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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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番外編:殺人鬼の昔話1 下

 
前書き
 字幕に初チャレンジ。

 暁って、ハーメルンより字幕設定が楽でいいですね。 

 
 ラシャとマドカは、世界中を放浪しながら確実に目標へと近づいていった。ラシャは日本へ向かうための旅費を貯め、マドカはラシャの殺人術を身につけた。彼女は覚えの良い方ではなかったが、ラシャは根気よく指導した。ナイフや拳闘の他、早撃ちや剣術でさえも叩き込んだ。
 マドカはラシャの引き出しの多さに内心舌を巻きつつ、無我夢中で技術を身に着けた。覚えるのが遅いマドカではあるが、一度身につけてしまえば消して忘れることは無い圧倒的利点を持っていた。
 そうして世間が第一回モンド・グロッソに沸き立ち、第二世代型ISに一喜一憂しているのを尻目に4年の歳月が経った。
 この4年間、不思議とラシャの殺人衝動は目に見えて減っていったのは偶然ではないだろうか。

 忘年某月某日-2年、ドイツの廃工場の一角。
 第二回モンド・グロッソに沸き立つ世間に背を向け、ラシャとマドカは睨み合う。ラシャの手には鉄パイプ。マドカは素手で床に座している。土壇場を思い起こさせる状況にて、ラシャはMに鉄パイプで殴りかかる。一寸のブレなくMの脳天を叩き砕かんと弧を描く先端は不自然にうねり、須臾の合間にラシャの身体は中を舞い、コンクリートの床に背を叩きつけていた。肝心の鉄パイプは、いつのまにかMの手中に収まっていた。

「よくやった、『無刀取り』もモノにできたな」

 ラシャは床に寝転んだまま賞賛の言葉を送った。マドカも緊張の糸が切れたのか、床にへたり込む。

「生きている心地がしなかった……ラシャ、殺すつもりでやらなかったか?」

 ジト目で睨むマドカに対し、ラシャは苦笑を返した。

「その方が身につくだろ?お前はそういう時に真価を発揮できるタイプだからな」

 ラシャは床から身を起こし、固めて置いてあった荷物の中から水のペットボトルを取り出して一気に中身を煽る。半分ほど飲み込んで喉を潤すと、蓋を閉めてマドカに投げて渡す。彼女も渇きを癒すべく残りを嚥下した。

「しかし、モンド・グロッソか……世間も随分暇そうだな?あんなもので誰それが上か下かを決めるなんてな」

 マドカがペットボトルの中身を飲み干している際、ラシャは購入しておいた新聞を広げていた。内容は、モンド・グロッソについての特集が何ページにも渡って組まれており、白騎士事件を始めとした簡単なISの歴史や、国家代表のインタビュー等が所狭しと取り上げられていた。

「なあ、ラシャ。織斑千冬は今ドイツに来ているんだろう?何故会おうとしないんだ?」

 新聞を畳んだラシャに対して、マドカはおずおずと尋ねた。その瞳には僅かばかり不安や恐怖の感情が入り混じっていた。マドカはラシャと離ればなれになることを極端に恐れていた。この4年間の道中、彼女はラシャに対して、師父とは異なった感情で接しているのに気付いていた。
 師と仰ぐだけでなく、父親のようであり、兄のようである存在と化しつつあるラシャとの日々は、とても心地よくて離れがたいものであった。だからこそ、彼女はラシャとの別れを極度に恐れるようになった。

「今会いに行った所で門前払いだろう。だから会いに行くにはどのみち日本に渡ってからだな」

 ラシャの結論に、マドカは少しばかり安堵の表情を浮かべた。だが、別れの時は着実に迫っているという事実は変わらず、真綿で首を絞められるような感覚に青ざめた。

「とにかく、メシを食おう。久々にジャンクフードでも頬張ろうと思うんだが、リクエストはあるか?」

「特に無い、まかせる」

「了解、すぐ戻る」

 街へと出かけていったラシャを見送ったマドカは、そのまま床に身を任せて寝息を立て始めた。せめて、夢の中では使命と残された時間を忘れられると信じて。


 廃工場に戻ったラシャは、廃工場に纏わり付く違和感を敏感に感じ取った。廃工場周辺には真新しい足跡がまばらに点在しており、車のタイヤ痕が点在していた。今の今まで中型車がこの廃工場付近に駐車していたことを如実に物語っていた。
 ラシャは瞬時に自身の警戒レベルを引き上げると、工場の中へと侵入を開始した。入って早々真新しい煙草の吸殻を確認したラシャは、他人の存在を確信した。直ぐ様ナイフを抜き放ち、歩を進める。この工場は女尊男卑の煽りを受けて閉鎖されて久しく、買い手が一切ついてない死に物件であった。故にここに態々足を運ぶ輩は狐狸の類か、自らと同じく脛に傷を持つ凶状持ちであることは想像に難くない。
 薄暗い工場を陽の光のみを頼りに進み、遂にラシャはマドカと共に腰を下ろしていた部屋まで辿り着いた。そこには誰も居らず、荷袋のみが手付かずで放置されていた。

「……」

 ラシャは膝を折り、そっと床を撫でる。僅かではあるが靴の跡が残っていた。自らとマドカの履物には無いパターンの足跡だった。またしても他者の存在を匂わせるもの、そして何より、『外には一切見られなかった足跡』だ。
 そして次の瞬間には、ラシャは床に倒れ伏していた。急速に四肢から力と温度が失われていく。同時に胸のあたりが急速に熱を放ち、奔流となって噴き出たその色は赤。鈍感にも地に伏して漸くラシャは撃たれたことに気付いたのだ。半身をもぎ取られた蟲が如く、弱々しくもがこうとするラシャ。ナイフを持つ手に力を込めようとするも、その手の甲はピンヒールに踏み抜かれた。金髪の女性が、サプレッサーを装着した拳銃片手にこちらを見下ろしていた。

「ぐぅおおおおおぉぉぉ!?」

 激痛と寒さに呻きつつ、ラシャは何とか身を起こそうと身を捩った瞬間、彼の身体はビクリと跳ね、沈黙した。金髪の女が更に数発彼の身体に弾丸を撃ちこんだからだ。

「全く、M(あの子)を4年間も鍛えた相手と聞いてどんなのかと思いきや……所詮はこんなものか」

 ラシャに引導を渡した女性、亡国機業幹部スコール・ミューゼルは、あっけない幕切れに嘆息した。偶々作戦のために確保した拠点の中で4年前に行方をくらませた脱走兵を見つけたのが今回のあらましである。
 マドカを確保する際、スコールは少なくない部下を失った。脱走する前よりも明らかにMは強くなっていたのだ。彼女の抵抗は凄まじく、ISを迅速に持ち出さないとさらなる人材の損失を招きかねない程であった。現在は既に身柄を拘束して組織の管理下にある潜水艦に監禁している。
 スコールは亡国機業に居た頃は、いまいちぱっとしない成績だったM(出来損ない)をここまでに鍛え上げたラシャなる人物に興味を持った。実力如何によっては自らの派閥に秘密裏に加える事も考えてはいた。だが、上層部から下された指令は、「関係者の徹底排除」であった。
 不意打ちとはいえ、呆気無く死んでしまった辺り、自らの見込み違いだったのだろうと結論づけたスコールは携帯電話で部下を招集し、この男の死体を片付ける様に命じた。
 直ぐ様ライフルで武装した男が数人駆けつけ、彼の周囲の血糊を拭き取りつつ、死体袋に身体を放り込んだ。その過程を見届けたスコールは、再度携帯電話をプッシュした。

「オータム、準備はできたわ。織斑一夏の拉致を実行しなさい」

「オーケイスコール。そっちは大丈夫なのかよ?」

軽快な返事が返って来た事に満足したスコールはチラリと死体袋に目をやった。

「拍子抜けといったところね、Mを鍛えたと聞いたからどんなのかと思ったけど、あっという間だったわ」

「へっ、男なんてそんなもんだろう。とっととドブ川にでも放り込んじまおうぜ」

 嫌悪感を隠そうともしない部下兼恋人の様子に苦笑すると、スコールは部下にハンドサインを送り、死体袋を車に積み込ませた。


 編田羅赦は死体袋の中で奇妙な走馬灯を見ていた。霞む視界に映る風景は、辛うじて病院の集中治療室だと分かり、ベッドに拘束されている自分の姿がそこにあった。全身に点滴やカテーテルをぶっ刺された姿は明らかに虫の息であると確信できる有様だった。

「これは?」

 身を動かそうとするも全身に力が入らず、機械が定期的に排泄物を吸い出す音が虚しく響き渡るだけであった。

「駄目だ、動かんっ……」

 その時、扉がゆっくり開くと、病院にあるまじき軽快なステップを踏みながら何者かが入室してきた。

「はろはろ~、まだ生きてるかなあ?」

 集中治療室にそぐわない脳天気な声が響いた。不思議とラシャには聞き覚えのある声であった。

「うわぁひっどい有様だねえ。ミサイルの破片が見事に突き刺さってぐっちゃぐちゃだぁ…手足も動かない、意識もない、声も出ない。死んでないだけの存在ってやつだね。私が無視してきた有象無象どころの騒ぎじゃないねえ。本当に『ただの肉』になっちゃったね」

「…」

 この唐突に現れた無礼千万の存在は、声色で少女だということが分かった。恐ろしいことに少女は唐突に宙返りを披露すると、ラシャの枕元に着地した。ベッドが激しく軋み、器具の幾つかが外れ、警告音が鳴る。

「おっと!」

 少女はパチンと指を鳴らした。同時に警告音は沈黙し、「表向き」は正常な運転(オールグリーン)を表示していた。

「危ない危ない、今人が来るといろいろ面倒だからねー。これから雲隠れしなきゃいけないし……それぇ!ドッカーン!!」

 少女は嘲笑を浮かべるとラシャに近づき、彼の胸元に無造作に手を突っ込んだ。最早貫手と称しても遜色無い乱暴な手に、ラシャの身体から血が噴き出た。同時に激しい痛みがラシャを襲う。
 悶絶しようにも四肢は微動だにせず、肝心の医療器具の警報装置は眼前の少女に隷属し、偽りのグリーン・ランプを灯し続けている。

「にゅふふふ、使い物にならなくなってる君の心臓の代わりにあげるのは束さんも見限った『出来損ない』さ。どうしようもない『じゃじゃ馬』で『暴れん坊』なんだ。こうしている今でもきっと『殺したくて壊したくてたまらない』だろうね~。いい厄介払いだけどさ。まぁこの束さんからちーちゃんを奪ったお前には丁度いいシロモノかもね。ねえどんな気持ち?日頃から口酸っぱく言ってたよね?『暴力を垂れ流す存在になるな』って。自分がそれになっちゃってるけどさぁ、どんな気持ちかなかなかな?」

 チェシャ猫のように嗤う少女は余程感極まっているのか、まくし立てるだけまくし立てると病室を独楽のようにくるくると回り出す。斯様な児戯の最中にもラシャの肉体は刻一刻と死に近づいていた。だが、彼が迎えたのは苦痛による意識の喪失でもなく、死と言う名の無明の彼方でもなかった。
 綿が水を吸い込むように自らの中を侵していくものがあった。それは斜面の水流のように早く彼の全身を舐めまわし、白布に垂らされた血滴の様に穢らわしきものであった。
 やがて、「それ」が彼の身体の隅々まで行き渡るのに十分な時間が経った。ラシャの身体は彼の意識の管理下から外れ、難なくベッドから起きると、少女に向き合った。
 少女の格好は珍妙の一言に尽きる有様で、エプロンドレスにメカニカルなうさぎ耳の飾りで着飾っていた。時代錯誤な格好は不思議の国のアリスをどことなく髣髴とさせる。

「やっぱり無反応だとつまんないね。まあ良いもん、束さんは傷心のちーちゃんといっくんと箒ちゃんとで変わっちゃう世界で毎日面白おかしく楽しく暮らすもんね!!だから…」

 束と名乗った少女はラシャの首根っこを鷲掴みにすると、体格差なぞどこ吹く風といった風体で無造作に窓から投げ捨てた。しかし、彼の身体は地面に叩きつけられることはなく、人参を模したロケットの中に放り込まれる形となった。ハッチが閉まる最中、束と目が合う。彼女は満面の笑みを浮かべて言い放った。

「お前の居場所なんて何処にもないんだよ。分かったらとっとと遠い国で最低に生きるんだねそれくらいは許してやるよ」

遂にラシャは己のルーツにたどり着いたのだ。


「ハハハハハハハハハ!…そうか、そこまで俺が憎いか。そうまでして消えて欲しかったか!!」

 突如死体袋から響いてきた笑い声に、見張りの男達二人は反射的に銃を抜き、死体袋に撃ち込んだ。2、3度痙攣して動きを止める死体袋。その様子に安堵して袋に近づいたのがいけなかった。
 死亡確認のために袋の口を弛めた瞬間、見張りの片方は絶命していた。断末魔の叫びを上げようにも喉をえぐり取られていたのだ。相方の無惨な死にもう片方の見張りは数瞬状況が理解できずに硬直してしまった。そして我を取り戻した時には、死んだはずの侵入者によって拳銃を掴まれていた。

「速い!?」

「遅い!!」

 見張りとラシャの声は同時に放たれ、拳銃も遅れること無く咆哮するはずであったが、いつの間にか見張りの手から煙のように消失していた。

「な!?どこに……」

「種明かしは地獄でしてやる」

 その言葉とともに、顎に持っていたはずの拳銃が突きつけられる。それが、彼の見た最後の光景だった。


 同時刻、某所海中の原子力潜水艦にて。懲罰用として作られたのであろう小部屋にマドカは軟禁されていた。両手足を拘束され、乱暴に床に転がされているとスコールが工場で出会った時と同じドレススタイルで入室してきた。

「御機嫌ようM。気分はどうかしら?」

「…最悪だな。もう一生お前たちと遭うこともないと思っていただけに…な」

 絶望的状況にもかかわらず、憎まれ口を叩くマドカに対して、スコールは軽くため息を吐いた。

「4年ぶりの再会なのに随分な言い草ね?」

「生憎貴様らよりも優秀な師匠を見つけたのでな。一刻も早く訓練の続きを受けたいんだが?」

 マドカの執着ぶりを聞いて、スコールは彼に引導を渡した際の光景を思い出す。どうやら、一度この子を絶望の淵へ叩き落とさなくてはならないらしい。

「彼、死んだわよ?」

「え……?」

 あっけからんと告げるスコールの笑顔に、マドカの表情から血の気が引く。それは彼女が、スコール・ミューゼルがどの様な女かということを理解しているからだ。マドカの知る彼女は、こういう状況での冗談は好まない。

「二発ぶち込んだだけで呆気無く死んでしまったわ」

「嘘だ!!ラシャが死ぬはずがない!!」

「これを見ても?」

 スコールは持っていたものをマドカの前に投げ落とした。それは背中に夥しい血痕を残したラシャのコートだった。

「嘘だ、嘘だ……ラシャ……」

 マドカは身をよじって何とかコートにたどり着くと、コートを確認し始めた。悲しきかな何度確認してもスコールの言っていることは事実に他ならなかった。

「これで貴女には帰るところはなくなったというわけね。お帰り『M』使命を果たしたければ服従しなさい」

スコールの言葉にマドカは何も答えず、ただ血の乾ききっていないコートを染みを虚ろな目で眺めていた。


 忘年某月某日 地球の何処か

「あいつらがあそこまで手玉に取られるとはなぁ……倉持技研の野郎、あんな手練を囲ってただなんて聞いてねえぞ、ちくしょう!人的資源だって安かねぇんだぞ!」

 一人の女性が苛立ち紛れに装備を脱いで壁に叩きつける。

「落ち着きなさい、オータム。情報によれば他の産業スパイ、もしくはエージェントが潜入していた可能性があるわ。倉持技研に潜り込ませているスパイによれば、単独で侵入した挙句、警備員達を無力化した人間が居たらしいわよ。おそらく、たまたま同じタイミングでかち合ってしまったのでしょうね……」

「あれほどの人間がしかも男で存在してるなんてなぁ……もし出会ったらぶち殺してやるぜ」

「頼りにしているわよ、オータム。……所で、Mはどうしたの?特に怪我もなく帰投したと報告が上がっているけれど?」

 怪訝な表情を浮かべるスコールに対して、オータムは露骨に不愉快な顔を浮かべた。

「ああ、あいつならずーっと自分の世界に篭もりっきりだぜ。何があったのかしらねえけどよ、あたしがアラクネで助けに行った時には、既にアホ面下げて呆然としてたね」

「そう……念の為にカウンセリングを手配しておこうかしら。ようやく脱走前のように働けるようになってきたから、なるべく早く調子を戻してほしいわね」


 マドカはベッドの上でコートにくるまっていた。あの時スコールから渡されたラシャのコートだ。彼女はゆっくりと布地から血痕にかけて鼻を沿わせ、その芳香を舌で転がすかのごとくじっくりと嗅いだ。

「もう、貴方の匂いは消えてしまった。これで名実ともに貴方は死んだと思っていたが、貴方は生き延びていた。やはり貴方が死ぬはずがなかったんだ……」

 マドカはコートを脱ぎ、その背中に咲いて久しい黒い華に下を這わせ、じっくりと愛撫した。鉄臭さは既に抜けて久しく、若干の苦味と埃臭さが脳に伝わるが、彼女には些細な問題ですら無かった。

「ようやく貴方にこれを返せる。そして、これを着た時……貴方は代わりに染み付いた私の匂いを嗅いでくれるだろうか?……ラシャ、必ず逢いに行くから、ね」
 
 

 
後書き
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