ハーモニカおじさん
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二章
「それでだけれど」
「じゃあ私と同じなのね」
「あっ、梓ちゃんもだったの」
「そうなの。公園でハーモニカの音を聴いてね」
「同じだったのね。私達」
「そうね。あのね」
梓ちゃんはその優しくなった気持ちで真樹ちゃんに言いました。おじさんは二人の横でハーモニカを吹き続けています。その中でのことでした。
「さっきは御免ね」
「お人形さんのこと?」
「うん。あんなこと言って御免ね」
また顔を俯けさせて。そうして真樹ちゃんに言う梓ちゃんでした。
「もうあんなこと言わないから」
「いいの。私だってね」
「真樹ちゃんもって?」
「貸さないなんて意地悪言って御免ね」
こう言うのでした。
「本当にね。御免ね」
「えっ、真樹ちゃんそれって」
「今度は貸すから。お人形さん」
真樹ちゃんは梓ちゃんの顔を見て言いました。
「そうするからね」
「じゃあね。私もね」
「梓ちゃんも?」
「その時はお人形貸すから。二人でそうしよう」
「そうだよね。二人でお互いにね」
「うん、そうしようね」
二人でこうお話してです。そうしてでした。
お互いに右手を出して小指と小指を絡み合わせて約束しました。
「お人形さん、貸し合ってね」
「そうして遊ぼうね」
「仲直りできたみたいだね」
おじさんはここで吹き終わりました。そのうえで、でした。
二人に優しい笑顔でこう言ったのでした。
「優しい気持ちになれたかな」
「はい、とても」
「何か。ハーモニカの音を聴いていると」
「ハーモニカの音はね。人を優しくさせるんだよ」
このことをです。また梓ちゃんと真樹ちゃんに言いました。
「これからもそのことはよく覚えておいてね」
「うん、おじさんわかったよ」
「ハーモニカの音だよね」
「そうだよ。ハーモニカの音は人をそうさせるんだよ」
こう言うのでした。そしてでした。
二人で優しいハーモニカの音を聴くのでした。その音は二人を何処までも優しくしてくれました。
二人はそれからもずっと一緒でした。小学校でも中学校でも高校でも。高校の下校の時夕方の赤い日差しの中で、です。梓ちゃんは一緒の制服を着て隣にいる真樹ちゃんにこんなことを言いました。
「あのね。ハーモニカのこと覚えてる?」
「うん、よくね」
覚えているとです。真樹ちゃんは笑顔で応えてきました。
「あのおじさんのことよね」
「そう。今も覚えてるのね」
「忘れる筈ないから」
こう梓ちゃんに答えるのでした。夕方の赤い道を歩きながら。
「あの時のことはね」
「そうね。それはね」
「梓ちゃんもよね」
「ええ」
梓ちゃんは真樹ちゃんの言葉に頷いて答えました。
「喧嘩したけれどそれでも」
「ハーモニカの音を聴いて優しい気持ちになれて」
「不思議よね」
その時のことを思い出してです。梓ちゃんはまた言いました。
「あの時、ハーモニカの音だけで仲直りできたなんて」
「多分ね」
真樹ちゃんはここで言いました。前を見て微笑みながら。
ページ上へ戻る