卵が先だという話だ。

「あくまで意見の一つだから、参考程度に留めておくのが無難でしょう。その本を読み終えた後に私は鶏が先だと考えた筆者の本も読みましたけど、あちらは鶏が卵を育てなければ、そもそも卵が孵化することはない、という考えから始まっていました。でも鶏が先なら、その鶏はどうやって生まれたのかという疑問も残るんですよね」

まぁ、まさかそこから数学を用いて世界創造の始まりにまで考察が発展するとは驚いたけど、これはこれでなかなか興味深い考え方だった。他にも遺伝子論や神学を使ったものがあったけど、結局は何を基にして考察を進めるかで答えが違ってきていた。

「突き詰めればこの問題は、“ゼロ”がどこにあると考えるか、という話よね。こういう答えの出ない問題を話し合える人って世紀末世界だとあまりいないから、シャロンちゃんがしばらく旅に出るのは私も少し寂しいわ」

「レディさん……」

「あなたももうこの街の一員なんだから、ちゃんと無事に帰って来ること。いいわね?」

「はい!」

仲間だと受け入れてくれたことを改めて言葉にしてくれたレディに、私は力いっぱい返事をした。






とりあえず一通り知り合いには挨拶したため、後で来るように言われた棺桶屋の所へ向かった。全ての作業が終わったのかカチャカチャしていた音も聞こえず、扉を開けてガレージに入った私は、油汚れだらけの棺桶屋を見つけた。

「ふふふ……ついに例のモノが完成したんだ! 見てくれ!」

自信たっぷりに言う彼が見せつけてきたもの、それは……、

「自動車?」

次元世界でもよく見る四輪駆動の自動車。あっちの一般的なものと比べて、悪路を走破できるようにタイヤは大きく、車体も頑丈そうな構造になっていた。バギーの要素が入った車と言えばわかりやすいかもしれない。

「以前、ジャンゴくんに渡した棺桶バイクを作った時のノウハウを用いて、今度は自動車を作ったんだ。太陽エンジン搭載の魔法機械だから太陽の光がある限り燃料切れは起こさないし、たくさんの人も荷物も運べるようになった。これで移動もスムーズになるし、休憩中にアンデッドに襲われる危険も一気に減るから、生き残った街同士の交流もこれでより盛んになる!」

「パオーッ!」

彼のマネージャーの棺桶獣エレファンも、車の傍で元気よく声を上げた。彼らがこれだけ喜ぶのも無理はない。世紀末世界の文明はほとんどが廃れているから、乗り物なんてまず残っていない。自転車すらも。だからこの世界で街の移動や旅をする場合、手段は自ずと徒歩しかなくなる。故にこの自動車は人と人、街と街を繋ぐ架け橋となり、これから世紀末世界が再び復興する兆しとなるやもしれないのだ。

「棺桶屋さんって、実は凄い発明家なのかな……? ……あ!」

良いアイデアを思いついた私はポンと手を打ち、棺桶屋はまるでこちらの考えなど全てわかっているかのように笑みを浮かべていた。

それから店じまいを終えてきたザジとリタの二人と合流した私は、そのことを話した。自動車ならば歩きでは3日かかる距離だろうと1日で行ける。棺桶屋は早速この車で他の街に行くみたいだから、その途中で先代ひまわり娘の住んでる場所に寄ってもらう、という話をしたところ、彼は快く引き受けてくれた。

「なんやねん、ドタバタ慌てなくとも良かったんやなぁ」

「むしろ急いで行ってたら、余計時間がかかっていた可能性があるね」

「急いては事を仕損じる、でしょうか?」

「それ、使うタイミングが少し違う気がするで」

「この場合は急がば回れ、が妥当だと思う」

「とにかくこの自動車に乗せてもらえば、先代ひまわり娘さまのところまですぐに行けるんですね?」

「そうだ。試運転も兼ねることになるが、それでも良いのなら送り届けるよ」

「大丈夫です、よろしくお願いします」

ということで早速皆で乗車し、運転席に座った棺桶屋がエンジンをかけたのだが、ここで一つ私は致命的なミスを犯していたことを思い出した。

「ねぇ、ザジさん……」

「どないしたん? 今更キャンセルするわけにはいかへんよ?」

「わかってる……わかってるからこそ、今の内に言っておきたいことがある」

「改まってどうしたんや?」

「最近乗り物見てなかったから忘れてたけど、実は私……乗り物酔いしやすいんだよね……!」

「出発進行!!」

「ちょっ!? それ今言うかぁ!? マジでアカンやろぉ~!?」

ザジの絶叫が響く中、久しぶりで顔色が真っ青になった私と皆を乗せた自動車は勢いよくサン・ミゲルを飛び出すのだった。……ウップ。









野を超え荒地を超え……やがて私達の乗る車がたどり着いたのは、森の近くにポツンと佇む小ぢんまりとした屋敷だった。ザジは「森の中じゃないから、魔女の隠れ家らしくないかもしれへんな」なんて冗談を言っていたが、魔女だって人間なのだから、食糧とか人付き合いとかで外界と完全に隔絶するわけにはいかないのだろう……。

「はぅ……き、気持ち悪い……」

「よしよし、大丈夫ですか、シャロン? ほら、深呼吸しましょう?」

「乗り物酔いも大変や。にしても、まさか本当に1日も経たずに着くとは、自動車はこれまでの旅の認識を一変しよったわ」

「褒め言葉として受け取っておこう。尤も、シャロンのあの様子を見る限り、上下の揺れをもう少し抑えられるように改良する必要がありそうだ」

「そう簡単に対処できるもんやなさそうやけどね。とにかくここまで送ってくれておおきにな。ところでこの後、棺桶屋はどこ行くん?」

「虹の降る都ビフレストだ。そこは港町だから他では入らない情報も物資もあるだろうし、サン・ミゲルの皆に新鮮な魚でも持って帰ってやろうかと思ってね」

「ビフレスト……まさかここでエレンの故郷の名が出るなんて正直驚いたで」

「確か君の旧友だったね、エレンは。もし次元世界にうまく行けたら、久しぶりに再会しても良いんじゃないか?」

「ま、向こうにも都合があるやろうけど、色々話したいことはあるな。ほんまに会えたら、の話やけど」

「ふふふ……予感だけど、君達も改めて旧交を温める頃なのかもしれないから、次元世界に行ければ自ずと会えると思うよ。じゃあ私もそろそろ行くから、先代ひまわり娘にはよろしく」

そうして、棺桶屋が運転する車は去っていった。まだ気持ち悪さは頭に残ってるけど動ける程度には回復したので、私達は先代ひまわり娘の住む屋敷の戸を叩いた。ザジにとっては師匠との久しぶりの再会なので、きっと緊張しているはず……。

ガチャ……。

「インパクトッ!!」

「インパクトォー!!」

ドォーンッ!!

……えっと、あ、ありのまま今起こったことを話すよ。

扉をノックして開いたと思ったら、中から銀髪のお婆さんが杖を向けていきなり攻撃魔法を放ち、それを見越していたのか同時にザジも攻撃魔法を撃って相殺、玄関前で空気の爆発が発生した。

ていうか、なんでいきなり魔法勝負が始まってるの!? てっきり私は再会を喜び合う光景が見られると思ってたのに、まさかの衝撃魔法ぶっぱ!? 意味がわからない!

「……少し見ない内に腕が鈍ったんちゃうか、ザジ?」

「そういうばばあこそ、威力が衰えとるんやないの?」

「ばばあやない! 師匠と呼ばんか、この馬鹿弟子が!!」

「出会い頭に弟子にインパクト撃つ奴が言える筋合いか!!」

「こんなん、ただの挨拶や! 対処できん奴にうちの弟子を名乗る資格なぞ無いわ!!」

「じゃかしい! ばばあには常識っちゅうもんが無いんかドアホ!!」

なんか喧嘩が始まった。あのリタさえも展開に追いつけずポカンとしてるけど、ホントどうしよう……すごい言い争ってるけど、これ止めても大丈夫なんだよね? いきなり魔法撃たれたりしないよね?

「あ、あの……喧嘩はその辺で……」

「おぉっと、お客さんがおったんか。すまんすまん、つい熱が入ってもうて……堪忍してや~」

「全くもう……うっかりうちの友達に当たってたらどないすんねん。誤射なんてしよったら師匠と言えど頭の心配はするで?」

「嫁入り前の小娘ごときに心配されたら、伝説の魔女も終わりやね。まあええわ、上がって上がって」

「お、お邪魔します……」

お婆さん―――先代ひまわり娘に招かれておずおずとリタが入っていき、私も続いて玄関に上がらせてもらった。その途中、杖を仕舞うザジの方を見ると、彼女は「驚いたやろ? ま、いつものことやから気にせんといて」と何事もなかったように扉を閉めていた。なんていうか……魔女って、すごいなぁ……。

それから木造で彩られた居間に集められてハーブティーをご馳走になりながら自己紹介を行い、ザジと先代ひまわり娘は最近どうしてるかといった近況報告をした。そして場が温まってきた頃に、ザジが本題を切り出した。

「次元世界に行く方法やと?」

「せや。それで師匠は何か良い方法とか知ってはる?」

「…………フフフ」

「師匠? なに急に笑っとるんや?」

「いや……とうとうその時が来たんやな~と」

「その時?」

「こっちの話や。それより次元世界に行く方法やけど、それはあんたの力で出来るで」

「は? いやいや、うちにそんな力は無いはず……」

「あんたが覚えてないだけや。魔女の力、エナジーの力、それ以外のもう一つの力をザジ、あんたは持っとる。“アニマの器”……あんたが失ったままの記憶に、その力の正体が刻まれとる」

「え、ザジさまは記憶喪失だったのですか?」

思わずリタが尋ね、ザジはバツの悪そうな表情で頬をかいた。

「う……その通りや。うちは師匠に会う前の記憶を一部思い出せへんの。なんちゅうか、所々が抜け落ちとるんや……でも“アニマの器”なんてモン、初めて聞いたで?」

「はぁ、エレンの奴から何も聞いとらんのかいな。太陽都市から落下する際、あんたの身体ン中に入っていった金属板。アレや、アレがアニマの器や」

「……? うち……太陽都市から落ちたことあったっけ……? って、エレン!? 確かあいつは次元世界にいるはず……つまり師匠はあっちと連絡が取れるんか!?」

「ちゃうちゃう。エレンがうちに連絡を寄越した時だけ話せるんよ。逆にうちからコンタクトすんのはもう無理やね」

「はぁ……あいつ、あっちの世界で何をしとるん?」

「それを理解するには、まず今の次元世界の情勢を知っとく必要がある。かなり長い話になるから、まぁのんびりしながらゆっくり聞いとき」

一ヶ月ほど前にエレンから連絡が来た際、彼女の今もそうだが次元世界の情勢について話してもらったことを、先代ひまわり娘は語り始めた。

ここ最近の次元世界はとても安定しているとは言い難い状況だった。第66管理世界ニダヴェリールの消失から始まったファーヴニル事変、そこから管理世界のエネルギー資源不足が発生し、それが深刻になってきたことで管理局は第13紛争世界フェンサリルにエネルギー資源の無償提供を求め、それを拒否したフェンサリルと管理局との間で髑髏事件と呼ばれる、次元世界全体を揺るがした大きな戦いが起こった。

その事件はアウターヘブン社の尽力のおかげで一応収束したものの、次元世界……主に管理世界は今もなお混沌の最中にある。管理外世界は互いの連携を強めていくのに対し、管理世界はエネルギー資源不足が解決できなかった。髑髏事件とは見方を変えれば、“管理世界が管理外世界に敗北した”と言っても過言ではない事件だった。故にエネルギー資源を手に入れられなかったことで、わだかまりを抱いてしまう者も少なからず存在していた。

それが関係しているのか詳細は不明だが、フェンサリルで髑髏事件を解決した貢献者たちへ何者かが爆破テロを行った。緊張状態に陥っている次元世界にとって、その事件は最悪なことに新たな火種となってしまった。フェンサリル含む管理外世界にとっては存在と誇りを守った恩人、アウターヘブン社にとっては重役かつ身内が攻撃を受けたということで、彼らは管理世界に疑いの目を向け、管理局に誠意ある対応を求めた。だがやはりと言うか、管理世界は関与は否定し、管理局も犯人に繋がるまともな情報が手に入らなかった。しかし管理外世界側には管理世界側のこれまでの所業や現状もあって、管理局の返答を信用できなかった。そして疑いが疑いを呼び、互いが互いの怒りや憎しみ、不満を増大させていった。

幼い子供ですらわかってしまうほど次元世界に負の感情が渦巻き、最早戦争は避けられない……誰もがそう思っていたその時、第100管理外世界ミルチアである声明が大々的に発表された。それは……、

『ミルチア首相ハインラインより同盟国諸君、我々“オーギュスト連邦”が表舞台に立つ時が来た。連邦議会長として管理世界へ宣言しよう、我々連邦は管理局の支配から完全な独立を果たす!』

オーギュスト連邦とは水面下で管理外世界同士で結んだ同盟……管理局と対を為す次元世界規模の“国家”。管理局とは違い、オーギュスト連邦に加盟した世界は戦力を保持したまま自分達の世界の治安を守り、加盟国間の交流は盛んに行う。そして管理局やロストロギアが無理やり関わってきたら、連邦の総力を挙げてでも対処する。要は管理局の傘を否定し、管理外世界同士で力を合わせて生きようとしているのである。

次元を超えた組織はアウターヘブン社などを含めていくつか存在しているが、それらは大なり小なり管理局との協力関係があったりする。しかし今回は違う……連邦は管理局と真っ向から立ち向かう姿勢を見せていた。いわば管理外世界が生み出した、性質が真逆の管理局……それがオーギュスト連邦。この広い次元世界を調査する以上、管理局にとってはいつか生まれる、もしくは遭遇する、テロリストでも犯罪組織でもない、別の次元国家……同じ土俵に立った組織だった。

幸か不幸か、今の管理局は髑髏事件の影響でまともな局員が動けるようになっていた。彼らは管理外世界で膨れ上がった負の感情が今にも爆発しそうなのを知っており、そして連邦はそれらの意思を“制御”するために生まれた組織なのだと気づいた。彼らの意思をまとめておきながら、結果的には戦争を起こさないようにした。最も合理的に意思統一と戦争回避を同時に成し遂げた奇策。それが出来るのは彼らの知る限り、あの者達しかいなかった。

「エレンのいるラジエルは、次元世界大戦回避のためにオーギュスト連邦を一からコツコツ作り上げたんや。色んな世界の戦争を止めていく傍らで、もっと大きな……世界が滅びかねない戦争を止める準備も進めとった。そもそもオーギュスト連邦は、あいつらに戦争を止めてもらった世界が多くを占めとる。管理局を抜け、公の場で行方不明扱いになっても、世界大戦が起こるのを防いだんや」

「エレンの奴……知らん間にどえらい危ない橋を渡っとんなぁ。一歩間違えればどちらの勢力からも裏切り者扱いされて自分達が討たれかねんのに、それでも……」

「えっと……ひとまず世界大戦は起きずに済んだ、という事でしょうか?」

「大戦一歩手前ぐらいやけど、一応はそうなるで。ただまぁ、これで問題が済んだわけでもあらへんのが、あっちの世界のややこしさを示しとる」

「管理世界のエネルギー資源不足……」

「正解や。大戦は止められたが、元凶とも言えるその問題は未だに残っとる」

無暗に勝手な権利を押し付けたり、争いを起こそうとしなければ、連邦は基本的に無害だ。大戦を止めたこともあり、管理局にいる良識派、穏健派の者達は彼らとの摩擦は起こさないように尽力した。しかし……管理世界にいる以上はどうしても見過ごせない点があった。それが、連邦に加盟した世界に眠る潤沢な資源。資源に飢えた管理世界の企業や組織にとって、連邦だけが資源を独占するのは受け入れられなかった。そのため彼らは……干渉してしまった。

だがそれは防がれた、連邦に付いたラジエルの手によって秘密裏に。というのも、まだ沈静していない状況下で連邦に管理世界が干渉すれば、今度こそ世界大戦が起こりかねない。だからラジエルは現在、管理世界から迫る干渉を全て防いでいる。さながら防波堤のように。

しかし早急にエネルギー資源などの交易を行わねば、管理世界の経済は破綻する。そうなれば多くの人間が路頭に迷う。それは紛れもない事実、逃れようのない現実だった。これまで他の世界から手に入れた資源で経済を回していた管理世界は、皮肉にも管理外世界の手によって天国の外側に追放されたのだ。まるで圧政に耐えかねた市民に、皇帝が討たれるかのごとく。

そんな彼らに手を差し伸べたのは……アウターヘブン社だった。この事態の発端となった爆破テロの被害を受けた組織ではあるが、PMCだからこそ中立でいられた会社。この会社のおかげで救われた管理外世界は、連邦に加盟した世界もしなかった世界も関係なく、この会社との協力体制を維持した。そして……これまで培った技術と人望、多くの発電施設などを全て駆使し、彼らは生産したエネルギーの販売を決定、管理世界に売り始めた。

その結果、管理世界はアウターヘブン社に依存しながらも、どうにか経済を維持できるようにはなった。次元世界を全体的に見れば管理局と連邦の間で冷戦に近い状態になっているが、唯一のパイプ役とも言えるアウターヘブン社のおかげで大規模な戦闘は辛うじて喰い止められていた。管理局と連邦、二極化してきている次元世界において、アウターヘブン社はさながら避難所(ヘイブン)とも言うべき場所となっていた。

「これが今の次元世界や。元々あっちが出身のうちとしては、正直ハラハラして仕方あらへんわ」

「え、先代ひまわり娘さまは次元世界の出身だったのですか!?」

「そんなん、うちも初耳やったで!? 師匠はどうしてこっちの世界に来たんや?」

「世界中が戦争ばっかで荒れてたのもあるけど、まぁうちにも色々あったんや。あまり聞き出そうとせんといてくれへんか?」

「昔の次元世界の戦争……? ……失礼ですが、先代ひまわり娘さんの名前は……?」

「クレス。まぁ、うちの名前なんてどうでもええやん。とにかくあんたらが次元世界に行くつもりなのはわかったけど、今行くのは相当危険やってことはこの話で伝わったか?」

先代ひまわり娘―――クレスの言葉に、リタとザジは神妙な顔で頷いた。私は……正直、次元世界に戻るのが更に怖くなった。本当は行きたくない……でも、行かなきゃマキナ達と会えない。次元世界の人達は怖いけど……私も勇気を出して前に進まなきゃ、皆の隣には立てない。だから……頑張って、行ってみようと思う。

「決意は変わらんか……それでええ。少しでも決意が鈍った様子見せてたら、うちが直々に喝入れてたところや」

伝説の魔女が入れる喝って何だろう……? 呪いや言霊とか?

今の言葉でザジの血の気が引いて真っ青になっているのを横目に、そんな疑問を抱いた私がふと窓の外を見ると、いつの間にか夜になっていた。どうやら私の想像以上に長く話を聞いていたようだ。

「今日はもう泊まっていきぃ。ザジがアニマの器を使えるようにするにはどうすればええのか、明日までに星読みで占っといたる」

「では、お世話になります」

夜の世紀末世界はそこら中でアンデッドが闊歩している。今ではそれなりに数が減ったけど、野宿の危険は次元世界よりはるかに高い。下手すれば寝てる間にアンデッドに襲われて、気付かない内にアンデッド化していることだってあり得る。安全に寝泊りできるなら、素直に頼るべきなのが世紀末世界で生きていく者の常識だった。









夜も更けて空の月と星が綺麗に瞬く時刻、外に出た私はいつものように歌った。この世界で初めて旅に出たせいか、ちょっと眠れなかったのだ。それで寝る前の習慣にしている歌を歌えば、緊張もほぐれて眠れるかと思って、こうして夜の闇に私の子守歌を響かせている。

「La~♪」

近くにある森の木々の葉が風で揺れる音がいい伴奏になる中、月詠幻歌は徐々に私の心を穏やかにしてくれていた。そんな時、屋敷の扉が静かに開く音が聞こえてきた。

「気にせんと続けて」

クレスにそう言われたので、私はそのまま月詠幻歌を歌い、そして……今日のコンサートは終わった。

「ど、どうでしたか……?」

「あぁ……懐かしいなぁ……。えらい懐かしい歌や……記憶の奥底に眠っとった思い出が、次々と蘇ってくる……。あ、やばっ、あまりの郷愁でほろっと来たわ」

「えっと……クレスさんって、昔ニダヴェリールに来たことがあるんですか?」

「ん? そもそもうちはニダヴェリール生まれやで? それもアクーナ村長の血筋」

「え? ……えぇ!? わ、私もニダヴェリールのアクーナ生まれです!」

「やっぱりな。あんただけうちの出身を知った時、大して驚かんかった。あんたも向こうの世界出身やったから、少なからずこっちに来たのが他にもおる可能性も想定しとったんやろ?」

「いや、それでも驚きましたよ。あ、でも……アクーナはもう……」

「知っとるよ、ファーヴニル事変でニダヴェリールごと滅んでもうたと。故郷が滅んでもうたのは悲しいし、めっちゃ悔しいわ。でもな……あんたがこうして生きとるのは、あいつのおかげなんやろ?」

「あいつ?」

「サバタや。なんちゅうか……昔ちょっと色々あってな、あいつのことはうちなりに気にかけとったんや。イストラカンの戦い(ボクタイ)サン・ミゲルの戦い(ゾクタイ)楽園の戦い(シンボク)次元世界の戦い(エピソード1)……星読みかエレンを通じて、うちはある程度結末を見てきた」

それは一種のストーカーなのでは……?

その言葉は言わずに胸に秘めておくことにした……皆の心、特にサバタさんの平穏のために。

「なんか変なこと考えとらんか?」

「い、いえ何も」

「……まぁええわ。とにかくあいつのおかげで、うちと同じ故郷出身……しかもその歌を継いでくれたあんたが助かった。そう考えたら、悲しみより嬉しさの方が増してな……」

「クレスさん……」

「あんたが生きててくれて嬉しい。うちの心からの言葉や。……さ、明日もあるんやし、そろそろ寝ときぃ」

「あ、はい。おやすみなさい」

そう言ってまるで孫を見守る祖母のような表情を浮かべるクレスにお辞儀した私は、部屋に戻って布団に入った。歌と会話のおかげで緊張もほぐれて、私は心地よく眠りにつくことが出来た……。
 
 

 
後書き
オーメン:予兆。
サン・ミゲルの太陽樹:ゾクタイで赤きドゥラスロールの魂が転生したのがこの太陽樹なので、シャロンと話していたのは彼女となります。
魂の欠片:桃色の時点でお察し。
ガラティーン:太陽繋がりの剣を探していたら、某太陽の騎士の剣がヒットしたのでこの名前にしました。
ミルチア:ゼノサーガより星団連邦の中心とも言える場所。
ハインライン:ゼノサーガより。なお、こっちはちゃんと存在しています。
オーギュスト連邦:オーギュストはボクタイDSの暗黒城オーギュスト、連邦はゼノサーガの星団連邦政府より。管理局とは関係を絶っているが、アウターヘブン社のことはビジネスパートナーの対象として見ている。
クレス:先代ひまわり娘にして、月詠幻歌の作者。そしてアクーナの民にとってのご先祖。実はシャロンは彼女の血筋の直系で、マキナは世代交代の過程で血が交配した血筋。奇しくもこの時、先祖と子孫が邂逅したことになる。


シャロンの戦闘能力は、防御と回避、逃げ足は高いですが、攻撃に関しては貧弱です。それこそ誰かの力を借りない限り。
ザジの戦闘能力は後衛型ですが、基本万能です。ここにアニマの器も加わるので、全体的に見ればかなり強い方です。
リタの戦闘能力は……言わずもがな。設定的に強いはずの伯爵がイストラカンの血錆の館であの体力だったのは、彼女の徒手空拳を受けたからなのではと思っております。


またもごちゃごちゃしている次元世界の情勢を、ものすごくわかりやすく示すなら……

管理世界「エネルギー資源がマジで全然足りない! いいから寄越せ!」

連邦「世界大戦になるからこっち来んな! そっちはそっち、こっちはこっちでやっていくからもう関わらないでくれ!」

アウターヘブン社「手綱握ってやれば、資源枯渇による管理世界の暴走はある程度止められるはず。一方で爆破テロの捜査と、ガンズ・オブ・ザ・パトリオットの準備も進行中」

大体こんな感じ。ちなみに管理局はこれ以上悪化しないよう現状維持するので手一杯。 
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