鬼若子
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第一章
鬼若子
誰もが家の行く末を案じていた。そうして嘆きながらこう言うのだった。
「肝心の若殿があれでは」
「長宗我部家も終わりじゃ」
「折角殿がここまで盛り返したというのに」
「次の殿があれではな」
「どうにもならぬ」
こう言ってだ。長宗我部家の者達は家の行く末を案じていた。見ればだ。
その次の主である長宗我部元親は背は高い。しかしだ。
やけにひょろ長くまるで木だ。しかも痩せた木である。
色は白く顔立ちも弱い。吹けばそれで折れてしまう様な感じだ。しかもいつもおどおどとしていて弱々しい。とても戦国の世の武士ではない。
それでだ。家の者達だけでなくだ。
他の家の者達、長宗我部の敵の者達も嘲っていうのだった。
「長宗我部の若殿は姫の様だとな」
「色は白くいつもおどおどとしているそうな」
「とても戦に出れそうにもないらしい」
「実際に初陣もまだじゃ」
「二十二というのにな」
この頃十代半ばで初陣を迎える。しかし元親は二十二なのにまだなのだ。
初陣もまだだった。それで誰もが馬鹿にしていた。
しかしその彼等をよそにだ。弟の親泰は兄にこう言うのだった。
「兄上、馬はです」
「どう乗るべきなのか」
兄はおどおどとして弟に問う。やはり自信なさげだ。
「どうも馬は苦手で」
「馬と一つになるのです」
「馬と一つにか」
「そうです。そうして乗ればよいのです」
「そうなのか」
馬の乗り方を教わった。そしてだった。
その他にもだ。弟は兄にこのことも教えた。それは弓だった。
実際に弓を出してだ。元親に教えるのである。
「弓はこうしてです」
「思いきり引くのか」
「はい、ぎりぎりまで引いて」
実際に弓をそう引いていた。かなりだ。
そしてそれから矢を放つ。すると矢は勢いよく一直線に飛ぶ。
そのまま的の中央を貫く。それを見てだった。
元親も言われるがまま弓を思いきり引く。そうしたのである。
他にも刀も教わった。書については元親は自ら学んだ。だが初陣はまだだった。
長宗我部家の主である国親もだ。こう家臣達に漏らしていた。
「あれじゃが」
「若殿ですか」
「あの方ですか」
「あれではとてもじゃ」
腕を組み非常に難しい顔で言うのだった。
「家を任せられん」
「確かに。あれでは」
「初陣もまだですし」
「あれではとてもですね」
「どうにもなりませぬな」
「全くじゃ。しかし初陣じゃが」
それは避けては通れない。それで言うのである。
「どうしたものかのう」
「やはり初陣には出てもらいますか」
「そうしなければなりませんな」
「うむ、その通りじゃ」
国親は難しい顔のままで家臣達に答える。
「そうせねばならん」
「絶対に」
「然るべき時に」
「しかしそもそも馬に乗れるのかどうか」
その時点で不安だった。武士ならば必須のそれですら。
「そして槍もじゃ」
「親泰様が懸命に教えられていますが」
「どうなのでしょうか」
「弟に教えられるか」
国親はこのことにも深い憂慮を感じた。
「まさに愚兄賢弟じゃな」
「殿、そのお言葉は」
「決して」
「わかっておる。だがそれでもじゃ」
言わずにおれないというのだ。長宗我部家の主として。
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