ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
前提こそ真実を孕む
結論から言うと、世界樹攻略のグランド・クエスト以来となる、猫妖精を総動員させた影妖精領攻略作戦は大成功に終わった。
もっともヒスイとしては、こんな堅苦しい肩書きなど付けなくとも、売られたケンカを祭り騒ぎでやり返しただけ、というのが素直な感想だ。
ともあれ、祭りにも終わりがある。
大騒ぎした後特有の、どこかもの寂しい残滓を引きずりながら、ヒスイら竜騎士・狼騎士合同隊は撤収の準備を進めていた。
まだシナルの街の中には、アリシャの名の下に集結した大量のサブアカウント持ちのケットシー達がいたが、そちらは大陸を真反対ということで中々来れないスプリガン領を物色――――ではなく、見物するようだ。
問題となるのは領主のほうだが、こちらはスプリガン反抗の可能性が捨てきれないので、さすがに甘ったるい感情は挟めない。当分の間はケットシー主体の統治にならざるをえない。
だが、あのお人好しの領主のことだ。なんだかんだ口実を付け、次の総選挙の際にスプリガンに領主権を返還することだろう。今回暴走した領主や幹部を除けば、スプリガンの大多数は穏健でまっとうなゲーマー達だ。きっとより良い方向に種族を持っていくことだろう。
―――せいぜい、今度はちゃんと民を信じるんやで、坊。
上司と部下の関係性ではない。きっと大昔から連れ添った仲間なのだろう幹部達に連れられ消えた少年に、一瞬思いをはせ、踵を返したヒスイは忙しそうに帰還の準備を行うプレイヤーの中に、忘れちゃならない勝利の立役者を見つけた。
長距離飛行で空腹値の警告音に鳴く飛竜用に、専用の特大肉をえっちらおっちら台車を引いていたフニ(本名があった気がするがなんだっけ?)の襟元を引っ掴む。
「おーぅ、フニ坊。ようようお疲れさん」
「うわっ!?えっ、誰ッ?あ、ヒスイさん!」
「なんや、嫌そうな顔しなんなや。あんさんがいなかったら、こん光景はなかったんやで。もうちょっと胸張りや」
「えっ、じゃあドラグーン隊に入れますか!?」
「えーいやぁ、それはどないやろうなぁ……」
現金にテンション上がる下っ端気質の少年に、あくまでヒスイはローテンションだ。
どのみちアリシャが、こんな面白い遊び道具を手放すような気はしないのだが。
装備の端っこを持ってくるフニを鬱陶しそうに払いのけながら、ヒスイは「そういえば」と手っ取り早く話題を変えることにした。
「あんた、友人からメール貰ったって言っとったな。それが起点となったんなら、巡り巡ってそいつも英雄や。誰なん?」
水妖精との関係がこじれたのは、フニの姿に幻惑魔法で偽装し、大胆にもケットシー領事館に入って情報操作したスプリガンがいたからだ。それをメールで当の本人に知らせてくれなければ、恥ずかしい話だがずっとスプリガンの手のひらの上という可能性だってありえた。
素直な感謝を言いたいヒスイに、フニはああ、と間髪入れずにこう言った。
「ロベリアさんですよ」
女性の脳裏に、あの凸凹コンビのちっこいネコミミニット帽が思い出される。
「おー、ウチの新人組のか。意外やな、あんま接点とかなさそうなのに」
「いやぁ、ちょっと前から、フェンリル隊の期待の新星として色々教えてもらってまして……」
「ほーぅ、スミにおけんなぁ」
うりうりと気弱な少年をいじくりまわしていると、彼は彼で忙しいのか、直属の執政部の上司に呼びかけられて行ってしまう。大隊の長はヒスイだが、作戦が終わった今、大した地位ではない。そもそもいかな隊長と言えど、雑兵と井戸端会議をしていて許される訳はない。
肩をすくめて、自分は自分の仕事するか、と歩き出そうとしたヒスイは、ふと立ち止まった。
そして、ポツリと言う。
意図してではない。ただ、思ったことがぽろっと零れたかのような、少なくともその場で忙しそうに行き交う誰もが聞き取れないほどの小さな響きだった。
「あれ?でも、あのニセモンがおった時、あいつ首都にいたか?」
引っかかりというには、あまりに小さい違和感。
僅かに首を傾げたヒスイだったが、その違和感は波に攫われていく砂絵のように手のひらからこぼれ落ちていく。
勝利の余韻も後押しし、彼女が隊員の一人に名を呼ばれた時には、ソレは跡形もなく脳裏から消え去っていた。
スプリガン首都《シナル》は、中央にそびえるドでかいジックラドから分かる通り、アンコールワットだとかマヤ文明の遺跡だとか、そこらへんを基盤として創りだされた街である。
それゆえに、その街を取り囲むのは、極北のノーム領にほど近いとはとても思えないほど生い茂った熱帯雨林だ。もっとも、今の季節的に時間帯完全ランダムで起こるスコールや、放って置いても湧いて出る厄介な毒持ちラフレシアMobとかの湧出はない。ジャングル特有の、背景小動物のやかましい鳴き声なども完全ストップ。
生の気配がナリを潜めた、一種異様な森の中をのんびりと歩く一人のF型プレイヤーがいた。
小柄な身体を包むのは、上下に別れたぴっちりするタイプのインナー。その上に要所を保護する軽鎧を装着し、下半身はロングスカートと見紛うばかりのマントをベルトで固定していた。
武装といえば、腰に携えた短剣一つ。いかにもゲームの高レア装備と思しき、拳大の紅玉が枝葉の隙間から射す月光を浴びて妖しく輝く。
全体としては盗賊という匂いが強い。だが、そうした記号はあまりその少女を表さない。
その少女を表したいなら、もっと直接的なポイントがあった。
例えば、まだ成熟しきっていない臀部から伸びる長い尻尾だったり。
例えば、頭部から飛び出るように聳える猫のような三角耳だったり。
例えば、その耳にフィットするように編んであるニット帽だったり。
その少女は、夜の森をすいすいと歩いていく。複雑に大木の根が絡み合い、真っ昼間でもスッ転ぶ可能性がある森の中を、である。
それもそのはず。彼女の種族であるケットシーには、高い視力補正がある。それに加え、彼女自身が鍛えたスキルも併用すれば、夜の森でも今の少女にとっては真昼も同然だろう。
それにかこつけてか、少女はロクに足元も見ず、上機嫌に鼻唄でも歌いだしそうな調子だった。
少女は言う。
鈴を転がしたような声で。
「くっくくく、あっはは!ぎゃはは!ぎぃぁははははひひひひひッッ!!!あー笑う、こんなの笑う!笑い死ぬ!!ぐっふぃひひひ☆」
何か。
決定的な部分がズレたような嗤い声だった。
道端ですれ違った絶世の美女がその足で男子トイレに入っていくのを見たような、そんな根幹部分での違和感がある。
横隔膜を痙攣させるように哄笑する少女は、目尻に浮いた涙を拭き取る。
「スプリガンもケットシーも、予想通り動いてくれた!まぁ、想定外といやぁサラマンダーだが、これっくらいは誤差の範囲内だろ!きッしししし!!ケットシーはスプリガンの手のひらの上から脱したように思ってたけど、残念でしたまだオレの射程圏内でした♪」
大げさな手振りを加えて、決定的な何かが欠落した少女は巨木の根をまたいだ。
「それにしても、くっくっく☆スプリガンがやり直せる?んなわきゃねぇだろ偽善使い!!ケットシーがやり直せたのは、《終焉存在》っつー強い輝きと、あくまで地盤――――運営に与えられた各種高補正値があったおかげだろう!?それさえもねぇゴミ溜めみてぇな種族が、これ以上行くわきゃねぇだろうが!あっひゃ、ひゃひゃひゃひひひひっ!!」
小柄な身体をくの字にしてまで、彼女は歩みを止めない。
大きな三角耳は、彼女の機嫌を表すようにニット帽の下でぴくぴく動いていた。
「けけっ、うけけききゃきゃきゃっ!ゴキブリのほうが、まだ脳ミソがフルに働いてんじゃねぇの!?あの領主野郎がリタイアした時点で、スプリガンの運命は決まったも同然だ!有象無象のクソ平和主義のことなかれ主義のゴミ虫どもに、ケットシーに抗う意思なんて浮かぶわけがねぇ!!ツバ吐き捨てられても殴る勇気もない連中に、これ以上肩入れしても時間の無駄だなぁオイッ☆」
ぎゃはっ、と嗤い声を響かせる少女は左手を振り、ウインドウを出現させる。
ALOに関連するシステムウインドウではない。ゲーム内で開ける簡単なメモアプリだ。
少女は、そこにあらかじめ記してあった工程表を一瞥し、大げさに頷いてみせる。
「ふんふん、こっからはアレか!一度家に帰ってあの手紙をあっこに届けるだけか!!なるほどなるほどなるほどなぁ♪」
実に楽しげに顔をひん曲げながら、指さし確認のように少女は必要事項を脳裏に焼き付けていく。
それは単なる工程であり、他人に具体的な返答を期待したものではなかったはずだ。
だが。
その言葉に、応える声があった。
「楽しそうだな」
低く、低い。巌のような声。
ぞぅっ、と。
身体中の汗腺が沸騰する。全裸で肉食獣が闊歩する檻の中に放り込まれたような、恐竜のザラザラした舌で全身を削り取るように撫でられたような、原始的で根源的な恐怖が一瞬にして少女を包んだ。
「――――――――ッッ!!?」
少女は、ネコミミのニット帽を揺らしながら勢いよく振り返った。
だが、そこから先の具体的な行動を起こすことはできなかった。
理由は単純。
鼻先。
触れるか触れないかという、本当に寸前の位置に小揺るぎともしない、巨大な大戦斧の槍のような穂先が鎮座していた。
気付けなかった。
その事実が、冷水のように脊柱を滴り落ちていくにつれ、少女の全身がガチガチに強張る。
その偉丈夫は、大樹の影に隠れていた訳でも、背後から忍び寄ってきた訳でもない。映画のコマとコマ、その知覚できない領域に無理矢理差し込まれたかと思ってしまうほど唐突に現れたのだ。
ケットシーの視力において、暗がりで見えなかったという可能性が介在する余地はない。加えて、いくら笑い転げていても、安全な街中でもない中立域のド真ん中で索敵しないほどニット帽少女は間抜けでもなかった。
まさしく、たった一度瞬きした瞬間に、その男はそこに初めからいたような不動の体勢で屹立していた。
少女は何も言わない。
別に、突きつけられた穂先にビビっているとか、そういうことではない。
眼前の男にどういう体勢で臨めばいいのか測りかねているのだ。
すると、その真意を見透かしたかのように偉丈夫は軽く笑った。狼が咳をしたような声だった。
「おや?取り繕わないのか、卿よ。昼間、我と会った時はあんなに愛想が良かったではないか」
「……………………」
少女のおとがいに、緩やかな曲線を描いて汗が滑り落ちていく。
それをゆっくりと眺めながら、その男は何かを噛み潰すようにこう言った。
《戦神》ヴォルティス・ヴァルナ・イーゼンハイムは、
「なぁ、ロベリア。――――否、十存在が一人、《非在存在》よ」
言った。
後書き
終わったと思ったかい?感動的な最後だと?
ところがどっこいまだ続くんだなー。
ということで衝撃的な事実(当社比)でございます。
……うん、彼女が黒幕だと予想していた人がいったいどれだけいたんだろうねw
どこかで言ったかもわかりませんが、今回とことんスプリガンをその他大勢の《群衆》として描いて、ケットシーの人達をかなーり個性的に―――個と個が繋がった《群衆》として描いたのは、もちろん前話のためというのもありますが、実は今回のどんでん返しのためというのもあります。
まぁつまり、木を隠すなら森の中といいますかw
個性的なキャラが多い中なら、多少キャラ立ちしてても違和感ないかな~とね(笑)コスいなw
……まぁ結果的に、ケットシーの一団の中に腐女子一派という凄まじい勢力が爆誕したんですが(笑)
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